久遠の鼓動

神楽冬呼

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第4章 宿命

命に宿る報い

望まない言葉を聞いた時、体の中で色々な扉が閉じていく気がする。
言葉を聞く鼓膜が、考える思考が、心を守ろうとする。
そしてきっとそのまま逃避を始めるのだ。
傷つきたくないから…
(…少し距離を置く?)
別れると言うことなのだろうか。
聞けない、怖い、はっきりと明言されたら、引き返せない気がする。
(嫌われた?愛想をつかされた?)
確かめられない。
「……葵さん?」
要の声は聞こえているけれど、どう反応して良いかもわからない。
どこを見ていいのかも…
『…それをぶつけるんだ』
祥吾の声が頭を過る。
純粋に、心に宿る気持ちを、心のままに。
(伝えないとっ!)
葵はゆっくりイスを立ち、要の体に腕を回す。
一瞬、要の体が強張るのを感じて奮い立たせた勇気が揺らいだ。
要の胸につけた耳元から鼓動が聞こえる。
とても早く震えている。
「…要くん、私は」
鼓動の早さは、自分と同じ。
想いも同じと信じたい。
「同棲の解消も距離を置くのもイヤ」
ギュッと要の背中のシャツを握り締める。
「離れたくない。もっと近づきたい、もっと知りたい…だけど、腹が立つの」
知りたいのに知りたくない。
要の中に自分より深く入り込んでいる人物ひとがいることが嫌なのだ。
「私より要くんに近づいた人がいたってことが、腹が立つ、どんな人か気になる…」
「……え?いや、葵さん?」
要の手が肩に置かれ、引き剥がそうとするので、葵は更に抱きつく腕に力を込める。
「腹が立つけど、離れたくないの!距離を置くなんて絶対にイヤッ」
口に出すととても稚拙で自分勝手で矛盾している気持ち。
それがわかるからぶつけるのが怖かった。
「離れていかないで…怒っていてもいいから、側に居て!別れたくない」
肩に置かれた要の手が離される。
呆れられたのかと怖くなり、葵は息を飲んだ。
沈黙が何を示すのか、わからなくてシャツを握り締める指先が震える。
「………葵さん、支離滅裂ですね」
クスッと笑う要の声がして、頭に優しく手を置かれた。
「貴女を縛り過ぎている気がして、距離を置こうかと思っただけで別れようとは考えてもいませんよ」
頭を撫でられ、要の静かな声を聞いて、徐々に気持ちが落ち着いてくる。
「それに…葵さん以外にオレに近づいた人、の下りが全くわからないのですが…葵さん以外となると架南しかいません」
(………ん?)
架南のあとには自分だけ?
「今更ながら架南にヤキモチですか?」
恐る恐る要を見上げる。
珍しく困惑した顔で、葵と目が合うと要は柔らかく微笑んだ。
「…でも、玲香さんが『誰かの為に生きたい』から矢館悠斗を捨てたって」
「えっ?!」
珍しく明からさまに要が狼狽える。
頬を赤らめ、葵から目を逸らした。
「そこを聞いてたんですか?」
「そこ以外も聞いたけど…後腐れない相手と遊んでたことはいいとして」
要が目を見開いて葵に顔を向ける。
「え?…いいんですか?!」
「あっ、違うの!良くないけど、100歩…500歩くらい譲って、いいことにするのっ!男の人って、…その……溜まりすぎると病気になるって言うし」
流石に要の顔を見ながらは言えずに、葵は体を離し視線を泳がせた。
「は?誰がそんなこと…」
「和希くんが教えてくれたの」
要が肺の底から息を吐き、目元を手のひらで覆う。
「……余計な事を言うやからばかりだ」
うんざりと吐き捨てる要の頬は赤みを無くし青ざめている。
普段、感情があまりおもてに出ないから、顔色をコロコロと変える要は新鮮だ。
そんな要に見惚れてしまった。
「鵜呑みにしないでくださいね、特に和希が言うことは」
「……うん、じゃあ、玲香さんの言うことは?」
上目遣いに葵は要を見る。
「……誰かって、どんな人だったの?」
弱り切った表情で要が見つめてきた。
「怒らないでくださいね」
要の前置きに、葵は思わず一歩後ずさるが覚悟して頷く。
どんな人の話を要の口から聞くのだろうか。
怒らないでと言われながら、嫉妬せずに聞けるのだろうか。
頬を赤らめ目を逸らした時の要の顔が過ぎる。
(あんな顔をさせる人…)
要が腕を上げ、スッと葵の目の前に人差し指を向けた。
指を刺されている意味がわからず、葵はきょとんと要の指先を見つめる。
「その誰かは、葵さんです」
「………………え?」
16年前に生き方を変えた人…
16年前は12才の頃、養父母を火事で亡くした頃だけれど、要にはまだ出会っていない。
「………まず前提からして、その誰かに恋愛感情はありませんでした。当時は…」
言いにくそうに要が口を開く。
「葵さんはまだ10才でしたから…」


老いない身体と、変わらない外見、目まぐるしく変貌していく世の中に自分一人取り残されていく。
裏方ばかりやっていると、死人と変わらない。
人知れず闇を狩る仕事やくめにもうんざりしていた。
一族の為に作った企業はそれぞれ勝手に回り出している。
当分離れても支障はない。
生きている実感が、一体どうしたら得られるのか探してみたくなった。
矢館 悠斗、手駒の中にあった戸籍の中から、何となく名前を選ぶ。
どこまでやれるか試したくて進んだ医学の道。
やり甲斐がある分、気が紛れるとも思った。
だが、それも心の隙間を埋めるものにはならず、結局本能の中に逃げ込む。
上昇する体温、粘膜の感触、鼓動の早さ、甘く粘りつく女の声、込み上げる快感…本能に従う快楽。
泡沫だけの生の実感。
後腐れのない相手を見つけては一度だけ関係を持つ、そして虚しさだけが増していく。
そんな虚無感をやり過ごすだけの毎日だった。
そんなある日、フラリと立ち寄った図書館で女の子と出会ったのだ。
「お兄さん、大丈夫ですか?」
落とした本を拾ってあげたのに、そう問われた。
「すごく淋しそうな顔してます」
どこにでも居そうな小学生くらいの少女。
胸の中に込み上げる、郷愁の念に火が灯る。
瞳の奥に垣間見得る何かがある。
『わたしを、見つけて…』
架南の声が聞こえた気がした。
もしかすると、そうなのかもしれない。
触れたら気付けるわかる、指先でもいい、肌が一瞬でも触れれば…
良からぬ衝動に駆られ、手を伸ばしかけた。
「大丈夫、すぐに元気になるよ」
手を下ろし、そのまま小さな背中を見送る。
架南、かもしれない。
そうであったとして、どうなる?
覚醒しても宿命に振り回され、前世に囚われる。
何より、呪縛がどんな形で現れるかわからない。
そこで気づく、呪縛の発動条件がわからない。
発動条件が触れずとも出会うことだったら…
それを危惧して後を追った。
様々な想いを巡らせながら、小さな背中の後を。
辿り着いたのは孤児院。
数日様子を見て、要らぬ心配だったと思った頃に、少女は引き取られて行った。
ただ幸せを願いながら、忘れようと思った。
思いに耽る時間が増え、その場凌ぎの女の肌が心地悪くなる。
生きている実感とはなんなのか…
そもそも自分が求めているのは、本当に生きている実感なのだろうか。
それを考えると、少女の顔がちらつく。
答えがそこにある気がした。
もし覚醒し、何かに困る事態になれば手を差し伸べ、覚醒することがなければ見守るのみ。
近づかない。
接触はしない。
そう決めた。
時折、様子を見に行くだけのこと。
小学校から中学へ、成長を眺めることが楽しみになった頃に、ある事件が起こった。
少女の養父母は焼死、家は放火魔の被害を受けたのだ。
放火魔は闇に取り憑かれた青年だった。
古より人と共に地上に生まれた闇。
闇は人の弱さに取り憑く魔物だ。
それを祓う仕事を担いながら、放棄していたツケが少女に降りかかった。
防げたはずだった。
もう同じ後悔はしたくはない。
だから生き直すことにした。
命に宿る報いから目を逸らすのを止めた。


10才の頃、養父母に出会い人生が変わった。
葵はその頃を思い出す。
「……図書館?」
本を拾ってくれた王子様に良く似た青年…
要がはにかんで、頷いた。
初めて見る要の顔だった。
「言ってくれたら良かったのに」
5年くらい前から張り込んで素性を調べていたことは明かしてるのだから、教えてくれても…
(……そうじゃない)
そこまでは明かせなかったんだ。
それには18年前から姿が変貌していないことを説明しなくてはならない。
要が目を伏せる。
「……その頃は、闇を狩ることもせず適当に生きていた時で、終わりの見えない人生にうんざりしていたんです」
図書館でほんの数分の出来事だったと思う。
言葉を交わしたかも覚えていない。
ただ酷く顔色が悪く、元気がなく見えた。
お姫様を見失った王子様みたいに…
「16年前の火事、原因は放火でしたね?」
「うん……」
闇人やみびとでした」
切なそうに要は瞳を細める。
その時に逮捕された放火犯は余罪を含めても10件以上あったと聞いた。
その放火による死傷者は、養父母が初めてだった。
欲求はエスカレートする。
公園のゴミ箱から、マンションのゴミ置場、自転車置場、廃屋、そして診療中の診療所。
確信犯だと現場検証の警官が囁いた。
なぜ、やっと得た我が家がターゲットになったのか、黙々と考え込んだ時期もある。
なぜなのか、どうしてなのか…
闇人だったと聞いて不思議なくらい腑に落ちる。
「生き方を変えた理由は、後悔です。少女への贖罪でもある、闇を狩り続けることを決めた。その為に必要な人員の確保、組織編成、後ろ盾、それらに労力を注ぎ込む為に矢館悠斗は捨てました」
あの火事で要が責任を感じ、傷ついていたなんて思いもしなかった。
呆然とする葵の体を要が抱き寄せた時だった、カウンターに無造作に置かれた要の携帯電話が鳴る。
「はい、オレですが…」
仕方なさそうに通話に応じる要の表情が幾分、鋭く厳しく変化した。
「わかった……」
通話を終えた要が気持ちを切り替えるように、一度目を閉じてゆっくりと瞼を上げる。
「葵さん、楓が先程息を引き取ったそうです」


宿命、とは何だろうか。
前世から決まっている、生まれつき命に宿っているものだと言うけれど、まるで命に宿る報いペナルティのようだ。
己の意志に関係なく課せられる、幸や不幸。
あがらう術はないのだろうか。

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