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◆女心①
***
「竣、お前なにやってんの?」
自分のデスクのパソコンで書類を作っているところへ、同期の佐藤が声をかけてきた。
「明日の会議資料作ってる」
「お前なぁ、今日は例の飲み会の日だろ。そんなの早く片付けちゃえよ!」
俺の耳元で小声でささやく佐藤は、既に飲み会モードのようだ。男の俺から見ても顔がニヤついていて気持ち悪い。
定時まであと三十分だ。
絶対に今日は一秒たりとも残業はなしだと、佐藤は朝から仕事をテキパキ精力的にこなしていた。
だからといって三十分も前からそわそわし出さなくても。気合いが入りすぎだろう。
俺の仕事のはかどり具合まで気にするなんて、大きなお世話だ。
「佐藤、お前は明日の会議の準備は大丈夫なのか? ちゃんとやってなかったら課長に怒られる前に宇田《うだ》さんに絞られるぞ?」
うちの営業二課には、営業部で常に成績トップの宇田さんという先輩社員がいる。
後輩への指導も熱いし、その先輩が事実上うちの課の課長みたいなものだ。
なんせ宇田さんは“怠慢”という言葉が死ぬほど嫌いらしい。
一生懸命仕事に取り組んでいて、それでも壁に当たって困っている後輩にはそっとアドバイスをしてくれる。
しかし怠けているヤツには、容赦なく相当な説教をお見舞いする。本当に真面目な性格というか、仕事熱心な先輩だ。
新入社員じゃあるまいし、それは佐藤もよくわかってるだろうに。
「俺はもう準備万端だよ。今月は売り上げ目標も達成だし、明日の会議は余裕だ」
いつも佐藤は営業の達成率がギリギリで報告書を作るのも遅いのに、今月に限っては神様も味方したのかもしれない。
「竣、あと三十分しかないぞ? ちゃんと定時までに終わるんだろうな?」
毎月俺のほうが会議の準備は早いのに、佐藤にそんな言葉を言われるとは屈辱だ。
たまたま今月は調子が良かったからって威張るなよ、と心の中で毒を吐いた。
「心配するな」
俺はムッとしながらも、再びパソコンのモニターを見つめて資料作りを再開した。
今日は宇田さんが外出したまま会社に戻ってきていない。
帰社時間は遅くなると言っていたし、俺たちが定時ですんなり帰るには絶好のチャンスだ。
「それにしても、お前から飲み会の話を持ってくるとは珍しいな」
たしかにいつもは誰よりも飲み会好きな佐藤が誘ってきて、俺がそれに付き合う形が多い。
「竣、今回は目当ての子でもいるのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
あの受付の二人が来るのなら、楽しく飲めそうだと思っただけで、他意はない。それに厳密に言えば、飲み会は向こうからの提案だ。
定時の少し前、俺は資料を作り終えてパソコンからプリントアウトした。俺も佐藤もゴソゴソと帰る準備を始める。
「あれ? 和久井さん、もう帰るんですか?……佐藤さんも」
俺たちの不自然な行動に気づいて声をかけてくるのは、うちの会社で数少ない営業職の女性社員である後輩の浅田だ。
「用事があってね。定時で帰るよ。あ、宇田さんにはわざわざ言わなくていいからな」
浅田は宇田さんにポロッと口を滑らせそうなので釘を刺しておいた。
定時ピッタリに帰るのが悪いわけではないけれど、連れ立って遊びに出掛けたと、なんとなくバレるのは嫌だ。
「まさか、今からあやしい飲み会ですか?」
「決してあやしくはないけど。よくわかったな」
「あんなにウキウキしてる佐藤さんを見たら、そうだと思いました!」
「竣、お前なにやってんの?」
自分のデスクのパソコンで書類を作っているところへ、同期の佐藤が声をかけてきた。
「明日の会議資料作ってる」
「お前なぁ、今日は例の飲み会の日だろ。そんなの早く片付けちゃえよ!」
俺の耳元で小声でささやく佐藤は、既に飲み会モードのようだ。男の俺から見ても顔がニヤついていて気持ち悪い。
定時まであと三十分だ。
絶対に今日は一秒たりとも残業はなしだと、佐藤は朝から仕事をテキパキ精力的にこなしていた。
だからといって三十分も前からそわそわし出さなくても。気合いが入りすぎだろう。
俺の仕事のはかどり具合まで気にするなんて、大きなお世話だ。
「佐藤、お前は明日の会議の準備は大丈夫なのか? ちゃんとやってなかったら課長に怒られる前に宇田《うだ》さんに絞られるぞ?」
うちの営業二課には、営業部で常に成績トップの宇田さんという先輩社員がいる。
後輩への指導も熱いし、その先輩が事実上うちの課の課長みたいなものだ。
なんせ宇田さんは“怠慢”という言葉が死ぬほど嫌いらしい。
一生懸命仕事に取り組んでいて、それでも壁に当たって困っている後輩にはそっとアドバイスをしてくれる。
しかし怠けているヤツには、容赦なく相当な説教をお見舞いする。本当に真面目な性格というか、仕事熱心な先輩だ。
新入社員じゃあるまいし、それは佐藤もよくわかってるだろうに。
「俺はもう準備万端だよ。今月は売り上げ目標も達成だし、明日の会議は余裕だ」
いつも佐藤は営業の達成率がギリギリで報告書を作るのも遅いのに、今月に限っては神様も味方したのかもしれない。
「竣、あと三十分しかないぞ? ちゃんと定時までに終わるんだろうな?」
毎月俺のほうが会議の準備は早いのに、佐藤にそんな言葉を言われるとは屈辱だ。
たまたま今月は調子が良かったからって威張るなよ、と心の中で毒を吐いた。
「心配するな」
俺はムッとしながらも、再びパソコンのモニターを見つめて資料作りを再開した。
今日は宇田さんが外出したまま会社に戻ってきていない。
帰社時間は遅くなると言っていたし、俺たちが定時ですんなり帰るには絶好のチャンスだ。
「それにしても、お前から飲み会の話を持ってくるとは珍しいな」
たしかにいつもは誰よりも飲み会好きな佐藤が誘ってきて、俺がそれに付き合う形が多い。
「竣、今回は目当ての子でもいるのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
あの受付の二人が来るのなら、楽しく飲めそうだと思っただけで、他意はない。それに厳密に言えば、飲み会は向こうからの提案だ。
定時の少し前、俺は資料を作り終えてパソコンからプリントアウトした。俺も佐藤もゴソゴソと帰る準備を始める。
「あれ? 和久井さん、もう帰るんですか?……佐藤さんも」
俺たちの不自然な行動に気づいて声をかけてくるのは、うちの会社で数少ない営業職の女性社員である後輩の浅田だ。
「用事があってね。定時で帰るよ。あ、宇田さんにはわざわざ言わなくていいからな」
浅田は宇田さんにポロッと口を滑らせそうなので釘を刺しておいた。
定時ピッタリに帰るのが悪いわけではないけれど、連れ立って遊びに出掛けたと、なんとなくバレるのは嫌だ。
「まさか、今からあやしい飲み会ですか?」
「決してあやしくはないけど。よくわかったな」
「あんなにウキウキしてる佐藤さんを見たら、そうだと思いました!」
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