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あれから3年流れて
第3話 はいはい? 何ですか? ミナくん
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迎えにきてくれた小園は僕らがリビングの別々の場所で待っていたことに驚いていた。
撮影に向かうために車に乗り込んだが、僕は助手席に、陽翔が後部座席へと落ち着く。今日の撮影について軽い説明をしていく小園。困惑気味ではあるが、軽い喧嘩だろうとほっておいてくれるらしい。頷きながら聞いていると、三日月からメッセージが届いた。確認すると、『飲みに行かないか?』と書かれてある。
「誰から?」と聞いてくる陽翔に飲みの誘いとだけ伝えた。すると、後部座席で「小園さーん!」と呼んでいる。
「どうした?」
「湊が、日本に帰ってきてから……冷たいの。俺、なんかしたかな?」
「……それは知らないけど? 痴話喧嘩は、マンションの中だけにしておいてくれないか?」
「俺、喧嘩した記憶もないもん! 何に怒ってるのか、何に不機嫌なのか、さっぱりわからない!」
大きなため息が後ろから聞こえてくる。聞こえるようにわざとしていることはわかっていても、原因である僕が咎められるわけがない。
僕だって、こんなモヤモヤした自分は好きじゃない! なんて言えばいいの? 『ミオタニアンにいろいろと嫉妬してます!』って言えばいいのか?
僕は何も答えず、スマホをポケットに入れてスタジオへ向かうために車のドアを開く。撮影用にスタジオを抑えてあるらしく、立派な場所だ。
「湊」
小園が心配そうにこちらを見つめるので、「大丈夫」と答えた。
「湊の大丈夫ほど、信用できないものはないけどな」
苦笑いの小園に小さな声で謝った。後部座席から、陽翔も降りようとしているので、僕もドアを閉めようとした。一瞬、迷ったような表情ののち、決意したかのように小園がこちらを見上げてくる。
「湊、フェスにソロで出てみないか?」
陽翔には聞こえない声で、言われたことに驚いた。僕は元々ソロでアイドル活動をしてきた。そのときは、ファン以外には見向きもされなかったし、引退という言葉もチラついていた。そんな僕に「ソロを」と小園は持ちかけてくる。
「時間はないが、少し考えておいてくれ」
「車を回してくる」と駐車場へ向かうようで、ドアを閉めた。玄関で待っていた陽翔が、こちらをジッと見ていた。
「小園さん、なんだって?」
「たいしたことじゃないよ。それより、ごめん」
「なんかわかんないけど、機嫌良くなった?」
「どうだろうね?」
苦笑いをしたあと、僕らは用意されたスタジオで撮影をする。雑誌用のものと、フェス用のアー写にと、短い時間で盛沢山だ。
仕事をしていれば、陽翔とは普通に話せるので、特に何も感じずに話をしていた。問題は、これからだ。
撮影を終えて事務所へ帰る。そう、フェスの打ち合わせとして、彼女たちが……いや、彼女が来ているのだ。
今日はメンバーが別の予定があるとかで、美桜だけが部屋で待っていた。中に通され、その事実を直前で聞いた僕は固まっていた。もちろん、陽翔は好きなバンドでもあり、僕らに楽曲提供してくれた美桜にとても懐いている。年上でふざけたことをいう人ではあるが、陽翔のことを好きで大切にしてくれることに変わりない。
「ミオタさん、お久しぶりです!」
「ヒナくん、久しぶり! 海外に行ってたんだって?」
「そうですよ。今朝、到着したばっかで、眠い」
「人気アイドルだからなぁ! それにしても、また、一段と男前になって……私を抱いて!」
大きな体をさらに大きく見せるかのように腕を広げ、いつでも飛び込んで来い! と陽翔を誘っている。
「ダメダメ、ミオタさん。そんなことしたら、俺、陽翔にヤキモチ……」
バッとこちらを見る。二人のいつものやりとりを不満そうに見ていたら、陽翔と目が合った。気まずくなり俯く。
「どうかした? ヒナくん」
いつもの9割本気のお誘いに全くノッてこない陽翔を訝しみ、美桜まで僕の方を見てくる。何が面白いのか、ニヤニヤとした美桜が無防備な陽翔に抱きついた。
「あっ、ミオタさん、ダメだって!」
「あぁ、いい匂いがする」
「それ、ただの変態だから!」
見かねた僕は美桜から陽翔を剥ぎ取ると、間に入って牽制する。何を考えているのか、美桜がすごく楽しそうだ。それこそ、おもしろくなさすぎて、美桜を睨んだ。
「ヒナくん、ミナくんが怖い! 乙女をそんなに睨まないで!」
あの巨体にどうやって身についたのかわからない反復横跳び。お腹が可愛らしくないほど揺れて、陽翔の後ろに隠れた。幅があるからか、全ては隠しきれていないのだが。
「ミオタさん、遊んでないで、打ち合わせしますよ?」
わざとらしく大きなため息をついたあと、席を割り振る。こんな日は、仕事をさっと片付けて、帰りたい。
美桜は僕らの正面、僕と陽翔は並んで座る。小園が遅れて入ってきて、空気が重いことに苦笑いした。
「さて、今回のフェスの打ち合わせなんだけど? コラボ企画を考えてます!」
「俺らデカいハコなんだよな。緊張する」
「フェスに出るのは久しぶりだから、僕らのところは、どうなるか……。で、ミオタさん」
「はいはい? 何ですか? ミナくん」
さっきのお返しとまではいかないが、ジロリと見てくる。ちょっと不機嫌なそれは、陽翔と離されたからというものだろう。
「コラボ楽曲なんですけど……」
「『愛愛』でしょ?」
「はい、僕らに楽曲提供してもらっているので」
「うん、そうだね。でも、一曲って少ないよね?」
「それなんですけど」と切り出すと、「へぇー、それは面白い!」と美桜は心底おもしろそうに笑い頷いた。
「私らの方にも出てくれるってわけだよね?」
「そうです。その上で、『愛愛』と歌蟲さんの楽曲を僕らが、僕らの曲を歌蟲さんがひとつずつやってはどうかと」
「それは、賛成だな。あとはメンバーの意見を聞いてってなるけど、それでいい?」
「もちろんです!」と答えると、「いい企画出してくるなぁ……」と感心していた。
ビジネスとして美桜と付き合うのは、それほど嫌ではない。モノを作る……音楽を作っている人だからこそ、合理的なところもあり、おもしろい企画であれば提案を飲んでくれる。
プライベートとなれば、今度は別だ。僕と陽翔との関係は、秘密ではあるが、ベタベタと誰彼構わず触って欲しくない。この世界にいれば、無茶なのもわかっている。それこそ、少女漫画原作の学園ドラマのオファーも来ていると聞いているから、きっと、この先はキスシーンもあるだろう。仕事だと割り切っていても、そういうのは本当におもしろくないのだ。
「さて、いろいろ決まったから、帰ろうかなぁ? コラボの話、メンバーにもしないとだし。私ら、ヒナくんたちのライブ、みんなで見に行こうとしてたから」
「そうだったんですか?」
「そうだよ! ジスペリが久しぶりのフェス参加だからね。何個もフェスがあるのに、今は海外にまで引っ張りだこで、国内のはあんまり出てないし」
「そんなことないですよ。海外のほうのスポンサーが多いだけで」
「それが羨ましかったりする。よかったら、東京のドームコンサート、招待してよ。チケット取れなくて……」
「努力はしてみますけど、僕らも国内ではチケット取れないんですよ」
家族のために用意してあるものさえ、今は取れない。
今度のコンサート、陽翔の父親である弥生は、関係者席の撮影カメラの隣に用意されたと聞いて驚いていた。当日、社長が案内するから、そのほうが都合がいいらしいが。
「期待しないで待っていてください」といえば、僕の方を見て「期待している!」とニッコリ笑って美桜は出ていった。
その場に残るのは、僕の大きなため息だけだった。
撮影に向かうために車に乗り込んだが、僕は助手席に、陽翔が後部座席へと落ち着く。今日の撮影について軽い説明をしていく小園。困惑気味ではあるが、軽い喧嘩だろうとほっておいてくれるらしい。頷きながら聞いていると、三日月からメッセージが届いた。確認すると、『飲みに行かないか?』と書かれてある。
「誰から?」と聞いてくる陽翔に飲みの誘いとだけ伝えた。すると、後部座席で「小園さーん!」と呼んでいる。
「どうした?」
「湊が、日本に帰ってきてから……冷たいの。俺、なんかしたかな?」
「……それは知らないけど? 痴話喧嘩は、マンションの中だけにしておいてくれないか?」
「俺、喧嘩した記憶もないもん! 何に怒ってるのか、何に不機嫌なのか、さっぱりわからない!」
大きなため息が後ろから聞こえてくる。聞こえるようにわざとしていることはわかっていても、原因である僕が咎められるわけがない。
僕だって、こんなモヤモヤした自分は好きじゃない! なんて言えばいいの? 『ミオタニアンにいろいろと嫉妬してます!』って言えばいいのか?
僕は何も答えず、スマホをポケットに入れてスタジオへ向かうために車のドアを開く。撮影用にスタジオを抑えてあるらしく、立派な場所だ。
「湊」
小園が心配そうにこちらを見つめるので、「大丈夫」と答えた。
「湊の大丈夫ほど、信用できないものはないけどな」
苦笑いの小園に小さな声で謝った。後部座席から、陽翔も降りようとしているので、僕もドアを閉めようとした。一瞬、迷ったような表情ののち、決意したかのように小園がこちらを見上げてくる。
「湊、フェスにソロで出てみないか?」
陽翔には聞こえない声で、言われたことに驚いた。僕は元々ソロでアイドル活動をしてきた。そのときは、ファン以外には見向きもされなかったし、引退という言葉もチラついていた。そんな僕に「ソロを」と小園は持ちかけてくる。
「時間はないが、少し考えておいてくれ」
「車を回してくる」と駐車場へ向かうようで、ドアを閉めた。玄関で待っていた陽翔が、こちらをジッと見ていた。
「小園さん、なんだって?」
「たいしたことじゃないよ。それより、ごめん」
「なんかわかんないけど、機嫌良くなった?」
「どうだろうね?」
苦笑いをしたあと、僕らは用意されたスタジオで撮影をする。雑誌用のものと、フェス用のアー写にと、短い時間で盛沢山だ。
仕事をしていれば、陽翔とは普通に話せるので、特に何も感じずに話をしていた。問題は、これからだ。
撮影を終えて事務所へ帰る。そう、フェスの打ち合わせとして、彼女たちが……いや、彼女が来ているのだ。
今日はメンバーが別の予定があるとかで、美桜だけが部屋で待っていた。中に通され、その事実を直前で聞いた僕は固まっていた。もちろん、陽翔は好きなバンドでもあり、僕らに楽曲提供してくれた美桜にとても懐いている。年上でふざけたことをいう人ではあるが、陽翔のことを好きで大切にしてくれることに変わりない。
「ミオタさん、お久しぶりです!」
「ヒナくん、久しぶり! 海外に行ってたんだって?」
「そうですよ。今朝、到着したばっかで、眠い」
「人気アイドルだからなぁ! それにしても、また、一段と男前になって……私を抱いて!」
大きな体をさらに大きく見せるかのように腕を広げ、いつでも飛び込んで来い! と陽翔を誘っている。
「ダメダメ、ミオタさん。そんなことしたら、俺、陽翔にヤキモチ……」
バッとこちらを見る。二人のいつものやりとりを不満そうに見ていたら、陽翔と目が合った。気まずくなり俯く。
「どうかした? ヒナくん」
いつもの9割本気のお誘いに全くノッてこない陽翔を訝しみ、美桜まで僕の方を見てくる。何が面白いのか、ニヤニヤとした美桜が無防備な陽翔に抱きついた。
「あっ、ミオタさん、ダメだって!」
「あぁ、いい匂いがする」
「それ、ただの変態だから!」
見かねた僕は美桜から陽翔を剥ぎ取ると、間に入って牽制する。何を考えているのか、美桜がすごく楽しそうだ。それこそ、おもしろくなさすぎて、美桜を睨んだ。
「ヒナくん、ミナくんが怖い! 乙女をそんなに睨まないで!」
あの巨体にどうやって身についたのかわからない反復横跳び。お腹が可愛らしくないほど揺れて、陽翔の後ろに隠れた。幅があるからか、全ては隠しきれていないのだが。
「ミオタさん、遊んでないで、打ち合わせしますよ?」
わざとらしく大きなため息をついたあと、席を割り振る。こんな日は、仕事をさっと片付けて、帰りたい。
美桜は僕らの正面、僕と陽翔は並んで座る。小園が遅れて入ってきて、空気が重いことに苦笑いした。
「さて、今回のフェスの打ち合わせなんだけど? コラボ企画を考えてます!」
「俺らデカいハコなんだよな。緊張する」
「フェスに出るのは久しぶりだから、僕らのところは、どうなるか……。で、ミオタさん」
「はいはい? 何ですか? ミナくん」
さっきのお返しとまではいかないが、ジロリと見てくる。ちょっと不機嫌なそれは、陽翔と離されたからというものだろう。
「コラボ楽曲なんですけど……」
「『愛愛』でしょ?」
「はい、僕らに楽曲提供してもらっているので」
「うん、そうだね。でも、一曲って少ないよね?」
「それなんですけど」と切り出すと、「へぇー、それは面白い!」と美桜は心底おもしろそうに笑い頷いた。
「私らの方にも出てくれるってわけだよね?」
「そうです。その上で、『愛愛』と歌蟲さんの楽曲を僕らが、僕らの曲を歌蟲さんがひとつずつやってはどうかと」
「それは、賛成だな。あとはメンバーの意見を聞いてってなるけど、それでいい?」
「もちろんです!」と答えると、「いい企画出してくるなぁ……」と感心していた。
ビジネスとして美桜と付き合うのは、それほど嫌ではない。モノを作る……音楽を作っている人だからこそ、合理的なところもあり、おもしろい企画であれば提案を飲んでくれる。
プライベートとなれば、今度は別だ。僕と陽翔との関係は、秘密ではあるが、ベタベタと誰彼構わず触って欲しくない。この世界にいれば、無茶なのもわかっている。それこそ、少女漫画原作の学園ドラマのオファーも来ていると聞いているから、きっと、この先はキスシーンもあるだろう。仕事だと割り切っていても、そういうのは本当におもしろくないのだ。
「さて、いろいろ決まったから、帰ろうかなぁ? コラボの話、メンバーにもしないとだし。私ら、ヒナくんたちのライブ、みんなで見に行こうとしてたから」
「そうだったんですか?」
「そうだよ! ジスペリが久しぶりのフェス参加だからね。何個もフェスがあるのに、今は海外にまで引っ張りだこで、国内のはあんまり出てないし」
「そんなことないですよ。海外のほうのスポンサーが多いだけで」
「それが羨ましかったりする。よかったら、東京のドームコンサート、招待してよ。チケット取れなくて……」
「努力はしてみますけど、僕らも国内ではチケット取れないんですよ」
家族のために用意してあるものさえ、今は取れない。
今度のコンサート、陽翔の父親である弥生は、関係者席の撮影カメラの隣に用意されたと聞いて驚いていた。当日、社長が案内するから、そのほうが都合がいいらしいが。
「期待しないで待っていてください」といえば、僕の方を見て「期待している!」とニッコリ笑って美桜は出ていった。
その場に残るのは、僕の大きなため息だけだった。
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