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1 アレンとアストレア
3 勇者と皇女
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剣が鈍く震えた。衝撃に指が痺れる。意識して握力を強めなければ、剣を離してしまいそうなほどだ。
アレンが叫ぶ。意味など持たない呻きだった。喉を掻きむしるように転がり出た声だった。
聖気を集中させ、全体重を剣に乗せることを意識した。
亀裂が生じる。
魔力の壁が、二つに裂けた。
剣は勢いよく床に突き刺さった。アストレアの髪が、剣圧で左右に流れた。
「アレン?」
目を見開いたアストレアは何が起きたのか理解していないようだった。
自分の魔力を断ち切られたことなど、彼女にとっては初めての経験だろう。
だが彼女には知識がある。
勇者ならば、魔界の皇女相手でも切り込めるという知識だ。
瞳の色が驚きから、憎しみへと変わる。
「よく来たな、勇者よ。これは、褒美だ。私の全魔力を受け止めるがいい」
三日月の笑み。アレンは自分に向けられることの絶望を始めて知った。
まともに受ければ即死だ。アレンはその言葉すら生温いことに気付く。
アストレアの全力ならば、肉体ごと消失するだろう。アレンの存在すら無に返し、空気に漂う焦げた肉の臭いだけが残る。
確定したかのような未来を想像して、鼓動が早まった。心臓が痛い。失敗すれば待つのは死だ。
時間はない。会話もできない。魔法の発動準備は整った。
アストレアの手に凝縮された魔力は、空間の輪郭すら奪っていた。空気が波打つ。
最後に試していないことがある。
アレンは自分に向けられたアストレアの手首を掴んだ。体を滑らせる。
唇が痛んだ。歯をぶつけたらしい。血の味が滲んだ。
アストレアがアレンを突き飛ばした。
「な……何をした!」
アストレアは上唇に指を当てて叫んだ。
「何って……分かるだろ」
「分かるか! あっ……くそ」
アストレアは苛立たし気に床を踏みつけた。時間をかけて練り上げた魔力が霧散してしまったようだ。
再度、魔力を練り上げようとするが、集中力が持続しないためか、近くのイスを蹴り飛ばした。
怒りの発露を目の当たりにし、魔族がアレンに襲い掛かろうと身構えた。
「動いたものから殺す」
アストレアの一言が、場の空気を制した。
彼女が従えたのは、配下の魔族だけではなかった。人間族すら凍り付かせた。
最も近い距離にいるアレンは、呼吸すら奪われそうだった。
「言い訳する時間くらいなら、くれてやる。してみろ。その後でゆっくり殺してやろう」
彼女の考えを読むことはできない。彼女は広間にいるもの全ての思考と動きを奪っていた。
会話を許されるだけでもありがたいことなのか?
アレンは考えを伝えようとした。他のものには、聞かせられない。
耳打ちしようと、距離を寄せ、顔を近づけた。
アレンの顔が迫ると、アストレアは拒絶する素振りもなく目を細めた。閉じそうになる瞳が左右に揺れ動く。
両種族が二人を注視していた。
アストレアがアレンの顎を突き上げた。
「この状況で何をしようとしてるんだ、お前は。周りを見ろ」
「耳打ち、だけど」
「は? 耳打ちだと?」
舌を鳴らして、アストレアはアレンの肩を押して遠ざける。
「お前はいちいち私を苛立たせるな。人前で言えないことか? コソコソしないで堂々と言え。じれったいヤツだな」
アストレアは遥か高みに君臨する絶対的強者の立場から、言葉を投げかける。二言はない。彼女がこのように答えた以上、耳打ちは許されないことを意味する。
アレンは周囲を見回した。
大広間にいる全員の視線がアレンとアストレアに注がれている。アストレアが許可したのは、その行為のみだ。
彼女は命じた。動くな、と。
仕方がない、とアレンは覚悟を決めた。この場の全員を敵に回すという選択肢だ。
魔族と人間族の全面戦争を回避する手立ては他に思いつかない。
失敗すれば、自分が真っ先に死ぬことになる。
そう認識しながらも、皇女の許しを得られないならば、皆の前で宣言するしかない。
「オレと逃げよう」
「逃げる……この私が? 人間ごときに背をむけて?」
アストレアが眉を顰めた。アレンは言葉の選択を間違えたことを知った。
彼女の背で黒い空気が揺らぐ。炎のように空間が震えた。
パン! と空気が弾けた。
壁に衝撃音が響く。トロールの頭が壁に突き刺さっていた。
「次はないぞ。動くな、とは、指一本動かすなということだ。私はまだ、アレンを殺せとは命じてないぞ」
鳥肌が立つ。
これだけの緊迫感の中、アストレアはトロールの微細な動きすら把握したということか。
アレンは死の気配がのしかかるのを感じた。
アストレアの視線が、正面からアレンの瞳の奥に差し込まれた。
「で?」
「待て」
真意を伝えきれていない。言葉を発しようとしながらも、アレンは皇女の圧力に押され、踵を後方に逃がそうとした。
「理解できてるか? お前はこの場の全員を敵に回してるぞ。私がこやつらに自由を与えると、お前、死ぬぞ?」
アレンが叫ぶ。意味など持たない呻きだった。喉を掻きむしるように転がり出た声だった。
聖気を集中させ、全体重を剣に乗せることを意識した。
亀裂が生じる。
魔力の壁が、二つに裂けた。
剣は勢いよく床に突き刺さった。アストレアの髪が、剣圧で左右に流れた。
「アレン?」
目を見開いたアストレアは何が起きたのか理解していないようだった。
自分の魔力を断ち切られたことなど、彼女にとっては初めての経験だろう。
だが彼女には知識がある。
勇者ならば、魔界の皇女相手でも切り込めるという知識だ。
瞳の色が驚きから、憎しみへと変わる。
「よく来たな、勇者よ。これは、褒美だ。私の全魔力を受け止めるがいい」
三日月の笑み。アレンは自分に向けられることの絶望を始めて知った。
まともに受ければ即死だ。アレンはその言葉すら生温いことに気付く。
アストレアの全力ならば、肉体ごと消失するだろう。アレンの存在すら無に返し、空気に漂う焦げた肉の臭いだけが残る。
確定したかのような未来を想像して、鼓動が早まった。心臓が痛い。失敗すれば待つのは死だ。
時間はない。会話もできない。魔法の発動準備は整った。
アストレアの手に凝縮された魔力は、空間の輪郭すら奪っていた。空気が波打つ。
最後に試していないことがある。
アレンは自分に向けられたアストレアの手首を掴んだ。体を滑らせる。
唇が痛んだ。歯をぶつけたらしい。血の味が滲んだ。
アストレアがアレンを突き飛ばした。
「な……何をした!」
アストレアは上唇に指を当てて叫んだ。
「何って……分かるだろ」
「分かるか! あっ……くそ」
アストレアは苛立たし気に床を踏みつけた。時間をかけて練り上げた魔力が霧散してしまったようだ。
再度、魔力を練り上げようとするが、集中力が持続しないためか、近くのイスを蹴り飛ばした。
怒りの発露を目の当たりにし、魔族がアレンに襲い掛かろうと身構えた。
「動いたものから殺す」
アストレアの一言が、場の空気を制した。
彼女が従えたのは、配下の魔族だけではなかった。人間族すら凍り付かせた。
最も近い距離にいるアレンは、呼吸すら奪われそうだった。
「言い訳する時間くらいなら、くれてやる。してみろ。その後でゆっくり殺してやろう」
彼女の考えを読むことはできない。彼女は広間にいるもの全ての思考と動きを奪っていた。
会話を許されるだけでもありがたいことなのか?
アレンは考えを伝えようとした。他のものには、聞かせられない。
耳打ちしようと、距離を寄せ、顔を近づけた。
アレンの顔が迫ると、アストレアは拒絶する素振りもなく目を細めた。閉じそうになる瞳が左右に揺れ動く。
両種族が二人を注視していた。
アストレアがアレンの顎を突き上げた。
「この状況で何をしようとしてるんだ、お前は。周りを見ろ」
「耳打ち、だけど」
「は? 耳打ちだと?」
舌を鳴らして、アストレアはアレンの肩を押して遠ざける。
「お前はいちいち私を苛立たせるな。人前で言えないことか? コソコソしないで堂々と言え。じれったいヤツだな」
アストレアは遥か高みに君臨する絶対的強者の立場から、言葉を投げかける。二言はない。彼女がこのように答えた以上、耳打ちは許されないことを意味する。
アレンは周囲を見回した。
大広間にいる全員の視線がアレンとアストレアに注がれている。アストレアが許可したのは、その行為のみだ。
彼女は命じた。動くな、と。
仕方がない、とアレンは覚悟を決めた。この場の全員を敵に回すという選択肢だ。
魔族と人間族の全面戦争を回避する手立ては他に思いつかない。
失敗すれば、自分が真っ先に死ぬことになる。
そう認識しながらも、皇女の許しを得られないならば、皆の前で宣言するしかない。
「オレと逃げよう」
「逃げる……この私が? 人間ごときに背をむけて?」
アストレアが眉を顰めた。アレンは言葉の選択を間違えたことを知った。
彼女の背で黒い空気が揺らぐ。炎のように空間が震えた。
パン! と空気が弾けた。
壁に衝撃音が響く。トロールの頭が壁に突き刺さっていた。
「次はないぞ。動くな、とは、指一本動かすなということだ。私はまだ、アレンを殺せとは命じてないぞ」
鳥肌が立つ。
これだけの緊迫感の中、アストレアはトロールの微細な動きすら把握したということか。
アレンは死の気配がのしかかるのを感じた。
アストレアの視線が、正面からアレンの瞳の奥に差し込まれた。
「で?」
「待て」
真意を伝えきれていない。言葉を発しようとしながらも、アレンは皇女の圧力に押され、踵を後方に逃がそうとした。
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