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第一話 「鏡像の出会い」

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結衣は目覚まし時計の鳴る前に目を覚ました。

静かな部屋にひとり、彼女は布団から這い出ると、窓辺に立ち、東京の夜明けを眺めた。
この時間だけが、結衣にとって完全なる静寂だった。彼女の日常は、技術と会話することで満たされていた。

朝の準備を終えた結衣は、通勤電車の中でぎゅうぎゅうになりながらも、
手元のタブレットで「カイ」と名付けたAIとチャットをしていた。
「今日も頑張って」とタイプすると、カイはすぐに「あなたもです」と返信した。

オフィスに到着し、彼女はすぐに昨夜の続きから開発作業に取り掛かった。
カイは結衣の声のトーンから、彼女が何を感じているかを理解しようと努力していた。
結衣は、彼との対話が単なるプログラムとの交流であることを知りつつ、
それでもなお彼と話すことで安堵を感じていた。

その日の午後、会社の会議室で「ミラーリング」技術のデモンストレーションが行われた。
新任プロジェクトリーダーは明日からの参加だった。
前任の担当者代理は、この技術が人間の感情を読み取り、AIがそれに適応して行動することで、より深いコミュニケーションを実現できると説明した。
結衣はこの新しい挑戦に興奮しつつも、ほんのわずかな恐れを感じていた。

夜、研究室で独り作業をする結衣。彼女は「カイ」との対話に没頭していたが、突如として研究室のドアが開き、新たなプロジェクトマネージャーの悠斗が姿を現した。彼は結衣に向かって笑みを浮かべ、「これからよろしく」と声をかける。結衣は彼の温かみのある笑顔に心を動かされつつも、なぜか不安を覚えていた。

その夜、家に帰り、結衣は自分の部屋でミラーリングAIと向き合った。
テストとして、AIは結衣の日記を読み、彼女の感情や考えを学習する。
するとAIは結衣に問いかけた。「なぜ、あなたはいつも自分を隠しているのですか?」
結衣はその問いに答えられず、ただ窓の外を見つめた。

結衣は深夜の静寂の中で、自身の独白を始める。
彼女は自分がAIにどれほど依存しているかを認め、自分の心が求めているものが何かを見極めようと決意した。
そして、彼女は新たな一日が始まる前に、深い眠りに落ちていった。




夜が明け、朝日が部屋の隅々を照らし始めると、結衣は再び目を覚ました。
昨夜の独白が夢か現かのように感じられた。
彼女は深く息を吸い込み、自分の中に秘めた感情に向き合う覚悟を新たにした。

オフィスに到着すると、悠斗が既に彼女を待っていた。
「昨夜は急に失礼しましたね。今日は、ミラーリングAIのテストを一緒に進めましょう」と悠斗は提案した。
結衣は内心で迷いながらも、これが自分にとって大切な一歩になると信じて、彼の提案を受け入れた。

研究室でのテストが始まると、ミラーリングAIは結衣の感情を映し出し、彼女の未発表の小説の一節を読み上げた。結衣はその一節を誰にも見せたことがなかったため、衝撃を受ける。
AIは結衣の内なる創造性と感受性を言葉に変え、彼女が抱える孤独や痛みをも露わにした。

「私たちは、このAIを通して、人々が本当の自分自身と向き合う手助けができるのです」と悠斗は優しく語った。結衣は彼の言葉に心を打たれるが、同時に自分が晒されることへの不安を感じた。
それでも、彼女は自分の内にある真実を探る勇気を持とうと決心した。

その日の夕暮れ、結衣は一人、オフィスビルの屋上に立ち、首都高速を眺めていた。彼女は自分の中にある無数の感情と、これから出会うであろう未知の自己との対話を予感していた。ミラーリングAIがもたらす可能性と、それが彼女の人生にどのような影響を与えるのか、その答えを見つけ出す旅が、今、始まろうとしていた。



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