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1 アレンとアストレア
4 アレンとアストレア
単語 現在、この命は彼女の手の中にある。
この思考にたどり着いたとき、アレンの中で『彼女の意志によって生きている』という事実が浮かび上がった。
先ほどの答えがアストレアにとって、的外れで意にそぐわぬものならば、とうに命は尽きている。
胸が突き破るほどに心臓が跳ね上がっているということは、少なくともまだ生きている。アストレアはまだアレンが生きることを許可している。
つまり、まだ可能性がある。
言い直せ、とアストレアが促しているように思えた。
喉が、鳴る。ようやく唾を飲み込めた。
掠れていた声が出る。
「こんな国、捨ててオレと行こう」
アレンの言葉を聞いた途端、アストレアの高笑いが響き渡った。
静寂に、彼女の笑いのみが響き渡った。
「お前、私の敵じゃなかったのか?」
「違う。オレはお前と戦うつもりはなかった」
「あいつは、勇者のお前は人間側だと言ったではないか」
アストレアは顎をしゃくって、王太子レイブンを示す。
「我らを裏切る気か、アレン!」
「黙ってろ、下郎」
アストレアの一喝が轟く。レイブンは口元を歪め、続けようとした言葉を飲み込む。
神の手だとか、最強の盾だとかの話ではない。
アストレアの支配力だけが、この空間にあった。
「どうなんだ、アレン?」
思えばアストレアの怒りの発端は、レイブンの言葉からだった。
アレンは首を振って否定する。
「王太子が言っていただけだ。オレの本心とは違う」
アレンが答えると、ふんと鼻を鳴らし、アストレアは親指を唇に当てた。
押し込まれ、唇が歪んだ。
「なら、恭順の意を示せ」
アストレアはアレンの右腕を指で示す。
「剣を捨てろ」
アレンはアストレアの足元に剣を投げた。
逡巡する間もなく即座に従ったアレンに対して、アストレアは視線を投げかける。
「こうなると、もう後戻りはできないぞ」
「するつもりもない」
「今から、私が殺せと号令を下すかもしれんぞ」
「そうなったら諦めるしかないな」
「バカなヤツだ」
アストレアは床に転がった剣を拾い上げた。
「これで私も後戻りはできないな」
アレンの胸に剣を押し付け、握らせる。
「お前の話に乗ってやる。お前はバカだからこそ、面白い」
アストレアは呆れるように小さく笑い、右手を出す。
「私を連れて行くことを許可してやる」
アレンは皇女の手を取った。先ほどまで、怒りに任せて暴れ狂っていたとは思えないほどに、細く柔らかい指だった。
「それで、私を連れて行くとして、どこへ行くつもりだ?」
「分からない」
「行先もないのに、この私についてこいと?」
「そうだ」
「……今回だけは不問にしてやる」
そう言ってアストレアは繋いだ手を振った。
案内せよ、と仰せなのだろう。
アレンは王太子やかつての仲間に視線を投げかけた。数人が、剣や杖を握る拳に力を込めた。
「私は機嫌がいい。指を動かす程度なら見逃してやろう。だが!」
空間に甲高い音が反響した。アストレアが魔力を解放しただけだ。血の滲むような緊張感が戻った。
「それ以上は許さん。黙って私たちを見送れ。後は好きにしろ」
アレンは警戒心を怠らず、出口に向かって慎重に歩く。隣のアストレアは悠然と軽やかに進んだ。
皇女は去り際にまで気品を求めた。
彼女の歩みを止めようとするものはいなかった。
-----------
勇者システム……
勇者を育てるための育成方法、と言えば聞こえはいいが、体系化されたものではなく、冒険者を戦いの坩堝に叩きこんで、無理やり戦闘技術を学ばせているだけだ。
それだけならよかった。
中には口減らしのために、子供を魔界へ送り込む。そんな親がいるのも事実だった。
オレはそんな子供の一人にすぎなかった。
人間界には、魔界へ捨てられ音信不通になった子供たちの墓標がいくつもある。
オレの墓標もそのうち建つはずだった。
「お前、面白いヤツだな」
勝つためには手段を選ばなかった。オレが葬った魔物はアストレアの従者だった。
「人間の癖に私の家来に勝つとはな。こいつの代わりに、これからはお前が私の家来だ」
拒絶など許されなかった。それほどにアストレアの魔力は圧倒的だった。
アストレアは人間を平等に見下していた。王族だろうと、親に捨てられたオレだろうと、彼女の前では等しく「人間」だ。
だけど、年月が流れるにつれ、彼女のそんな侮蔑が心地よく感じていることに気付いた。
この想いを何と表現すればいいのか、オレには分からなかった。
「婚約が決まった」
彼女の言葉を聞いて、胸に燻るものがあった。
「見ろ、これを」
アストレアは天井に向けて小さく輝くものを投げた。指輪だった。
彼女はそれを右の薬指につけた。
「親父め、勝手に決めおって。左に付けるのも癪だ。出かけるときは右の指につけとくか」
アストレアはそう言ってベッドに座り、膝の上に肘を置く。手のひらに顎を置き、オレを覗き込んだ。
「アレン、考えろ。どうすれば婚約を取り消せる?」
そんなことオレに分かるわけがない。
アストレアに匹敵する魔王に逆らうだと?
逆らう、か。そこでようやくオレは気づいた。
だからこそ、オレは勇者として覚醒したんだ。オレの剣は魔王に届き得る。
魔王はオレの命を奪おうとするだろう。
オレは人間界へ戻ることにした。
「好きにしろ。しょせん、お前は人間だ。私のことなど畏怖の対象でしかないだろう」
ただ、彼女が別の男と一緒になるところを見たくなかっただけかもしれない。
この思考にたどり着いたとき、アレンの中で『彼女の意志によって生きている』という事実が浮かび上がった。
先ほどの答えがアストレアにとって、的外れで意にそぐわぬものならば、とうに命は尽きている。
胸が突き破るほどに心臓が跳ね上がっているということは、少なくともまだ生きている。アストレアはまだアレンが生きることを許可している。
つまり、まだ可能性がある。
言い直せ、とアストレアが促しているように思えた。
喉が、鳴る。ようやく唾を飲み込めた。
掠れていた声が出る。
「こんな国、捨ててオレと行こう」
アレンの言葉を聞いた途端、アストレアの高笑いが響き渡った。
静寂に、彼女の笑いのみが響き渡った。
「お前、私の敵じゃなかったのか?」
「違う。オレはお前と戦うつもりはなかった」
「あいつは、勇者のお前は人間側だと言ったではないか」
アストレアは顎をしゃくって、王太子レイブンを示す。
「我らを裏切る気か、アレン!」
「黙ってろ、下郎」
アストレアの一喝が轟く。レイブンは口元を歪め、続けようとした言葉を飲み込む。
神の手だとか、最強の盾だとかの話ではない。
アストレアの支配力だけが、この空間にあった。
「どうなんだ、アレン?」
思えばアストレアの怒りの発端は、レイブンの言葉からだった。
アレンは首を振って否定する。
「王太子が言っていただけだ。オレの本心とは違う」
アレンが答えると、ふんと鼻を鳴らし、アストレアは親指を唇に当てた。
押し込まれ、唇が歪んだ。
「なら、恭順の意を示せ」
アストレアはアレンの右腕を指で示す。
「剣を捨てろ」
アレンはアストレアの足元に剣を投げた。
逡巡する間もなく即座に従ったアレンに対して、アストレアは視線を投げかける。
「こうなると、もう後戻りはできないぞ」
「するつもりもない」
「今から、私が殺せと号令を下すかもしれんぞ」
「そうなったら諦めるしかないな」
「バカなヤツだ」
アストレアは床に転がった剣を拾い上げた。
「これで私も後戻りはできないな」
アレンの胸に剣を押し付け、握らせる。
「お前の話に乗ってやる。お前はバカだからこそ、面白い」
アストレアは呆れるように小さく笑い、右手を出す。
「私を連れて行くことを許可してやる」
アレンは皇女の手を取った。先ほどまで、怒りに任せて暴れ狂っていたとは思えないほどに、細く柔らかい指だった。
「それで、私を連れて行くとして、どこへ行くつもりだ?」
「分からない」
「行先もないのに、この私についてこいと?」
「そうだ」
「……今回だけは不問にしてやる」
そう言ってアストレアは繋いだ手を振った。
案内せよ、と仰せなのだろう。
アレンは王太子やかつての仲間に視線を投げかけた。数人が、剣や杖を握る拳に力を込めた。
「私は機嫌がいい。指を動かす程度なら見逃してやろう。だが!」
空間に甲高い音が反響した。アストレアが魔力を解放しただけだ。血の滲むような緊張感が戻った。
「それ以上は許さん。黙って私たちを見送れ。後は好きにしろ」
アレンは警戒心を怠らず、出口に向かって慎重に歩く。隣のアストレアは悠然と軽やかに進んだ。
皇女は去り際にまで気品を求めた。
彼女の歩みを止めようとするものはいなかった。
-----------
勇者システム……
勇者を育てるための育成方法、と言えば聞こえはいいが、体系化されたものではなく、冒険者を戦いの坩堝に叩きこんで、無理やり戦闘技術を学ばせているだけだ。
それだけならよかった。
中には口減らしのために、子供を魔界へ送り込む。そんな親がいるのも事実だった。
オレはそんな子供の一人にすぎなかった。
人間界には、魔界へ捨てられ音信不通になった子供たちの墓標がいくつもある。
オレの墓標もそのうち建つはずだった。
「お前、面白いヤツだな」
勝つためには手段を選ばなかった。オレが葬った魔物はアストレアの従者だった。
「人間の癖に私の家来に勝つとはな。こいつの代わりに、これからはお前が私の家来だ」
拒絶など許されなかった。それほどにアストレアの魔力は圧倒的だった。
アストレアは人間を平等に見下していた。王族だろうと、親に捨てられたオレだろうと、彼女の前では等しく「人間」だ。
だけど、年月が流れるにつれ、彼女のそんな侮蔑が心地よく感じていることに気付いた。
この想いを何と表現すればいいのか、オレには分からなかった。
「婚約が決まった」
彼女の言葉を聞いて、胸に燻るものがあった。
「見ろ、これを」
アストレアは天井に向けて小さく輝くものを投げた。指輪だった。
彼女はそれを右の薬指につけた。
「親父め、勝手に決めおって。左に付けるのも癪だ。出かけるときは右の指につけとくか」
アストレアはそう言ってベッドに座り、膝の上に肘を置く。手のひらに顎を置き、オレを覗き込んだ。
「アレン、考えろ。どうすれば婚約を取り消せる?」
そんなことオレに分かるわけがない。
アストレアに匹敵する魔王に逆らうだと?
逆らう、か。そこでようやくオレは気づいた。
だからこそ、オレは勇者として覚醒したんだ。オレの剣は魔王に届き得る。
魔王はオレの命を奪おうとするだろう。
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ただ、彼女が別の男と一緒になるところを見たくなかっただけかもしれない。
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