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1 アレンとアストレア
2 決断
空気が、張り詰めた。
人間側が腰を落とし、臨戦態勢に入る。
呼吸をすることすら注意を払うほどに、肌が痺れる。
婚約破棄に至った理由の二つ目はギルドシステムの成熟だ。人間族の戦力底上げに、冒険者ギルドの存在がある。
両種族の友好関係が続く間、人間は魔界への出入りが容易になり、クエストをこなすことで、戦闘技術が飛躍的に向上した。この場には上位の冒険者が揃えられている。
神の手がなければ、彼らは瞬時にアストレアの魔力で消し飛ぶ。
防御面での懸念をある程度払拭した今なら、彼らの剣がアストレアに届く可能性はゼロではなくなった。
「神の手が最強の盾なら、我らにとって最強の剣は勇者だ。貴様らの優位性などもうないぞ」
レイブンが発した言葉に、アストレアが歯を見せた。
魔族特有の鋭い犬歯が、三日月状に開いた唇から覗いた。同時に歯を砕くほどの勢いで顎が鳴る。
アレンには覚えがある表情だった。子供時代に魔界の森で魔獣に出くわし、アレンの腕が爪で抉られた。
その傷口を見たアストレアが森ごと魔獣を消し去った衝撃は、アレンにとっては、長い年月が経過した今でも細部まで思い出せる記憶だ。
腕の傷が疼く。
あの表情になったアストレアは力を制御しない。
神の手が本気のアストレアに対抗できるかは不明だが、犠牲者が出る事態は避けなばならない。
「アレン、今こそ勇者として歴史に名を残せ!」
レイブンが腕を払ってアストレアに突き付けた。
婚約破棄最後の理由は、勇者システムの成功だ。
冒険者を魔界へ送り込み、勇者として覚醒させる。勇者とは、魔王級の防御障壁を斬り裂くほどの聖気を纏うものだ。
勇者として覚醒したのは、数多の冒険者でアレンのみだ。
「やはりお前はそちら側につくんだな、アレン!」
アストレアの怒号が空気を飲み込んだ。魔力が漆黒の髪を突き上げ、天井を打ち抜いた。
「当たり前だ、アレンは人間族最強の勇者だぞ!」
「ならばもう手加減はなしだ。アレン、せめて楽に逝かせてやる!」
「やめろ、アストレア!」
魔力の渦がアレンの叫びを遮り、アストレアの姿をかき消した。味方である魔族すら巻き込み、宙へ浮き上がらせる。ガラスが割れる。窓枠が外れ吹き飛んだ。
引き裂かれたカーペットがシャンデリアを覆い、広間に闇を落とした。
渦に飲まれた彼女を視認することはできない。
膨大な魔力が一点に凝縮されつつあった。
限界まで圧縮して放つ魔力はどれほどの威力となるのか。
アレンには想像できない。いや、想像することすら恐怖だ。
いくら、神の手でも耐えきれるものなのか?
疑問の答えを追い求めるのは、生命を軽んじる行為だ。選択を間違えれば、この場の全員が消滅する未来もありえる。
勇者の使命は、魔族を討つこと。アストレアは魔族の象徴で、最優先の標的だ。
オレはアストレアに剣を向けたくない。
ならば……
アレンが前方を見ると、振り返ったレイブンと視線が合った。
「早くしろ」
王太子を斬る……か?
行動に移せば、かつての仲間とも剣を交えることになる。
共に戦い、笑いながらも、互いを高めあった仲間たち。あの時の情熱はまだ、この手の中に残っている。
それでも、アストレアと戦うくらいなら、それでも……
仲間との思い出を、血の色で塗り潰したとしても。
アレンは唇を噛む痛みで、我に返った。親指で唇を押し込んでいたらしい。無意識だったため、思わず噛んでしまったようだ。
アストレアの癖だと思っていたものが、いつの間にか自分の癖になっていたようだ。
試してみるか。
アレンは剣を抜いた。
アストレアの魔力を斬り裂かねば、彼女には届かない。
「そうだ、行け、アレン! 魔族を消し去ってしまえ」
「オレ一人で行く。お前らはそこで王太子の護衛を続けろ」
両種族の均衡を破ったのはアレンだった。
剣を携え、駆け出す勇者から皇女を守るべく、魔族が動いた。
こん棒が床板を打ち抜いた。
宙へ逃れたアレンは、魔物の肩に乗り、後頭部を蹴り飛ばした。反動を利用して、迫りくる鬼の顔面を踏みつける。
状況を悪化させる火種は作らない。命を奪えば、魔族も引き下がれなくなる。全面戦争になる。
目的はアストレアに近づくことだ。
アレンは剣を構えた。刃を聖気で覆う。皇女の障壁を斬り裂けるのは勇者の聖気だけだ。
空中で体を一回転させて、アレンはアストレアに剣を振り下ろした。
人間側が腰を落とし、臨戦態勢に入る。
呼吸をすることすら注意を払うほどに、肌が痺れる。
婚約破棄に至った理由の二つ目はギルドシステムの成熟だ。人間族の戦力底上げに、冒険者ギルドの存在がある。
両種族の友好関係が続く間、人間は魔界への出入りが容易になり、クエストをこなすことで、戦闘技術が飛躍的に向上した。この場には上位の冒険者が揃えられている。
神の手がなければ、彼らは瞬時にアストレアの魔力で消し飛ぶ。
防御面での懸念をある程度払拭した今なら、彼らの剣がアストレアに届く可能性はゼロではなくなった。
「神の手が最強の盾なら、我らにとって最強の剣は勇者だ。貴様らの優位性などもうないぞ」
レイブンが発した言葉に、アストレアが歯を見せた。
魔族特有の鋭い犬歯が、三日月状に開いた唇から覗いた。同時に歯を砕くほどの勢いで顎が鳴る。
アレンには覚えがある表情だった。子供時代に魔界の森で魔獣に出くわし、アレンの腕が爪で抉られた。
その傷口を見たアストレアが森ごと魔獣を消し去った衝撃は、アレンにとっては、長い年月が経過した今でも細部まで思い出せる記憶だ。
腕の傷が疼く。
あの表情になったアストレアは力を制御しない。
神の手が本気のアストレアに対抗できるかは不明だが、犠牲者が出る事態は避けなばならない。
「アレン、今こそ勇者として歴史に名を残せ!」
レイブンが腕を払ってアストレアに突き付けた。
婚約破棄最後の理由は、勇者システムの成功だ。
冒険者を魔界へ送り込み、勇者として覚醒させる。勇者とは、魔王級の防御障壁を斬り裂くほどの聖気を纏うものだ。
勇者として覚醒したのは、数多の冒険者でアレンのみだ。
「やはりお前はそちら側につくんだな、アレン!」
アストレアの怒号が空気を飲み込んだ。魔力が漆黒の髪を突き上げ、天井を打ち抜いた。
「当たり前だ、アレンは人間族最強の勇者だぞ!」
「ならばもう手加減はなしだ。アレン、せめて楽に逝かせてやる!」
「やめろ、アストレア!」
魔力の渦がアレンの叫びを遮り、アストレアの姿をかき消した。味方である魔族すら巻き込み、宙へ浮き上がらせる。ガラスが割れる。窓枠が外れ吹き飛んだ。
引き裂かれたカーペットがシャンデリアを覆い、広間に闇を落とした。
渦に飲まれた彼女を視認することはできない。
膨大な魔力が一点に凝縮されつつあった。
限界まで圧縮して放つ魔力はどれほどの威力となるのか。
アレンには想像できない。いや、想像することすら恐怖だ。
いくら、神の手でも耐えきれるものなのか?
疑問の答えを追い求めるのは、生命を軽んじる行為だ。選択を間違えれば、この場の全員が消滅する未来もありえる。
勇者の使命は、魔族を討つこと。アストレアは魔族の象徴で、最優先の標的だ。
オレはアストレアに剣を向けたくない。
ならば……
アレンが前方を見ると、振り返ったレイブンと視線が合った。
「早くしろ」
王太子を斬る……か?
行動に移せば、かつての仲間とも剣を交えることになる。
共に戦い、笑いながらも、互いを高めあった仲間たち。あの時の情熱はまだ、この手の中に残っている。
それでも、アストレアと戦うくらいなら、それでも……
仲間との思い出を、血の色で塗り潰したとしても。
アレンは唇を噛む痛みで、我に返った。親指で唇を押し込んでいたらしい。無意識だったため、思わず噛んでしまったようだ。
アストレアの癖だと思っていたものが、いつの間にか自分の癖になっていたようだ。
試してみるか。
アレンは剣を抜いた。
アストレアの魔力を斬り裂かねば、彼女には届かない。
「そうだ、行け、アレン! 魔族を消し去ってしまえ」
「オレ一人で行く。お前らはそこで王太子の護衛を続けろ」
両種族の均衡を破ったのはアレンだった。
剣を携え、駆け出す勇者から皇女を守るべく、魔族が動いた。
こん棒が床板を打ち抜いた。
宙へ逃れたアレンは、魔物の肩に乗り、後頭部を蹴り飛ばした。反動を利用して、迫りくる鬼の顔面を踏みつける。
状況を悪化させる火種は作らない。命を奪えば、魔族も引き下がれなくなる。全面戦争になる。
目的はアストレアに近づくことだ。
アレンは剣を構えた。刃を聖気で覆う。皇女の障壁を斬り裂けるのは勇者の聖気だけだ。
空中で体を一回転させて、アレンはアストレアに剣を振り下ろした。
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