久遠の鼓動

神楽冬呼

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序章 過去

終わった恋の辿り方

嫉妬、不満、疑心…………
恋をすると急激に不安の数が増す、気がする。
喜びや感動も等しくあるはずなのに、なぜが不安のほうが後に長く尾を引き、気持ちを乱す。
そんな時、大概、アクシデントがあったりして、更に気が滅入る。
葵はエラー点滅を繰り返すコピー機を前に、心底うな垂れた。
きっと陰々滅々とした気持ちで物事に向かうと、負のオーラが良からぬ事態を呼ぶんだろう。
「直らないかしら…………」
共に働く司書の関根が、オロオロとコピー機を覗きこんでいる。
二児の母にしてシングルマザー、眼鏡が似合う女性である。
「朝一で起動したらこうだったの」
「さっき業者に連絡したので大丈夫ですよ」
そんな見通しがつくような知識はないけれど、慌てふためく関根に葵は声をかけた。
 「直るまで3階資料室のコピー機で対処しましょうか」
「そうね………、とりあえずこれをコピーしてくるわね」
関根が速足にカウンターから出て行く。
入れ違いに和希が入ってきて、葵の横に立った。
「新しいの買って貰えよ。ここ、西園寺系列だろ?家に帰れば仲のいい重役・・・・・・がゴロゴロいるじゃん」
「公私混同はダメ…直せば使えるし、勿体ないでしょう」
葵が司書として勤務するこの図書館は、要が組織した西園寺グループが経営している。
元々勤めていた図書館の経営者が変わったので、コネ入社ではないけれど、それなりの優遇はされているだけに立場は微妙だ。
「マジメだよな」
「ほら、開館するからカウンターから出てね」
葵は和希の背中を押し、カウンターから出す。
「…………日向?日向、だよな?」
背後から声をかけられ、葵は振り返った。
聞き覚えがある声と、長身、黒髪短髪…そして、作業服。
「俺だよ、俺、たちばな
「た、橘くん?!」 
思わず声が裏返ってしまった。
そこにいたのは、大学時代に音信不通のまま関係を終わらせた元恋人、橘 詠一えいいちだった。
多分、付き合っていたし、別れたはず?
それくらいのあやふやな認識の恋人だった。
「久しぶりだな、元気だったか?」
橘 詠一は気さくな笑顔を浮かべ、歩み寄ってきた。
「なになに?ここで働いてんの?」
その笑顔も、勢いも以前のまま…………
「すげー、運命的な再会じゃん」
本気かノリか分からない発言も相変わらずだ。
「…………橘くんは、その制服、もしかしてコピー機の?」
葵は目を細めて橘 詠一が首から下げているネームタグを見る。
確かに、コピー機の取り扱い業者である。
「そうそう、ここの担当者が休んでるから代理ってヤツ」
そう言うと、橘  詠一は一つ咳払いをし、胸ポケットから名刺入れを取り出した。
「ロゼックス社カスタマーエンジニア部の橘  詠一です」
葵はそれを受け取り、上目遣いに橘 詠一を見上げる。
「以後、お見知り置きを!」
屈託無い笑顔に大学時代の面影が重なる。
「どーも、どーも、相良 和希でっす」
ふいに和希が割って入り、葵は橘 詠一の正面から追いやられた。
「日向 葵の警護ボディーガードしてるもんでして」
「ボディーガード?!日向の??え?なんで??」
橘 詠一の笑顔が固まり、葵と和希を交互に見やる。
「この日向  葵さんの婚約者が…………」
「あああ、ちょっと和希くんっ、そこはいいから」
葵は慌てて和希を止めて、手を引っ張りカウンターを出た。
「和希くん、余計な事はいいから、いつも通りお昼寝してて!」
「ははーん、さては…………男だろ?昔の!」
「しぃっ!!職場ここでそう言うのやめて!」
関根が戻ってくる姿が見え、葵は声を潜める。
「とにかく、彼とは当たらず障らず、差し障りなく修理済ませてバイバイしたいの」
「ふーん、後で話せよ?」
「…………わかったよ」
ニヤニヤと意味ありげな笑みを浮かべ和希が閲覧コーナーのイスへ歩いて行った。
橘 詠一とは良い思い出がない。
付き合ったらしい期間は数ヶ月あったが、実際に一緒にいた時間は少なかった。
分かり合えなかったのだ。
一呼吸おいて、葵はカウンターの中へ戻る。
「すみません、橘さん。見て頂きたいコピー機はこれでして」
葵はコピー機の前に橘 詠一を招き入れる。
「さん付けって、なんか微妙だな。日向、他人行儀はよせよ」
「………他人行儀って、他人だし。お互いに仕事中ですよ」
「変わってないな、日向」
橘 詠一は鞄を床に置き、コピー機に手をつく。
背中に詠一の作業服が触れるのを感じるくらい一気に距離が縮まり、葵は身構えた。
振り返ったら、絶対に橘 詠一の顔が至近距離にある体勢だ。
「そう言うところ、変えたくなる」
耳に息がかかり、葵はどうにもならない心地悪さを感じた。
「はいはーい、そこまでね」
グイッと腕を掴まれ、引っ張り出される。
和希が葵の肩を抱き、橘 詠一を睨み上げた。
「言ったよね?オレ。ボディーガードだって」
いつもより低い和希の声には、若干の気迫が宿った。
「コピー機直しにきたんだろ?葵じゃなくて、それを変えろよ」
そう告げて和希は葵の肩を抱いたまま、カウンターを出る。
「愛ちゃん、ちょっと葵借りるから、ここヨロピコ」
カウンターに入ろうとしていた関根にウィンクを飛ばし、和希はヘラヘラと手を振る。
カウンターから遠のきながら、葵は肩ごしに橘 詠一を振り返った。
(あんなことするタイプだったかな?)
例えようのない違和感が胸の中に膨んだ。


「さっきの状況、アイツに報告したらオレが殺されそ」
和希が本棚に手をつき、うな垂れる。
「報告しなかったら、ソレはソレで殺されてしまう」
「和希くんが悪い訳じゃないし、要くんはそんなことしないよ」
「葵は、アイツの独占欲の恐ろしさを知らねーんだよ!」
和希は、前世で要である蒼麻そうまの弟である。
かなり兄を慕う弟だったらしいけれど、とある一件で憎むようになったらしい。
現在においては、犬猿の仲に見えていても、和希は要に頭が上がらず、文句を言いながらもしっかり要の下で働いている。
それにしても、この怯えよう…………
(そんなに独占欲強い感じしないけど)
現に、どんなに和希と仲良くしても要は嫉妬を見せたことがない。
元彼が現れたところで、さして影響はない気がする。
「あのヤロー、あからさまに口説きやがって」
棚の隙間からコピー機を修理している橘 詠一を盗み見て和希が舌打ちをする。
「…………何で口説くの?」
「は?何でって…」
「何年も前に別れてるのに、久々に会ってすぐに口説くっておかしいよ」
「それは、アレだ…………」
珍しく神妙な顔つきで、和希が腕を組む。
「男のプライドってヤツだ」
「………何、それ」
全くわからない。
なぜか和希が得意げに言い切る辺りもわからない。
「手放したもんが、急に惜しくなったりすんだよ」
「変なの…………」
「逃した魚はでかかった!的な。なんかあんだろ、そー言うのが」
和希の言うような、男のプライド的なものが橘 詠一にあるのだろうか。


橘 詠一に初めて会ったのは、大学で同じ講義を受けた講堂だった。
たまたま隣同士で、たまたま詠一が携帯電話を置き忘れ、葵が声をかけた。
それから隣同士になる事が増え、詠一から声をかけられ会話を交わすようになり、ランチに誘われたある日、告白されたのだ。
付き合う、ということがどう言うことかピンとこなくて、最初は断ったけれど、詠一は事あるごとに交際を持ちかけるようになり、葵は根負けした。
「モノは試し」と言われ、納得した部分もある。
本の虫で、オシャレは苦手、合コンやサークル活動も嫌煙し、一人でいる事が多い地味な自分と恋人になりたいだなんて、その理由を知りたいと思ったこともある。
人を好きになる、恋をすると言うことが、どんなものなのか興味もあった。
思えば、恋をしていたわけではないのかもしれない。
詠一からの連絡も途絶え、葵から連絡する事もなく、構内で見かけても声をかけず、すれ違っても目も合わさない。
気づけば、終わっていた。
「ああ、こう言うものか」と冷静に受け止めたのを覚えている。


「和希くん、仕事戻りたいんだけど」
ベタな張り込みシーンにある体勢さながら、和希が本棚に背中を張り付かせ、カウンターを覗き見ている。
「アイツが帰るまでココで待機!」
葵を見もせずに和希が言い切った。
「えええ…………」
葵が不満の声を上げ、やっと振り向く。
「葵、お前な、何度危ない目にあってきてんだよっ、ちょっとは警戒しやがれ」
「彼は大丈夫でしょ…………」
「いや、アイツはヤバイ!なんだ、あの、『オレがお前を変えてやる』発言はっ!再会して数秒でチャラいだろ?チャラすぎんだろ!そーとー遊んでんぞ、アレは」
「…………え?そこまで言ったかな?」
同族だからこそ、わかるセンサーなのだろうか。
「と、に、か、く、だ!今度葵になんかあったら、オレは殺されんだよっ!オレの為におとなしくしてろ」
和希はガッシリと葵の肩を掴み、切実と訴える。
「わかったよ」
渋々頷くと、和希は「よーし」と呟いて先程のポジションに戻った。
「…………あ、なんか愛ちゃんと盛り上がってやがる。あのヤローっ」
出会った異性はとりあえず口説く的な和希よりは、詠一は節度はあると思う。
「橘くん、女の子受けがいいからね」
手持ち無沙汰な葵は、棚の整理をすることにした。
「あの軽さ、典型的なチャラ男だな…………あー言うのはダメだ」
「和希くんには言われたくないと思うよ」
「オレのチャラさとは違うっ」
葵にはその違いは全くわからないけれど、良かれ悪かれ色々な経験をしているから、和希のほうが見る目があるのかもしれない。
「でさ、どこが良かったんだよ、アレの」
「…………え?」
問われて葵は手を止める。
「どっか良いとこがあったんだろ?付き合うだけのさ」

(…………あれ?)

どうだったんだろう?
それなりにあった気がするのだけれど、すぐには思い出せない。
とても自分が薄情な人間に思えた。
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