ある日突然家のクローゼットが悪の秘密結社に繋がった話

浅木宗太

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3月30日のこと。

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 おじいちゃんが死んだ。私が高校二年生になる春、桜の咲く三月末の事だった。
 私、白滝藤花はおじいちゃん子だった。母はテレビ番組にも出るくらい有名な弁護士で、父は警察の上の方の役職らしい。二人とも仕事が忙しく、家にいる事が少なかった。兄は父と同じ警察官の道を選んだ。昔はよく遊んでくれたし、優しくてどこか抜けた所のある兄。警察学校に入る頃には勉強で忙しく、邪魔しちゃ悪いな、と幼いながらに思ったもので、そこからきっと私が遠慮がちになってしまったが故に、あまり話ができていない。両親も似たような理由で距離を掴み損ね、そこからどうしても話ができずにいる。唯一、ずっと幼い頃から面倒を見てくれ、一緒にいたのがおじいちゃんだった。死因は塵肺による肺炎。家族全員に看取られて旅立って行った。
 おじいちゃんは昔から面倒見の良い人だったようで、いろんな人がお葬式には来ていた。そんなおじいちゃんのお葬式の後、やはり父も母も仕事で職場に戻って行ってしまった。兄は上司に呼び出されて現場へ葬式後のその足で向かってしまった。でもそれも仕方のない事で、巷では最近、少女連続誘拐事件が起こっている。今月に入って二件、先月も二件。捜査本部を立ち上げ、その責任者が父で、兄の所属する課も捜査を行なっているのだと言う。母はと言うと、それなりに有名な弁護士であるが故に、来年度までぎっしり詰まった仕事達を消化しているところだ。この忙しさの中でおじいちゃんの見舞いには皆、こまめに来ていたようだが、如何せん仕事の合間なので時間がまちまちであまり会うことはなかった。本当は母は「家まで送っていこうか?」と聞いてくれたのだが、私はそこで素直に「うん」と頷くことができず、「自分で帰れるよ、大丈夫だから、心配しないで」とやんわりと跳ね除けてしまった。そんな自分にどうして素直に頷けなかったんだろう、と去り際に見た母の少し困ったような顔を思い出すとため息が出る。
「ただいま。」
 誰も返事を返してくれないのはわかっているのだが、それでも誰か返してくれる気がして言ってしまう。
   まだ、夕焼けの陽射しの入る玄関で靴を脱ぎ、洗面所へ向かおうとして、私は足を止めた。誰かの、声が聞こえたのだ。
   ボソボソと聞こえるその声を辿り、廊下を抜けてダイニングを通り、すぐ隣のリビングへ。更にそのすぐ隣、おじいちゃんが使っていた仏間まで来てしまった。小さな声は、仏壇横のクロゼットの中から聞こえていた。おじいちゃんの使っていたクロゼットは確かに縦に長い。だが、幅は大人一人分程。横の箪笥に人が入れるとは思わないし、入るとすればここしかないだろう。そもそもここから声が聞こえてくるわけなので、十中八九当たりのはずだ。そうじゃなければお化けか。
   意を決してクロゼットの扉を開ける。少し力を強めに入れないと開かないそこには、生前、おじいちゃんが外出時に決まっていつも着ていた背広が掛けられていた。とうとう家から出られなくなるまで、週に数回はデイサービスを利用していたし、元々お洒落さんだった様でいつだって身なりはきっちりと整えていた。冬になれば皮のジャンバーを上から着ていたし、夏になれば涼しげな素材で出来た上着を着ていた。小さな頃はお土産に喜んだものだ。ふとした小さな思い出にすら涙が目から溢れそうになる。私は思い出達の間に腕を入れ、そのままクロゼットの後ろ側の壁に重心を傾けた。その時だった。後ろは壁があるはずのそれはカチャ、と何とも軽い音を立ててそのまま開いてしまったのだ。
「えっ?うわ!」
   上着たちを巻き込んでそのまま前に倒れ込む。おでこは打ったが擦りむいたり怪我をしてはいないようだ。
 じんじんと痛むおでこを擦りながら体を起こす。そして自分の置かれた状況を把握しようと顔を上げると、そこに居たその人と目が合った。
「なんだァ?お前……。」
 黒く光るボディに爛々と光る目、それは幼い頃におじいちゃんに連れられてお兄ちゃんと見に行ったヒーローショーの怪人そのものだった。

「ふぅん……おかしな事もあるもんだなァ。」
ロッカーをしげしげと眺めながら、その人は顎をかいた。
「悪の秘密結社のアジトと一般市民の家が繋がっちまうなんてな。」
 私の家のおじいちゃんのクロゼットは悪の秘密結社の会議室の備え付けロッカーに繋がってしまったらしい。この怪人の言う事には定例会議が終わり、次どうするか考えていたところ、いきなりロッカーが開いて私が出てきたのだという。
「まー、あれだな。繋がっちゃったもんは仕方ないし、そういう事もあるよなぁ。うんうん、あ、そう言えば嬢ちゃん名前は?」
「え……?あ、白滝、藤華です。」
「フジカねぇ、あ、アレみたいだな!あの漫画のセクシーな女泥棒!」
 ああいう美女系の怪人っていいよなぁ、次の会議でそういう怪人採用できないか思い切ってみんなに聞いちゃおうかな~と部屋の中をうろうろするその人にどことなく、緊張感が消え始めていた。
「あ、あの……。」
「ん?」
「勝手に入ってきて、その、すみませんでした……。」
頭を下げると少し何の事かと考える様な素振りを見せる。
「まぁ、ほら、気にすんな。うん、お隣さんみたいなもんだからよ。基本的にうちは……あれ?」
「わぁ、ボスどうしたんですかこの人間!思い切りかわいこちゃんじゃないですかぁ~!」
怪人さんが言い終わる前に私はテレビ頭の別の怪人によって、テディベアか何かのように持ち上げられていた。
「テレビ!テレビちょっタンマ!」
「新人ちゃんですかぁ?いやぁ~私、こんな可愛い子なら大歓迎です!はぁい!」
私を持ち上げながら喋り続けるその人の画面にはぴかぴかとピンク色のハートが映っている。
「ちょっと!違うから!話聞いてって!!!お願い!!!」
 慌てる怪人にはしゃぐ怪人、持ち上げられる一般市民。「何なんですか、もー。」と渋々と下ろしてくれたテレビ頭のその人に説明するその姿はどこか疲れていた。
「なぁーるほど、それはまた稀有な運命ですねぇ。よりにもよってウチの会社に繋がっちゃうなんて。あ、お母様とかお父様とかは怪人ってダメなタイプです?」
 怒涛の勢いで喋り倒さんとするその怪人は「あ、私、テレビマンって名前なんですよ、テレビさんって呼んでくださいね。」と付け加え、画面でウインクをする。割とノリが軽そうだな、等と思いつつ、父と母を思い浮かべる。
「ダメ……かは分かりませんけど、父も母もほぼ家には帰ってこないので……。あ、兄は多分そういうの大好きです。」
「あら、お父様とお母様のお仕事は?」
「父は、警察です。母は弁護士で……。」
「マジすか。」
 私の言葉に目配せをする怪人二人。どうやら何か思い当たる節でもあるのか、顔を見合せ頷きあっている。
「……フジカさん、我々が不審者として事情聴取からのしょっぴかれたりしたらよろしくお願いしますね……。」
「されたことあるんですか?」
「あいつらマジで話聞かねぇから……頼むぜ……。」
「された事あるんですね?」
 公園で青空を見つめていたら職質されたと話す彼らの声のトーンはかなり本気だった。怪人にも傷心することがあると知った。
「結構色々ありましたからねぇ。挨拶回りで通報されたり、公園でゴミ拾いしてたら職質されたり……。」
「そうそう、近所に馴染むまでが大変だったぜ……。」
「ですねぇ……。」
 どうやら、彼らにも並々ならぬ努力の時期があったようだ。あまり聞こうという気にはならないが……。先程までの不安感は、遠足のような軽い足取りでどこかへいってしまった。さようなら、不安感。
「あの、結局、悪の秘密組織って、何なんですか……?」
 おずおずとそう切り出すと、今の今まで思い出に浸っていた彼らの目に(とは言ってもテレビさんは目ではなく、画面だが)光が灯る。
「我々は世界征服を目標とする悪の秘密結社である。故に、子供達にお手本となりつつ、その土地の住民に快く統治権を渡してもらえるよう、日々活動している。悪の組織としての信条は他にもあるが、それはそのうちとして、普段はヒーローショーとか地域貢献活動を行なっている。」
 その他にも防犯強化週間の外回りなど、思っていたよりもかなり地域に貢献していた。真っ当にイベント企業としての仕事の他、老人ホームを訪問したり、保育所に赴いて防犯教室を開催したり、おじいちゃんおばあちゃんや子どもにも優しい悪の秘密結社だった。何だかもう、ここまで聞いてしまうと怖さなんてものは全く感じられない。征服した暁には犯罪ゼロの世界にすべく、勤務時間内での戦いに勤しんでいるそうだ。
「そういえば、ボス、すでに八時過ぎちゃってるんですけどもぉ、フジカさん帰さなくて大丈夫なんです?」
「ああ、それなら心配ないです。今日は二人とも仕事なので帰ってこないです。」
「おや?お兄様は?」
「兄は今日は張り込みだと言っていたので、帰ってきませんね。」
「張り込み……ああ、警察さんなんですねぇ。じゃあ、お一人なんですか?」
「まぁ、そうなります、かね?」
 テレビさんのその言葉におじいちゃんがもう居ない事を思い出した胸がじくじくと痛むのがわかった。涙が出そうになるが、ここで私に泣かれても彼らに迷惑をかけるだけだから、ぐっとこらえることにした。
「……なるほど、フジカさん、お寂しい時はいつでも来てくださっていいですからね?ボスの隠してるお菓子と薄いお茶しか出せませんが、遠慮なくいらして下さい。」
「隠してる菓子など無いが?まぁあれだ。寂しくなったら来るといい。」
子供の頭を撫でるような優しい手はどちらの手だったのか、俯いていた私にはわからなかった。ただ、暖かく、おじいちゃんを思い出すには十分過ぎて、一日中堪えていたそれは次から次へとこぼれ落ちていった。
 散々泣いて、何とか落ち着いた頃にはさらに一時間ほど経っていて、テレビさんとボス(結局名前を聞きそびれた)に心配されながら家に戻った。空っぽのロッカーの奥にはおじいちゃんの背広。そのさらに奥、開けっ放しのクロゼットから仏間が見えるのは、何とも不思議な光景だ。クロゼットから出てしまえば、そこはいつもの仏間。そのまま視線を左側へ動かせば、誰も居ないリビングが見える。帰ってきたときに付けっ放しにしていた玄関のあかりのことを思い出し、私は玄関へと足を進めた。三月の三十日、風もない、静かな日のことでした。
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