無口な夫の心を読めるようになったら、溺愛されていたことに気付きました

ななな

文字の大きさ
2 / 16

2

しおりを挟む
 この結婚は、元々政略結婚だ。

 魔法を使えるのは一部の人間だけであり、大半の人間は魔道具に頼って生きている。その動力源は僕の祖国ルータパでよく採掘される『魔鉱石』だった。

 いわゆる燃料としての役割を担う魔鉱石は貿易において需要が高い。隣国のサングリフでは自国で賄えるほど魔鉱石を採掘出来ないため、ルータパとの貿易は必須だ。一方で、高度な技術や武力はサングリフの方が優れており、武力の低いルータパの後ろ盾としては非常に強力である。

 そこで、ルータパの第二王子である僕がサングリフへと嫁ぐ事によって国同士の結びつきを強くするという、よくある政治的理由だった。

 政略結婚に愛なんてない。そんなのわかりきっていたのに、僕はほんのすこしだけ、期待していたらしい。自室に戻った後もベッドの中で、声を押し殺して泣いていた。

 素直に子供が欲しいと言えば抱いてくれたのかもしれない。あんな風に冷たく言うつもりはなかったけど、無理強いなんてしたくなかった。

(……………こんな可愛げがない僕を愛してくれるわけないか)

 もっと………もっと僕に魅力があれば、ジークベルトも愛してくれたんだろうか。



 翌日、泣き腫らした目を見られないように仕事を済ませて、昼過ぎに厩舎へと一人でこっそりと向かった。

 自分の愛馬の元へと近付き、身体を優しく撫でる。

「ラヤ、今日も可愛いね」

 ラヤは芦毛の馬で僕の体格に合わせて、他の馬よりも小さめだ。人に懐きやすく、乗り心地も良いだろうとジークベルトが連れて来てくれた。その時は僕のためを考えてくれて嬉しい、と思っていたな…………。

 祖国のルータパでも狩りや家畜の世話をするのが好きだったから、動物と触れ合う時間が一番落ち着く。言葉は交わせないけど、考えてることがよくわかるからだ。

「……………ふっ、夫より馬の気持ちの方がわかりやすいなんて笑える」

 虚しい気持ちになったが、ラヤを撫でてるうちに徐々に心が安らいでいく。

「………そうだ、少しだけ付き合ってくれる?」

 気晴らしに近くの森に行ってみよう。
 何度も行ったことがあるし、日が暮れるまでには戻れば一人でも大丈夫だろう。



 馬を走らせ、数十分ほどの場所にある川へと辿り着いた。川幅が小さく、流れが穏やかな、僕の好きな場所だ。

「…………つめたっ」

 履き物を脱いで浅瀬に足だけ入れてみると、けっこう冷たかった。ただ、足の裏にごりごりと当たる石の感触が何とも言えない感じで気持ちいい。

「………あ、まんまるの石だ。ラヤみたいに白くて綺麗」

 近くにあった綺麗な小石を拾い上げて、思わず笑みがこぼれる。

 祖国のルータパは砂漠に囲まれているため、川なんて見た事がなかった。ジークベルトと結婚するまでルータパからほぼ出た事がなかったから、サングリフの自然には凄く感動したのを覚えている。

「ねぇ………ラヤ、このまま一緒にどこか遠くに行こうか?」

 そんな冗談を口に出してみたら、ラヤが僕に顔を寄せてくる。きっと撫でて欲しいのだろう。甘えてくる姿が可愛くて、胸がきゅっと苦しくなった。

(僕だってジークベルトに甘えてみたい。撫でて欲しい)

 あのごつごつした大きい手で撫でられたら気持ちいいだろう。ハグしてくれるだけでもいい。愛されてないとわかってるのに、どうしてこんなに望んでしまうんだろう。僕は強欲すぎる。



 悲観的な考えが思い浮かんだ時、片手で握り締めていた綺麗な小石がわずかに光った気がした。

「………………?」

 木陰の隙間から漏れる太陽の光のせいだろうか。けど、石ってこんなに反射するものなのか?

“もっと、なでて"

 不思議な石だなと見ていたら、急に声が聞こえた。脳内に直接響くような、妙な感覚だった。

"なでて、なでて"

 咄嗟に耳を塞いでみるが、それでも効果はない。ラヤは僕に鼻を擦り付けるだけで、警戒している様子もなかった。馬は敏感な生き物だから、誰かが近付いてきていたら察するはずだ。

 つまり……………僕にしか聞こえない声ということか?

 なでて、って…………まるでラヤが言ってるみたいだ。そんなのありえないとは思いつつも、試しにラヤの首筋を撫でてみる。

"もっと、もっと"

 今度は撫でたことに反応するような声がした。これはまさか……………ラヤの心の声ってこと?

 読心魔法なんて聞いたことがないし、そもそも僕はそんな高度な魔法は使えない。

(…………………何で………………?)

 何だか急に恐ろしくなってきて、すぐに王宮へと戻ることにした。

 ラヤを走らせてる間にも時折聞こえていた声は、厩舎に入れて離れたらパタリと聞こえなくなる。

(やっぱり…………動物の声が聞こえるようになったのかな……………)

 けど、おかしな事に他の馬からは聞こえてこなかった。何故ラヤだけなんだろう。

 もちろん、王宮の中で廊下を通り過ぎた使用人の心の声も聞こえてこない。幻聴にしては鮮明すぎる気がしたが、とうとう僕は頭もおかしくなったんだろうか…………。



「何をしに行っていたんだ?」

 廊下で自室のドアノブに手を伸ばした時、ジークベルトの声がした。

「……………え? 何をしにって…………」
「…………馬を連れて、一人で出掛けたのは知っている」

 こっそり出掛けたはずなのに、バレていたらしい。

「護衛を後から追わせていたが………もし、誰かに襲われていたらどうするつもりだったんだ」

 しかも、護衛まで。全然気付かなかった。
 知らず知らずのうちに迷惑を掛けてしまっていたことに、途端に申し訳なくなる。

「…………ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。もう二度とこのような事は致しません」
「………………………」

 僕は仮にも王太子妃だ。軽率な行動をしたらジークベルトの手を煩わせてしまうことになる。明日からは大人しく仕事だけしていよう。そう思い、自室の中に入ろうとした時だった。

 ジークベルトに頬を触られた。びっくりして身体が硬直する。

"こんなに可愛い顔なのに………俺のせいで泣いたんだろうか"

 同時に、脳内へと響いてくる声。

「……今、なんとおっしゃったのですか……?」
「……………?」
「…………………可愛い、って、」

 僕が動揺して言うと、ジークベルトの手がパッと離れる。

「…………そ………そのような事は言っていない」

 確かに聞こえたはずなのに、あっさりと否定されてしまった。ラヤの時といい、この妙な感覚はなんなんだろう。

(この人が、僕のことを可愛いなんて思うわけがない)

 心の声というより、僕の願望なのかもしれない。だとしたら何て厄介な現象なんだろう。

 胸の奥が、どきどきする。
 真実味のない言葉なのに、嬉しいと思ってしまうなんて。

「………今のは忘れて下さい。では、失礼いたします」

 部屋に入っても、心臓が落ち着かなかった。僕は拗らせすぎて、頭がおかしくなったんだ。

 どうしよう……………でも、嬉しい。

 一人でにやにやしながら、椅子に座ってポケットの中へと手を伸ばした。

「…………………これのせいなのかな……………?」

 取り出したのは、川で拾った綺麗な白い小石。あの時は光っていたが、今は何の変哲もない石に見える。この石を拾ってから、妙な感覚がするようになったけど…………。

 心の声ではなく、僕の願望だとしたら「撫でて」というラヤの声は何だったんだろう。

 声の正体も、それが聞こえてくる条件もよくわからない。もうラヤの声も、ジークベルトの声も聞こえないし。

 とりあえず、無くさないようにネックレスにしよう。祖国のルータパでは綺麗な石を糸で結んでお守りにする伝統的な風習があり、その方法でネックレスを作った。

 久しぶりに作ったから少し不恰好だけど………まあ、いいか。

 僕はそのネックレスを首から下げておくことにした。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。

月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」 幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。 「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」 何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。 「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」 そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。 僕、殿下に嫌われちゃったの? 実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡

なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。 あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。 ♡♡♡ 恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

僕を振った奴がストーカー気味に口説いてきて面倒臭いので早く追い返したい。執着されても城に戻りたくなんてないんです!

迷路を跳ぶ狐
BL
 社交界での立ち回りが苦手で、よく夜会でも失敗ばかりの僕は、いつも一族から罵倒され、軽んじられて生きてきた。このまま誰からも愛されたりしないと思っていたのに、突然、ろくに顔も合わせてくれない公爵家の男と、婚約することになってしまう。  だけど、婚約なんて名ばかりで、会話を交わすことはなく、同じ王城にいるはずなのに、顔も合わせない。  それでも、公爵家の役に立ちたくて、頑張ったつもりだった。夜遅くまで魔法のことを学び、必要な魔法も身につけ、僕は、正式に婚約が発表される日を、楽しみにしていた。  けれど、ある日僕は、公爵家と王家を害そうとしているのではないかと疑われてしまう。  一体なんの話だよ!!  否定しても誰も聞いてくれない。それが原因で、婚約するという話もなくなり、僕は幽閉されることが決まる。  ほとんど話したことすらない、僕の婚約者になるはずだった宰相様は、これまでどおり、ろくに言葉も交わさないまま、「婚約は考え直すことになった」とだけ、僕に告げて去って行った。  寂しいと言えば寂しかった。これまで、彼に相応しくなりたくて、頑張ってきたつもりだったから。だけど、仕方ないんだ……  全てを諦めて、王都から遠い、幽閉の砦に連れてこられた僕は、そこで新たな生活を始める。  食事を用意したり、荒れ果てた砦を修復したりして、結構楽しく暮らせていると思っていた矢先、森の中で王都の魔法使いが襲われているのを見つけてしまう。 *残酷な描写があり、たまに攻めが受け以外に非道なことをしたりしますが、受けには優しいです。

断られるのが確定してるのに、ずっと好きだった相手と見合いすることになったΩの話。

叶崎みお
BL
ΩらしくないΩは、Ωが苦手なハイスペックαに恋をした。初めて恋をした相手と見合いをすることになり浮かれるΩだったが、αは見合いを断りたい様子で──。 オメガバース設定の話ですが、作中ではヒートしてません。両片想いのハピエンです。 他サイト様にも投稿しております。

処理中です...