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プロローグ・二人の少女

2・私+レティシア=

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『ねぇ、レイ。起きて、起きて!』

自分の名を呼ぶ鈴のような声に意識が浮上する。
…あれ?そういえば私は何故寝ているのだろう?学校から帰ったのならば復習と予習をしなくてはいけないのに…。ん?そういえば私は家に帰ったっけ?確か図書館によってから帰宅しようと電車にのって……。


「………?」

乗って…その後は?―いや、そもそも私はちゃんと電車に乗った?

『だーかーらー!いい加減、起きろぉぉぉぉおおおお!!』
「………」

耳元で響いた幼女の声に瞼を持ち上げる。正直、今は幼児の相手をしている暇ないのだけど…。

『もう!誰が幼女よ!私はもう立派なレディーだっての!』
「え…あぁ、うん」

私は思わず適当に返事を返してしまう。
―だって目の前には甘ロリの衣装に身を包んだ外人さん?が仁王立ちしていたのだから。
棚引く髪は桃色がかった紫色、吸い込まれそうな瞳はエメラルドよりも美しい。一言で表すならば”超美幼女”だ。

(こすぷれいやー…ってやつ?)

『違うからね?私はこれが地であって、変色も化粧もしていないからね?』
「…さっきから、どうして私の思考を…?」

聞きたいことは山ほどあるが、とりあえず一番の疑問から問ていく。

『んー?それはね!貴方が私の”半身”だからよ!』
「…半身?」

聞き慣れない言葉に思わず首をかしげて聞き返す。

『そう!貴方は私で、私は貴方!私が表で貴方が裏!二人で一つの存在なの!』
「…でも、今、分かれて、いる」

二人で一つの存在なのに、私とこの幼女は初対面だ。しかも私は今まで半身の存在を知らなかった。

『えぇ、だからこうして呼び出したんじゃない!私が幸福まみれの五年を味わっている間に、まさか”裏”である貴方があんなに不幸な十七年間を生きているとは思わなかったわ…。ごめんなさい』

――不幸?…私が?

『えぇ、貴方は不幸は人生を歩んできた。……なのに私ったら小さなことで癇癪を起してみんなを困らせて…あぁ、本当に自分が情けないわ』

しゅん、と項垂れる彼女は本当に反省しているようで今にも泣きだしそうだ。

「ちゃんと…反省できるの、偉い。…だから、きっと、大丈夫」
『えぇ、有難う。でも…”感情”がない人生を歩ませてしまったのは…本当に……なんていうか……ごめんなさい』
「どうして、貴方が謝るの?」
『さっきも言ったじゃない。私はあなたの半身。私が貴方の”感情”も吸い取ってしまったから…ううん、きっと貴方も手放すことを望んでいたのかも、ね……』

思い返すのは冷たくなった両親を見た、あの日。
…感情を手放したいと願うほど、私は二人を”好き”だったのだろうか?…そもそも”好き”がよく分からないけど。

「それで、これからどうなるの…?」
『レイはアッチの世界ではもう死人扱いになっているの』
「!?」

ドキっと無意識の内に胸が跳ねた。
…あれ?こんなこと、初めてだ。

『そう、私が奪ってしまった”感情”や”幸福”を貴方に帰す…いいえ、貴方と私を調和させて新しい”レティシア”を作り出すわ』
「貴方と、私を…調和、させる……」

そうか、そうして”感情”を持った〈普通の人間〉を作り直すのか。
幸せを感じ過ぎた少女と不幸を感じ過ぎた私を混ぜて……調和させる。

「分かった…じゃあ、私と貴方は一つに、なる…のね?」
『えぇ、全く別の”レティシア”になるか、私が中心の”レティシア”になるか、貴方が中心の”レティシア”になるかは分からないけれど……でも、私たちはこれからもわ』

生きていく…その一言が今まで以上の重みと暖かさを持った。心臓が、体が、脈を打つ。―そう、それが生きるということ。”感情”の波に揺られながら、人生の海を渡るということ。

「――分かった。貴方がそれを望むなら”半身”として、言うことはない、よ」
『――じゃあ、次ぎ合うときは……”レティシア”として…』
「…うん。また、ね」

どこか寂しそうな顔をする彼女に、私は不思議な高揚感を覚えながら手を振った。
―嗚呼、誰かと約束をするのはいつ以来だろう。いや、もしかしたら初めてかもしれない。

この胸の高鳴りのままに私が消えてしまっても、きっと…私は後悔なんてしない。そう思えた。



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