人の噂は蜜の味

たかさき

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しっぽの話

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 ある日の昼休み。
 深見に「お手」と言われたので手を差し出した。

 深見は俺の手をじっと見ると「荒れてるね」と見たまんまな事を口にした。

「そういう季節なんだよ」
「季節もの……なんだ。何か塗るものないの」
「あるよ、鞄の中に」
「……持ち歩かないの?」
「持ち歩いてるよ、鞄に」
「今鞄ないよね、塗ってるの?」
「………………塗ってるよ、たまに」

「むー」と深見が言った。

 むーってなんだ、なんだよむーって、なんか可愛いだろーがっ! と俺が身悶えているうちに昼休みは終わり、その日も終わり──。

 それから度々「お手」をされるようになった。



「俺って……ちょっと犬っぽいのかな」

「「「えっ!」」」
 予想外の反響に戸惑う。平野に言ったつもりなのだがなぜか周囲の数人も驚きの表情でこちらを振り向いた。そして皆あーという顔になり何かに納得したように頷くと何事もなかったかのように元に戻る。

「……平野君、説明を」
 平野は大きく頷くと俺の両肩に手を置き「お前はわんこだ」と言った。

「そうか、俺は犬だったのか…………どういうこと?」
「どういうことって、どー見てもわんこだよ」
「どー見ても人間じゃないの……」

「人間だけど、わんこだなぁ」と言う平野にお前の友達犬でいいのかと聞くと「いいんじゃないの」という返答を得た。


 深見はどう思ってるのだろう。



「今日はいつもよりも更に見てるね。何か言いたいことあるの」

 帰り道、いつものように深見を見ていると深見が言った。
 言いたいことではなく聞きたいことなのだが、どう聞こう。
 俺は犬なのかという聞き方はおかしい気がする。自分からそんな事を言うと普通に馬鹿にされる気がするし、そうだよと言われたときに対処の仕方がわからない。よってとりあえずジャブ程度にこんな質問をしてみた。

「深見……動物何が好き?」
「動物? うーん……ペンギンとかけっこう長時間見ていられるかな……」

 まさかの鳥類だった。
 そして「行く?」と深見が言った。




「なんかいいことあったの?」

 少し呆れた顔の平野がようやく俺を見た。先程から近くを何度も行ったり来たりしていたのに軽く無視されていたのでこれは執念の勝利だろう。しかしなぜかクールぶろうとした俺はさり気なく「なんで?」と聞いた。

「尻尾がパタパタと激しく動いてるのが見える」
「……俺に尻尾などないはずだが」
「あるね、見える──なぁ」

 平野は隣のやつに顔を向けた、すると隣のやつも頷きながら「確かに見える」と言い出す。なんだ、なんでそんなに隣のやつと仲良くなってんだ──っていや、そうじゃない。

「まぁ……確かに? 俺は深見と動物園に行くことになり浮かれているかもしれない。ぶっちゃけとても楽しみだ。しかもこれ深見から行こうって言ったし、ペンギン見たいって言うし、ナンダそれっ! 可愛すぎだろっ! って感じだけれども──俺に尻尾などない!」

 俺の主張に平野外一名は納得したように頷いた。どうやらわかってくれたようだと俺も頷く。

「──で、なんでペンギン見るのに水族館じゃなくて動物園?」平野が言った。
「それはさぁ、深見が水族館のペンギンは環境が良すぎて元気すぎて忙しないから動物園のほうがいいって言うから。動物園のペンギンはみんな俺みたいにぼーっとしてるんだって。なんか詳しいよなぁ、たぶんよっぽど好きなんだよペンギン。可愛いもんなペンギン。でも大昔2メートル超えのペンギンいたらしいよ、俺よりデカイペンギンとかさすがにちょっと怖いよな──」

 こんな感じで少し得意げに俺が軽い雑学を披露していると「まぁ行ったんじゃないの、前の彼女と」と平野とは別方向からそんな不可解な音が聞こえた。
 しばし理解するのに時間を要す。

「ナニいってんの深見にカノジョなんていなカッタんだヨ」

 とりあえずそんなことを言って俺はその場を立ち去った。
 背後から「なに、そーいうことになってんの?」という外一名の声と「あーあ、尻尾が……」などという平野の声が聞こえたが──俺に尻尾などない。



 なぜかあっという間に昼休みになり中庭に向かう。

 自分の足取りのその軽やかさが今朝とはまるで違うのがわかる。このままではだめだろう、さすがにめんどくさ過ぎる自覚がある。
 深見が来る前に回復しなくては──そう思っているとなぜかもう目の前に深見がいた。

「……なんか…………今日早くない?」
「早くないよ。なんで頭抱えてるの」
「これは…………こう……………守ろうと、頭を」
「それ以上馬鹿にならないように?」
「……あー、そうソレソレ」

 深いため息が聞こえた、そして頭の上に手が乗る。
 結局ため息付きで慰められるのだ。しかし、それがいつもよりも長く感じる気がして「深見?」と呼んだ。
 深見の手が横に流れた。手の平が頬をかすめ首筋に触れ、指が耳に触れる。くすぐったくて目を細めて深見を見ると──深見はジッと俺を見ていた。


「お手」──反射的に手を差し出す。


「やっぱり塗ってないよね、全然良くなってない。むしろカサカサになってる」
 深見は何事もなかったかのように俺の手をチェックしているが──さっきのはなんだ。

「……あまり気にならないので」
「俺は気になるんだけど……俺が塗ったらいいのかな」
「まぁ好きなようにしていただければ」
「……好きにしていいの?」
 深見が少し上目遣いで俺を見て言った。

 好きに──なぜかその言葉で顔に熱が集まりさっと手を引く、俺の目が泳ぐ

「……え……深見何かした?」
「何もしてないよ」
「じゃあ……なんで俺顔赤いの……」
「さぁ、なんでだろうね」
 楽しそうな声がする。絶対何かをされたのだがよくわからず顔だけが熱い。俺が自分の顔を手で煽いでいると楽しそうな顔をしたまま「なんで頭抱えてたの?」と聞かれた。
 顔の熱がすーっと引いて、今度はいたたまれなさを思い出しうつむく。

「……あ……れは……いつもの」
「いつもの?」

 俺は頷いた。いつものことだ、察して欲しい。

「いつもの何?」
「……嫉妬」
「今度は何に?」
「今度も何もだいたい……昔の彼女」
「それはいないってことになってるよね」
「……わかってる……けど、深見……動物園か水族館……行った?」
「あーそういうやつか、何? これからどっか行くときいちいちそれやるの?」

 言い方が冷たい、でも俺も自分が面倒くさいやつだという自覚はある。だから少し時間が欲しい。
 もっと隠したい、気づかれたくない。俺には尻尾なんてないのだから隠せるはずだ。

「たぶんやる……けど気付かれないようにする」
「……ん?」
「そんなこと考えずに、嫉妬しないでいるのが一番いいのわかってるけど……現状は嫉妬してしまうので……仕方ないので……俺にできることはそれを隠すことだから……できてないけど、でも隠すから……わからないようにする」
「それは無理だと思うけどな」
「そうかもしれないけど、俺は別に尻尾とかないし……それくらい隠せる」
「……またそんな顔してるのに?」
「これは、もう今日はバレてるからいいんだよ。でも、俺嫌なんだよ。なんでこんな嫉妬深いのかわかんない。めんどくさいってのもわかってるし……だけど、なんていうか……全部俺のものだったらいいのにって、深見の過去も未来も全部──俺のものにしたい」

 言い放ったあと両手で顔を覆い俯いた。そのままなにも言えずにいるが深見の反応もない。しばらく経って恐る恐る顔を上げてみると深見は少し情けない顔でうなだれていた。
 もしかして俺の嫉妬深さに愛想を尽かしたのだろうか。目の奥が熱くなるのを眉間に力を入れ耐えていると深見が恨めしげに俺を見た。

「いま……自分が何言ったかわかる?」
「……めちゃくちゃ嫉妬深いのなんでかなぁって……言った」
「それと?」
「それと? 俺が、めんどくさいやつで……ごめんなさい」
「……ごめんなんて言ってないよね」
「……今言った、ごめんなさい」
「違う違う、そうじゃなくて、謝らなくていいから。謝るようなことはしてないから。嫉妬深いのもめんどくさいのもちゃんと知ってるから、大丈夫」
「……そうなの? じゃあ愛想……尽かさない?」
「尽かすわけないから──大丈夫」

 俺の手を握って俺の目を見てもう一度「大丈夫」と言うと深見は微笑んだ。
 それを見て、目の奥はもう熱くないのに自分の目がみるみると水の膜に覆われていく。それはすぐに決壊し頬を伝って落ちていった。


「え、なんでまた泣くの」深見が狼狽えている。

 この涙が出た理由ははっきりわかった。
 でもこんな理由で涙が出るのなら、俺はこれからきっと何度も何度も泣くことになるのだろう。

 大好きだと思うだけで出てくる涙はどう止めたらいいのかわからない。

 せめて狼狽える深見に悲しい涙じゃないと伝えたい。
 そうか、こんなとき俺に尻尾があればそんなことも見るだけですぐ伝えられるのか。
 それはとても便利だ。


 とりあえず涙は止まったので、俺の頭を撫でていた深見に「尻尾」と呟く。
 深見は少し悩んだ様子で俺の後ろをちらりと見てから俺の顔を見、「買うならつけ耳にしよう」と真面目な顔で言った。


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