上 下
12 / 29
晶の記憶

旅と理由

しおりを挟む
目が覚めると、和歌は起きたのか、胸の中の温もりが消えていた。

酢と大蒜と醤油のいい香りがする。
そうか、夕食をつくってくれてるのか。

俺は起きて台所に行くと和歌はおたまを持って鍋をかきまぜていた。
おいしそうだ、しかしこれはなんだろう。

そうおもいながら椅子に座り おはよう とこえかけると、
和歌も おはよう と言って食事の支度を何も言わずにはじめた。
カレー皿に米を乗せ、
たっぷり煮込んだ大蒜と玉ねぎのみじん切りと鳥手羽元、煮卵に汁をどろっとかける。

「なにこれ?」

「アドボ」

「アドボ…?」

「フィリピンの料理、同じ部屋の子が作ったのをおぼえていたから。大蒜と玉ねぎに卵あるから精がつくよ」

そう言ってテーブルにアドボを置いた。
皿からはキツい酢の香りが食欲をそそってくる。

「わたしは先に食べたから、たべていいよ」

時計を見ると深夜2時だった。

「こんな時間まで…」

「そろそろ起きると思って…」

「そうか…」

「でね、実は昨日から考えていたの」

「何を」

「私の将来」

俺は卵を崩して大蒜と玉ねぎのみじん切りと米と一緒に口の中に書き込みながら話を聞いた。



暫く経って、山田の依頼が全て終わり、
小田急百貨店の最上階のなだ万で山田を待ちわびていた。

「お久しぶり!甲藤ちゃん!」

山田の飄々とした口調とでっぷりとした身体が、心なしか踊っていた。

「先日はすいません…」

「いーのいーの!解決したしー!
しかしさー甲藤ちゃんが御馳走だなんて…珍しいねー!どしたの?情婦にでも惚れた?」

山田が席に座るとおしぼりで顔を拭きながら核心を突いてくる。

「…お恥ずかしいですが…察しのとおりです。」

俺は包み隠さないで腹を割って話すことにした。
山田はヒューと口笛を吹く

「実は、結婚を前提に彼女と付き合いたいので、和歌をまた…」

山田はニンマリ笑いながら

「…ん?しなくていいよ?」

俺はあっけにとられた。

「うん、元の戸籍にもどせばいいんだよ『偽造』だから」

山田はニコニコと運ばれたランチ定食の麩の煮物を口に入れて味わう。

「ただね…元に戻すと、和歌ちゃんまた狙われてしまうからねーそこは大好きな『晶くん』が組織を殲滅するしかないのかなあ…壊滅させないとね『だいすきな晶くん』」

これは…まさか嵌められたのか!

「…規模は」

「かつてテロリストだった新興宗教団体だからね…規模はそんなでもない。だけど「手練」だ、相手はプロだよ。この間の薄い警備とは訳が違う。破防法さえあればなんとかなったんだけど発動しなかったからやりたい放題だ。」

「山田さん…貴方は」

「正体は明かせないがただの汚職でおいしいご飯たべるのが大好きな警官だよ、そこらへんのね!」

山田は不適に笑う。

「貴方は最初から 俺を利用 するつもりでしたね」

しかし、後悔はない。和歌にであえたのだから。
その気持ちを知ってか知らずか山田は話し続ける。

「甲藤君は最高の逸材だよ、
高校生の頃に金持ちの父親が癌でなくなり、
母親が親族に財産を騙し取られ没落と生活苦になり
精神病棟に入院、
育てきれない君を児相が保護をした。
幸い君はいい職員がいるグループホームに入っていて
幸せに就職し、趣味のクレー射撃を再開」

「そんな時に 復讐しないか? って持ちかけたのが


「そう、私だよ、甲藤くん。君を手に入れるには父方の堤一族郎党の暗殺は最高の甘露だったとおもうんだけどね?」

そう言って山田はニンマリと八重歯の金歯を見せて不敵な笑みをした。

「孤立無縁、
それが殺し屋
ヒットマン
には最高の逸材だよ。
しかも射撃技術も申し分ない。
狙撃もできる。
こんな逸材はなかなかない。」

「怖いですね、この国は」

「そうか?私は愛してるよ?
全ては愛する国民の 平和 のためだ。」

「力無き正義は 無力 か」

「そう、だから君にはもうひと働きしてもらいたい。
来るべき2020年の 祭り の大掃除だ。」

「奴らの狙いは」

「それだ」

「本部支部がなくなればいいんですね」

「スマートな話だろ?」

「スマートねぇ…」

暫く沈黙が続く中、山田は味噌汁を啜る。

「和歌にのませてやりたかったなあ…ここの味噌汁」

山田はニコニコと笑って

「なだ万の出汁料理は最高だからな。お前が居ない間、色々教え込んどくよ」

俺の怒りが沸沸と湧いてきた…山田に殺意を送る

「いや、そんな目でみないでくれ!手を出す意味でなくて、進路や勉強だよ。これでも国立出身だったしね。
……安心しろ、和歌ちゃんは国
わたし
が守る。うまいもん食わせとくから安心しろ!」

「国家の金…でですか?」

「経費といってほしいなあ。あ、お土産になだ万の弁当、和歌ちゃんと私の分も宜しくね『だいすきな晶くん』」

「…頼みます、山田さん」

「国家の名誉に賭けるよ、甲藤くん」

そう言って山田の足元にあったボストンバッグを持って会計を済ませて出て行く。

痛い視線を感じ、振り向くと
山田は水菓子を食べながら願うように見つめていた。

(絶対和歌ちゃんをひとりにするなよ…甲藤)

そう訴えてるんだろう。
当たり前だ!和歌を再び抱くまで、俺は死ねない!
しおりを挟む

処理中です...