人の噂は蜜の味

たかさき

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惚気けたい深見の話

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 恋人が可愛い。

 バカだと自分でも思うし、お花畑な自覚もある。
 そもそも恋人はよく見たら地味な眼鏡で、よく見なくても地味な眼鏡だ。

 しかし、これがとてつもなく可愛い。
 何言ってんだ俺と自身にツッコむ時期はとうに過ぎた。


 認めよう、塔野は可愛い。


 男子高校生が可愛いってどういうことだ、せめて格好いいと言ってあげたほうが塔野だって喜ぶのではないか。だが塔野はたまに一瞬かっこよさげなことをしたとしても「あ、さっきの俺カッコよくない?」とヘラヘラした笑顔で言ってくるようなやつなので最終評価が『あーもう可愛いなぁコイツ』となるのはやむを得ないことだろう。


 恋人が可愛い、そして俺たちはラブラブである。


 自分で自分たちをラブラブというのは俺の許容範囲を超えている──が、事実なのだから仕方ない。
 まわりからの生ぬるい視線にも慣れた。当初のよくわからない応援ムードもすでに勝手にやってろという諦観に変わった。そもそも周りの空気を気にして態度を変えるほど俺たちは器用な人間ではない。これからも俺たちは俺たちのペースで勝手にやらせてもらう。ただ──。


 恋人が可愛すぎるので、少しだけそれを喧伝したい。


 いや、喧伝しちゃだめだろ。盛んに言いふらしてどうする。別に不特定多数の人間に塔野が可愛いことを言いふらしたいわけではないのだ。ただ少し、自分ひとりの胸に留めておくことが難しいので吐き出して楽になりたいだけだ。それならばそれは不特定多数ではなくごく少人数、なんならひとりであっても問題はない、だが──。


「なぁ、さっきからお前なんか悩んでね」


 西田こいつは駄目だ。クズで性格も決して良いとは言えないが根本の部分は悪いやつではない。断じて親友ではないが友達と言われても否定はしない。例えばほかの悩み事であればうっかりポロッと口に出して聞かれてしまってもまぁいいかなと思う程度の関係ではある。しかしコレについてはうっかりもポロッも絶対してはいけない、聞かれてはいけない、なぜなら──。


「それよか塔野がさぁ──」


 こいつは、全力で俺の『塔野かわいい』に乗っかって来る。
 俺はただ溢れ出る思いを吐露したいだけだ。それならば独り虚空に向かって呟いていればいいのかもしれないが多少の余韻も欲しい、何かしらのワンクッションが欲しい。
 虚空にただ溶けて消えるのではなく、シャボン玉のように最後に弾けるそんなささやかなものでいい。要は吐露したものをとりあえず聞きましたという程度の薄いリアクションが欲しい。  

 決して「だよな、可愛いよな」という力強い同意が欲しいのではないし、「この前なんかさ……」という俺もこんな可愛い塔野見ちゃったぜという報告が欲しいのでもない。  
 そんなものそれこそ虚空にでも呟いてろ、俺に聞かせるな。
 俺に同意を求めてこようとするな。

「お前さぁ、俺見て嫌そうな顔するのホントやめろよ。親友やめるぞ」
 そんなことを言いながら西田は塔野の機嫌がよくてめっちゃ可愛いというただの事実をつらつらと俺の横で話しはじめた。
 耳は閉じれないが意識を別方向に飛ばせば不愉快な雑音もある程度はスルーできる。俺は西田の声をBGMに中断された思考を再開した。


 一応候補者はいるのだ。
 ただその候補者はすでに塔野からの集中砲火を一身に浴び続けているため、さらに俺からのささやかな呟きを聞かせるのも申し訳ないなという自制心もある。



「──それで平野にね、いや、まぁ、直接的に言うのもはばかられるので、こう、とても遠回しな感じでご褒美について話してたんだけど全然わかんないっていうからさ。でもやっぱ言えないじゃん。俺としては平野に察して欲しいわけよ、だって言えないからね。だけどほら、平野って察しが悪いから。俺はそれならばってジェスチャーなんかも試みてみたわけだけどジェスチャーのほうが直接言うよりも直接的な気がしてさぁ、平野に向かってするわけにもいかないし。そしたらやっぱり平野がさぁ──」

 こんな話を一日中聞かされている平野に向かって「塔野が可愛いんだけど──」などと俺が言い出すとかそんなのどんな爆発したバカップルだ。
 これ以上平野に心理的負担をかけるわけにはいかないだろう。  

 しかしそれよりも何よりも気になるのが塔野の話に平野の名前が出すぎることなのだが……まるで平野との惚気話を聞かされているような気がしてしまうのは深見侑という人間が塔野晃という人間を好きすぎるゆえの嫉妬──と分析しておけばいいのだろうか。


「──それで平野がね、本当に深見のこと好きだなとか言ってくるから……まぁ……そうだよ……とか言って……恥ずかしいからいちいちそんな当たり前のこと言わなくていいと思うんだけどね」


 恋人が……可愛い。


 はにかみながら「深見が好きとか……そんな……当たり前のこと」となぜかはっきりもう一回言った塔野が可愛い。
 もしやこれは何かに頑張ってるアピールなのかなと思ったが全然そんなことないようで「なんか、ついもう一回言ってしまった」と髪をいじりながら小さく呟いた塔野がとても可愛い。
 こんなのもうこの世に存在してるだけで頑張っている気がするのでご褒美と俺が顔を近づけると顔を伏せ「いや、俺……別に頑張ってないし」と真っ赤になった塔野が間違いなく可愛い。
 それならばと「俺がキスしたいから」と言ったら「何言ってんの」と不可解な表情を浮かべた塔野がとにかく可愛い。


 なぜそんな表情になったのか全然意味がわからないが塔野がなんだかものすごく可愛い。


 ──重症だろう。

 すでに重症であることはけっこう前から知っていたが現状は更に重症度も増し、このままでは何かの拍子に「塔野が可愛すぎるんだがっ!」と必死な様子で叫び出す存在してはいけない自分の未来がたやすく想像できてしまう。 

 やはりガス抜きが必要なのだ。誰かに俺のささやかな呟きを聞いてもらい薄い反応を少しだけ返してもらいたい。


 俺は同じリビングにいる人物に目を向けた。  
 ──そしてそっと目を反らした。

 駄目だ、あの姉は駄目だ。
 俺よりも優位に立つためならなりふり構わないあの姉にこんなことを打ち明けてしまったら最後、事あるごとに蒸し返されあの時は~と一生イジりのネタにされてしまうのだ。そんな事態は絶対に避けなくてはならない。  
 過敏に俺の視線を感じとり、しつこくどうしたのかと追及してくる姉をなんとかかわし俺は自室に逃げ込んだ。



 ただひと言、俺のささやかな呟きを穏やかに聞いて欲しいだけなのにその相手がいない。
 己の人脈の無さを憂いながらベッドに寝っ転がり何気なく部屋の隅に目をやった。

 ──いた。そうだ、ひとりいた。

 俺と塔野の関係を知っていてとりあえず過剰ではない反応を返してくれそうな人がひとりいた。俺は部屋の隅にある紙袋を横目に目的の番号を探し、電話をかけることにした。



「それで俺ね。まぁ頼りにされるのは悪い気がしないからいいんだけど、まさか惚気けたいんですって電話が店にかかってくるとは思わなかったなぁ」

 夜のファミレスで、俺の向いに座った笠井さんがテーブルに頬杖をつきニヤニヤした顔で言う。

「ひと言で済むから電話でいいって言いましたけどね」  
「いや俺はね、やっぱりこういうことは会ってしっかり聞いてあげるべきだと思ったわけよ。惚気なんてひと言じゃ足りないでしょ。さあさあ、お兄さんに膨れ上がった思いのたけをぶちまけちゃいなよ」

 好奇心に満ちた目を笠井さんは俺に向ける。思っていたよりも反応が過剰だ。何を期待しているのだろうか。
 確かに、俺の思いのたけはとてつもなく大きく膨れているかもしれないがその内容はひとつしかない。おそらく期待に沿うことはないだろうと思いながら笠井さんを見据えた。  
「じゃあ言いますよ」と言うと笠井さんが楽しそうな顔で頷く。


「塔野が可愛いんです」──言い切った。


 俺はその満足感に息を吐き肩の力を抜いた。  
 ふと正面を見ると笠井さんは笑顔を浮かべたまま続きを待っているようだ。しかし俺はもう満足したのでテーブルの上のジュースに手を伸ばす。

「……それで?」  
「それだけです」  
「……それだけ?」  
「それだけです」  
「……もっとないの」  
「ありません。それだけです」  
「せっかく俺がここまで来たんだからさぁ、もうちょっと何かひねり出してよ」  
「どれだけひねっても出てくるのはそれだけです」  
「もっとこう、昂ぶる思いみたいなのを俺にぶつけてもらってもいいんだよ」

 昂ぶる思い──と呟くと笠井さんの顔がまた楽しそうなものに変わった。仕方なく思いを昂ぶらせてみるが──。


「……塔野が可愛い……しか出てこない」


「あっそ」と素っ気なく呟きながら、笠井さんは手元のカップを煽った。

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