産業創世記 ギデオン 修正版

初書 ミタ

文字の大きさ
3 / 8
第1章 監獄の住人

3 血の手紙・改宗への許し

しおりを挟む
16世紀初頭 ポルトガルにて

ドナ・グラツィア・ナスィ

「アーニャの夢は何?」

いつの頃か、誰にかはわからないが、おそらく
キリスト教徒の貴族であろう友人から聞かれた。
幼い私がどう答えたのか、長い年月がたったが、
今もなおはっきりと覚えている。

アーニャは元気にこう答えた。

「みんなをパン屋さんにすることゾ!」

キリスト教社会ではユダヤ人の多くが差別迫害され、
パン屋どころか、靴磨きにすらなれない。
ユダヤ人はみんなそれを知っていた。
まだ幼い、アーニャのような子供でも。

それを聞いたキリスト教徒の友人、
正確にはキリスト教貴族の友人が言った。

「アーニャは馬鹿だなぁ。パンなんて
お皿にいくらでもでてくるじゃないか。」

「うちの使用人が作ってるぜ。
いつでも雇ってやるよ。」

周囲の子供には理解されない。
アーニャは一人さびしく空を見上げるのだった。

当時、ヨーロッパに住むユダヤ人には2種類いた。
ヨーロッパ北中部に住んでいる言葉の通じない、
ユダヤ人と名乗ってはいるが、その大半は
乞食であり物乞い、ゴミ拾い、なんとでも形容できるが、
キリスト教徒により、家畜や奴隷扱いをされる者たち。

対して、アフリカ北部沿岸とヨーロッパ南岸の
地中海沿いに居住する者、アーニャの一族のように
ポルトガル王家に帰属する大貴族、
表向きはキリスト教徒を名乗ってはいるが、
誰が見ても、ユダヤ教徒のユダヤ人だ。
褐色の肌でアラム種のため、外見ですぐに判別できる。
もしユダヤ人でないとすれば、イスラム教徒であろう。

これについては後述するが、ノルマンコンクェスト以降、
諸侯を乱立させ、フランク勢力の弱体化を目的とし、
教皇権を確立するため、ウルバヌス2世が画策した、
第一次十字軍以降、迫害されてきた白人のユダヤ人がいた。

アーニャの両親も迫害される白人系ユダヤ人を支援する気はあるのだが、
あまりにも文化が違いすぎる。まず、言葉がまともに通じるものが少ない。
大半のスファルディムのユダヤ人は、イスラムを盟友と考えているが、
白人系ユダヤ人にイスラムを友と呼ぶものはほぼいない。

同じユダヤ人にも、戒律を守らず、法も守らないため、
冷遇するものも多い。
周囲にキリスト教徒ばかりがいる環境で、そのような思想や習慣を
持つことは、確かに、危険だ。

密告や拷問、彼らは疑心暗鬼のあまり、少し狂った人々だと、
アーニャですら思わざるを得なかった。
だが同じ、ゆだやびと 救うべきものたち、好くべきものたちだ。

学校が終わり、家の前に着けた馬車から下りて家に入ると
父がイライラしていた。最近はずっとこうだ。

「カーッ、またヘマをやらかしおって」

最近とみに怒りっぽくなった、オスマン領で大商人をする父は、
従者のメンデスを叱っていた。
何をしたかは知らないが、申し訳なさそうに謝罪をしている。

アーニャの勘ではあるが、単なる父のやつあたりであろう。

後世の歴史では、メンデス家は香辛料を扱う新キリスト教徒で、
ふっがー家と比肩する大富豪と伝えられているが実際には
それは少し違う。

「スルタンの侍従医」、「王の侍従医」、
ユダヤ人の名門に侍従医がやたらと多いが、
侍従医とは現在で言うところの王専用のCIA長官のような存在だ。

仮にキリスト教徒に諜報をさせたとしよう、同じキリスト教徒に
情報が漏れる可能性が高く、イスラム圏にコネクションなど
構築できない。少なくとも十字軍での聖絶という行為による、
イスラム教徒の持つキリスト教徒に対する恐怖感は想像を絶しており、
見つけたら即殺すだろうし、内通者は拷問以上の極刑だろう。

ユダヤ教徒は、キリスト教徒とイスラム教徒の間で蝙蝠のように
諜報活動をしていた。もちろんどちらかといえばイスラム寄りではあるが。

当然、スルタンや国王の意見を直接聞き、報告する義務がある。
ゆえに、「侍従医」なのだ。

王の健康状態は王位継承にかかわる、特級の機密事項だ。
王妃や王子に知られることもだめだ。当然、貴族もだ。

内部での抗争や外国の蠢動を許すことになり、
戦争の発端が開かれかねない。
ゆえに、支配者が変わると、大物ユダヤ人が殺されたりする。

メンデスが大富豪と言ったが、メンデスはナスィ家の財産管理人で
信用のおける側近だ。
だから、身寄りのなくなったアーニャを娘として育てた。

父は有力ユダヤ人や新キリスト教徒など数人と
何やら深刻そうに話しこんでいた。

後世で「レコンキスタ」と呼ばれるキリスト教徒による
領土回復運動だ。もはやオスマン帝国のイベリア半島撤退は
時間の問題。各地の侍従医、諜報担当の貴族から
厳重な警告がなされていた。

「撤退か、そうなれば、キリスト教徒が同胞をどう遇するか。」

それが皆の話題だった。

「火を見るよりも明らかでしょう。最低で改宗、火あぶりや全財産没収
もありうるでしょう。」

「最悪の事態、かつての十字軍のようなアナテマ、無差別な虐殺も
視野に入れるべきです。」

家全体が、闇の帳に覆われたかのような雰囲気だった。
グラツィアも心配になって少し口を挟んだ。

「キリスト教徒にも友人はおるゾ。
そ、そうじゃメンデスもキリスト教徒ゾ。」

父はグラツィアを気にかける様子もなく、
メンデスに謝罪する。
メンデスもバツが悪そうだ。

今、考えれば、メンデスも好きで改宗したわけでもないだろう。
この陰鬱な雰囲気が嫌なグラツィアは軽挙にも
また口を挟もうとする。

すると、さすがに見かねたように、母が諭す。

「グラツィア、殿方のお話に首を突っ込むものではありませんよ。」

すると弟が、母の差し金であろう絡んでくる。

「姉上、あそぼ!」

グラツィアがユダヤ人でありながらキリスト教徒の学校に行き
ナスィ家の財産がメンデス名義に変わっていたのか、
当時の私は、それを知る努力すらしていなかった。

ナスィ家は有力者、諜報のトップだ。もっと早く逃げられた。
だが、グラツィアの父は踏みとどまることを選んだ。
情報が得られなくなれば、ユダヤの最高権力者が逃げれば、
一般のユダヤ人は見せしめに、皆殺しにされるだろう。

ユダヤ人の元締めといえる、ナスィ家の名誉にかけて
それはできなかった。ナスィ家の改宗はユダヤ教の死を
意味していた。

家を出るときに架けられたロザリオに注意を払うべきだった。
なぜ、私だけがキリスト教徒の教えを受けていたのかを。

闇夜に兵士たちが、松明を以って近づいてくる。
皆の生きる希望として選択の余地はなかった。

「ひぃっ。」

今思えば、父らしからぬ言葉だった。
割礼を受けている弟は逃げることはできない。
母は、幼い弟だけを逝かせるつもりはなかった。

死の瞬間まで弟と一緒にいる気だろう。
一族の根絶やし、それだけは避けねばならない。

遥かなる祖先、モーセから受け継いだ、神の名を繋ぐために。


「ここまで付いてきてくれてありがとう。
メンデス親子は帰れるのでしょう?」

これが私の聞いた母の最期の言葉だった。

自然とほほを流れる涙。
家族との離別、そしてその死、耐え難かった、抗えなかった。

気絶しないように、最後の気力を振り絞ってこう言った。

「密告したのは私です。」

「お世話になったのに、裏切って申し訳ありません。」

無言で泣く弟。

姉、グラツィアの未来を祈って。

父は去り際にこう叫んだ。

「おのれ、生涯忘れぬぞ、メンデスの娘グラツィア!」

グラツィアは馬車に乗せられて、離れていく家族に向かって、
聞こえるかどうかなど考えることもなく、こう絶叫していた。

「これからは、あなた方の分まで生きてゆきます。」

「さようなら、旦那さま、奥様、お坊ちゃま!」

そしてグラツィアは力なく崩れ落ち、気を失った。
永遠の別れであった。
レコンキスタの時代、グラツィア、十代になったばかりである。

それから、五年後
ネーデルランドから早馬が到着した。

馬から降りた従者は異端審問官にこう告げた。

「グラツィアからの手紙だ。責任者にそう言えばわかる。」

鬱陶しそうに異端審問官は鼻を鳴らした。

収容され、死体と生きているものの区別さえつかない中、
改宗拒否者はうずくまっている。

ラビに至っては鼻と耳、両目を抉られていた。

扉を開けると「ううぅっ」悲痛なうめき声が聞こえ
耐え難い悪臭もする。血と糞尿、腐った死体に沸く蛆。

だが、異端審問官は嬉しそうに手紙の中身を読んだ。

「いましがた手紙が届いた。差出人は、豚のグラツィア・メンデス。
今はベアトリーチェ・ルナという名だ。」

「グラツィアはユダヤ教を棄て、キリスト教徒となった。」

ハハハハ、そう笑いながら続きを読む、異端審問官。

「自殺が禁じられているので、改宗しなければ殺せとさ。」

ラビは抉られた目をそっと閉じると、尋ねた。

「私は眼が見えません、その手紙、何色で書かれているでしょうか。」

「ん、これは、血、血か。」

ラビは最後の命のともしびを燃やし叫んだ。

「おお、かたはらよ。神は、神は、我らを見捨てたもうた。」

改宗の手紙、無条件降伏命令書であった。

「たとえ豚と言われようと、生きよ。」

王家の娘、グラツィアからの告解であった。


ベットフォード公爵家、それは・・・・・・

アメリカ合衆国大統領ビル・クリキントン、彼は若いころ
ローズ奨学金を受け取り英国貴族、王党派の屋敷で学んだ。
彼の所属する組織を「スカルボーンズ」と呼ぶ。

タフト、バンディ、アダムス、スチムソンらが主要メンバーで
独立を進めるワシントンやランドルフを妨害し、
建国をさせまいとした『ミドルトン』もこの一派である。

英国諜報部そして英国王立海軍を組織した、
初代ジョン・ラッセル、そして、アルマダ海戦で無敵艦隊を
打ち破ったフランシス・ドレイクの名付け親
フランシス・ラッセル。

英国王室の最大の守護者にして英国聖公会の設立者である。
スカルボーンズもラッセル家が創設したものである。

敵対する、共和党はケルト貴族のワイルドギース騎士団を前身とする、
ロッキード、ノースロップ、ホーイング、ダイナミクス、レイシオン
にヘクテルを加えたアメリカ全土に広がる軍産複合体。

モンタギューの支援のもと清教徒革命を成したクロムウェルの信徒。
フッシュはメソディストであり、その開祖はジョンウェスレー、
彼は、ハイチャーチのアルミニウス学派に所属する。
カトリック教徒である。その最大の支援者は英国の序列第一位
ノーフォーク公爵ハワード家である。
パンの教会であるハプテスマのロックヘラーもまた同じくである。

ジョン・ラッセル

後世に記録が残るかもわからないほどの小さな可能性。
英国王ヘンリー八世は、無名の平民に
イングランドの命運を賭けていた。
だが、イングランド貴族は彼が何かできるとは思っていなかった。

一介の貿易商人である彼の船出などだれも注目していなかった。
かろうじて手に入れた、おんぼろキャラックに「まぬけ」という名を冠し、
まともな資金もなく航海に出る羽目になった彼は絶望していた。

船員はある程度経験を積んだものだが、この船一隻で海賊行為など論外だ。
国王がハワード公爵の妨害工作で無為無策。私掠海賊の権利もなく、
単なる無法者だ。

ハワード公爵のせいでプリマスの港に長く留まることも危険だ。
下手をすれば、イングランド国内の陸地で海賊人生が終わりかねない。
だが、生きていられるのは、あまりにも無力でちっぽけだからだ。
彼自身、意志は強く持ち続けたが、コネも金もなしでは、
海の藻屑となることは確定だ。無論覚悟の上ではあるが。

故に考えた、イングランドの敵はだれか?
確実に教皇である。
それが彼の結論だった。

(もちろん現実には、カール・フランク以降のローマ帝国の
王侯貴族を中心としたグループ『皇帝派』と
十字軍で確立されたヴァチカンの神のもとに平等という平民派、
後の清教徒でもある、『教皇派』に分かれていることは
平民ジョン・ラッセルの立場では知る由もなかった)

では、教皇、キリスト教徒を最も殺したいのはだれか、
そう、『ユダヤ人』である。
二番手としてはイスラムのオスマン帝国だろう。

ジョン・ラッセルは宗主国イスパニアへの敵意の高まる
ネーデルランドのアントワープに滞在していた。

ネーデルランド独立運動それを仕掛けたのが、他ならぬ
ベアトリーチェ・ルナ、(グラツィア・ナスィ)であった。

ある日、アントワープの酒場で酔いつぶれていると、
ルナという女貴族が使いをよこしてきた。

「あぁ~、」

ラッセルは酒臭い息を吐きながら、周囲に聞こえるくらいに
小さくつぶやいた。

「俺はオスマンとヴェネチア経由で連絡を取るために
手下を送ったはずだぜ。なぜ、イスパニア領に連絡が来るんだ。」

「ちっ、しかたねえ、これが罠なら死ぬしかねーな。」

酔っ払っているところを狙っての一報だ。
逃げることはできまい。

二本の蝋燭のある真っ暗な部屋に案内されると、通訳の男がやってきた。
どんな腹黒い男が来るのかと思っていたが、
若い女、しかも上玉だ。

「はじめまして、ルナと申します。」

女が口を開いた。

「とりあえず、おれはオスマン帝国に連絡したはずなんだが、
あんたはイスラム教徒か?」

ラッセルは内偵かと疑って聞いた。

「我々はイスラムの家(ミレット制)の者です。」

ルナと名乗った女は強靭な肉体は持っていないが
強靭な精神は持っているようだった。
通訳を除けば、サシで無法海賊と会話しているわけだ。

「あなたは、国に見放された無法者、キリスト教徒に捕まれば、
海賊として縛り首でしょう。」

そういうと女はくすっと笑った。

「あんたは俺に何を望む、何を与える?」

ラッセルは率直に聞いた。

「イスラムの家は、お金と伝手はありますが、
軍事力は全くありません。」

「はぁ、まぁ、金はほしいが、俺は金がほしくて
海賊をしているわけじゃないんだよ。」

「では、何がお望みですか?」

「七つの海だ。わが祖国に仇なすイベリアの糞には
海の上から御退場願うことだ。」

「だから、イスラム教徒とオスマン帝国と同盟を結ぶと?」

「ああ」

「イングランドも十字軍として、エルサレムを襲っています。
あなたでは無理でしょう。」

「それで、本題は何だ?」

「イスラムの家に スルタンの侍従医のハモン、
そして、オスマン帝国海軍、いえ、公認の海賊をしているスィナンと
言うものがおります。なにぶん手が足りていないため、
助力しかいたしかねますが。」

「さっき聞いたはずだ。何を与え何を求める。」
ラッセルは無意味な会話は嫌いだった。

「求めるものは キリスト教の分断、そして、新キリスト教徒を作る。
その折には、我々ユダヤ人に住みやすい国にしていただけるとありがたいです。」

「与えるものは、あなたが求めるだけの、お金とそれと
オスマン海軍の一翼を担っていただくことを可能としましょう。」

「悪い条件じゃないな。」

「が、それは俺にとってはだ。」

「あんたにメリットがあるようには見えんな。
俺は王侯貴族じゃないんだぞ。単なる貧乏な三流海賊だ。」

「私怨、とだけ申しておきましょう。」

心の奥深くで燻ぶるものがあったのか、化物を見た気がした。

「じゃあ早速だが、最新鋭の帆船、戦闘用だ。20隻、
毎年、金貨換算で1万枚(十五億円相当)、
それとあんたのコネを使ってオスマンの大物貴族に直接会いたい。」

「ネーデルランドは独立し、我が勢力に入る予定ですが、
現在はイスパニア領、船はアルジェにてお渡しいたします。
金貨に関しては、この場で用意いたします。」

「オスマンの高位貴族とおっしゃられましたが、
それはわたくしで事足りるかと存じます。
あなたの船に同乗させていただきます。」

「わかった、降参だ。俺の負け。」

「そこまでの覚悟があるのなら、イングランド王を
裏切ることが無い限り、あんたの手駒になってやるよ。」

翌日ラッセルが、アントワープの港にある船に乗り込むと
部下達が有頂天だ。

「なに騒いでんだ手前ら、声を落とせ。」
「ここはイスパニア領だぞ。」

「提督、金貨です。2万枚以上ありますよ。あと信用小切手とか言う物
ユダヤ人の銀行家なら誰でも交換してくれるらしいです。」

「うおーまじすっげえ。」

「あとすごい美人が乗ってきましたよ。」

「オスマンの大物貴族だ。失礼なことしたら殺すぞ。」

「あ、あいさー。」

「今こそ、これを開けるときか。」そう言うとヘンリー8世から
預かっていた文書の蝋の封印を解き、ラッセルはこう宣言した。

「今から俺は騎士爵だ。」

「陛下、海賊ラッセルは、信頼できる支援者を見つけました。
これからは無法海賊としてではなく、英国騎士ラッセルとして
大陸の奴らの鼻をあかしてやりますよ。」

それから、1ヵ月半の航海の後、アルジェに到着した。

約束されていた 「帆船」は20隻確かにあった。
予想していたが度肝を抜かれた。
どうやってこんな短期間に戦闘用の大型帆船
を新造したのか、想定の範疇を超えていた。
だが乗組員はいない。
乗ってきた船の乗組員は、ある程度熟練だ。

「まともに、動かせるのは1隻だけか。」
これからこなす難行を思うとラッセルの気分は
強烈に重かった。新しい船の名前は決めた。

とりあえず、ハルバリア王ウルージに謁見だ。

「共にキリスト教徒から逃げてきた者ではありませんか!」
グラツィアは誇り高きバルバリア王に侮辱とも取れる言葉を叫んでいた。

ラッセルは内心(あちゃー)などと思いつつ、グラツィアの発言を聞いていた。

彼らは、いちおう海賊。だが国王でもある。
ウルージ王とその弟 赤ひげハイレディンだ。

「逃げてきただと、ふざけるな!」
ウルージ王は激昂して怒り狂いながら、吐き棄てた。
女で無ければ確実に殺されていただろう。

それをなだめる温厚な弟ハイレディン。
そのグラツィアが誰か紹介したい人がいる、らしい。

「こちらは、イングランドのジョンラッセル殿です。」
ラッセルはヴァチカンの高速艇に振り回され、
情報戦で敗北している、イスラムを知っていた。
グラツィアのおかげで、命をかけた芝居を打つ必要が
ありそうだ。(あー怒ってるよ)

「失礼だが、貴殿、身分は?」
かつては平民の貿易商だったが、今は騎士だ。
しかし、元平民の騎士だと明かすと、
ウルージは怒髪天を突く勢いで暴れだした。

「なめられたものだ。海賊とそしられようと
オスマン帝国の要衝アルジェを治めるバルバリア王に
イングランドは、一介の騎士を使節として送るのか!」
周囲のいかにもと言う古強者の船乗りがウルージを押さえ込む。

王弟ハイレディンがあわててウルージに報告する。
「しかし、スレイマン大帝の書状、侍従医ハモンの推薦もあります。
ハモン殿のは懇願と言っても良いでしょう。しかもかのスィナン・パシャは
彼女の家来です。」

ウルージの意志ははっきりしている。
「それがどうした!それはグラツィア女史にであって、
この騎士殿とは無関係だ。」

落ち着きを取り戻したウルージは礼を失せぬ程度に
平民騎士ジョン・ラッセルを軽蔑していた。
イングランドはなんと言う失礼な国家だ。
国王は逝かれ野郎か。

すると、不敵にもラッセルは笑い出した。
「ふっ、巷では噂になっておりますぞ。
ヴァチカンのスパイ船に振り回され、
海賊行為もままならぬとか、船は不足している。
私は必要でしょう。」

さすがのウルージも、騎士ラッセルが生命を賭している事は分った。
だから男として挑発に乗ってやることにした。
「ふん、無礼な奴だ。貴殿に高速情報艇の拿捕ができると言うのだな。
言って置くが、1度失敗すれば、その命貰い受ける。」

「いいでしょう。あなた方の協力があれが今すぐに可能です。
あいにく私の船は1隻でね。恐怖で支配し使役するガレー船の時代は
終わりです。それでは真のチームは生まれない。」

「兄じゃ、協力は俺がしよう。」

「分った、お前が行け。」

「だが、これは海の男としてではなく、王としての疑問だ。
なぜ同じキリスト教徒が、我々ムスリムに協力する?」

「疑問はごもっともです。陛下。」
ラッセルとしてもこれを説明できねば、
協力どころの話では治まらないだろう。

「イングランドはトルデシャリスの枠から締め出されました。
これは海洋国家にとって致命的、しかもイスパニアはベルナンブコで
銀を、ポルトガルはケープで金を発見した。」
ラッセルは続けた。

「今までは、教会が金を管理し、純度が変わらないため、
安定しており強かったのです。地方領主が銀を扱い、含有量をごまかして
流通させ、庶民も銀で商業取引をしている。生活の基盤である銀が
大量に持ち込まれ暴落すれば、すさまじい、物価の高騰です。」

「ここからはグラツィア女史からの知識でもあるのですが、
フッガー家はいくつかのキリスト教領主を教皇庁から離反させようとしている。
彼らの目的は金の流入による金の暴落です。大航海時代にレコンキスタ、
目的はご存知ですか?」

「いや、知らん。」
ウルージは荒くれ男の欠片もない態度、
完全に、オスマン帝国のバルバリア王という立場で聞いている。

では、

「イスラムの握るアジア、アフリカの交易ルートを無視し、無力化すること
そして、ヴァチカンの威信回復のため、再度エルサレムの奪還を図ることです。
バルバリア王国にはイスパニアの銀を沈めて頂きたい。」

「不可能だ。航路の特定が出来なければどうしようもない。」
ウルージは苦しげに言った。

「いえ、ヨーロッパの陸路は自殺行為、セウタ海峡を押さえればいい。
地中海に持ち込ませなければ決定打とはなりえない。」

ウルージは感心しながら言った。
「ムムム、正論だ。」

それから、グラツィアとラッセルは歓待を受けた。
ラッセルはイスラム教徒は酒は飲まないと知識として知っていたが
海賊は飲むようだ。頭の隅にメモしておいた。
(まあ、酒を飲めば、口が軽くなるからな。
単なる歓待というわけではないだろう。)

ウルージのガレー船は浅瀬で待機していた。
「ハイレディン提督、本当に高速艇は浅瀬に来るんですかい?」
副官の船乗りが言った。

「信じるしかあるまい。」
ハイレディンは答えた。ラッセルの命がかかっているのだ。
彼の行くその道の先を見てみたい、そう思える人物だ。
ラッセルの幸運を信じるしかないだろう。

ヴァチカン高速艇は何の警戒もせず、航行していた。
風下に巨大な船影があることも気がつかないほどに
油断していた.

「伝令、風下に船影。」

「例のバルバリア海賊か。」
船長が尋ねた。
「いえ、大型帆船です。船名ミドルトン号。」
「確か、英語で、ぱっとしない と言う意味か?聞かない名だな。」
船員達はその意味を知ると笑い出した。
だが、見張りは違った。
「速い、航路に入ってきます。」
見張りが報告するよりも速い速度でラッセルは行動を起こしていた。

「ダッキング航法です。」
「何だと、あれは100人近い人間がひとつになってできる
高度な技術、バルバリア海賊などではない、おそらく列強の正規海軍だ!」

「逃げるにも逃げられません。交戦許可を!」

ミドルトン号艦上
「ヤード引き込み面舵いっぱい、船首風上ヨーソーロー。」
「おうっ、ヤード戻せ。」

「敵、ミッシングステー。」

ラッセルは勝ちを確信した。
「葡萄弾、水平射撃、カルバリン右舷全門撃てっ!」
「直撃8 至近弾3」
「敵反撃ありません。」

ヴァチカン高速艇

「船員を狙っているぞ。糞ッ高威力のカノン砲は上にしか撃てない。
やられた、失策だ、逃げるぞ。
幸い敵喫水線は深い、浅瀬に逃げ込め。」

(大航海時代の大砲は砲撃すると反動で
大砲が船に突っ込んできて壊れたり、
人が挟まれたり潰されて死ぬので、
簡単に撃てるものではないのです。)

「提督、す、すぐそばに ガレー船、接舷されます。」
高速艇は複数の乗員を含め拿捕された。

ハイレディンは、ラッセルのミドルトン号に向け、力強く手を振った。
「まさか、本当に浅瀬に追い込むとはな。末恐ろしい。」

アルジェに帰還した、ラッセルとハイレディンはお互いの肩をたたきあった。
ヴァチカンの情報艇の乗員を尋問した結果、有益な情報が得られた。
それにこれで海賊業を再開できる。兄じゃの機嫌も直るだろう。

「ラッセル殿、私の使役しているキリスト教徒の奴隷で
気に入った奴がいれば、乗組員として連れて行ってもいいぞ、
ガレー船とはいえ熟練の奴らだ。役に立つだろう。」
ハイレディンは大声で笑った。

「感謝する。」
ラッセルはそう言うと船員のスカウトに向かった。
敵国であるイスパニアの奴隷にまで感謝された。

提督!そう言うと副官がハイレディンに耳打ちした。
「この船の情報を持っていけば、ラッセル殿をスレイマン大帝に
認めさせうるかも知れんな。たいした御仁だ。」

グラツィアは、ハモンに向けて、手紙を書いていた。

「大帝陛下、グラツィア・ナスィより書状です。」
ハモンが手紙を差し出す。

「なぜ、イブラヒムのいるところで?」
疑問に思ったが手紙を開く。

「血か、血をインクとしているのか。」

サドラザムのイブラヒム
「ユダヤ人が血のインクとは、我々を侮辱しているのか!」

「お待ちください!」
スィナンはハモンに指示されたものを持って
声を上げた。

「何だ、申せ、スィナン。」

「これは、我がイスラムに逃れてきた者たちから受け取ったものです。
血の書状、ここにあるだけで300枚以上、わずか6年の間にです。
おそらく、まだ幼い頃から。」

スレイマン大帝は少し考え込み、発言した。
「わかった、イングランドへの支援、前向きに考えよう。」

大公イブラヒムはヴァチカンとつながっていた。
悪い予感はしたが言うしかなかった。
「ヴェネチアとの同盟はどうなされるのですか?」

大帝は宣告した。
「インド航路の発見、我は与り知らぬ。
ヴェネチアは知っていて隠した、裏切りだ。
貴様、生きておられると思うなよ。」

「ひぃっ。」
そう言うとイブラヒムは腰を抜かして倒れ込んだ。

「我は思う、この血の書状の重みに嘘はないとな。」

これにより、オスマン帝国とイングランドの同盟は成った。

稀代の海賊にしてオスマン海軍創設者ハイレディンと、
イングランド救国の英雄ジョンラッセル、
そして、ティベリアの乙女グラツィアナスィのお話です。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

処理中です...