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第二話 「鏡に映る真実」

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結衣は深呼吸をした。セッションルームの扉を開けるたび、彼女は新しい自己と向き合う覚悟を決める。
悠斗はすでに待っていて、彼の存在が結衣に落ち着きを与える。
今日も、彼女はAIに自分を映し出す。

「結衣さん、準備はいいですか?」悠斗の声が静かに響く。

「はい…始めましょう。」彼女の声は決意に満ちていた。

AIの画面が点灯し、セッションが始まった。結衣が綴った詩の一節が流れると、AIは彼女の声色や表情、心拍数を分析し、内に秘めた感情の層を解き明かし始めた。

結衣は自分でも気づかなかった憧れや恐れを認識する。彼女はこの感情たちが、長年の創作活動を通じて形成されてきたものだと理解する。だが、そこには愛憎交錯する複雑な感情も潜んでいた。

悠斗は結衣が戸惑う様子を察し、優しく声をかけた。
「感情は誰にでもあります。その真実と向き合うことは勇気の要ることですが、それによってあなたはより豊かな作品を生み出せるようになるでしょう。」

彼の言葉に励まされながらも、結衣はセッションの結果に不安を抱えていた。
昼間、彼女は突然の怒りや悲しみに襲われることが増え、その度に自分を抑えるのに苦労していた。
AIが開示する感情のリアリティは、彼女にとって重すぎる負荷だったのかもしれない。

ある日、結衣は悠斗に打ち明けた。
「私、このAIによって見つけた感情が、本当に自分のものなのか不安になってきました。私たちは、私たちの感情を、ただのデータとして扱うことができるのでしょうか?」

悠斗は静かに頷き、
「それはとても重要な疑問です。AIは私たちの内面を映し出しますが、それをどう受け止めるかは、私たち次第です。AIは鏡ですが、鏡に映るのは常に私たち自身ですから。」



その夜、結衣は一人で屋上に立ち、星空を見上げながら思索にふける。
AIによって見つけた感情は本物なのだろうか? 自分の作品に対する真実の反応なのだろうか? 
そして、これらの感情が自分の人生にどんな影響を与えるのだろうか?

彼女は深く息を吸い、心の中でつぶやいた。
「私の物語は、これからも続いていく。そして私は、この物語の中で、本当の私を見つけるんだ。」

星が一つ、都市の灯りに負けじと輝いている。
彼女の心はその星のように、時には明るく、時には揺らぎながらも、何かを求めて輝き続けていた。



翌日、結衣は悠斗と共に、AIが彼女の詩から読み取った感情をディスカッションした。
感情をデータとして見ることの複雑さは、結衣だけの問題ではなかった。
悠斗もまた、AIが人間の感情をどのように理解し、どのように反映するのかについて、常に疑問を抱いていた。

「結衣さん、AIは私たちの感情を"理解"することはできません。解釈するだけです。だからこそ、私たち自身がその意味を見つけ出す必要があるんです。」
悠斗は彼女の目をじっと見つめながら言った。

結衣はその言葉を噛みしめた。
AIの解釈がどれほど洞察に富んでいても、最終的には自分が自分の感情とどう向き合うかが重要なのだ。
そして、彼女はその答えを書くことによって見つけると決めた。

彼女は新たな小説のプロジェクトを始める。
AIとのセッションで引き出された感情を糧に、より深い人間の内面を探求する物語を綴り始めた。
書くことは彼女にとって、自己探求とも自己治療ともなる。

しかし、作業を進める中で、結衣は自分の中に新たな感情の波が押し寄せるのを感じる。
それは、悠斗に対して抱き始めた微かながら確かな想いだった。
彼女はこの感情をどう捉えればいいのか、またそれを彼に伝えるべきかどうか悩む。

結衣はある夜、ふとした勇気を出して悠斗にメッセージを送った。「今度、セッションではなく、ただのコーヒーを一緒に飲みに行きませんか?」と。

返信はすぐに来た。「いいですね。結衣さんの話をもっと聞かせてください。」
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