人の噂は蜜の味

たかさき

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頑張った話

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 揺れる長い髪を見ながら俺は必死に話していた。

 人の髪を見て話すというのはおかしなことかもしれない。しかしそれならば他にどこを見るのだ。胸なんかもってのほかで、頼み事をしているのに足元を見るのも失礼だろうし、かといってまっすぐ目を見て話すのも俺には経験値が足りない。
 よって困ったように揺れる長い髪を見ながらきっと困るであろう質問を、俺はおそらく一番適任ではない人にしている。

「──それは、侑とセックスしたいということでいいのかな?」

 あまりにも直接的な表現に俺はうろたえしどろもどろになった。

「あ、の、ですね。いや、まぁ、いずれ? そんな事態が起きることもあるかと思いたいところですがとりあえずとしてはなんて言うかまぁ意思表示みたいな? こう、意識してるよってことを伝えるところから始められればと思っていたりするっていうか──」
「したいんだよね」
「あ…………まぁ…………はい…………たぶん…………っていうか」
「っていうか?」
「……触りたくて」

 俺が触れているのは手だ。
 俺の頭を撫で、手を繋ぐときに触れる深見の手は少しひんやりとしていて柔らかく、触り心地がいい。
 しかし手だけじゃなく触れたいと思った。
 好きな人には触れたいと言っていた深見の言葉がようやくわかった。


 俺はれたい、さわりたい。


「あの、最近は手を繋げるようになりまして。これは大進歩なわけなんですが、もっと……触れたいと思って……でもそれが、恥ずかしくて」
「……いま君たち手を繋いで帰ってるよね。もしかしてまだそれだけ?」
「それだけって……え? 手繋ぐのすごくないですか?」

 美人の髪が揺れた。なぜかそれで困っていますという感情が伝わる。やはり美人は髪の先まで感情表現が豊かなのだなと俺はいらない感心をした。

「塔野くん」
「はい」
「キスって……知ってる?」
「キス……」

 わざわざ、そんなことをまず確認しなければいけないレベルだと思われていることはわかった。だがやはりあまり馴染みのない単語なので念の為確認が必要だろうとも思った。よって確認した。

「それは、チューのことでしょうか」

 髪が揺れた、すごく困っている。
 俺もテンパっている。俺はそんなに変なことを言ったのか、それともなにか間違えたのか。チューとキスって違うものなのかっ!
 どうしよう、わからないっ!

「塔野くんっ!」
「はいっ!」
「大丈夫、合ってる」
「……そうですか、よかったです」

 ほっとした俺に美人は「してみたら」と言った。

「……なにを」
「チュー」
「…………あの」
「塔野くんから侑に──キスしてみたらいいんじゃないかな」

 髪が揺れることはなく、俺はようやくまともに美人の顔を見た。美人は視線を窓の外に向けどこか遠くを見ているようだ。姿勢はよく、下ろした左手の肘あたりを少し強めに掴んでいて、表情にあまり感情は読み取れないのに少し、切なく感じる。

 この人はまだ深見のことが好きなのだろうか。
 そうだ、そうじゃなきゃ俺に声をかけることはない。

「先輩はどうしたかったんですか?」

  ようやく美人とまともに目を合わせた。
  美人は俺をまっすぐ見たまま「侑を一日貸して」と言った──。

「嫌です」
「……即答だね」
「あの、貸し借りとかはよくわからないし俺が許可するようなものでもないとは思うんですが、でも──嫌です。俺は実はけっこう嫉妬深くてですね、自分の写真にさえ嫉妬するくらいでして……深見が、他の人見るの嫌なんです。だから──」
「なんで泣きそうなの」
「……あなたのことはいないことになっている。深見はずっと彼女とかいなくて俺が初恋で初めての恋人なんです。そう俺がお願いしたんです。だから……」

 ごめんなさい──と頭を下げた。無理だ、考えるのも嫌だ。
 そのままの状態で固まっていると「そうだよね」という呟きが聞こえた。顔を上げると美人は微かに笑っている。自嘲しているようだ。

「ごめんね、彼氏貸してとか変なこと言って。そうだよね、フリじゃないんだよね……本気なんだよね」

 どこか自分に言い聞かせているように感じる。俺は頷き「本気です」と答えた。

 そうか、この人は罰ゲームのことをはじめから知っていたのかもしれない。きっと俺たちがフリで付き合っていたことも知っていた。だから確認したかったのだろう。そしてその確認はもう終わったようだ。
 俺を見てもう一度「キスでもすれば」と言った。

「……あの、なんでキス」
「触りたいんでしょ、その先もしてみたいんでしょ。じゃあとりあえずそれくらいは自分からやったら? その先は彼氏にまかせればいいから」
「まかせる……」
「そう、おまかせ」

 おまかせ──いい響きだ。

 俺のキャパはもう一杯でこれ以上何かをすることは無理なのだからすべて深見に丸投げしてしまえばいいのだ。そして──そのためのキス。


 手を強く握りしめて先輩を見ると「頑張れ」と言われた。

 そう言って先輩は教室を出ていった。少しして焦った様子の深見が現れ俺の顔は自然と窓の外に向く。
 恥ずかしいのだ──顔に熱が集まり頭がクラクラする。
 それでも、俺は見たい。
 名を呼ばれ、声のしたほうに顔を向けた。

「…………見れるんだ」
「今、俺すごく頑張ってる」

 驚いた顔がホッとしたものに変わった。それに手を伸ばしたくなる──なんでこんなに好きなんだろう。

「──じゃあ帰ろう」
 そう言われ頷いて、深呼吸をした。
 心臓がうるさい、目の奥が熱い、顔に熱が集まりまだ頭がクラクラする。

「塔野」──呼ばれて顔を見た。

 俺と目が合うと深見は微笑む──少し不思議そうに俺を見ていた顔が、俺と目が合うと笑顔になる。

 それに俺は触れたい。

 まっすぐ歩いて手を伸ばした、そして顔を近づける。
 キスはたぶん、これで合っているはずだ。




 ──口が離れた。
 ご褒美のキスが終わると深見は俺の耳元でくすくす笑う。

「……なに」
「いや、びっくりして……」

 ──確かに。

「……俺もびっくり」
 俺が言うとやはり笑い声が耳元で聞こえた。なんだかくすぐったい。そして深見の頬が俺の頬に触れた。一瞬ビクつき目をぎゅっと閉じる。
 心臓ちょっと頑張り過ぎだろう、もう少し落ち着こう。

 そのまましばらくじっとしていると「ずっとこうしていたいけど……帰ろっか」と深見が言った。俺も頷く。

 顔が離れ手を握られ、なぜか動かない深見を見るともう片方の手で自分の口元を覆っている。どうしたのか聞くと曖昧な返事が帰ってきた。あまり見ない様子だ。
 深見の目だけが動いて俺を見た。

「やっぱり普通に俺のこと見れるみたいだね」
「そうだね」
「そうか、よかった」
 そう言いながら視線を俺から外した深見の耳がわずかに赤い。

 これは──照れている?

 深見が照れている。俺の目が見開かれ俺の中に何かが駆け抜けた。
 よくわからないが全身に血が一気に駆け巡ったような気がする、一気に顔に熱が戻り繋いだ手が熱い。

「なんで……照れてる」
「照れるよね。塔野からしてくれたら嬉しいなとは思ってたけど……予想していたよりも……っていうか──」
「っていうか?」

「すごく嬉しい」

 見たことのないふにゃっとした笑顔で、とても嬉しそうに深見が言った。
 それを見て一気にオーバーヒートした俺は、そのまましばらく意識が飛んだ。
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