押しつけあう女たち~王子なんて熨斗を付けて差し上げます~

ロゼーナ

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第三話:悪役令嬢は王子なんていらない

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「フィオレンティーナ、只今をもってお前との婚約を破棄する。俺の新たな婚約者にはこのラグウィード伯爵令嬢であるクレアを迎える!」

 魔法学園の卒業パーティーの場で、只今をもってわたくしの婚約者となったらしい王子殿下が朗々と宣言した。

「殿下の御心に従います。陛下と我が父へのご報告はまだのことと存じますので、わたくしから話を通しましょう」

「…やけにあっさり従うのだな」

「王子殿下のお言葉でございますれば。それにクレア様の方がわたくしよりもよほど殿下とお似合いと存じます」

「ふん、分かっているなら良い」

 殿下はそう言うと、もはやわたくしへの興味は消えたご様子で、隣で真っ赤なドレスを纏うクレア様の腰を撫で回しながら満足げに彼女を見つめた。クレア様はわたくしへ勝ち誇った笑みを浮かべてから、愛おしそうに殿下を見つめ返した。

 わたくしは最後にゆっくりとお辞儀を繰り出し、殿下とクレア様に背を向ける。周りを囲む観衆にも、優雅なお辞儀をし、出口へ向かって歩を進めようと顔を上げた。

 その瞬間、観衆の最前列で祈るように手を組んでいた彼女と目が合った。
 この魔法学園で過ごした二年間の記憶が、走馬灯のように浮かぶ。


 ∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴

 …やはり彼女もこの物語を知っていると見て間違いなさそうね。

 わたくしは学園祭の出し物を決めるためのホームルームの成り行きを見守りながら考えた。

 わたくしには、この魔法学園を舞台にした王子と彼を取り巻く恋愛模様がテーマとなった物語の記憶があった。おそらく「前世」と呼ばれる世界での記憶なのだろう。思い出したのはこの学園の入学式の日であった。最初は当然混乱したが、今のわたくしは、その世界で生きた記憶と、現実世界で王子の婚約者であるフィオレンティーナとして伯爵家で育った記憶の両方を保持している。前の世界での人生については記憶が曖昧な部分は多いが、その世界の歴史や文化、常識などはきちんと覚えていた。また、この学園が舞台となる物語についてはしっかりと思い出すことができた。

 わたくしの視線の先には、魔法の素質を持っていたため、貴族ばかりのこの学園に入学した平民の少女、ミーナさんがいる。彼女こそが、この物語で最終的に王子と結ばれる運命にあるヒロインである。そして今、彼女は必死でクラスメイトへ反論をしているところである。

「…ですから、私には主役なんて荷が重すぎます!国の重鎮の方々も来賓でいらっしゃるような学園祭のメインステージに私のような平民が立つわけには…!」

 クラス内では平民から貴族への仲間入りを果たした彼女に対する風当たりが厳しい…などということはまったくなく、彼女自身の優しく慎ましやかな性格や、嫌みのない可愛らしい容姿から、クラスの一員として自然に受け入れられていた。

 しかしながら、彼女が学園祭のメインイベントであるクラス発表のミュージカルの主役に、突然クラス中から推挙されるというのは異常事態である。日頃からとくにクラスの中心的な存在であるとか、男子生徒の取り巻きを大量に抱えているといったこともなく、彼女は大人しく、良くも悪くも目立たないよう気をつけているように見受けられた。クラス発表で主役に推されるほど「みんなの人気者」というキャラクターではないのだ。

 つまり、この状況は物語の強制力が働いていると考えられた。物語では、このイベントでミュージカルの主役を務めた彼女の可憐な姿に王子が一目惚れし、彼女へぐいぐいと迫っていく。そんな王子の様子を見た婚約者は彼女に嫉妬し、悪役令嬢となって彼女をいじめ、結果として王子に嫌われて、最終的には婚約破棄イベントへと発展していくのである。

 そして残念ながら、わたくしこそが将来的に王子に断罪される婚約者なのであった。お先真っ暗な自分の未来に思わずため息をこぼしてしまう。入学式の日に前の世界の記憶を思い出すまでは、わたくしには確かに王子殿下への情のようなものがあった。婚約者がありながら昔から気が多く、十五歳にしてすでに数々の女性と浮名を流しているダメ王子であったが、だからこそ優秀な自分が婚約者に選ばれ、将来は彼とこの国を支えていくのだという覚悟があった。

 しかし、物語を思い出し、その覚悟はあっさりと崩れた。ダメ王子を支えるべく長年努力してきたわたくしを、彼は最後にあっさりと捨てるのだと理解したことが大きいが、個人の自由恋愛が認められていた前の世界の記憶を持ってしまえば、愛してもいない馬鹿な男のために一生を捧げることも受け入れがたかったのだ。自らが不幸になる未来しか見えない結婚などしたいはずがない。

 そこでわたくしは考えた。いっそ物語どおりにストーリーを進め、王子に婚約破棄されてしまえば良いのだと。この婚約は王命なので、わたくしや伯爵家側から解消を願い出ることはできないし、実のところ王子自身が勝手に破棄できるものでもない。しかし、わたくしという婚約者がありながら、堂々と浮気をし、ヒロインを新しい婚約者にすると言い出すのであれば話は別だ。王子の不貞とわたくし及び伯爵家への侮辱を理由に婚約解消へ持っていくことは可能だと思える。

 正直に言って、ヒロインであるミーナさんには何の恨みもないし、どちらかというとダメ王子を押し付けることに罪悪感もあり、彼女に嫌がらせをすることは本意ではない。しかし、平民である彼女からすれば、物語のように王子と結ばれることは大出世であるし、素敵なロマンスだと思えなくもない。彼女にはぜひとも王子を骨抜きにして貰い受けていただきたいのである。


 しかし、わたくしにはなんとなく違和感があった。彼女の印象が、物語で読んだものと少し違っていたからだ。また、彼女とはほとんど話したことがないのに、時々わたくしのことを探るような不安げな目で見ていることがあり、もしやとは思っていたのだが、このホームルームでの様子を見て、確信を強めていた。

 王子との出会いイベントに繋がるため、クラス発表のミュージカルで彼女が主役になることは当然の流れなのだ。それにも関わらず、この場において彼女は頑なまでにそれを拒もうとしている。

 彼女がわたくしと同じように前の世界の記憶があるのだとしたら、王子に見初められたくない気持ちは分かる。痛いほど分かる。なぜなら彼と結婚などしたくないという気持ちは、婚約者である自分が誰よりも強く持っているからだ。だがしかし、彼女には申し訳ないが、わたくしとしてもこのまま彼との婚約が続くのは困るのだ。

 そんなことを考えていると、クラスメイトに反論中の彼女がわたくしに水を向けた。

「そ、そうです!私のような者より、王子殿下のご婚約者であらせられるフィオレンティーナ様の方がよほどふさわしいのではないでしょうか。見目麗しく、身のこなしも優雅なフィオレンティーナ様でしたら、ミュージカルのお姫様役にぴったりですよ!」

 彼女の言葉にクラス中が私に目を向ける。誰もが彼女の言葉に「一理あるな…」「なぜ思いつかなかったのだろう」などと呟いている。わたくしは内心慌てた。

 …冗談じゃない!我が家の無駄に高い爵位と王子の婚約者といういらない権力を使うのは今ですわ!

「わたくしは皆さんのおっしゃるとおり、ミーナさんがヒロインに相応しいと思いますわ。来賓の方々もわたくしの顔など見飽きていらっしゃいますし、王子殿下の婚約者という肩書きがございます故に、せっかくのミュージカルが正当に評価されず、おべっかを使われることが目に見えております。それではせっかくのクラスの皆さんの努力が台無しになってしまいますもの。
 それに、ミーナさんの歌声は音楽の授業で聴かせていただきましたが、とても伸びやかで素敵でしたわ。わたくしはぜひともミーナさんの演じるヒロインが観てみたいと思いますの。ねえ、ミーナさん、引き受けてくださらないかしら…?」

 わたくしは、秘技“普段は強気美人な伯爵令嬢の不安げな上目遣い”を繰り出し、ミーナさんとクラスメイトたちを見つめる。ミーナさんは観念した様子で頷いた。

「わ……わかり、ました。…私でよろしければ…」

 …勝ちましたわ!
 わたくしは脳内でガッツポーズを決めたのであった。


 ∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴

 学園祭のミュージカルは大成功を収め、ストーリーに違わず、王子殿下はミュージカルで主役を務めたミーナさんを見初めた。

 ストーリーと違ったのは、殿下に言い寄られたミーナさんが簡単にその手中には落ちず、寵愛を拒んだことだった。しかし殿下にとっては身分の差に怯えるように自分の好意を受け入れず、何度声をかけても簡単に手に入らない平民の娘の存在が面白かったようで、より一層ミーナさんへの執着が強まるだけだった。

 わたくしはそんな殿下とミーナさんの背中を押すべく、悪役に徹した。


 ある日は中庭で殿下と話すミーナさんに体当たりをかました。

「あーら、ごめんなさい。まさかわたくしの婚約者である殿下の隣に、わたくし以外の方がいるなんて思わなくって…!あなたのこと見えなかったのよ」


 またある日はカフェテリアで殿下と食事をするミーナさんにお茶をぶちまけた。もちろん、可愛いらしいお顔に火傷でも負わせたら大変なので、冷たいお茶を選んだ。

「わたくしとしたことが、手がすべってしまって…!平民には高価な制服ですのに汚してしまってごめんなさいね」

 わたくしなりに、キリキリと胃を痛めながら、頑張って嫌がらせをしてきた。その都度、殿下のミーナさんへの庇護欲は高まり、わたくしへの嫌悪が増していくのを感じ、婚約破棄へ向けた手応えは感じていた。

 しかし、ミーナさんも一筋縄ではいかなかった。徐々にわたくしの嫌がらせを利用して、自分が殿下に相応しくないことを理由に、殿下と穏便に距離を置こうとしだしたのだ。

 ミーナさんへ嫌がらせをするわたくしに憤る殿下に対し、彼女はか弱い微笑みを向けて答えるのだ。

「良いのです、殿下!フィオレンティーナ様のおっしゃるとおり、私なんて殿下のお側には相応しくありません」

「フィオレンティーナ様のような高貴で美しい方の方が殿下にお似合いです」

 実際にはこのような言葉の数々は、殿下にとっては恋のスパイスにしかなっていないようだったが、わたくしには彼女の言葉が本心であり、心の底から「王子の恋人になんてなりたくない」と言っているのが分かった。

 そして、わたくしたちの舌戦は日増しに白熱していったのだった。

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