27 / 29
惚気けたい深見の話
しおりを挟む恋人が可愛い。
バカだと自分でも思うし、お花畑な自覚もある。
そもそも恋人はよく見たら地味な眼鏡で、よく見なくても地味な眼鏡だ。
しかし、これがとてつもなく可愛い。
何言ってんだ俺と自身にツッコむ時期はとうに過ぎた。
認めよう、塔野は可愛い。
男子高校生が可愛いってどういうことだ、せめて格好いいと言ってあげたほうが塔野だって喜ぶのではないか。だが塔野はたまに一瞬かっこよさげなことをしたとしても「あ、さっきの俺カッコよくない?」とヘラヘラした笑顔で言ってくるようなやつなので最終評価が『あーもう可愛いなぁコイツ』となるのはやむを得ないことだろう。
恋人が可愛い、そして俺たちはラブラブである。
自分で自分たちをラブラブというのは俺の許容範囲を超えている──が、事実なのだから仕方ない。
まわりからの生ぬるい視線にも慣れた。当初のよくわからない応援ムードもすでに勝手にやってろという諦観に変わった。そもそも周りの空気を気にして態度を変えるほど俺たちは器用な人間ではない。これからも俺たちは俺たちのペースで勝手にやらせてもらう。ただ──。
恋人が可愛すぎるので、少しだけそれを喧伝したい。
いや、喧伝しちゃだめだろ。盛んに言いふらしてどうする。別に不特定多数の人間に塔野が可愛いことを言いふらしたいわけではないのだ。ただ少し、自分ひとりの胸に留めておくことが難しいので吐き出して楽になりたいだけだ。それならばそれは不特定多数ではなくごく少人数、なんならひとりであっても問題はない、だが──。
「なぁ、さっきからお前なんか悩んでね」
西田は駄目だ。クズで性格も決して良いとは言えないが根本の部分は悪いやつではない。断じて親友ではないが友達と言われても否定はしない。例えばほかの悩み事であればうっかりポロッと口に出して聞かれてしまってもまぁいいかなと思う程度の関係ではある。しかしコレについてはうっかりもポロッも絶対してはいけない、聞かれてはいけない、なぜなら──。
「それよか塔野がさぁ──」
こいつは、全力で俺の『塔野かわいい』に乗っかって来る。
俺はただ溢れ出る思いを吐露したいだけだ。それならば独り虚空に向かって呟いていればいいのかもしれないが多少の余韻も欲しい、何かしらのワンクッションが欲しい。
虚空にただ溶けて消えるのではなく、シャボン玉のように最後に弾けるそんなささやかなものでいい。要は吐露したものをとりあえず聞きましたという程度の薄いリアクションが欲しい。
決して「だよな、可愛いよな」という力強い同意が欲しいのではないし、「この前なんかさ……」という俺もこんな可愛い塔野見ちゃったぜという報告が欲しいのでもない。
そんなものそれこそ虚空にでも呟いてろ、俺に聞かせるな。
俺に同意を求めてこようとするな。
「お前さぁ、俺見て嫌そうな顔するのホントやめろよ。親友やめるぞ」
そんなことを言いながら西田は塔野の機嫌がよくてめっちゃ可愛いというただの事実をつらつらと俺の横で話しはじめた。
耳は閉じれないが意識を別方向に飛ばせば不愉快な雑音もある程度はスルーできる。俺は西田の声をBGMに中断された思考を再開した。
一応候補者はいるのだ。
ただその候補者はすでに塔野からの集中砲火を一身に浴び続けているため、さらに俺からのささやかな呟きを聞かせるのも申し訳ないなという自制心もある。
「──それで平野にね、いや、まぁ、直接的に言うのもはばかられるので、こう、とても遠回しな感じでご褒美について話してたんだけど全然わかんないっていうからさ。でもやっぱ言えないじゃん。俺としては平野に察して欲しいわけよ、だって言えないからね。だけどほら、平野って察しが悪いから。俺はそれならばってジェスチャーなんかも試みてみたわけだけどジェスチャーのほうが直接言うよりも直接的な気がしてさぁ、平野に向かってするわけにもいかないし。そしたらやっぱり平野がさぁ──」
こんな話を一日中聞かされている平野に向かって「塔野が可愛いんだけど──」などと俺が言い出すとかそんなのどんな爆発したバカップルだ。
これ以上平野に心理的負担をかけるわけにはいかないだろう。
しかしそれよりも何よりも気になるのが塔野の話に平野の名前が出すぎることなのだが……まるで平野との惚気話を聞かされているような気がしてしまうのは深見侑という人間が塔野晃という人間を好きすぎるゆえの嫉妬──と分析しておけばいいのだろうか。
「──それで平野がね、本当に深見のこと好きだなとか言ってくるから……まぁ……そうだよ……とか言って……恥ずかしいからいちいちそんな当たり前のこと言わなくていいと思うんだけどね」
恋人が……可愛い。
はにかみながら「深見が好きとか……そんな……当たり前のこと」となぜかはっきりもう一回言った塔野が可愛い。
もしやこれは何かに頑張ってるアピールなのかなと思ったが全然そんなことないようで「なんか、ついもう一回言ってしまった」と髪をいじりながら小さく呟いた塔野がとても可愛い。
こんなのもうこの世に存在してるだけで頑張っている気がするのでご褒美と俺が顔を近づけると顔を伏せ「いや、俺……別に頑張ってないし」と真っ赤になった塔野が間違いなく可愛い。
それならばと「俺がキスしたいから」と言ったら「何言ってんの」と不可解な表情を浮かべた塔野がとにかく可愛い。
なぜそんな表情になったのか全然意味がわからないが塔野がなんだかものすごく可愛い。
──重症だろう。
すでに重症であることはけっこう前から知っていたが現状は更に重症度も増し、このままでは何かの拍子に「塔野が可愛すぎるんだがっ!」と必死な様子で叫び出す存在してはいけない自分の未来がたやすく想像できてしまう。
やはりガス抜きが必要なのだ。誰かに俺のささやかな呟きを聞いてもらい薄い反応を少しだけ返してもらいたい。
俺は同じリビングにいる人物に目を向けた。
──そしてそっと目を反らした。
駄目だ、あの姉は駄目だ。
俺よりも優位に立つためならなりふり構わないあの姉にこんなことを打ち明けてしまったら最後、事あるごとに蒸し返されあの時は~と一生イジりのネタにされてしまうのだ。そんな事態は絶対に避けなくてはならない。
過敏に俺の視線を感じとり、しつこくどうしたのかと追及してくる姉をなんとかかわし俺は自室に逃げ込んだ。
ただひと言、俺のささやかな呟きを穏やかに聞いて欲しいだけなのにその相手がいない。
己の人脈の無さを憂いながらベッドに寝っ転がり何気なく部屋の隅に目をやった。
──いた。そうだ、ひとりいた。
俺と塔野の関係を知っていてとりあえず過剰ではない反応を返してくれそうな人がひとりいた。俺は部屋の隅にある紙袋を横目に目的の番号を探し、電話をかけることにした。
「それで俺ね。まぁ頼りにされるのは悪い気がしないからいいんだけど、まさか惚気けたいんですって電話が店にかかってくるとは思わなかったなぁ」
夜のファミレスで、俺の向いに座った笠井さんがテーブルに頬杖をつきニヤニヤした顔で言う。
「ひと言で済むから電話でいいって言いましたけどね」
「いや俺はね、やっぱりこういうことは会ってしっかり聞いてあげるべきだと思ったわけよ。惚気なんてひと言じゃ足りないでしょ。さあさあ、お兄さんに膨れ上がった思いのたけをぶちまけちゃいなよ」
好奇心に満ちた目を笠井さんは俺に向ける。思っていたよりも反応が過剰だ。何を期待しているのだろうか。
確かに、俺の思いのたけはとてつもなく大きく膨れているかもしれないがその内容はひとつしかない。おそらく期待に沿うことはないだろうと思いながら笠井さんを見据えた。
「じゃあ言いますよ」と言うと笠井さんが楽しそうな顔で頷く。
「塔野が可愛いんです」──言い切った。
俺はその満足感に息を吐き肩の力を抜いた。
ふと正面を見ると笠井さんは笑顔を浮かべたまま続きを待っているようだ。しかし俺はもう満足したのでテーブルの上のジュースに手を伸ばす。
「……それで?」
「それだけです」
「……それだけ?」
「それだけです」
「……もっとないの」
「ありません。それだけです」
「せっかく俺がここまで来たんだからさぁ、もうちょっと何かひねり出してよ」
「どれだけひねっても出てくるのはそれだけです」
「もっとこう、昂ぶる思いみたいなのを俺にぶつけてもらってもいいんだよ」
昂ぶる思い──と呟くと笠井さんの顔がまた楽しそうなものに変わった。仕方なく思いを昂ぶらせてみるが──。
「……塔野が可愛い……しか出てこない」
「あっそ」と素っ気なく呟きながら、笠井さんは手元のカップを煽った。
24
あなたにおすすめの小説
30歳まで独身だったので男と結婚することになった
あかべこ
BL
※未完
4年前、酒の席で学生時代からの友人のオリヴァーと「30歳まで独身だったら結婚するか?」と持ちかけた冒険者のエドウィン。そして4年後のオリヴァーの誕生日、エドウィンはその約束の履行を求められてしまう。
キラキラしくて頭いいイケメン貴族×ちょっと薄暗い過去持ち平凡冒険者
初恋は十三年経っても
高木凛
BL
獣医師・中津健人は家族の事情で故郷に戻ってきた。新生活の準備を終え、街を散策していた時、偶然入ったカフェで高校時代の同級生・西園裕也と13年ぶりに再会する。
カフェのオーナーとなった裕也は変わらぬ笑顔で健人を迎えるが、健人の心は複雑だった。裕也は健人にとって、高校時代に抱いた初恋の相手だったのだ。
【お知らせ】2026.03.07
新作(完全別作品)投稿開始しました!
https://www.alphapolis.co.jp/novel/980607074/342037383
【お知らせ】2026.03.04
本作を「カクヨム」にも投稿開始いたしました。
https://kakuyomu.jp/works/822139846400772948
消えることのない残像
万里
BL
最愛の兄・大貴の結婚式。高校生の志貴は、兄への想いが「家族愛」ではなく「恋」であったと、失恋と同時に自覚する。血の繋がりという境界線、そして「弟」という役割に縛られ、志貴は想いを封印して祝福の仮面を被る。
しかし数年後、大貴の息子が成長し、かつての兄と瓜二つの姿となったとき、止まっていた志貴の時間は歪な形で動き出す。
志貴(しき):兄・大貴に長年片思いしているが、告げることなく距離を置いていた。
大貴(だいき):志貴の兄。10歳年上。既婚者で律樹の父。無自覚に人を惹きつける性格。志貴の想いには気づいていない。
律樹(りつき):大貴の息子。明るく素直だが、志貴に対して複雑な感情を抱く。
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
【完結】番になれなくても
加賀ユカリ
BL
アルファに溺愛されるベータの話。
新木貴斗と天橋和樹は中学時代からの友人である。高校生となりアルファである貴斗とベータである和樹は、それぞれ別のクラスになったが、交流は続いていた。
和樹はこれまで貴斗から何度も告白されてきたが、その度に「自分はふさわしくない」と断ってきた。それでも貴斗からのアプローチは止まらなかった。
和樹が自分の気持ちに向き合おうとした時、二人の前に貴斗の運命の番が現れた──
新木貴斗(あらき たかと):アルファ。高校2年
天橋和樹(あまはし かずき):ベータ。高校2年
・オメガバースの独自設定があります
・ビッチング(ベータ→オメガ)はありません
・最終話まで執筆済みです(全12話)
・19時更新
※なろう、カクヨムにも掲載しています。
人並みに嫉妬くらいします
米奏よぞら
BL
流されやすい攻め×激重受け
高校時代に学校一のモテ男から告白されて付き合ったはいいものの、交際四年目に彼の束縛の強さに我慢の限界がきてしまった主人公のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる