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女子高生、異世界へ行く。

とびました。3

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「お待たせ致しました。ハンバーグセットです」
と言う声とともにやってきたそれは私が普段からよく見かけるそれとは、少し異なっていた。
鉄板の上で美味しそうにジュウジュウと音を立てる楕円形のそれは、目に見えてパンパンに膨らんだまん丸な姿をしている。
さっそく、フォークとナイフを手に、プスリ、と穴を開ける。するとその穴からはどんどん肉汁が溢れてくる。一口サイズに切って、付いてきたソースをちょっとつけて食べればソースの酸味も相まってとてもご飯が食べたくなる味が口いっぱいに広がった。
「んんんんん……美味しい~!」
ハンバーグを一口、その後につやつやぴかぴかのお米を一口、エンドレスである。
「私、これ食べる為にトリップしたんかな……そうだとするとこれは食レポ漫画系?」
異世界のファミレスのハンバーグってこんなに美味しいのか~!役得~!なんて思いながらぺろりと全て食べ切ったのだった。
食べ切る頃にはあれだけ騒がしかった店内にはもう既に客は居らず、私だけになっていた。いつの間にみんな帰ったのだろう?なんて思いながら鞄から財布を取り出す。レジに行くと、そこにはコック服を着た人物が座っていた。年齢的にあまり変わらないくらいだろうか、黒い髪が右目を隠しており、眼鏡にしっぽ毛。髪の分け方からして意図的に右目を隠しているようだ。背もたれのない丸椅子に腰掛け、何かの雑誌を読んでいる。
「お会計お願いしまーす」
そう声をかけると雑誌を閉じ、こちらを見た。金色の目が猫のような印象だ。
「ハンバーグセットひとつね、九百八十円です」
レジをいじりながらそう言う彼女に千円札を手渡し、二十円のお釣りをもらう。
「あのー……」
「何か?」
こちらを見る目は何を考えているか全く読めない。
「この辺りで、その、町っていや、町じゃなくてもいいんですけど、人が住んでるとこって……ありますかねぇ……?」
なんつってーなんて言って笑って見せるが完全に私の顔は引きつっていることだろう。そりゃそうだ。目の前の人は何一つ表情を変えやしないのだから、こっちがどんな顔したらいいのか分からなくなっているのだ。
「ないことはないけどあんたじゃあ、日が沈むまでには着けないね。別世界からの異邦人さん」
その人の放ったその言葉に私の顔は一層引き攣る。
「なんか能天気な奴だなと思ってたが、まさか、気が付かれてないとでも思ってたのか?」
図星をつかれた私の表情はそれはそれは分かりやすかったのだろう。
「私の名前は木積彼方。まぁここで立って話しても私は別にいいが、どうせ今、客は居ないんだ。あっちで座って話した方が楽だろ?」
そう言うとカウンターを親指で指した彼女はにぃ、と笑った。

ここはヴェルジェという場所の千百八十一番地らしい。
これを聞いた時点での私の脳内としては「番地、番地あるんだ」という事でいっぱいいっぱいだった。ファンタジー世界にも番地は存在するんだね。初めて知ったよ。いや、知ってたらそれはそれでなんで知ってんだよって話なんですけども。
こういうのって、大抵「こちらの情報を教える代わりにお前も話せ」が定石だと思ってたからそう来ると思って構えてたら「お前の世界のこったどうでもいい」と言われてしまい、なんか痛い子みたいになってしまった。私のことが知りたいのか、え?知らなくていい?そうですか。
この世界に何か名前はあるのか、と言われるとそうでも無いらしく「お前の世界は惑星の名前と国の名前以外に名前がついているのか?ついてないだろうが」と言われた。そう言われるとそりゃそうだ。
大体こちらから聞きたいこと、と言うのは完全に内容はバレ切っていて、ここはどこか、どんな人達が住んでいるのか、魔法や魔物などはあるのか、この三つだろう?と聞かれてしまった。大正解である。
「二つ目、どんな種族が住んでいるか、だがヒューマン、ケモノビト、モリビト、エルフ種、リカーターナー、あとは吸血鬼やらなんか色々だ。種族は、な」
「なんか色々って……それまた適当な」
「色々、としか表現しようが無い。お前は庭に生えてる雑草の説明をしろと言われて全部の種類の名前を答えるか?答えないだろ?」
「つまり、名前はあっても面倒臭いから答えたくない、と」
「知りたけりゃ自分で調べな」
彼女はそう言うとマグカップに注がれたコーヒーを一口飲んだ。
「んで、お次は魔法や魔物の話だが、魔物は居る。お前の中の定義が人に襲いかかってきたりしてくるやつって意味ならな」
「まぁ、意味的にはそうなんですけども。わかりやすい所でいえばドラゴンとか?なんかそういうやつです」
「居ると言えば居るな。秘境の地なんて言われてるとことかに。普通のやつはあんまりエンカウントしたくないだろうから避けてるが、中にはそういった場所を踏破するために足を踏み入れる奴等もいる」
「そ、そそそそれって!ボウケンシャー!とかですよねっ!」
食い入る様に言う私に特に何とも思わないのか、彼方は「まぁそういうことだ」と言った。
冒険者は私の中でかなり特別な地位にある職業である。小学生の頃、お小遣いで買った自分だけのパーティを作り、冒険に繰り出し、未開の地を進んで行くものだ。何度もフロアを徘徊する強めの魔物に全滅させられたし、いきなり襲いかかってきた魔物に全滅させられたし、勝てるだろと余裕ぶっこいて挑んで全滅させられたが、シリーズは全部揃えたし、設定資料集も買ったくらい大好きなゲームだった。いまだに部屋の神棚に全シリーズ飾ってある。
「まぁ、冒険者に関しては近くに冒険者街があるから、見かけることは多いだろうよ。魔法についてだが、魔法はあった、と言っておこう」
「……あった?過去形、なんですね?」
「昔は魔法を使える人間はゴロゴロ居たさ。だが、ある時を境に魔法を使える者、魔法使いは急激に姿を消していった。今残ってる魔法使いはこれだけだ」
スッと目の前に出された彼女の手は四本の指を立てた形だった。
「つまり、今、魔法使いは四人しか居ない?」
「その通り。代わりに魔術は大体のやつが使えるし、機械技術も発展してる。使えようが、使えまいが、あまり関係がないのさ」
確かに、そう言われればこの店の明かりはよく見なれた蛍光灯だし、店の奥の方ではほんの少しではあるが、テレビモニターと思わしきものもチラ見えしている。「時代の淘汰、ってやつだな」と彼女はカウンターに肘をついていた。
「彼方さんの、話をまとめるとここはとりあえずファンタジー世界という括りでも大丈夫という事ですかね?」
「私に聞くな。あんたの世界の定義がそうならそうなんだろうよ。まぁ知らんけど」
「あのぉ……ついでにもう一つ聞きたいんですけど……私みたいに別世界から飛ばされてくる人ってどれくらい居るんですかね?」
おそるおそる聞くと彼方は少し考える素振りを見せた。そしてこちらに向き直ると
「私が知ってるのは五人。だが、別世界から飛ばされてくるのみじゃない。この店に飯食いに来て帰る奴もいるし何かしらに巻き込まれて来て、いつの間にか帰ってた、なんて奴もいる。今、冒険者街に居るのが五人ってだけでかなりよくあちこちから来る」
「そういう人達って特別な力とか、そういうのは……」
「無い。時折こっちで天職見つけてそのまま移住する奴もいるがお前が考えてるみたいな、転生系ラノベとか夢小説に出てくるみたいな設定持ち野郎がいるわけないだろ。現実見ろ」
ファンタジー世界の住人に現実を見ろと言われてしまった。
ついで言うと「可愛い女の子に囲まれて冒険者してるようなやつも居ねーからな」と釘を刺された。
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