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彼の嫉妬⑨

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「朝はもうだいぶ寒いな」

 桔平さんと一緒にマンションを出て、オフィスのあるビルへと出勤する。
 彼は今日も細身の黒系のスーツを着こなしていて、いつも通りカッコいい。
 朝からふたりで一緒に歩くのは気恥ずかしさもあったし、なんとなくまずいのではないかと心配になったけれど、桔平さんはといえば、平気平気!と手を繋いでくる。
 さすがに会社の人たちに手繋ぎを見られるのは恥ずかしいので、と私のほうからやんわりとお断りした。

「着替え、ほんとに大丈夫? 買って届けようか?」
「いえいえそんな! 今日一日くらい大丈夫ですから」
「ごめん。早く気づいてたら、家まで車で送ったのにな。美桜とベッドでまったり過ごす朝が心地よすぎて、頭回らなかった」

 ベッドとか、夜のことを連想させるワードを桔平さんが言っても、初冬の爽やかな朝のせいもあっていやらしく聞こえない。それもこれも、桔平さんの顔だちが美形だからだ。

「美桜のもの、うちにちょっと置いとかないとな。またいつでも泊まれるように」

 そんなことを色気たっぷりの顔で言われたら、自然と顔が赤らんでしまう。
 昨夜は本当に、幸せな時間だった。夢ではなかったのだと改めて自覚したら、胸がキュンとなる。これぞまさしくだ。

 お昼休みになって、ランチになにかテイクアウトできるものを買おうと、ビルの中をブラブラする。
 今日は蘭と交代でのお昼休みになってしまったため、ひとりランチだ。

 実は私のお気に入りで、よく利用しているおにぎり専門店がある。
 あまり時間がないときは決まってここでおにぎりを買い、会社の休憩スペースでお昼を済ませているのだ。

 おにぎりの具材も本当に種類がたくさんあるし、こだわりのお米とお塩が使われていて、とてもおいしい。
 お米が特別大好きというわけではない私でも、ここのおにぎりの味は群を抜いていると思う。

「昨日、あれから大丈夫だったか?」

 いくらお昼休みだとはいえ、この広いビルの中でよく偶然私を見つけられるものだと、驚きながらも声の主のほうへ振り返る。

「うわ! 昨日と同じ服!」
「それ、朝から蘭にも散々言われてますから」

 なぜみんな私の服装なんて覚えているのだろう。
 昨日と同じだと、蘭にも朝一番にすぐに気づかれて、あれやこれやと聞かれてしまった。

「俺が心配しなくても大丈夫だったみたいだな。名前呼んだだけで、殺しそうな目で睨まれたのは初めてだ。そりゃ、自分の女と親しい男がいたら気を悪くするだろうけど。あの常務、実はものすごく嫉妬深いんだな」
「川井さんが悪いんですよ。あんな大きな声で呼ぶから」
「でもあれがきっかけで、彼氏の部屋にお泊りだろ。やらしいなぁ」

 やらしいのは変な想像をしている川井さんじゃないですか! と訴えたくなったけれど、その想像通りのことを昨夜してしまっているから言い返せなかった。なんだかめちゃくちゃ恥ずかしい。

「お互いの親のこと、彼氏に話せって。それを知っても美桜と別れないって思うなら、ふたりで乗り越える絆も生まれるから」
「でも……どう話したらいいか……」
「母親から聞いたって言えばいいだろ?」

 川井さんの言葉で、この先もずっと、いつまでも自分ひとりで抱えてはいられない問題なのだと自覚した。
 隠し事をしているかのようで、彼に対して幾ばくかの罪悪感もある。
 話したあと、桔平さんがどう思うのかわからないから怖いけれど、私はもう桔平さんしか無理だ。

 決めた。ディナークルーズデートの日に、桔平さんにすべてを話す。
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