ある日突然家のクローゼットが悪の秘密結社に繋がった話

浅木宗太

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1週間後のこと

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 おじいちゃんのお葬式から、一週間が経った日曜日の朝。カーテン越しに射し込む光を感じながら、窓を開ければ、まだまだ寒くて遠くに電車のガタゴトと揺れる音が聞こえた。家の近くには駅はない。一番近くても車で十分ほどかかる駅だし、線路も近くを通っていない。なんていう名前の現象だったかなぁ、と考えながら上半身を起こすと、布団の上にかけていた花柄の半纏を羽織る。つい二日ほど前に新学年が始まったが、今日は休みである。授業もなければ、課外もない。この一週間で変わったことといえば、ちょこちょこと家に怪人が出没するようになった事である。仕事がしたくなくて逃げてくるボスと、それを追いかけてくるテレビさん。よく追いかけてきたその人の口から「経理が」と言う言葉が出てくるのだが、それを聞くと渋々と帰るあたり、よっぽどその経理の方が怖いのだろう。まだ、彼ら二人しか幹部?的な怪人は見たことがないが、アジトにお邪魔した際に戦闘員感の溢れる方々はいた。名刺をもらったのだが、ヒラ社員らしい。はっきりと日本語で喋っていたので少しばかり、残念な気持ちにはなったが、もしかしたら特撮の戦闘員の方々も見えないところではバリバリに喋っているのかも知れない。
 部屋を出て、階段を降り、ダイニングへの引き戸を開けると、ふんわりとコーヒーの香りが鼻をくすぐる。一瞬、何かわからず、ポカンとしていると、台所から誰かの話し声が聞こえて来た。
「あーあー、ケチャップは好き嫌いがあるから後でかける方がいいんだってば。」
「うるさい、ケチャップはあえるものだ。」
「何を、してるんですか。人の家で。」
 そこにはケチャップを手に魚肉ソーセージをそのまま焼くか、焼きながらケチャップをあえるかで言い合いをするボスと女の子の怪人が居た。
「おお、おはよう。七時に起きてくるとは早起きだな!」
「はぁ、おはようございます……。おじいちゃんと同じ生活してましたから……それに、高校の課外がある日はもっと早く起きますし。」
 彼らの言うには、ついうっかりテレビさんがあのロッカーの事を言ってしまい(そうじゃなくてもそのうち言うつもりではあったが)どうしても会いたいと言い出したのが、ボスと言い合いをしていたこの子らしい。
 ゴシックロリータを基調としたデザインに巻き髪の可愛らしい女の子である。
「リリィ、リリィって呼んで。」
 なぜか五人掛けのダイニングのテーブルに並んだ料理を囲み、私をしっかりと正面から見据えながら、彼女は言った。いつの間にやら、そこに居たテレビさんとボスは人ん家のマグカップで優雅にコーヒーを堪能していた。私が「リリィさん」と呼ぶと彼女はどこか満足げにスクランブルエッグを勧めて来た。トーストに彼女の自信作だという魚肉ソーセージのケチャップ炒めとスクランブルエッグを挟み、モサモサと食べながら、朝のニュースを眺める。
「これで五人目、かぁ。」
 ニュースの話題はちょうど今、巷を賑わせている、少女誘拐事件についてだった。
「悪事は我々の仕事だっつーのに……。」
「まぁ、言う割にそこまで悪事は働いてませんがね、私達。」
 テレビさんの言葉にうんうん、と頷くリリィさん。どうやらこれは共通認識のようだ。言われてしまったボスはと言うと「ぐぬ……」と言葉を詰まらせていた。
「それにしてもぉ、女の子ばっかり狙うなんて、悪趣味ですよねぇ。それも有名お嬢様校の生徒さんばっかりですし、身代金目当てでも悪質かつ、かなり巧みに練られてますよねぇ。」
 テレビさんの言う通り、この事件の共通点はみんな学校に帰り道に襲われて誘拐されている女の子達は有名なお嬢様学校の生徒で、身代金目当てなのだ。学校近くで攫われた子も居たのだが、防犯カメラに犯人は全く写っていなかった。犯人は捕まっていないし、身代金と引き換えで戻ってきた少女達も一瞬で攫われ、その後は目隠しをされた状態で身代金引き換え現場のすぐ近くで発見されたため、犯人の顔を見た子はいないらしい。連日、マスコミはこの事件について報道しているが、同じことの繰り返しの報道で、全く進展がないのは火を見るよりも明らかだ。
「そういえば、フジカ、お前の兄と父親は警察だと言っていたな?」
「はい、でも機密事項とか何とかで、私は詳しくは知らないんです。兄はこの前、今回の緊急事件の捜査班に入れたーとか何とか言ってましたけど……。」
「そうかぁ……でもそんなもんだよなぁ。」
 考え込んでしまうボスにどこかそわそわしたような動きをしながらテレビさんが恐る恐る問いかける。
「あのぅ、ボス?もしかして、犯人とっちめようとか、思っちゃったりしちゃったりとかしてませんよねぇ?」
「ば、バッカ、そりゃあ、街中で見かけたりしちゃったりしたらぶん殴るかもしれねぇけども。」
「程々にしてくださいよぉ?私、世界征服前にボスがブタ箱行きなんてまっぴらぴらごめんですからねぇ。」
 テレビさんの言葉にまたもや言葉を詰まらせたボス。それを横目にニュースを見る。
「それにしても、全く証拠を残さないなんて……透明にでもなったんですかね。なんて。」
「消える奴、限られてくる。でも、私達じゃない、他の悪の組織の怪人や、ヒーローは、詳しくは調べられない。フジカ、攫われないように、気をつけて。」
 真剣な顔でそう言うリリィさんに「ありがとうございます。」とお礼を言ってからもう一度ニュースに向き直る。すでに話題は次のものへと変わっており、私はぼんやりとヒーローも実在するんだ、などと考えていた。
 三人はきっちりと食器の後片付けまでこなしてから、アジトへ戻っていった。一人残された私はと言うと、洗濯機のスイッチを入れ、終わるまでの間に、興味本位程度ではあるが、ネット検索をしてみる。調べた結果、ヒーローも怪人も実はそこかしこに存在しており、一部コアなファンも存在しているらしい。日本各地に点在するヒーローと悪の組織、そりゃあ好きな人はたまらなく好きだろうなぁ、と携帯画面を見ながらぼんやりと思う。そういえば、小さい頃、どうしても見に行きたいと言う兄と二人、おじいちゃんにヒーローショーに連れて行ってもらったっけ、確か、三歳か四歳くらいの頃で、仕事で来られない両親のかわりにおじいちゃんが連れて行ってくれたのだ。あの時観たショーに出ていたヒーローの名前は何だったか、いくら考えても思い出せない。兄と一緒になって呼んだ覚えはあるのに。思い出せそうで、思い出せない記憶にモヤモヤしている間に洗濯が終わったようで、洗濯機が呼んでいる。また後で考えるなり、検索をかけるなりすればいいか。そう判断した私はまだ何も入っていないカゴを片手に洗濯機へ向かった。
 洗濯物はベランダに干すことにした。空は晴れ渡っており、気持ちだが、過ごしやすい。肌寒い事を差し引いても、申し分無い天気だ。これなら夕方に取り込むのさえ忘れなければよく乾くだろう。洗濯物を干していると兄から一件のメッセージが届いていた。洗濯物を干し終わってから気がついたので、五分ほど経っていた。内容としては、上司の計らいにより、半休がもらえたので今から帰る、と言うものだった。へぇ、今から帰ってくるんだ。と言う思いとともに「わかった」と返信を返す。そして返信をした後にふと思い出した。クロゼットが悪の秘密結社のアジトにつながっている事を。彼らが出てこなければ特に何も言わずとも乗り切れるだろう。だが、今朝の様子を見る限り、否、この一週間の様子を見る限り、割と自由に来そうだ。
 兄とは元々仲が悪かったわけでは無いし、小さい頃はよくお人形遊びにも付き合ってくれた優しい兄だ。だが、兄の高校受験の頃から遊ばなくなった。それも何かあったと言うわけではなく、母や父の「お兄ちゃんは大事な時期だから邪魔しちゃダメよ。」と言う言葉からだ。兄が悪いわけでも、母や父が悪いわけでも無い。それ以来何となく、そう、何となくあの「邪魔しちゃダメ。」が引っかかっているのだ。事実、兄は高校の間も、警察学校に行ってからも、ずっと忙しそうだった。元々明るい性格で誰とでも仲良くなれる兄、夜遅くまで勉強をしているその背中を見て、邪魔をしてはいけない、と幼心に思った。それ以来兄との間に一線を引いているのも私だ。そんなわけで、兄に対しても両親に対しても「大丈夫だよ。」が口癖のようになっている私にとってこの現状の説明をしなければならないと言うのは、大問題だったのだ。メッセージには「二十分ほどで着く」とあったので、見たときには既に後十五分といったところか。どう模索しても、悪の秘密結社のアジトに繋がったクロゼットの説明など思いつかないし、そんなものはない。説明して納得されたらそれはそれで困る。こうなったらガムテープでぐるぐる巻きにでもしてしまおうか、などと言う血迷った案も浮かんだがどう見ても不自然すぎるためやめた。ああでもない、こうでもないと考えているうちにガチャリと鍵が開く音がして、兄の「ただいまー。」と言う声が聞こえてきたのだった。
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