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あれから3年流れて

最終話 ……あれ、やっぱりプロポーズ的な?

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 会場は変わり、僕らは僕らの会場へ移動した。フェス用に作ったTシャツに着替え、出番を待つ。
 こちらでもコラボをする歌蟲は着替えてから、機材も含めて合流だ。

「三日月さんも歌蟲さんもすごかったなぁ。俺らはどうだろう?」
「このステージの大トリだからなぁ……なんとか、成功させたい」
「じゃあさ、成功を祈願して……」

 陽翔が向き合ったかと思えば、僕の手をギュッと握る。握り返すとおでこをコツンとぶつけてきた。少し緊張をしているのか、陽翔の手は微かに震えていた。

「ヒナ、緊張してるの?」
「違う。さっきから、すごいライヴをみたから、震えが止まらなくて」
「そっか、それならいいけど」

 しばらくそうしていただろうか。握っていなかった手が僕の首筋を撫でていく。スルスルと耳にいき、頬に触れ、顎を撫でた。その瞬間には、クイッと上を向けられキスをする。

「……うまくいくおまじない」
「何それ? 可愛いこと言って」
「うん、やっぱり、ちょっと、緊張してるのかも」
「いいパフォーマンスをしようなんて思わなくていいよ。いつもの僕たちでいいんだから」
「湊の言葉を聞くと、不安や焦りってなくなるの、なんでだろ?」

「それは……」と言いかけたとき、スタッフから声をかけられ、ステージに向かう。
 アイドルジストペリドの湊とヒナトとして、真っ暗なステージに駆け上がった。

 僕らの登場をまだかまだかと待ち侘びている空気が伝わってくる。
 一瞬の息遣いのうち、陽翔のアカペラから始まる歌。真っ暗だったステージにパッとライトがついた。
 その瞬間、待っていましたと歓声がわく。野外だからか、遠くの方からも聞こえてくる。
 曲の間奏に入り、僕が挨拶だ。

「こんばんは! ジストペリドです! 夜になっても暑いけど、もっと熱い夜を一緒に過ごしましょう!」
「会場のみんなーっ!」
「ライブ映像で見てくれてるみんなっ!」
「「声出していくぞぉー!!!」」

 夏の熱気だけに当てられたわけじゃないだろう。
 三日月たちのバンドにも歌ウ蟲ケラにも今日集まったグループにも、そして、音楽を楽しんでいるファンのみんなの熱に促され、僕らはいつも以上のパフォーマンスをする。
 駆け抜けるような曲が多い今日のステージは地面が揺れているんじゃないか? っていうくらい盛り上がった。後ろに映し出される映像は、この会場だけでなく、外のモニターで見てくれているファンも映し出していた。

「いやー、今日ね? 僕らのステージ、入場規制かかってるらしいんだよね?」
「ライブ会場だけでなく、外にでっかいモニターあったもんね?」
「あったあった。あれに今映し出されてるんだよ」
「会場入れなかったファンには申し訳ないね。モニター通してではあるけど、楽しんでくれたら嬉しい!」

 一息入れたところで、こちらでもコラボ企画の準備だ。後ろにバタバタとドラムが用意されている。

「さっきもやったことだからさぁ? 見た人いそうだね?」
「EARTH HALLにいた人どれくらいいる?」

「てぇーあげてー!」なんて陽翔がいうので、あちこちからヒラヒラと手をあげている子たちがいた。

「結構いるね?」
「ネタバラシ……してるようなもんか。まぁ、SNSではもう話題になってるらしいよ?」
「じゃあ、紹介するね! 歌ウ蟲ケラ! さっきもコラボしたばっかだけど、今度はどんなパフォーマンス、見せてくれるかなぁ?」
「あっ、まず、僕らのTシャツ着てくれてる! ありがとう!」

 四人が現れるとそれぞれ好きな色のTシャツを着ていた。

「似合ってますよ?」
「いいでしょ?」
「さっきは、持ってかれたけど、今度は食っちゃうから」

 四人が軽く僕らを威嚇して、それぞれの位置についた。それを見計らって、僕らも位置に着く。

「じゃあ、さっきも歌ったけど、『愛愛』!」

 今度は、僕らは控えめに、『歌ウ蟲ケラ』が中心になって歌われる。人が変われば印象も変わる。さっきとは全然違う『愛愛』をおもしろく思った。

「さっきは、バトルみたいだったけど、今の感じもいいね?」
「アイドル仕様ですから?」

 笑い合いながら、次は歌ウ蟲ケラが僕らの歌を歌ってくれた。
 僕らは終始聞き役。ステージに二人並んで印象の変わった僕らの歌を聞く。夢中になって聞いている陽翔をチラッと見る。

「全然別物だな」
「……そうだね。彼女たちは、パワフルだね」
「こういうのってさ、あんまりないじゃん?」
「ジャンルも違うしね?」

「そうだよね?」と肩を落とすので、「例えばだよ?」と話を持ちかける。

「wing guysやサツキたちのグループなら、メンバーをシャッフルしてコラボしたりできるんじゃない?」
「あぁ、なるほど。それはおもしろそうだけど……サツキは嫌!」
「なんで?」
「湊が雑誌撮影のときにキスした天使ちゃんでしょ? 昔から、むかつくんだよね。アイツだけは」
「何それ、妬いてるの?」
「妬いてるってことじゃないんだけど、ただ、嫌!」

「それを妬いてるっていうんじゃないのかな?」と呟いたが、唯の声にかき消された。

「ミナくん、ヒナくん! 一緒にうたおっ!」

 僕らに声をかけ、手を引っ張って立たせてくれる。陽翔と目が合えば、ニコッと笑うので、僕は唯に笑いかける。

「あかんよー! ミナくんのその笑顔は! 心臓、ズキュンとやられてしまう!」

「うぅ……」と左胸を押さえて、よろける唯を僕は引き寄せた。

「じゃあ、やられちゃってください!」

 ギュッと抱きしめてから、サビを歌い始める。陽翔も唯もポカンと僕を見ていたので、マイクをトントンとさすと、歌い始める。気を利かせてくれたらしい美桜が、もう一度サビのメロディを引き直してくれた。三人で歌えば、独特なハーモニーが生まれ、僕らも、歌ウ蟲ケラも、会場のファンも、外のファンもじゅうぶんに楽しめた。

「歌蟲さんありがとう! ファンのみんなもありがとう! 楽しかったよー!」
「愛してる! ミナー!」
「ヒナくん、こっちも手振って!」

 僕らの幕はもうすぐ閉まる。僕以外が、ゆっくりと手を振りながらステージへ引いていった。陽翔がステージの真ん中で佇んでいる僕にいち早く気がついたようだ。ステージの裾から「湊?」とこちらを見ている。

 そんなちょっとした仕草さえ愛おしい。

「ヒナト、こっからは俺の出番ね?」

 陽翔の肩をポンと叩いて、控えていた三日月がアコギを持って現れた。その姿を見て、ファンたちは盛り上がる。

「湊」と名を呼ばれ、三日月とコツンとグータッチをすれば、その向こうには信じられないという表情の陽翔がこちらを見ていた。飛び出してこないようにと小園が押さえてくれている。

「あぁ、怖い。ヒナトてさ、意外と余裕ないよな?」
「そんなことないと思うけど……」
「そう、思っているの、湊だけだと思うけど? ヒナト、本当に湊のこと愛しちゃってるんだねぇ?」

「あぁ、怖い怖い」とチャラケながら、用意された椅子に座る三日月。丸椅子に腰掛けると、足を組んで、少し音を出していた。
 僕はそれを見ながら、用意された少し脚の長い丸椅子に腰掛ける。ここから、陽翔の姿が見えたが、あえて見ないようにし、三日月に視線を落とす。

 大丈夫だと頷くので、持ち替えたマイクのスイッチを入れた。

「改めまして、こんばんは。如月湊です。さっきまでのジストペリドのライブはどうでしたか?」

 呼びかけると静かに「よかったよ!」や名を呼んでくれるファン。それを聞きながら、頷く。

「今回、ジストペリドとしての時間と如月湊としての時間を特別にいただきました。ジストペリドのファンの子たちは知っているかな? 僕が売れないアイドルだったときのこと」

 クスクスと笑うと、戸惑うような声があがる。世界をときめかせたアイドル。売れてからのファンも多い。

「特別な時間をもらって、今回、僕がソロとして一曲歌わせてもらうことになりました。歌詞は僕が、曲はつっきーが作ってくれました。僕ら仲がいいでしょ? 実は週刊誌にあやしい2人なんて書かれてたんだけど、ねぇ? つっきー」
「何?」
「僕らどんな関係?」
「湊は俺の大事な弟。それ以上でもないしそれ以外でもない。大事な大事な弟。頑張り屋で……」
「そこまでは求めてないよ?」

 あはは! と笑い声が聞こえてくる。僕らのことを昔から知っているファンたちにとって、実はこうして二人が並んでいることはごく自然だと感じているだろう。
 兄を慕う弟のように、「じゃあ、お願いね? お兄ちゃん!」と笑いかけると、アコギの音がメロディを奏でる。


「聞いてください。『僕ら二人で』」

 三日月が僕を想い書いたバラードのラブソング。アコギの音が、その優しさをさらに引き立てていく。

「最悪だった僕らの出会い ねぇ? キミは覚えている?
 不器用だった僕を見つめた瞳
 鬱屈とした僕の日々にキミの優しい声が聞こえてきた
 願いをきき歌ってくれた キミは笑ってくれたんだ」

 ステージにいるはずなのに、やけに静かだ。三日月のメロディーだけが響き、僕らの思い出を星空のスクリーンに見せてくれる。

 ……本当に最悪だった。ヒナとこんな日が来るとも思わなかったし、未来を夢見るなんてことはなかった。
 こんなこと、本当にあるんだなぁ……ってぼんやり考えた日もあったけど、どうやら、僕らの出会いは『運命の赤い糸』が結ばれていたんじゃないかって、そんな乙女なこと考えてる。
 変なの。なぁ、ヒナ? ヒナはどう思っている? 僕らは出会いは偶然だった? それとも必然? 僕はヒナを愛するために生まれた……そんな気がしているんだ。
 ライヴ中? そんなの関係ないね。だって、ヒナの声を聞いたあの日には、もう、ヒナに夢中だったんだから。
 世界中でヒナに巡り会えたのは、やっぱり運命だったんだ。
『愛してる』なんて言ったら、はいはいって言われそうだけど……、ちゃんと言葉にしておくよ。

「『愛してる』の使い古された言葉で
  キミを繋ぎとめていられるなら 永遠に囁き続けよう
   この命が尽きるまで 
    ずっと同じ夢をみていこう 僕ら二人で

  愛している ずっと……未来まで……」

 陽翔の方を見て微笑みかけた。みるみるうちに、陽翔は涙を流している。

 ははっ、ぶっさいく。それすら、愛おしい人。

 最後のメロディーが鳴り止む。ふと会場を見れば、すすり泣いているファンが大勢いるようで聞こえてくる。

「みなどぉ~」

 誰かがグズグズなまま、僕の名を呼ぶ。それに呼応するように呼べていない声があちこちから聞こえてきた。
 1番は誰より……陽翔だ。ぐっずぐずのまま、僕に抱きつき泣いている。抱きしめ返し、背中をポンポンといつものようにあやすと、グズグズのまま笑った。

 ……ステージだってこと、忘れているよな? 絶対。

 三日月も呆れ気味にしていたが、本日フェス最後の出番だった。気を利かせて、三日月が僕のマイクをとった。

「ちょ、ちょっと! つっきー!! 何を」
「おめぇーら、ジスペリでもう1曲聞きたくないか?」
「えっ、ちょっと!」
「アンコール行くぞ! アンコール! はいっ!」
「「アンゴール……」」
「アンコール!」
「「「アンゴール!」」」

 三日月に先導されたファンたちは、だんだんアンコールと掛け声をかけていく。抱き合ったままの僕らは見つめ合い、どうする? と視線を交わした。
 その後ろで、美桜がエレキの調整をし始める。律がアンコールに合わせてドラムを叩いている。梓が「何やるかな?」と唯に聞いているが、「1曲しかできないから、もう、神に祈ってる!」とギターをかき鳴らした。

「おっ、えらいさんの許可下りたみたいだぞ? 湊」

 先導した三日月は自分も混ざる気満々でアコギからエレキに持ち替えている。僕らは有無も言わされず、小園がヘッドセットを持ってきたら、もう、決まった。

「……ヒナ」
「あぁ、わかってる」

 涙を拭き、耳元で「愛している」と囁いたあと、ヘッドセットを付けた。すでにいつもの陽翔であった。

「みんなぁー! アンコールありがとう。まさか、三日月さんに先導されることになろうとは……。さっきの湊の曲、三日月さんが作ってくれたって。俺、めっちゃ感動した!」
「……ヒナトに感動とかされても。湊の歌詞がよかったんじゃない?」
「それは、いうまでもないよ!」
「ミナくんにあんな才能があったなんて! これはおちおちしてられないわ!」
「ミオタさん。うちの湊は世界で1番すごい頑張り屋なんで、誰にも負けませんよ?」
「「「「「愛だねぇ?」」」」」

 陽翔の言葉に5人が揃って声に出す。「えっ?」と戸惑う陽翔。

「うちのヒナをあんまりからかわないでくれます? 世界で1番大事な相棒なので」
「「「「「愛だ、愛!」」」」」
「いや、僕ら二人の愛は、僕らを愛してくれるファンのものなので!」

 生暖かい視線を無視して、僕は会場へと向き直る。もう、後ろは準備出来ているようで、いつでもいいと音がなくなる。

「生涯現役でアイドルやるんで……ちょっとくらい古くなっても、いつまでも愛してくれるかな?」
「もちろん!」
「ミナもヒナもずっと一緒だよ!」
「愛してる!」
「僕も……僕らも愛してる!」

 陽翔が隣に来て、頷きあった。さっきまで泣いていた陽翔の目は赤いけれど、笑顔は穏やかだ。
 曲名を何にするかとまだ決めていなかったけど、心は一つだ。

「アンコール! これで本当の本当に最後だよ!」

 陽翔が声を張り上げる。僕らは、少し離れた場所へ……僕らが始まった距離をとった。

「「『シラユキ』!!」」

 心得た! とばかりに、律のドラムが先に走り始める。あとを追うように美桜、三日月、唯のギターが鳴り、支えるように梓のベースがバランスをとった。
 そこに僕ら二人の歌声が合わさり、最高の夜を迎える。

「 I think about you.
   I just wanted to tell you...

  And
    I Love you...      」




 あの熱かった1日がウソのように静かであった。

「はぁ……終わった」

 僕はメテオシャワーフェスの会場が見える小高い公園の芝生に寝転び、伸びをする。

「今日は、すごいビックリした」
「ん?」
「歌だよ。いつ、用意してたの?」
「うん……まぁ、ね? 結構急いで作ったもんだから……あれだね。なんていうか、こうして話すと恥ずかしい」
「夜中のテンションで作ったとか?」
「ちゃんと昼間にヒナとの思い出を遡って、未来を考えて……」
「……あれ、やっぱりプロポーズ的な?」

 ん? と、隣に座る陽翔を見上げると、少し拗ねたような表情をしている。

「あぁーやられた!」

 ゴロンと寝転ぶ陽翔。ポケットから取り出したものがあった。

 あっ! と思った。

「学生じゃなくなったらって思ってたんだけどさ。三日月さんのこともあるし、狙ってる女優さんも多いって聞くからさ……」
「……指環」
「そう。別につけなくていいよ。湊は、その……」
「ん、はめて」

 左手を出して、陽翔に促すと、座り直して僕の薬指に嵌めてくれた。ぴったりな指環が嬉しかった。

「これからもよろしくでいい?」
「永遠に愛してるを囁き続けるって言わなかったっけ?」
「あぁ……、公衆の面前で言われた」

 笑いあう二人には、不安はない。この先、どんな人生を歩むことになっても、信じられる人が出来たから。

「幸せになろうな」
「まぁ、それもあるけど……世界征服をしたいな」
「世界で1番聞かれているアイドルでも、まだまだ振り向かせたい人は多いから?」
「俺ら、一生、片想いです! って言い続けるんだろうな」
「そうに違いない。あぁ、せめて、今だけは両想いです! でいいよね?」

 返事の代わりにキスをする。明日からのスケジュールもおかげさまで真っ黒。僕らの夏休みはもう少し先になりそうだった。

- The End -
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