久遠の鼓動

神楽冬呼

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第3章 古傷

悪魔の画策に口付けを

和希は夜になっても戻らなかった。
葵はリビングのソファとローテーブルの間に座り、携帯電話を手にした。
和翔は安心したと言い置いて帰って行ったけれど、本当にそうなのだろうか…
あんな形で和希は飛び出して行ったのに。
(既読にならないな…)
未読のままの画面に葵は溜め息をつく。
「…音沙汰なしですか?」
コトン、と目の前のテーブルにビール缶が置かれた。
シャワーを浴びに行った要が戻ったらしい。
顔を上げて、すぐに慌てて目をそらす。
「……うん」
上半身裸のままの要が首にタオルをかけている。
「和希くん、どこにいるのかな?…」
「和希が行くとしたら…」
缶ビール片手に要が隣に座るのが分かった。
何度か裸は見ているけれど、どうしてもまだ直視できないし、気持ちが落ち着かなくなる。
裸を見る以上のことをしているのに、良く考えれば最中はされるがままで目を閉じていることが多くて、直視したことはない。
「日曜ですし、合コンでは?」
「えっ…合コン?やっぱり男の人ってそう言う感じで気分転換するのかな…」
「和希はそう言うタイプでしょうね」
「…要くんもそう言うタイプ?」
「いいえ。良くも悪くも特定の相手で全て済ませてしまいます」
良くも悪くも…
喜怒哀楽の共有も、憂さ晴らしも一人に集中ということだろうか。
理想的にも思えるけれど、特定の相手との問題が生じたらどうするのだろうか?
「だから、特定の相手は色々大変ですよ」
要の思わせぶりな口調に、葵はハッとする。
(特定の相手って…今は私?)
色々大変とは、どう大変なのだろうか。
恋愛の入口に立ったばかりの今の状態では、まだ良くわからない。
「…それはそうと、なぜそっちを向いたまま話すんですか?」
「別に……」
不自然過ぎて言われるかと思ったけれど、裸を前に話せる気がしないのだ。
意識し過ぎて逆上せそうになる。
顔を背けたままでいると、左耳に息を吹きかけられた。
「……っ!」
思わず耳に手を当て振り向くと、すぐ目の前に要の顔がある。
洗い晒しの前髪が瞳にかかり、色気が増して見えた。

「いい加減慣れてください」
息がかかる距離で聞く要の声は、キスの予感。
唇が寄せられ、重なる。
なぞる様な優しいキス。

唇を離すと、要はいつも目の中を覗きこむように見つめてくる。
その瞬間が、すごく好き…だけど。
「…要くんは慣れてるよね」
要はときめいたりしてくれるのだろうか、と素朴な疑問が湧いたりもする。
「そう見えますか?」
頷くと、要は葵の手を取り、葵の手のひらを自分の左胸に当てる。
「えっ…え?!」
「結構動悸は速いですよ」
戸惑い頬を染めた葵は要の意図を知り、躊躇いがちに目を閉じる。
手のひらに伝わる振動に意識を集中してみた。
「それなりに緊張も興奮もしてます」
確かに少し速い気はするけれど、手のひらが触れている肌と指先に当たる硬い筋肉の感触に気をとられて良くわからない。
「…そ、そうだね」
堪らずに葵は手を引っ込める。
くすくすと笑い、要は髪にタオルを当てがいながらソファへと座った。
要は反応を見て楽しんでいる事が多い。
SかMかと言うと、Sだと思う。
「何か届いたみたいですよ」
要がシャツを着ながら、テーブルの上の葵の携帯を見やる。
「和希くんかな!」
慌ててメッセージを確認し、葵は思わず脱力して床に手をついた。
「どこにいるの?」と送ったLINEの返信が『合コンなう』。
とことん要の読み通りって、どうなのだろうか。
「合コンでしたか?」
「…………でした」
「予想を裏切らないですね」
面白そうに笑っている要を見る限り、あの場で和希が飛び出すことは想定内だったのだろう。
和希と父親の仲を取り持つ目的ではなく、自分と父親の親子の対面だけが目的だったのだろうか。
「ねぇ、要くん」
葵は床に座ったまま、要に向き直る。
「和希くんってなんであんなにお父さんを嫌うのかな?何か聞いてる?」
「…そうですね。できれば和希本人から葵さんが聞いたほうがいいのですが」
缶ビールを手に要はしばし沈黙する。
葵がその顔を見上げていると、要が困ったように苦笑した。
「仕方ないですね…」
そう言うと、要はソファを降りて葵の横へ座り、テーブルに缶を置く。
そして当然のように葵の膝に頭を乗せて横になった。
突然の膝枕に葵は戸惑い、頬を染める。
「…この体勢で話すの?」
要は枕の塩梅でも確かめるように、頭の位置を整え満足気に目を閉じると息を吐いた。
「本当はすぐにでもベットに行きたいのですが」
「こ、このままでいいです…」
葵は躊躇いがちに要の髪を撫ぜてみる。

癖のない艶やかな髪が指を滑り、不思議と気持ちが落ち着いた。
膝枕はされた方がリラックスするものかと思っていたけれど、膝を預ける方にとってもそう言う効果があるのかもしれない。
我が子をいつくしむような、大切な宝物を抱えるような、そんな気持ちになる。

「…では、和翔氏の視点から話しますね。それを踏まえ、和希の言い分は本人から聞いてください」
あくまでも、和希から話を聞くことが前提らしい。
それは言われなくてもそのつもりだけれど…
「和希の母親…葵さんのお母さんでもある咲絵さんですが、和希に死に際を見せたくないと強く希望していたんですよ。和翔氏はその願いを聞き入れた。和希はそれを知りません」
「看取れなかったんだ…」
「実際、容態の急変が速過ぎて和翔氏が駆けつけた段階で意識不明だったそうです。そこからは父親への不信感に取り憑かれた和希が、全てにおいて疑い責め出し、聞く耳を持たなくなった」
きっと和希が抱えるその傷は前世から続いている。
要もそれを感じているのだろう。
その古傷をつけたのは自分だと責任を感じている。
「…辛いね」
葵がポツリと呟くと、要が目を開ける。
いつも見下ろされているから、要の瞳を見下ろすのは違和感がある。
吸いこまれそうな漆黒の瞳に、リビングの照明が星のように映り込んでいた。
「そんな状態で、姉の存在を明かせず、和翔氏は和希に伏せたんです。名乗り出る時は息子の同席を願ったんでしょうね」
「だから、図書館に来てたんだ」
月に一度、1冊返却しては1冊借り、確かそんなペースだった。
何度か本を選ぶ姿を見かけたが、何冊も手に取るのにどうにか1冊を選び出しているように見えて、全部借りればいいのにと思ったりもした。
読みきれなくてもとりあえず借りてしまえ、ではない。
本当に読みたいものを確実に、そんな実直さが感じ取れたのを覚えている。
(偏屈で頑固とも言うのかな…)
葵がクスッと笑うと要が右手を伸ばし葵の頬に触れた。
「…実は、和翔氏には同棲の報告も、婚約の件も了承を得てます」
「ええっ!いつの間に…」
「それは同棲の前にしっかりと」
言われてみると、要の浮気がどうのと和希と言い合っていても和翔は顔色も変えずノーリアクションだった。

鬼だ、悪魔だと、要の計算され尽くした画策を和希は嫌う。
きっと和希は今回の一件でまた要に食ってかかるだろうけど、要が陰で行う根回しに助けられて今があると思う。
まだ水面下で動いている問題もあるし、きっと色々考えてくれている。
橘 詠一の件だって、どうなるのか…

要が頬に伸ばしていた手を額の上に下ろす。
手の下で閉じられていく目蓋が、酷く重そうに見えた。
西園寺 要と言う肩書きは、IDやパッケージみたいなものだ。
これから西園寺 要の戸籍で生きる間にだけ使う一過性の人生。
老いることの無い外見で誤魔化しが効かなくなれば、また新しいパッケージに変える。
高校を卒業し、大学に進学、仕事に就くためのプロセスを何度も何度も違うパッケージで辿り続けているのだろうか。
それに加えて一族の問題がのしかかってくる。
葵には要が疲れているように見えた。
「要くん、お疲れ様…ありがとね」
要の髪を撫ぜながら葵は柔らかく声をかける。
「…癒されますね、すごく」
要が寝返りを打ち葵の腰に手を回す。
お腹にぐっと顔を押し付けられて、葵は恥ずかしくなった。
(お腹の肉がプヨってたらどうしよ…)
最近、太った気がするので気が気でない。
「もう寝ようか」
「その前に…」
要が体を起こすなり、唇を合わせてくる。
下唇を挟み舌を這わせ、優しく唇を重ね、その弾力を確かめるような愛撫。
舌が入ってきそうで入ってこない、そんな口付けを繰り返す。
キスを楽しむような、そんな時間。
柔らかく温かい舌が唇を分け入り入ってきた瞬間、吐息が漏れた。
葵の舌の輪郭をなぞるように、側面や裏側を要の舌がなぞり、ぞくりと鳥肌が立つ。
下腹部に込み上げる、じれったい熱。
互いの唾液が混ざり合い、吐息を交わし合う。
気づけば、床に膝をつき要の首に腕を絡ませ、夢中でキスを求めていた。
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