人の噂は蜜の味

たかさき

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浮かれた深見の話

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「え、なに? ちょっと気持ち悪いんだけど……」

 朝、姉のそんな心無い言葉で俺は冷静さを取り戻した。

 それからはいつも通り無表情に朝食を食べ、何かあったのかとしつこく追及してくる姉をかわし、わめき出す姉を無視していつも通り学校に向かう。


 教室に着くと、面倒くさい男がこちらを見ているのでこれもいつも通り無視して自分の席に着く。しかしこの男は空気を読まないので俺の席までやってきた。

「俺、聞いたんだけどさあ……」

 思わせぶりな態度で思わせぶりなことを言ってくるがどうせいつものどうでもいい噂だろう。これもスルーする。
 西田は「お前、ほんとムカつくな」といつものセリフを吐くがすぐに「ま、いいや」と言って去っていった。
 あいつがこんなにすぐ諦めるのもめずらしい、が……考えても仕方ないので俺も忘れることにする。


 授業中、何度かニヤけそうになるのを耐える。


 朝の姉の言葉を思い出し冷静さを取り戻す。
 まさかこんなふうに姉が役に立つときが来るとは思わなかった。しかし、それでお礼に何かをしようという気は全然おきない。


 昼、ご飯を食べに塔野の教室にいく──
 ──前に購買へ行く。


 すでにできている人だかりの中に入り込み何を食べるか悩む。
 とりあえず、珍しく残っていたコロッケパンを素早くゲットし、隣のツナパンも抑え、あと一つ何にしようか、そもそも必要なのかを悩みに悩んで……
 ──結局、あんパンを手にして会計をした。


 塔野の教室に行くとドアを開けてすぐ横の席に平野がいた。平野は俺を見るなり「俺席取られたんだけど」と不満顔で言ってくる。
 見てみると塔野の席が空いており、その後ろの平野の席に塔野が座っている。平野の席を強奪した塔野は俺を見ると顔をそらした。やはりまだ俺を見ることはできないらしい。

「深見、なんで顔そらされたのにそんな笑顔なんだよ……」
 呆れ顔で平野が言うのを咳払いで誤魔化す。


 塔野の席に近づくと塔野は昨日のように顔を下げた。
「またそれ? 今日は弁当みたいだけど大丈夫?」
「大丈夫じゃないからここに座ってるんだよ」

 そう言うと塔野は前を指さした。つられて前の黒板を見るが別に何もない。

「なに?」
「だから、前向き」そう言いながら前を指さす。
「…………俺、前向いて座るの?」
 聞くと塔野が小さな頷きを繰り返した。

 ──なんだそれ。

「……俺が後ろはダメなの?」
「ダメ」


 塔野の席に前を向いて座り、しばらく会話もなく黒板を見ながらパンを食べる。

 ──なんだこれ。

 これは、この教室で食べている意味があるのだろうか──そんなことを考えながらパンを食べていると後ろから制服を引っ張られた。
 振り向くと顔をそらされる、しばらく見つめて前に向き直るとまた引っ張られた。
 しかたがないのでそのまま応える。

「なに?」
「……なに食べてんの?」
「コロッケパン」
「あんパンじゃないの」
「あんパンもあるよ」
「やっぱあるんだ、ほんとに好きだね」
「……そうでもないよ」
「…………えっ」
 何故だか塔野が絶句した。あんパンは俺の大好物だと思っていたのだろうか。

「……嘘だったのか」背後からそんな呟きが聞こえる。
「……マジか……」そんな呟きも聞こえる。

 静かになったので振り向くと塔野が机に突っ伏して耳を赤くしていた。

「大丈夫?」──返事がない。


 そのまま、ダウンした塔野を眺めながら残りのパンを食べる。


 すべて食べ終えて満足しているとようやく塔野が復活した。
 塔野は勢いよく顔を上げて「深見、お前なぁ──」と言うと3秒ほど固まりまた顔を下げた。


 …………撫でたい。
 そんな衝動をなんとか抑え、もうすぐ昼休みも終わるので自分の教室に戻ることを伝えると塔野は頷いた。

 ふと思いついて、去り際に「嘘だよ」と伝える。

 予想通り動揺したその反応に満足していると平野に頭を叩かれ「いい加減にしろ」と怒られた。なぜか平野に謝り自分の教室に戻る。


 午後、何度かニヤけそうになるのを必死に耐える。


 朝の姉のひと言も効力を失ってきたので、姉にされた理不尽な仕打ちの数々を思い出していたら異様にムカついてきた。当分のあいだ姉を無視しよう──そう心に決める。


 放課後、「なんかお前今日壊れてんな、気持ち悪いぞ」そんな失礼なことを言って西田は帰っていった。


 仕方ないだろうと開き直る。
 壊れている自覚はある、浮かれているなと自分でもわかる、でもどうしようもない。


 ゆっくり塔野の教室に向かう。


 塔野の教室をのぞくと数人の生徒と塔野がいた。
 俺に気づいたやつが塔野に声をかけると塔野はあからさまに動揺した様子で俺のいない方のドアに向かっていく。
 ……また、逃げる気か。

 塔野はチラリと俺を見ると足早に昇降口へと向かっていった。昼間にいじめた自覚はあるので今日もひとりで下校かなと思いながら昇降口まで歩いて行くと、下駄箱の前で顔を伏せてしゃがんでいる。


 近づくと手を差し出してきたのでそれを掴む。


「まだけっこう人いるけどね」
「……もうどうせバカップルだからいいんだよ」
 顔を伏せたまま塔野が言う。


 そのまま手を引っ張って立ち上がらせて一瞬抱きしめそうになるのを堪え、手を繋ぎ直して歩き出す。

 ──俺の後ろを塔野が歩く。


「これだとただ引っ張ってるみたいだよね」
「文句あるのかよ、だいたい来るの遅いんだよ。あと5秒遅かったら走って帰るとこだった」
「それくらいだったら走って追いかけようかな」
「……嘘だろ、走らないくせに」
「俺も走るときは走るよ……走ってみる?」
「…………今はいい」

 振り向くと顔をそらす。

「本当にまだ見れない?」
「……まだ見れない」
「そっか」

 ただ手を繋いで歩くだけで、なんでこんなに浮かれているのかわからない。今なら鼻唄だって歌えそうで、自分らしくなくて、たしかに気持ち悪い。

 ためしに歌ってみると、後ろの方から「え、なんか気持ち悪い」と心無い声が聞こえた。
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