おい学院一の問題児よ、小動物系女子の私に、距離感ゼロで話すのはやめてくれ!

未玖乃尚

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3 雲一つない青空

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「あそこなら、オレの言いたいことが伝わるはずだ」
 別に知りたくね~
 誰が頼んだよ。

「悩んでるんだろ? いつもと同じことしてると、解決しないぞ」
 ちょっと待て。何で私がお前に相談してるみたいになってるんだ。

 友達にだって相談できない恥ずかしい劣等感なのに。
 初めて話したお前が、勝手に解決しようとするんじゃねえよ。
 確かにこの悩みを解決したいけど、こいつに解決されると確実に距離が縮まってしまう。

 って、前で先生が歩いてる。
 坂道を走る私たちと先生がすれ違う。後方から引き留める声がする。わっ、追いかけてきた。

「わわ、逃げられないよ、止まって謝ろう」
「めんどくせえな」

 イズルは舌打ちをして、何かを投げた。
 木の枝だ。いつの間に持ってたんだ、こいつ。

 くるくる回った枝が、先生の足元に絡みつく。先生は盛大に一回転した。

 終わった。

 私の学院生活が終わった。私の評判は地に落ちるどころか、地下まで潜り込んでしまった。
 歴代最低の不良生徒イズルと同格として私も扱われる。お父さんとお母さん、泣くだろうな。
 やっぱりイズルなんかと会話するんじゃなかった。

「怒られたらオレのせいにしとけ。無理やりオレに連れまわされたってな」
 いや、そもそもお前のせいだろ。
 ミアの罪をオレが被ってやる的な態度で、カッコよく見せようとするのはやめろ。
 そういうところが、小動物系女子の私をドン引きさせるんだよ。蛇に睨まれた蛙状態にはなりたくないぞ。

 事実として、私はお前に連れ回されてる!
 そうか、全部イズルのせいにすればいいんだ。嘘ついてないし。

 心が軽くなった。

 もういいや。全部イズルのせいにしちゃえ。
 この瞬間だけ、今だけ、翼が生えた。
 風を感じる。この風は、朧気だけど、私に同化するような錯覚を与えた。

「よ~し、全部お前のせいだぞ、イズル!」
「お前って言うな」
「お前は、お前だ、イズル」
 言いながら私は笑った。

 違う。さっきまでの私とは違う。
 解放された私は無敵だ。

 かけっこが苦手なのに、足が軽い。口も軽くなる。
 イズルがスピードを上げた。今なら追いつけそう。

 手を握ったままイズルはさらに加速する。

「追いつけね~よ」
 調子に乗るんじゃねえ。物事には限界があるんだよ。体力差を考えろ。
 速すぎるイズルに追いつけず、私は息を切らして足を止めた。

「早すぎるよ。ちょっとは気を利かせてよね」
「下、見てみろ」

 手が離れる。私は後ろを振り返った。
 あれだけ広い学院が、手に収まりそうなくらい小さく見えた。

 イズルは道を外れて丘を登り始めた。奥へ奥へ進んでいく。
 私は後を付いていく。足元が悪い。

「こっち」
 イズルが手を伸ばす。
 私は手を握ろうとしてやめた。代わりにその手首を掴んだ。

 こけたくなかっただけだよ。バランスを取らないと危ないからだ。

「ほら」
 振り返ったイズルの前髪が、風で揺れた。

「今日は真っ青な空だ」
「うん……」

 初めて、イズルの言葉を素直に受け入れた。
 反論する余地はないほど、完璧に、雲一つない青空だった。

 周りには何もない。涼しい風が頬に触れる。走ってきた私には、ちょうどいい心地よさだった。

 全てを飲み込むほどの大空が、私とイズルを覆いつくしていた。こんなに空は青かったんだな、と思ったとき強い風が吹き抜けた。

 この空を飛んでみたい。そんな欲求が自然と湧き起こった。翼を生やして、空を駆けまわれたら、どんなに気持ちいいだろう。

「おっ」
 イズルが声を上げた。私の足元を指している。
 草が、揺れていた。私の足の下で草が揺れている。影が遠ざかる。
 体が揺れる。

「浮い、てる?」
 私の体が浮いてる。ほんの少しだけ、地面から足が離れている。

 拳一つ分だけ浮いてる!
 魔法? どうして? 呪文なんて使ってないのに。

 無詠唱での魔法なんて、超高等技術だ。私にできるわけがない。

「イメージが大事なんだ。ゆっくりイメージを膨らませろ」

 こいつ、知ったふうなことを。
 空飛ぶ呪文、空飛ぶ呪文。頭の中の引き出しをひっくり返し、呪文を思い出す。

 最初の言葉を発しようとすると、トン、と足が地面に触れた。
 イメージが途切れた。

「あれ?」
 足を上げ、地面に下ろす。着地してる。両足は地面をしっかり捉えていた。

 飛び上がる。宙に浮き、落ちる。
 飛べない。どうして、さっきは浮いたのに。そうだ。呪文を思い出さないと。

「言葉に頼るな。まずは意味を理解しろ」
「呪文の、意味ってこと?」
 字面を追うのではなく、呪文が紡ぎ出すイメージを大切にしろって、そういうことなのかな。

「魔法を使えないオレが言っても説得力ないだろうけどな。レヴィア先生が言ってた……とでも思っとけ」
 こいつ。
 爽やかに笑うんじゃないよ。
 問題児……って思えなくなっちゃう。

「この場所、誰にも言うなよ。ミアはかわいいから特別に教えたんだぞ」
 は?
 また歯が浮きそうなセリフを言いやがった。

 ごく自然に言うんじゃねえよ。絶対普段から言い慣れてるだろ、お前。
 やっぱりこいつは、危険人物だ。今後もなるべく近づかないでおこう。

 遠くから、風に乗ってチャイムの音が聞こえてきた。

「授業が終わった。行くか」
 イズルは急な斜面を下り始めた。
 追いかけようとして足が竦んだ。

 上りよりも怖いかも。
 手が、差し出された。

 変なところに気が回るんだよなあ、こいつ。
 それとも、怖がってるとこ、態度に出てたかなあ?

「どうした?」
 手を揺らして、イズルが促す。
 私がそんな簡単に、手を握るとでも思ってるのか。

 でも。
 斜面を見下ろした。はっきり言って私は運動神経が悪い。転げ落ちる自信しかない!

 ただ、怖かっただけだからな!

 恥ずかしい気持ちを我慢して、そっと手を取った。
 勘違いするなよ。
 少しだけ。少しだけだぞ。

 それくらいなら、距離が縮まってもいいか……
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