3 / 9
1 アレンとアストレア
3 勇者と皇女
剣が鈍く震えた。衝撃に指が痺れる。意識して握力を強めなければ、剣を離してしまいそうなほどだ。
アレンが叫ぶ。意味など持たない呻きだった。喉を掻きむしるように転がり出た声だった。
聖気を集中させ、全体重を剣に乗せることを意識した。
亀裂が生じる。
魔力の壁が、二つに裂けた。
剣は勢いよく床に突き刺さった。アストレアの髪が、剣圧で左右に流れた。
「アレン?」
目を見開いたアストレアは何が起きたのか理解していないようだった。
自分の魔力を断ち切られたことなど、彼女にとっては初めての経験だろう。
だが彼女には知識がある。
勇者ならば、魔界の皇女相手でも切り込めるという知識だ。
瞳の色が驚きから、憎しみへと変わる。
「よく来たな、勇者よ。これは、褒美だ。私の全魔力を受け止めるがいい」
三日月の笑み。アレンは自分に向けられることの絶望を始めて知った。
まともに受ければ即死だ。アレンはその言葉すら生温いことに気付く。
アストレアの全力ならば、肉体ごと消失するだろう。アレンの存在すら無に返し、空気に漂う焦げた肉の臭いだけが残る。
確定したかのような未来を想像して、鼓動が早まった。心臓が痛い。失敗すれば待つのは死だ。
時間はない。会話もできない。魔法の発動準備は整った。
アストレアの手に凝縮された魔力は、空間の輪郭すら奪っていた。空気が波打つ。
最後に試していないことがある。
アレンは自分に向けられたアストレアの手首を掴んだ。体を滑らせる。
唇が痛んだ。歯をぶつけたらしい。血の味が滲んだ。
アストレアがアレンを突き飛ばした。
「な……何をした!」
アストレアは上唇に指を当てて叫んだ。
「何って……分かるだろ」
「分かるか! あっ……くそ」
アストレアは苛立たし気に床を踏みつけた。時間をかけて練り上げた魔力が霧散してしまったようだ。
再度、魔力を練り上げようとするが、集中力が持続しないためか、近くのイスを蹴り飛ばした。
怒りの発露を目の当たりにし、魔族がアレンに襲い掛かろうと身構えた。
「動いたものから殺す」
アストレアの一言が、場の空気を制した。
彼女が従えたのは、配下の魔族だけではなかった。人間族すら凍り付かせた。
最も近い距離にいるアレンは、呼吸すら奪われそうだった。
「言い訳する時間くらいなら、くれてやる。してみろ。その後でゆっくり殺してやろう」
彼女の考えを読むことはできない。彼女は広間にいるもの全ての思考と動きを奪っていた。
会話を許されるだけでもありがたいことなのか?
アレンは考えを伝えようとした。他のものには、聞かせられない。
耳打ちしようと、距離を寄せ、顔を近づけた。
アレンの顔が迫ると、アストレアは拒絶する素振りもなく目を細めた。閉じそうになる瞳が左右に揺れ動く。
両種族が二人を注視していた。
アストレアがアレンの顎を突き上げた。
「この状況で何をしようとしてるんだ、お前は。周りを見ろ」
「耳打ち、だけど」
「は? 耳打ちだと?」
舌を鳴らして、アストレアはアレンの肩を押して遠ざける。
「お前はいちいち私を苛立たせるな。人前で言えないことか? コソコソしないで堂々と言え。じれったいヤツだな」
アストレアは遥か高みに君臨する絶対的強者の立場から、言葉を投げかける。二言はない。彼女がこのように答えた以上、耳打ちは許されないことを意味する。
アレンは周囲を見回した。
大広間にいる全員の視線がアレンとアストレアに注がれている。アストレアが許可したのは、その行為のみだ。
彼女は命じた。動くな、と。
仕方がない、とアレンは覚悟を決めた。この場の全員を敵に回すという選択肢だ。
魔族と人間族の全面戦争を回避する手立ては他に思いつかない。
失敗すれば、自分が真っ先に死ぬことになる。
そう認識しながらも、皇女の許しを得られないならば、皆の前で宣言するしかない。
「オレと逃げよう」
「逃げる……この私が? 人間ごときに背をむけて?」
アストレアが眉を顰めた。アレンは言葉の選択を間違えたことを知った。
彼女の背で黒い空気が揺らぐ。炎のように空間が震えた。
パン! と空気が弾けた。
壁に衝撃音が響く。トロールの頭が壁に突き刺さっていた。
「次はないぞ。動くな、とは、指一本動かすなということだ。私はまだ、アレンを殺せとは命じてないぞ」
鳥肌が立つ。
これだけの緊迫感の中、アストレアはトロールの微細な動きすら把握したということか。
アレンは死の気配がのしかかるのを感じた。
アストレアの視線が、正面からアレンの瞳の奥に差し込まれた。
「で?」
「待て」
真意を伝えきれていない。言葉を発しようとしながらも、アレンは皇女の圧力に押され、踵を後方に逃がそうとした。
「理解できてるか? お前はこの場の全員を敵に回してるぞ。私がこやつらに自由を与えると、お前、死ぬぞ?」
アレンが叫ぶ。意味など持たない呻きだった。喉を掻きむしるように転がり出た声だった。
聖気を集中させ、全体重を剣に乗せることを意識した。
亀裂が生じる。
魔力の壁が、二つに裂けた。
剣は勢いよく床に突き刺さった。アストレアの髪が、剣圧で左右に流れた。
「アレン?」
目を見開いたアストレアは何が起きたのか理解していないようだった。
自分の魔力を断ち切られたことなど、彼女にとっては初めての経験だろう。
だが彼女には知識がある。
勇者ならば、魔界の皇女相手でも切り込めるという知識だ。
瞳の色が驚きから、憎しみへと変わる。
「よく来たな、勇者よ。これは、褒美だ。私の全魔力を受け止めるがいい」
三日月の笑み。アレンは自分に向けられることの絶望を始めて知った。
まともに受ければ即死だ。アレンはその言葉すら生温いことに気付く。
アストレアの全力ならば、肉体ごと消失するだろう。アレンの存在すら無に返し、空気に漂う焦げた肉の臭いだけが残る。
確定したかのような未来を想像して、鼓動が早まった。心臓が痛い。失敗すれば待つのは死だ。
時間はない。会話もできない。魔法の発動準備は整った。
アストレアの手に凝縮された魔力は、空間の輪郭すら奪っていた。空気が波打つ。
最後に試していないことがある。
アレンは自分に向けられたアストレアの手首を掴んだ。体を滑らせる。
唇が痛んだ。歯をぶつけたらしい。血の味が滲んだ。
アストレアがアレンを突き飛ばした。
「な……何をした!」
アストレアは上唇に指を当てて叫んだ。
「何って……分かるだろ」
「分かるか! あっ……くそ」
アストレアは苛立たし気に床を踏みつけた。時間をかけて練り上げた魔力が霧散してしまったようだ。
再度、魔力を練り上げようとするが、集中力が持続しないためか、近くのイスを蹴り飛ばした。
怒りの発露を目の当たりにし、魔族がアレンに襲い掛かろうと身構えた。
「動いたものから殺す」
アストレアの一言が、場の空気を制した。
彼女が従えたのは、配下の魔族だけではなかった。人間族すら凍り付かせた。
最も近い距離にいるアレンは、呼吸すら奪われそうだった。
「言い訳する時間くらいなら、くれてやる。してみろ。その後でゆっくり殺してやろう」
彼女の考えを読むことはできない。彼女は広間にいるもの全ての思考と動きを奪っていた。
会話を許されるだけでもありがたいことなのか?
アレンは考えを伝えようとした。他のものには、聞かせられない。
耳打ちしようと、距離を寄せ、顔を近づけた。
アレンの顔が迫ると、アストレアは拒絶する素振りもなく目を細めた。閉じそうになる瞳が左右に揺れ動く。
両種族が二人を注視していた。
アストレアがアレンの顎を突き上げた。
「この状況で何をしようとしてるんだ、お前は。周りを見ろ」
「耳打ち、だけど」
「は? 耳打ちだと?」
舌を鳴らして、アストレアはアレンの肩を押して遠ざける。
「お前はいちいち私を苛立たせるな。人前で言えないことか? コソコソしないで堂々と言え。じれったいヤツだな」
アストレアは遥か高みに君臨する絶対的強者の立場から、言葉を投げかける。二言はない。彼女がこのように答えた以上、耳打ちは許されないことを意味する。
アレンは周囲を見回した。
大広間にいる全員の視線がアレンとアストレアに注がれている。アストレアが許可したのは、その行為のみだ。
彼女は命じた。動くな、と。
仕方がない、とアレンは覚悟を決めた。この場の全員を敵に回すという選択肢だ。
魔族と人間族の全面戦争を回避する手立ては他に思いつかない。
失敗すれば、自分が真っ先に死ぬことになる。
そう認識しながらも、皇女の許しを得られないならば、皆の前で宣言するしかない。
「オレと逃げよう」
「逃げる……この私が? 人間ごときに背をむけて?」
アストレアが眉を顰めた。アレンは言葉の選択を間違えたことを知った。
彼女の背で黒い空気が揺らぐ。炎のように空間が震えた。
パン! と空気が弾けた。
壁に衝撃音が響く。トロールの頭が壁に突き刺さっていた。
「次はないぞ。動くな、とは、指一本動かすなということだ。私はまだ、アレンを殺せとは命じてないぞ」
鳥肌が立つ。
これだけの緊迫感の中、アストレアはトロールの微細な動きすら把握したということか。
アレンは死の気配がのしかかるのを感じた。
アストレアの視線が、正面からアレンの瞳の奥に差し込まれた。
「で?」
「待て」
真意を伝えきれていない。言葉を発しようとしながらも、アレンは皇女の圧力に押され、踵を後方に逃がそうとした。
「理解できてるか? お前はこの場の全員を敵に回してるぞ。私がこやつらに自由を与えると、お前、死ぬぞ?」
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?
いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー
これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。
「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」
「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」
冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。
あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。
ショックで熱をだし寝込むこと1週間。
目覚めると夫がなぜか豹変していて…!?
「君から話し掛けてくれないのか?」
「もう君が隣にいないのは考えられない」
無口不器用夫×優しい鈍感妻
すれ違いから始まる両片思いストーリー
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
最後に一つだけ。あなたの未来を壊す方法を教えてあげる
椿谷あずる
恋愛
婚約者カインの口から、一方的に別れを告げられたルーミア。
その隣では、彼が庇う女、アメリが怯える素振りを見せながら、こっそりと勝者の微笑みを浮かべていた。
──ああ、なるほど。私は、最初から負ける役だったのね。
全てを悟ったルーミアは、静かに微笑み、淡々と婚約破棄を受け入れる。
だが、その背中を向ける間際、彼女はふと立ち止まり、振り返った。
「……ねえ、最後に一つだけ。教えてあげるわ」
その一言が、すべての運命を覆すとも知らずに。
裏切られた彼女は、微笑みながらすべてを奪い返す──これは、華麗なる逆転劇の始まり。
捨てたのはあなたです。今さら取り戻せません
斉藤めめめ
恋愛
婚約破棄?構いませんわ。
ですが国家の崩壊までは責任を負いかねます。
王立舞踏会で公開断罪された公爵令嬢セラフィーナ。
しかし王国を支えていたのは、実は彼女だった。
国庫凍結、交易停止、外交破綻——。
無能な王子が後悔する頃、彼女は隣国皇帝に迎えられる。
これは、断罪から始まる逆転溺愛劇。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
地味顔令嬢の私を「嘘の告白」で笑いものにするつもりですか? 結構です、なら本気で惚れさせてから逆にこっちが盛大に振ってあげます!
日々埋没。
恋愛
「お前が好きだ。この俺と付き合ってくれないか?」
学園のアイドル、マルスからの突然の告白。
憧れの人からの言葉に喜んだのも束の間、伯爵令嬢リーンベイルは偶然知ってしまう。それが退屈しのぎの「嘘の告白(ウソコク)」だったことを。
「あの地味顔令嬢が俺に釣り合うわけないだろ。ドッキリのプラカードでも用意しとくわ」
親友のミネルバと共に怒りに震える彼女は、復讐を決意する。まずは父の言いつけで隠していた「絶世の美貌」を解禁! 嘘の恋を「真実の恋(マジコク)」に変えさせ、最高のタイミングで彼を地獄へ突き落とす――。
「……今さら本気になった? 冗談はやめてください、これドッキリですよ?」