神代喫茶店

星野 うらら

文字の大きさ
2 / 2

魔導書パンケーキ

しおりを挟む
 神々の時代が終わり、人間が闊歩する世界になっても神の加護を受け続ける帝国があった。
 その国の名はヘリオス帝国。
 王族は神の王を崇め、神代で登場したアイテム、物、事、愛した物など物語となって街の子供でも幼少期のうちに暗記させられる。
 そして、ここにも信心深い青年が1人…。

「はぁ…銅硬貨3枚じゃ、しなびたにんじんだって買えやしない…」
 アルフィンは硬貨袋をパタパタと振った。
 ここは、ヘリオス帝国の城下町のさらに下のドニキススラム。
 貧乏人や家の無いもの、ならず者達がたむろする貧困街だ。
 アルフィンはうさぎ小屋のようなボロボロの貸家で売れない童話作家をしていた。
 スラムでは文字の読めない者が多いため、手紙を代読してやる事で日銭を稼いでいたのだが、最近とんと依頼がない。
アルフィンの童話は、城下町に住む子供向けに書かれているが城下町に住む子供達は大人になったら王都の貴族との婚約を目指しているため、日夜テーブルマナーやダンス、歌や上流階級用の言葉遣いなどに忙しくスラム出身の人間の書いた本などは見向きもしない。
だが、アルフィンには夢があった。
痩せっぽっちの青年はあの時読んだある人の童話の世界を目指していた。
だが、夢だけでは食って行けないのも現実だ。彼はもう3日もまともな固形物を食べていない。
低血糖で朦朧としながらスラムの道を歩いていると、道の角から丸っこくてふわふわした真っ白い小鳥がピョコッと顔を覗かせた。
「あれは…!ヘリオス帝国の紋章鳥、シュガーエナガ!?まさか!神代の時代に絶滅したはずだぞ!?」
アルフィンは慌てて小鳥を追う。小鳥はまるで彼が付いてこやすいように、チョンチョンと飛んだ。
いくつかの曲がり角を曲がり、樽の上に乗っている小鳥に手を伸ばすとカァッと眩い光に包まれた。
「……いらっしゃいませ、迷い人よ」
光に目が慣れ、周りを見渡すとそこはまるで王宮の姫君のいる部屋のようだった。
花は花瓶から溢れ、家具もまるで宮廷職人が手掛けたよう。部屋を漂う甘い香りに極めつけは挨拶をした女主人だ。
「は、ハイエルフだと!?神代に魔法を意のままに操ったとされる宮廷魔術師垂涎の魔女!一体、ここは…」
「シュガーが導いた者なのですね。私の名はロザリア。この神代喫茶店を任されている主人です。ところであなたはとても空腹ですね?」
アルフィンの動揺とは裏腹に、お腹がグゥ~…っと情けない声をあげる。
「ここは飲食店なのか?何か食べたいのはやまやまなのだが、待ち合わせがないんだ」
ロザリアはニコリと微笑み言った。
「シュガーが導いた者ならいくら飲食してもお代は頂きません。ただし、出てくるものは全て神代の飲食物になります」
「タダなのか…?で、ではとりあえず暖かい物が飲みたいのだが」
「では、イスに座ってお待ちください」
そう言ってロザリアはキッチンの奥へ消えていった。
高級そうなイスに恐る恐る手をかけ座ると、フカフカしていて何とも心地よい。
そして程なくして
「天の王の牛のホットミルク、甘蜜入りです」
ロザリアがお盆に乗せた黄金色の湯気をたたせた黄金色の飲み物を持ってきた。
「天の王って…帝国の王族が代々信仰している世界を創りし神じゃないか!それの、牛の乳?しかも、甘蜜なんて神代の時代に絶滅した万華鏡蜂の蜜じゃないか!」
驚愕しっぱなしなのだが、甘美な香りに抗えない。
アルフィンはカップを受け取ると顔を突っ込むようにしてミルクを飲んだ。
瞬間。アルフィンはエメラルドの宝石でできた草原に佇んでいた。
真珠色の泉の周りを美しい衣を纏った女神達が舞っている。そして、女神はふわりと微笑んで彼の唇に手をかけなぞった。
暫く陶酔していたが、ハッと現実に戻る。このミルクはこの世のも物ではない…。アルフィンは先程の白昼夢の余韻に浸った。
女神と戯れるなんて、極上のさらに上ではないか!
思わず感涙しそうになっていると、ロザリアが消えたキッチンから例えようもない極上で甘美な、それでいてたまらなく香ばしい香りが漂ってきた。
「お待たせしました。魔導書パンケーキです」
白いお皿にコロンとした2つのメルヘンチックな本が乗っていた。
本だ。確かに本だ。表紙には神代語が刻まれ、横から見ればページもある。
しかし、ほかほかと湯気が立っていて上からは黄金色のバターと甘蜜がふんだんにかけられている。
ゴクリ。と、アルフィンの喉が鳴った。
パンケーキも味わいたいのだが、本を書く者としての知識欲もそそられる。
テーブルに置かれると、そっとナイフを入れた。
サクッ…フワァ…。
本だがパンケーキ。最早理解が追いつかないが一口分に切って一気に頬張る。
その瞬間、アルフィンの脳で何かが弾けた。
神々の暮らす黄金郷で飽きる間もなく開かれる宴。
宝石でできた蝶は舞い狂い、空は虹でできている。
かと思えば美しい女神が恋に敗れ、水晶の涙を流している。
反対側を見れば酒の神が聖杯の中のアクアマリンのような酒を揺らしながら、何かに憂いている。
そして、空がルビー色に輝くと黄金の鎧で武装した戦乙女達の戦いが始まる。
アルフィンは、まるで全身で神々達の歴史を稲妻のように感じていた。
魔導書パンケーキは、ただ甘いだけではない。
喜び、憂い、悲しみ、恋、戦…。
全ての歴史の味をページをめくるように感じる事ができた。
「そうだ…僕には夢がある。幼い時スラムの教会で神父様に見せてもらった、伝説的な童話作家の複製本…あれを見た時、僕の生きる道が決まったんだ。子供どころか大人でさえも感動できるような童話を作ろうって」
子供心に胸に抱いた思いを思い出し、アルフィンは涙した。
「満足いただけましたか?」
ふと気がつくと傍らにロザリアが立っていて、嬉しそうに長い耳をピョコピョコさせている。
「ありがとう。あの頃の心の炎を呼び覚ます事ができたよ。位が低いからってなんだ、貧困だからってなんだ。そんな物踏みつけて僕は栄光の階段を登ってやる」
ロザリアが一歩引き、指をかざすとシュガーがとまった。
「紋章鳥の加護のあらんことを」
再び目が眩むような光に包まれる。
気がつくと、アルフィンはスラムの道に立っていた。
しかし、以前の彼とは見違える程にやる気に溢れお腹は膨れて万能感に満ち満ちている。
「さあ、書くぞ!一世一代の大物語を!」
後、たった3年後。
王族、貴族、城下町の人々、スラムの端に住む者にまで愛され
王都の中心にある大聖堂で聖女育成のために使われた童話教本がある。
その巻末に書かれた著書の名は
アルフィン・エルドール。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

弁えすぎた令嬢

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。彼女が父親を亡くしてからの爵位は、叔父(父親の弟)が管理してくれていた。  彼女には亡き父親の決めた婚約者がいたのだが、叔父の娘が彼を好きだと言う。  彼女は思った。 (今の公爵は叔父なのだから、その娘がこの家を継ぐ方が良いのではないか)と。  今後は彼らの世話にならず、一人で生きていくことにしよう。そんな気持ちで家を出たコロネだった。  小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

私たちの離婚幸福論

桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

処理中です...