久遠の鼓動

神楽冬呼

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第4章 宿命

過去に眠る恋仇

以前、いつから架南の生まれ変わりを待っていたのか要に尋ねたことがある。
『…とても永く待って、そして待つのは諦めた』
要が言った『とても永く』は想像を超える永さ…

きっと今まで沢山の名前を持ち、捨ててきている。
本質は変わらないけれど、その時々の彼が存在しているのだ。
矢館 悠斗のように。
要の側に居続けると言うことはそれらを受け入れていかないといけない。
こんなふうに過去を知る度に気持ちが荒れていて、やっていけるんだろうか。
葵は部屋で一人、想いに耽る。
たった一人の部屋はやけに静かで、広い。
思い返すと、要と同棲を始めてから、何もする事なく一人になる時間がほとんどなかった。
要がいない時間は陽だまりに居て、満琉や和希が居たし、仕事に出ても和希がいてくれた。
それに慣れてしまうと一人が何て心細いものか…
守られてきた。
出会った頃から、見えない部分でもずっと。

スローネで暮らすと決めた頃、要の気持ちも自分の気持ちも見えていなかったあの時が、酷く懐かしい。
あの頃は、今のように欲深くなかった。
自分の知らない要がいることに苛立ったり、要の全部が欲しいだなんて思わなかったのに。
いつの間に、こんな自分になったのだろうか。

ふいに呼び鈴が鳴らされた。
しかも連打で何度も…
この鳴らし方には覚えがあり、葵はゆっくり玄関のドアを開ける。
「来ちゃった」
ケーキの箱片手に可愛こぶる祥吾が立っていた。
綺麗に髭を剃り、髪も整え、スマートな背広に身を包み、別人のように化した仕事モードの姿に葵は見入ってしまう。
「そんなに見惚れちゃって、惚れるなよ」
「中身と言動は相変わらずですね」
葵が失笑すると、「そこ笑うところじゃないけどなぁ」とケーキの箱を手渡してきた。
「ありがとうございます。お仕事どうしたんですか?」
「ちょおぉっと時間できてね、満琉に連絡したら葵ちゃんが軟禁状態って聞いてさ、要をからかいに…っていないのかい?」
頷いて葵は俯く。
何と説明するべきか、今何を言っても泣き言になる気がした。
「……見張りがいないんなら」
そんな葵を見てしばし沈黙してから、祥吾が口を開く。
「デートしようか」
祥吾が何かを企むような顔でヘラヘラと笑った。


祥吾が背広を脱ぎソファに放り投げ、ネクタイを緩めるとワイシャツの袖のボタンを外す。
「まあ、座ってて」
カウンター席を示され、葵は言われるがままに座った。
デートをしようと言われ、また何を言い出したのだろうかと思って断ると、「下でお茶を」と粘られた。
このまま部屋で一人で置いておけないし、部屋に上がると要に殺されそうと言われた時、部屋に一人は確かに嫌で、これ以上思い詰めたくないと思った。
祥吾とは色々あったけれど、祥吾が自分を大切にしてくれているのは確かで、言葉に嘘はないと思える。
「俺がね、今日は特別にブレンドしてあげるよ」
ワイシャツの袖を捲り上げ、冷蔵庫から珈琲豆を取り出す。
いつもは常温に置かれた珈琲豆が冷蔵庫に保管されていて、満琉の長い不在を思わせる。
「祥吾さんがカウンターの中にいるの新鮮ですね」
「あはは、そうかもな。けど、店始めて1年位はここが定位置でさ」
「えっ、意外…」
「ギャップに萌えるだろ?」
冗談めかしに片方の口元だけでニヤリと笑うと、祥吾が視線を上げた。
「…それで?玲香女史から何言われたの?」
「………え?祥吾さん、玲香さんと面識あるんですか?」
祥吾の口から玲香の名前が出るとは思わなかった。
「そりゃあなあ、天観総合病院には何かと世話になってるし、要の古い馴染みだろ…おまけにあの性格」
祥吾の言い回しから察するに玲香は苦手なタイプらしいことがわかる。
「何でも首を突っ込みたがるんだな、特に要の事に関しては」
祥吾は葵の知る中では要と一番付き合いが長いだろうし、相談するには良い人選かもしれない。
だけど、言葉が出てこなかった。
玲香が要の事になると首を突っ込みたがるのは、なぜだろうか、と考えてしまった。
発想がマイナスにしか至らない。
「間違いなく、葵ちゃんには余計なこと吹き込むんだろうな、とね」
「…そうですか」
「それもあるんだろ?喧嘩の原因…ああ、違うか」
ミルを挽く手を祥吾が止める。
「それだろ、お互いにぶつかった原因」
「お互いに…?」
「和希の見舞いがどうのくらいじゃ、喧嘩になる様な関係じゃないだろうに。要は葵ちゃんに激甘で、葵ちゃんは物事良くわかる子で、まあ、ぶつからないな」
再び祥吾がミルを挽き始め、二人の間に豆が潰される音だけが響いた。
葵は手元に視線を落としている祥吾をぼんやり眺める。
少し買い被りもあるが、祥吾は実際に良く分かっている。
たぶん、玲香から何を言われたのかもだいたい分かって言っているのだろう。
「…俺が分かってるくらいだ。要も分かってるさ」
「え?…え??」
絶妙なタイミングで祥吾に言われ、葵は戸惑う。
玲香から何を言われたのか…
(………そうだ)
要も玲香の性格は分かっていて中座している。
『矢館 悠斗《やだて ゆうと》、以前・・の名前です』
明かしてくれた時の複雑そうな要の表情は、不安が入り混じったもので、きっと覚悟をしていたのだ。
過去を知られる覚悟、受け入れて貰えるかの期待と不安。
思い悩み不安定になる姿を見せた事で、要を傷つけていたのかもしれない。
「まあ、だからって言うか、あいつにいつもの余裕はないだろうな。そう思ってからかいに来てみた」
ニシシ、と祥吾は楽しげに笑う。
「何にせよ、身から出た錆ってヤツだな。葵ちゃんは、きちんと責めてやれよ」
「…きちんと責める?」
責めたくないと思う余り、自分の中で消化しようとしていた。
「嫉妬からくるもんだろ?それをぶつけるんだ。好きだから腹が立つし許せないって。あいつはそう言うの嫌がらないと思うがね」
消化不良を起こしている葵にとって、祥吾の言葉は目から鱗である。
確かに深鈴との場面を目撃してしまった時、嫉妬で喚き散らしても嫌がることはなく、受け止めてくれていた。
「…ぶつけていいんだ」
葵は喉の支えがとれた気がして、独言る。
勝手に嫉妬はしてはいけないと思い込んでいた。
「ヤキモチも大事なスパイスさ」
祥吾が手慣れた手つきでコーヒーカップを目の前に置いてくれる。
ありがとうございます、と軽く頭を下げると祥吾は微笑みながら手にしたカップに口をつけた。
カウンターの中に立ってすぐの祥吾には、違和感しかなかったけれど、こうして見ると似合わなくはない。
「ちなみに、何を聞いたんだい?」
「荒んでた頃の話と、前の名前を捨てた時の話です」
「悠斗のねぇ…」
意味ありげに祥吾が呟く。
「祥吾さんはその頃から知ってるんですか?」
「悠斗に初めて会ったのは俺が17の頃だったか、研修医になる前だったような?」
「それなら、女遊び止めた頃も知ってますよね!」
葵は思わず身を乗り出した。
『また誰かの為に生きてみたくなった』
その誰かを祥吾が知っているかもしれない。
「その頃にお付き合いしていた人とか、いませんでしたか?!」
葵の勢いに祥吾は面食らっていたが、堪え切れないと言うように噴き出して笑った。
「…ないない。俺が知る限り、恋人にしたのは葵ちゃんだけ」
「そうなんですか…」
葵は溜め息混じりでイスに座り直す。
「誰かって、誰なんだろう」
「誰か?」
「玲香さんが聞いたそうです。なぜ生き方を変えたのかって、そうしたら『また誰かの為に生きてみたくなった』って答えたらしくて、それって恋人かな?って…」
「へぇ………」
祥吾が笑いを殺すような微妙な笑い方をした。
「それは本人に聞いてみ」
聞きにくいから悩んでいるのだけれど…
祥吾の顔からして知っているようである。
「…ていうか、今更ながら、葵ちゃんって知ってんだな。あいつが年齢詐称してんの」
おもむろに携帯電話を弄りだし、祥吾が俯いた。
「墓守の件はなんとなくぼんやり気づいてます」
「あらら、事実確認はとってないんだ」
「暗黙の了解的な…」
「えー………、思い悩むのはまずそこじゃないのか」
祥吾が苦虫を噛み締めたような顔をする。
以前、祥吾が見せた顔に似ている。
海斗おれが、墓守を作った・・・んだ……人を死なない化け物にするんだよ』
搾り出し吐き出すように言った祥吾の言葉を思い出す。
祥吾の前世は海斗、不死を与える能力者。
要を、蒼麻を墓守にした人物ひとなのだ。
墓守を作り出した祥吾が背負った宿命、墓守となった要が背負った宿命、それぞれが傷を抱え、今を生きている。
「そこはいいんです。一緒に生きる道を模索するだけなので…」
「それよりも過去の女が気になる…と」
「……………です」
改めて言われると、些細なことにこだわっているような気がしてくる。
先にある未来より過去を気にする女みたいな…
「まあ、とりあえず俺はこれから接待に出るから、仲直りしておきなさい」
祥吾が店の外に車が停まるのを確認しながらワイシャツの袖を直し、ネクタイに手をかけた。
「今、ナイト君がお迎えにくるからねぇ」
手慣れた手つきでネクタイを締め直し、祥吾がカウンターを出たところで、エレベーターホールからの扉が開かれる。
「おっ、来たか」
祥吾がウキウキと要を出迎えた。
「何ですか、あのLINE…」
明らかに不機嫌な要が肩を組もうとした祥吾の手を払う。
「『葵ちゃんは預かった!返して欲しくば陽だまりへ来い』誘拐犯テイストでいいだろ」
「ふざけてないで仕事をしてください」
「ハイハイ、行ってきますよ」
祥吾はソファにある背広を手に取ると、葵の頭をわしゃわしゃと大きな手のひらで撫で回した。
「じゃあね、葵ちゃん」
満面の笑みを見せる祥吾に葵はぎこちなく笑い返す。
ごく自然に祥吾が触れてくるのが久しぶりに感じた。
悪ふざけや悪戯に手を握るくらいはあったけれど、祥吾は例の一件以降、葵との距離を置いていたのだ。
「コーヒーご馳走様でした。いってらっしゃい、祥吾さん」
その距離がとても縮まった気がする。
手を振り店を出て行く祥吾を見送り、葵は緩々と要に視線を向けた。
怒っているのだろうか?
「部屋から出るな、と言いましたよね」
葵を見もせず要が冷たく言い放つ。
(やっぱり怒ってるっ)
怒っている要は冷涼とした気配を全身に纏い、人を遠ざけるきらいがある。
まるで鎧みたいに…
「……ごめんね」
声をかけると、やっと要が顔を向けてくる。
細めた瞳に静かな温かさが垣間見えた。
「具合いは良さそうですね」
幾分、柔らかさを含んだ要の口調に葵が小さく笑うと、要が葵の近くまで歩み寄る。
「葵さん…この機会に、同棲を解消して少し距離を置きましょうか」
温かさを滲ませる瞳とは裏腹の冷たい言葉が突き刺さった。
心が凍りつき、思考が停止する。
それくらいの言葉の威力…






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