神を辞めさせられた男は魔物にでも八つ当たりすることに決めました

佐島 紡

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閉鎖都市ナラク

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 あの人型ロボット内の人が言っていた情報通り、山を越えたところには大きな都市が広がっていた。ナラクという名前らしい。ただでさえ地盤が相当低いところの石を削りに削って円の形作られており、物々しい雰囲気を醸し出していた。如何にもという感じの機械都市で、視界に入るだけでも相当数の歯車が目に入る。大きさに差はあれども、その一つ一つが休まず動き続けていた。鉄と鉄が擦れる事によって響き出される不協和音は正直言って騒音以外の何物でもない。

「それにしても……」

 なぜ人の気配がほとんどしないのだろうか。
 ゲンシは軽く耳を押えながら辺りを見回す。歯車などの機械は騒音をまき散らしながらも動いているのだが、人が見当たらない。機械が動いているから住民がいないというわけではないだろうが、それでもゲンシにはここが人っ子一人いない、死んだ都市のように感じた。
「まあ、きっと地面が石でできていて、冷たい印象があるからそう感じているだけなんだろうけどな」
 そう、きっとそうである。
 石の地面を鳴らすのはゲンシの足音だけ。歯車が回る音に合わせて靴底で音を立てて歩いてみたりしてみる。
 ひとまず、情報通な人間を見つけなければ。案内なんかをしてくれる人だったら、なお嬉しいが。
 仕方がない。まずは宿屋を探すことにでもしよう。
 そう決めるとゲンシはアイシャに向かって一言。

「アイシャ。一番近い宿屋を探してくれ」

 即座に鏡が反応する。探査の命令を発信する際に起こる蒼い光が夜の街路を照らし、宿屋までの道のりを示す……。

「え?」

 はずなのだが、生憎アイシャには何にも反応がなかった。鏡の面には検索結果無しとしか表示されておらず、時間がたてばその文字すらも消えてただの光を放つ鏡となってしまっていた。
 いつのまにか日は沈んでいた。ナラクが山脈に囲まれていて、日が差し込んで来ないというのもあるだろうが、それ以上に魔物狩りに没頭していたということのほうがゲンシにとっては早く夜が訪れる大きな影響のように感じていた。
 今でこそ魔物狩りをする理由が、創造神の失敗作を排除するためなんていう大層なものだが、元々は素材を集め、売り、生活を送るための収入源として行なっていたのだ。
 死にものぐるいで狩らなければ明日の飯すら食べることは出来ない。その時身に付いた魔物を殺す時の集中力は空が暗くなっても分からないぐらいにするものだった。
 ――いつかそれはお前を殺すぞ――
 何度も彼女から告げられた宣告。

「だけど、変えられない性分なんだよな」

 ゲンシは星が瞬く空を仰ぎながら呟く。そういえば彼女は星が好きだったな。

「しっかし、どうしたものかなあ」

 アイシャがここらへんには宿がないといっているから実際そうなのだろう。そういえばここ、ナラクは閉鎖都市だった。旅人を受け入れる施設がないのも仕方がないだろう。
 となるとなぜ先ほど自分が訪れた時は入口の門が開かれていたのだろうか。それ以前になぜあの操縦主は閉鎖都市なんかを進めたのだろうか。
 腑に落ちてこない。

「まあ、何とかなるだろう」

 やや不審に思うゲンシだが、せっかく来たのだ。門も開いていたのだ。自分は悪くないとと割り切ることにする。
 それにしてもこの後どうするべきなのだろうか。
 誰かの家に頼み込んで一晩休ませてもらおうか。それとも石壁を背に野宿でもするべきなのだろうか。

「うーむ」

 ゲンシは途方に暮れ、思わずカリカリと頭を掻く。癖なのだ。
 そんな感じで悶々としていたゲンシは突如どこかから声が聞こえ、アイシャの光を向けた。

「おや?なんだいなんだい?君のアーティファクトは」

 ポニーテールがよく映える若い女だった。声は活発な感じを思わせ、事実彼女の服装は動きやすそうなものだった。というか彼女の場合、流石に布面積が少なすぎる気がする。
 なんと胸と尻以外にはどこも隠していないのだ。簡単な胸当てに、ハーフパンツ。やや小麦色の肌が光に照らされてなんだか妖艶なものを感じた。見た目のあどけなさと大人びた感じが程よく入り混じった感じは14とか15とかその辺りなのに。
 正直なところ目のやり場に困る。

「えーと?あんたはだ、誰なんだ?」

 彼女から視線を外しながら質問する。いくつになっても、例え神になってもそういう所は変わってくれないのだ。

「え?私?私はエクス。そこいらで鍛冶屋を営んでいる三姉妹の次女さ」

 どうやら容姿に違わず活発な性格らしい。フレンドリーな性格はこちらとしてもありがたい。

「エクス……へえエクスね。で、こんな夜遅くまで何をしていたんだ?」
「ああ、仕事だよ。こんなものを作っていたんだ」

 マキナが背負っているバックを下ろし、中から機械のようなものを取り出す。

「……アーティファクトか」
「そう!」

 珍妙な形だった。球の形をしていて、そこから六本の足が体を支えている。さしずめ大きなクモといったところだった。

「これは、鉱石探査をするアーティファクトだよ。探窟家から頼まれたんだ」

 実にシンプルなデザインだった。素人目だが、それでもとても精巧に作られているということぐらいわかる。よく磨かれており、なめらかな球はアイシャから放たれる光を反射するまであった。

「うまいものだな。探窟家も喜ぶんじゃないか?」
「だといいねー!」

 褒められて嬉しいのか満面の笑みで返す。屈託のない、人を引き付ける笑顔であった。
 そんなことを考えていたら、今まで何も動きがなかった彼女のアーティファクトがいきなり動き出す。球が赤い光を灯し、内蔵されているらしいブザーが鳴る。
 彼女の声が固くなったのを感じた。ゲンシも眉をひそめる。何が起きたのかわからなかったのだ。

「え?え?まさかそのアーティファクト、代償遺物デルタファクト?」

 どうやら、赤色はデルタファクトを示す色だったらしい。うっかり踏み込んではいけない領域に入ってしまったというエクスの表情がありありとわかってしまった。
 ゲンシもなんと答えればいいかわからず頭を掻く。
 世の中にある遺物は人が作るものだけではない。神や、人の欲望で作られるものもある。
 代償遺物デルタファクト。別名は欲の遺物。使用者の大切な何かを犠牲にして作られるまさに欲の顕現。
 エクスのアーティファクトはどうやら優秀らしい。確かにアイシャは代償遺物なのだ。

「いや、まあ、そうっちゃそうだけど……」
「ご、ごめんね?私、そういうところちょっと疎くて……」

 彼女はバツが悪そうな表情で謝罪の言葉を口にする。
 エクスの反応はごくごく一般的なものだった。何かを犠牲にして作られるデルタファクトの性能はそこらのアーティファクトなんかとは比べものにもならない。
 例え外れだったとしても人工遺物よりは数段勝る能力を持つ。例を挙げると、同じ範囲を索敵できる能力を持ったアーティファクトとデルタファクトがあったとする。しかしその距離を索敵すると得られる情報量が圧倒的に違うのだ。
 アーティファクトが生体反応を持った生き物、その場所の気温、湿度がわかるとしたら、デルタファクトはそれに加え地質、反応があった生物の形容、筋力、弱点などがわかるのだ。その差は歴然としている。
 だからこそ、デルタファクトは恐れられる。人の欲として挙げられるのは大抵誰かを恨むなどの攻撃的なものが多く、それに伴い代償遺物も攻撃的なものが多くなる。
 ゲンシが把握しているだけでも何十の国が数個の代償遺物によって滅んでいるのだ。聞くだけで苦手意識を覚えるのも無理はない。
 まあ、ゲンシの場合はちょっとケースが違うのだが、結果として代償遺物。弁論しようにも言葉が見つからず、反論できないゲンシを見てマキナも本物だと理解する。

「ああ、でも大丈夫だぞ?俺はそんな大層なよくなんて持ち合わせてなんかいないしそもそもこれは……」

 声にかぶせるようにエクスが早口で言う。

「あ、ええと私、そろそろ家に帰らなくちゃいけないんだ。だからじゃ、じゃあね?」

 一気に手のひらを返し、そそくさと足を速めて帰っていくエクスを見つめながらゲンシは大きく息をつく。アイシャは絶えず蒼い光で道を照らしていた。
 さすが機械都市。アーティファクトには詳しいものだな。噂が広がって頼みすら聞いてくれないぐらいに怯えられたら自分の魔物殲滅計画もおじゃんとなる。
 それだけは勘弁したいものだ。仕方がないからアイシャに向かって命令する。

「アイシャ、姿を消してくれ」

 少々無理な頼みだったのではないだろうかなどと危惧したのだが、どうやらアイシャの事を甘く見ていたらしい。即座に透明化するアイシャを見て、それを実感させられる。
 欲の遺物とはよく言ったものだ。願いの大体を叶えてくれる。
 まだ夜は長い。眠くなるまでいかに効率良く魔物を滅することができるか考えでもしようではないか。
 初住民から即恐れられている時点でこの先の道のりの長さはわかったようなものだが。

「まあ、深く考えても仕方がない。住民の一人ぐらいは毛嫌いせずに聞いてくれるだろうし、うん」

 今日は野宿にしようか。
 呑気にそう思った。
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