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2 小箱の中のぼろ雑巾
6 小箱と雑巾
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アレンが扉を閉める。
やけに不愉快な音だった。
私の隣には誰もいなくなった。
あんなヤツどうでもいい。
所詮、人間だ。魔界の皇女である私とは住む世界が違う。家来とはいえ、私が人間を傍に置くことに対して、諫言する者もいた。
確かにそうだ。あいつはたかが人間だ。
主従関係であっても、格が違う。
勝手にしろ!
アレンが使っていたイスを蹴り飛ばした。
せっかく、この私が買い与えてやったのに。その辺の貴族ですら手が届かない高級品だぞ。あいつは何も分かっていない。
勢いよく蹴りすぎて、棚から落ちた小箱が口を開いた。
薄汚いぼろ雑巾が出てきた。赤黒く変色している。この血は私とアレンのものだ。
あの日は私が無理やり、アレンを魔獣が森へと連れ出した。
出くわすのは当たり前だ。あいつに私の強さを見せつけるためだったからな。なのに、あいつは、わざわざ私と魔獣の間に体を割り込ませてきた。腕に大爪を受けて庇った。
見物してるだけで良かったんだ。魔獣程度の下等生物は、私に触れることもできずに蒸発する。
バカなヤツ。そう言って笑ってやればよかった。
なのに。
気づけば、私は森を吹き飛ばしていて、あいつは大怪我をしているのに、破いた薄汚い布を、魔力で傷んだ私の手に巻き付けていた……
こんなぼろ雑巾を私に触れさせた者などあいつくらいだ。
赤かった血は歳月を経て、濁った色になった。
私は、あいつの袖を畳んで、小箱へ戻し蓋を閉じた。
かちゃり。今度は衝撃で開かないように鍵を掛けた。施錠の音がやけに大きく聞こえた。
-----------
「そなたとの婚約を破棄する」
やっとか、よく言った。理由は聞かん。
むしろ、遅いくらいだ。
皇女である以上、約束を取り付けた魔王の顔を立てねばならんからな。
王太子、レイブンだったか。
魔族との関係清算のため、婚約破棄を企てていると耳にしていたが、それは私にとっても好都合だから、泳がせておいた。
アレンは人間側に立っている。あいつは私ではなく、レイブンとやらの所作を気にかけている。同じ空間にいるのは久々だというのに、気に食わん態度だ。
この懇親会自体くだらぬ茶番だった。
王太子の横に常にあいつはいるのに、護衛どもが邪魔だった。
視線は決して交わらぬ。
不快だ。
王太子の投げた指輪が爪先に当たった。
こやつ図に乗りすぎだな。指輪を投げつけるなど、不遜な態度を許していては、アレンに対しても示しがつかん。
私は指輪を踏みつけた。
さて、この所業、どのように償わせるか。
下賤な者の下卑た笑いなど今すぐ打ち消してくれる。
その時、あいつはどんな反応をする?
アレンの瞳の輝きが、ようやく、私の奥に届いた。
指輪を踏み潰す。
苛立たしい。
お前はなぜ、敵側で私の前にいる。お前は私の家来だ。私を嘲笑うものがいれば、切り捨てるのがお前の役目だろう!
「答えろ、人間、この場で死ぬ覚悟があるか!」
私の向かいに居続けるなら、お前も同じ運命を歩むことになるぞ。
こいつら全員消し去れば、お前は私のもとに戻ってくるか。
遊んでやろう。
一部の魔力を指先に集め圧縮する。解放し、爆発力に転換させる。
ほれ、踊れ。
静けさの後、一瞬の閃光が訪れ、爆音が訪れた。
髪をそよがす爆風が心地よい。
さて、どれぐらいの頭数が減った?
アレンの姿を確認しようと目を凝らす。生じた煙の中で、浮き上がった埃が光に反射して、ふわふわ漂っていた。
埃の粒子は天井まで舞い上がり、光の輪郭を作り出した。
浮き上がっていたのは、巨大な光の手だった。人間族を守るように私の前に立ちはだかっている。
これが、「神の手」か。
人間側の被害はなかった。
報告では聞いていた。人間が、圧倒的な魔力を持つ魔族に対抗するために作り出した防御障壁。
なるほど。
これだけの技術を手に入れたのなら、つけ上がるのも無理はないな。
やや興味が湧いた。
父が婚約を締結させたのは、この神の手の完成を待ち、やがて技術ごと奪うためだ。
強度を試しておくか。
この忌々しい婚約指輪にも利用価値はあったらしい。あしらわれた宝石には魔力の増幅作用がある。指輪を討ち抜き、威力を増加させる。
ふと、気付く。
親指で唇を押さえつけていた。
アレンよ、お前はこれを私の癖だと言っていたが違うぞ。
これはお前の癖だ。
考え事をしていると、お前は親指で唇を揉み込んでいた。指摘を否定しなかったのは、家来に癖を移されては、主としての示しがつかなかったからだ。
右の薬指に嵌めていた指輪を抜く。アレン、結局お前は私の指輪を外しにこなかったな。もっと主の気持ちを慮れ。
やけに不愉快な音だった。
私の隣には誰もいなくなった。
あんなヤツどうでもいい。
所詮、人間だ。魔界の皇女である私とは住む世界が違う。家来とはいえ、私が人間を傍に置くことに対して、諫言する者もいた。
確かにそうだ。あいつはたかが人間だ。
主従関係であっても、格が違う。
勝手にしろ!
アレンが使っていたイスを蹴り飛ばした。
せっかく、この私が買い与えてやったのに。その辺の貴族ですら手が届かない高級品だぞ。あいつは何も分かっていない。
勢いよく蹴りすぎて、棚から落ちた小箱が口を開いた。
薄汚いぼろ雑巾が出てきた。赤黒く変色している。この血は私とアレンのものだ。
あの日は私が無理やり、アレンを魔獣が森へと連れ出した。
出くわすのは当たり前だ。あいつに私の強さを見せつけるためだったからな。なのに、あいつは、わざわざ私と魔獣の間に体を割り込ませてきた。腕に大爪を受けて庇った。
見物してるだけで良かったんだ。魔獣程度の下等生物は、私に触れることもできずに蒸発する。
バカなヤツ。そう言って笑ってやればよかった。
なのに。
気づけば、私は森を吹き飛ばしていて、あいつは大怪我をしているのに、破いた薄汚い布を、魔力で傷んだ私の手に巻き付けていた……
こんなぼろ雑巾を私に触れさせた者などあいつくらいだ。
赤かった血は歳月を経て、濁った色になった。
私は、あいつの袖を畳んで、小箱へ戻し蓋を閉じた。
かちゃり。今度は衝撃で開かないように鍵を掛けた。施錠の音がやけに大きく聞こえた。
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「そなたとの婚約を破棄する」
やっとか、よく言った。理由は聞かん。
むしろ、遅いくらいだ。
皇女である以上、約束を取り付けた魔王の顔を立てねばならんからな。
王太子、レイブンだったか。
魔族との関係清算のため、婚約破棄を企てていると耳にしていたが、それは私にとっても好都合だから、泳がせておいた。
アレンは人間側に立っている。あいつは私ではなく、レイブンとやらの所作を気にかけている。同じ空間にいるのは久々だというのに、気に食わん態度だ。
この懇親会自体くだらぬ茶番だった。
王太子の横に常にあいつはいるのに、護衛どもが邪魔だった。
視線は決して交わらぬ。
不快だ。
王太子の投げた指輪が爪先に当たった。
こやつ図に乗りすぎだな。指輪を投げつけるなど、不遜な態度を許していては、アレンに対しても示しがつかん。
私は指輪を踏みつけた。
さて、この所業、どのように償わせるか。
下賤な者の下卑た笑いなど今すぐ打ち消してくれる。
その時、あいつはどんな反応をする?
アレンの瞳の輝きが、ようやく、私の奥に届いた。
指輪を踏み潰す。
苛立たしい。
お前はなぜ、敵側で私の前にいる。お前は私の家来だ。私を嘲笑うものがいれば、切り捨てるのがお前の役目だろう!
「答えろ、人間、この場で死ぬ覚悟があるか!」
私の向かいに居続けるなら、お前も同じ運命を歩むことになるぞ。
こいつら全員消し去れば、お前は私のもとに戻ってくるか。
遊んでやろう。
一部の魔力を指先に集め圧縮する。解放し、爆発力に転換させる。
ほれ、踊れ。
静けさの後、一瞬の閃光が訪れ、爆音が訪れた。
髪をそよがす爆風が心地よい。
さて、どれぐらいの頭数が減った?
アレンの姿を確認しようと目を凝らす。生じた煙の中で、浮き上がった埃が光に反射して、ふわふわ漂っていた。
埃の粒子は天井まで舞い上がり、光の輪郭を作り出した。
浮き上がっていたのは、巨大な光の手だった。人間族を守るように私の前に立ちはだかっている。
これが、「神の手」か。
人間側の被害はなかった。
報告では聞いていた。人間が、圧倒的な魔力を持つ魔族に対抗するために作り出した防御障壁。
なるほど。
これだけの技術を手に入れたのなら、つけ上がるのも無理はないな。
やや興味が湧いた。
父が婚約を締結させたのは、この神の手の完成を待ち、やがて技術ごと奪うためだ。
強度を試しておくか。
この忌々しい婚約指輪にも利用価値はあったらしい。あしらわれた宝石には魔力の増幅作用がある。指輪を討ち抜き、威力を増加させる。
ふと、気付く。
親指で唇を押さえつけていた。
アレンよ、お前はこれを私の癖だと言っていたが違うぞ。
これはお前の癖だ。
考え事をしていると、お前は親指で唇を揉み込んでいた。指摘を否定しなかったのは、家来に癖を移されては、主としての示しがつかなかったからだ。
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