久遠の鼓動

神楽冬呼

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第1章 温度

呪われた宿命の少女

薄雲の空の下、高くそびえる塀を見上げる。
その昔、この地に村を作った先人たちの中に、樹木を意のままに操る者がいたと言う。
その者が能力を使い作り上げた、生きた樹木の強固な塀。
地中に深く根付いた樹木が絡み合うように高さを増し続ける。
そんな塀に囲まれた母屋は、まるで檻だ。
架南は睨みつけるように、塀を門までぐるりと見渡した。
「どうかなさいましたか?」
門の上にある見張り小屋から、目ざとい男が叫ぶ。
架南は顔をしかめて門まで足を運んだ。
この男は、抜け目がない。
飄々とした態度と口調だが、かなりの実力者であり、総帥珠妃の最初の夫である。
能力の高さを買われ、門番をしている。
「ここから出たいのだ」
ぶっきら棒に架南は告げる。
言ったところで出して貰えないとわかっている。
「そいつは無理な相談ですぜ」
ガハハハ、大きな口を開け豪快に笑い男は、見張り小屋から身を乗り出す。
「なぜ出たいんですかい?」
「父上に会いたい」
「…ああ」
男が急に勢いをなくし、表情を曇らせた。
「幽玄の旦那はですな…」
先程まで口の中が見えそうなほど開いていた男の口が真一文字に閉じられた。
「架南!」
背中に声が投げつけられ、架南は振り向いた。
駆け寄ってくる少年の姿。
息を切らせフワリと笑う顔に架南は複雑な気持ちになった。
ここを出たい、だけれどここを出たら、この少年に…蒼麻に会えなくなる。
それは酷く嫌な事に思えた。
「心配しましたよ…門に何か用が?」
蒼麻は架南に問いながら、チラリと見張り台へと視線を上げる。
見張り台の上で門番の男がニカッと笑う。
「よぉ、蒼麻、息災か?」
「はい、父上。父上や菊野さん、陣はお変わりありませんか?」
菊野とは蒼麻の義母にあたり、陣は義弟である。
本来、村の子どもたちは5才を迎えると母屋に集められ、育てられる。
だが、陣は父上の能力を受け継ぎ、門番の後継者として母屋行きを逃れていると聞いた。
「おう、皆、変わらんぞ!」
そして、母屋にいる子どもたちの中で唯一、蒼麻だけがこうして父上と会うことができる。
「…父上に会いたい」
ポツリと呟く架南の手を蒼麻が握った。
「架南、戻りましょう…母屋に」
切なそうな憂いを帯びた瞳で蒼麻は架南を見る。
蒼麻の手はいつも冷たい。
だけれど触れているうちにその肌の奥底に温かさを感じられてくる。
ここを抜け出したら、この手にも触れることがなくなる…
それでいいのだろうか?


夢心地に葵は微睡む。
久しぶりに前世の夢を見た。
小さな少女の頃の…多分、強襲の日より前の記憶だ。
蒼麻や陣の父親が生きているから・・・・・・・
(優しそうな人だったな…)
豪快に笑う快活なところは蒼麻に似てないけれど。
葵はふと違和感を覚え、寝返った。
隣が空だ…要がベットにいない。
慌てて枕元の携帯電話の画面を見るが、朝7時半、そこまでの寝坊ではない。
土曜日は唯一アラームをセットしていない朝だ。
そして要は大概8時まで眠る。
その要がベットにいないことは、寝床を共にするようになってから初めてのことだった。
携帯電話の画面を再度確認すると、LINEにメッセージがあった。
『楓が来ています。支度ができたら店に来てください』
7時10分の着歴…そんな早くに楓が来るなんてそれも異例なことだ。


藤堂 楓とうどう かえで、若干7才ながらすでに記憶も能力も覚醒している、前世では律音、満琉の前世である天音の双子の姉である。
小学生であり、両親も健在な為、専ら通話やLINEのやりとりで情報共有をしている。
楓の来訪自体が、珍しいことなのだ。


葵は慌てて支度を済ませ、店へと向かった。
妙な胸騒ぎがする。
楓の能力は『先読みさきよみ』、察知インファールだ。
不吉な動きを読み取り、要たちに報せる役目を担っている。
通話やLINEでは伝えきれない何かがあったのだろうか…
「おはようございます…」
恐る恐る、葵は店への扉を開いた。
「あっ、架南様!」
すぐに甲高い声が出迎えてくれる。
白いニットにピンクのリボンが愛らしいツインテールの少女が身軽な動きで、ソファ席から駆けてきた。
「楓ちゃん、久しぶり!」
葵は抱き着いてくる楓の小さな体を受け止める。
「架南様にどうしてもお会いしたくて」
弾けるような笑顔に見上げられ、葵は胸騒ぎが気のせいに思えてきた。
「それでこんな早くに来てくれたの?」
「それと、大切なお話がありまして」
楓が向けてくる笑顔は変わらない。
だけれど、その言葉に声に何となく不安が過った。
密着した楓の体から感じられる熱が、ないような違和感。
店内を見渡すと、ソファ席には満琉だけ、テーブル席にもカウンターにも要がいない。
視線を感じて真横を向くと、カウンターの中に要がいた。
手馴れた手つきでコーヒーを淹れている。
横目にこちらを見ていた要と目が合うと、要は軽い微笑みを左頬だけに浮かべる。
少し寂しげな微笑みに思えた。
「海斗が来てからお話しますね」
「…あ、うん」
楓はスキップでも踏むかのようにソファ席の満琉の元へと戻っていく。
「おはよ、要くん」
葵はソファ席へは行かず、要の横へと移動した。
「ベットに残してきてしまい、すみませんでした。良く眠っていたので…」
葵にしか聞こえないように潜ませる要の声が、台詞を艶かしいものに変える。
事後の翌朝みたいな台詞に聞こえて、葵はうっすら頬を染めた。
「…うん、ちょっとだけ前世の夢見てたの」
「どのような?」
「架南は7才くらいかな?母屋の門番の、お父さんが出てきたよ」
「……脱走した時ですか?」
「え?架南ってやっぱり脱走しちゃったんだ…じゃあ、その前かな?」
「あの頃の架南は脱走することばかり考えていて、油断ならなかったんです。いつも塀の周りを歩いていました」
「そうなんだ。意外と問題児だったんだね」
最近、要と架南の話をするのが楽しい。
それに、楓が言う大切な話から自分の気をそらしたかった。
「架南は一族の在り方を嫌い、己の宿命を呪われていると考えていたので」
「宿命が呪われていた?」
「その能力ゆえ、7才の頃には時期総帥と言われ、その先の未来を決めつけられたからでしょうね」
「…蒼麻さんに恋する前から総帥にはなりたくなかったんだね」
要の手が一瞬、止まる。
そして、透き通るような瞳を葵に向けた。
「架南を一族に引き留めたのが、蒼麻と言う存在でした」
その瞳に滲むのは後悔に似た色。
蒼麻は自分のせいで架南が死んだと思っている。
きっとずっと自分を責め続けながら、長い年月をやり過ごしてきたのだろう。
どんな形であれ、遺された人間はペナルティのような自責の念に絡めとられる。
死を受け入れるのは容易ではない。
「…蒼麻さんの側が、架南の居場所だったんだよ。逃げ出したいほど嫌なところで手に入れた、唯一の居場所。そう言うの、手に入るのは幸せな事だと思う」
要は瞠目し、言葉を失っているようだった。
悪い事を言ってしまったかと思ったが、要は酷く安心したような息を吐いてから頬と口元を緩ませた。
「そうですね。居場所があるのは幸せです」
葵は頷いて微笑み返す。
「ちょっとお…そこっ」
ソファ席から満琉が叫んだ。
「コーヒー淹れながらイチャつかないで」
その横で楓がフフフと笑っている。
今までの楓には見た事のない、大人びた表情だった。


「いやぁ、すまんすまん…」
爆破したような鳥の巣頭に、ヨレヨレの上下スウェット、大きな欠伸をしながら祥吾がカウンターに座る。
西園寺グループの代表取締役とは思えない姿である。
「お疲れのところ申し訳ありません、海斗」
楓はソファ席とカウンター席との間に立つ。
「楓ちゃんが来てくれるなら大歓迎さ。もう最近、脂ぎったオヤジの相手しかしてないから、イイ目の保養になる…イヤァ、女の子はイイね」
祥吾はヘラヘラと相変わらずな軽薄な笑顔だ。
発言がすっかりオヤジ臭いなと思いながら、葵は祥吾の前にコーヒーを差し出す。
「葵ちゃん、サンキュ!イヤァ、ホント、女の子はイイ!葵ちゃんは特にイイ」
そう言いながら、祥吾はどさくさに紛れ葵の手を取り握った。
「セクハラですよ」
葵の隣にいた要が間髪いれずに言うと、手に持ったナイフの刃先を祥吾に向けた。
丁度、サンドウィッチを切り分けていたのだ。
「…イヤイヤ、条件反射でつい」
誤魔化すように笑い祥吾が手を離す。
(…どんな条件反射なんだろ)
振る舞いや発言がキャラバクラを満喫するオヤジ化している祥吾に葵は一抹の不安を覚えた。
コホン、と楓が大きく咳払いをする。
ソファ席にサンドウィッチの盛り合わせを運んでいた葵は、その場で楓に向き直った。
祥吾がカウンターのイスを回転させ、楓に膝を向ける。
「皆さまにお伝えしなければいけないことがありまして…」
楓が両手を体の前で合わせ、足を揃える。
あどけなさの残る顔が、凛とした強さを宿した。
「わたくし、そろそろ寿命が参ります」

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