久遠の鼓動

神楽冬呼

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第5章 刻印

籠の中の戯れ

ここを出ることができなくても、共に生きられるならそれでいいと思っていた。
外に出る自由より、それが何より自分には必要だと思っていた。
だけれど、今はとてもそれが歯痒い。
守られてばかりで、一人では何もできない。
和希の元へも、楓の元へも行けない。
籠の中の鳥とは、こう言う気分なのだろうか。


窓際に立ち携帯電話で祥吾と連絡を取り合う要を、葵はカウンターの中から見つめる。
楓は随分前から脳腫瘍を宣告され、天観総合病院に入院していたらしい。
楓の両親が一族との関わりを嫌った為、楓強っての希望を受け能力を使っての協力の交換条件として、要が医療費全額負担を申し出ていた。
満琉が天観総合病院から戻らない理由が、和希の付き添い以外にもあったのだと葵は気づいた。
『わたくし、そろそろ寿命が参ります』
あの日、楓の体に感じた違和感はそれを示していたのだろうか。
どんな気持ちでそれを告げに来ていたのだろうか。
重苦しい胸の痛みばかりが膨らんで、考えても考えても何の答えも出ない。
想像しても、追いつかない。
あの笑顔がもう見られない現実自体が受け入れられていない。
満琉は、和希は、どうしているのだろうか。
スローネここから動けない現状が恨めしい。
「……とり急ぎ、お願いします」
祥吾との長い通話を終え、要が携帯をテーブルへと置いた。
掛ける言葉が見つからないので、葵はとりあえずコーヒー片手に要の元へと歩み寄る。
「良い香りですね」
カップを受け取り、要は弱々しく微笑んだ。
多分、要は自分がいるから駆け付けてない。
(呪縛があるから一緒には行けない、だけれど私を一人にもできない)
外では付きっ切りで守ってくれていた和希はいない。
「葵さん…」
テーブル席に座ろうとすると、イスに座った要が手を差し伸べていた。
深く考えずに、その手をとるとグイッと引かれ、要の膝の上へと誘われる。
今は店内に誰の目がある訳ではないが、恥ずかしくなり顔が熱くなった。
「少しこのままで…」
背中に手を回され、要が胸元に顔を寄せてくる。
楓は何度生まれ変わってもその都度の記憶があると言う。
転生してから物心つくまでの数年のブランクはあれど、要との付き合いは一番長いらしい。
要の楓とのやりとりは見ていてそれがわかる。
早くて4年もすれば、新しい命で会いにくるのだと要も満琉も言っていたけれど、遣り切れる訳がない。
「要くん、私、ちゃんと待ってるから、行ってきていいよ」
葵は要の頭をそっと抱き寄せる。
自分よりもきっとずっと辛い…
「いえ、今は一緒に」
甘えるように要が頬を擦り寄せてくる。
肌に息がかかり、少しくすぐったい。
「この際なので明かしますが、橘 詠一が行方を眩ませてます」
「……え?」
「彼は闇人ではないので、ここに侵入しようとしたらできてしまう」
過剰なまでに要が警戒していた理由が見えた。
(だからあんなに怒ってたんだ)
あの日、焼肉店で何が起こったのか詳しくは知らないけれど、深鈴と詠一が繋がっていたことはわかる。
詠一は深鈴を置いて、あの場から逃げたと言うことなのだろうか。
「これ以上、傷を増やしたくない…」
要が服の中に手を滑り込ませ、腰の傷に触れる。
まだ鈍く痛むが、痛みを意識しない瞬間も増えた。
「心配かけてごめんね」
「閉じ込めたいです。今度こんな怪我をしたら監禁しますよ」
溜め息混じりの要の声に葵は何も言えなくなる。
「橘 詠一の狙いが葵さんだとしたら、この好機にまた仕掛けてきます。スローネここに結界があろうとも、一人にはできません」
「……橘くんの狙いは私じゃない気がする」
詠一は未来より過去を見ていた気がする。
自分が受けた傷を確かめるような、そんな会話だった。
未練があるようには感じられなかった。
「だとしても、悪意はある」
「………うん」
葵はあの時席を立つ自分を見送る詠一の顔を思い出す。
全く普通に人懐っこい笑顔だった。
深鈴が何をするかを知っていて、あんな顔で見送ったのか。
満琉は、誰がとは言わなかったが、和希に油をかけたのは詠一だろう。
それが思い付きだったのか、明確に和希の弱点を知ってのことかわからないけれど、悪意でしかない。
「要くん、私……結界使えないかな?」
「………そろそろ言い出す頃かと思いました」
要が葵から体を離し深く長い息を吐く。
「私が結界を使えれば、自分で自分を守れるし、要くんと外にも出られるし…」
「だめです」
ぴしゃり、と要が言い放った。
「確かに、結界の能力は絶大だ。自ら危険を回避する事ができるし、鍛練すれば防御も攻撃にも使える万能な能力です。だからこそ、総帥として崇められた」
見上げてくる要の瞳は真摯で揺らぎがない。
「わかりますか?引き継ぐ事で、一族の総帥と言う地位がついてくるんです。一族を今更再興する気はありませんが、再興を望む声はあります。再興派にとっても反対派にとっても、総帥の能力を引き継ぐ者が現れることが大きな意味を持つんです」
「だけど…」
おもむろに要が葵のルームウェアのジッパーに手をかけた。
ブラの上にウェアを着ているだけなので、ジッパーを下げられると露出してしまう。
慌てて要の膝から立ち上がると、腕を掴まれ引き戻された。
「聞き分けられないのなら、ここで犯しますよ」
「なっ……!」
何を言い出すのかと耳を疑いながら、勝手に顔が熱くなる。
熱くなった頬に要の手のひらがあてがわれ、顔を背けられない。
「店の扉は鍵をかけていないですし、誰が入ってくるかわかりませんよね。そんなところで抱かれてみますか?」
口調は優しいけれど、言われていることは完全に脅しだ。
(脅し…でもないのかも)
要の目は少しの悪意もなく切実に真っ直ぐ見つめてくる。
総帥を継承することで引き継がれる結界の能力、現状で総帥を継承しても何の意味もないと思っていたけど、安易な考えだったらしい。
要は心底反対している。
もしかすると以前から反対していたのだろうか。
胸元に現れた証も隠す意向だし、証が現れたことをかなり悔いていた。
二人が繋がった事で現れた刻印だから、葵はその朱い証を愛おしく思うのだけれど、要は違うらしい。
黙り込んでいると、グイッと体を抱えあげられ、テーブルの上に仰向けに寝かされた。
「……な、なに?」
「何って、するんです、ここで」
テーブルに手をつき、要が覆い被さる。
憂いを帯びた黒い瞳に見下ろされ、鼓動が跳ねた。
「待っ………、っ!」
開いた唇を塞がれる。
唇を合わせあうような柔らかい口付けから始まるものではなく、最初から深く唇を食い込ませる強引なキスに、葵は思わず身構えた。
葵が応えるのを待とうとせずに、口の中を這い回る要の舌先に、すぐに息が乱れる。
「んっ………」
息継ぎが許されないような乱暴な口付けだ。
葵は要の体を遠ざけようと胸に手をつき、腕を突っ張ろうとした。
自分本位なキスが少し怖い。
要が今までペースを合わせ、どんなに思い遣りを寄せてくれていたか改めて実感した。
突っ張ろうとしていた右手首を掴まれ、テーブルの上に押さえつけられる。
(別人みたいっ……!)
手首の握り方さえも違う、押さえつける力の強さも…
ジッパーを下ろされ、要の右手がブラごと胸の膨らみを握る。
「……ま、まって!」
漸く唇が解放され、呼吸の合間に声を出すが、要の右手が素早く下腹部に滑り込み、葵は焦って叫んだ。
「わ、わかった!わかったからっ」
要の右手が止まり、左手が葵の手首を解放する。
「何をわかったんですか?」
冷ややかに落ち着いた要の目が、言葉を確かめるように覗きこんできた。
「結界のこと、とりあえず諦める………」
「とりあえず?」
「とりあえず…今は?」
「わかりました、とりあえず今は・・・・・・・
仕方なさそうな、呆れたような顔で要が小さく笑い、そっと口付けを落としてくる。
先程までとは全く違う、唇の感触を確かめ合うようなキスに、優しさが染み込んできて葵は安堵した。
要の指先が頬から首筋、鎖骨を流れ胸元へ、くすぐったいほどに柔らかく触れる。
「………あっ」
荒々しさを取り消していく愛撫に、口付けの合間に声が漏れた。
(ここ…お店なのに)
わかっているのに優しいキスに抗えず、体の奥が疼き出す。



架南はあの母屋を取り囲む塀を檻と言い、自分を籠の中の鳥のようだと言っていた。
だけれど、恋い焦がれた蒼麻の側に居たいが為に、塀を見詰めながらも留まった。
その気持ちが、今になって少し理解できる。
きっと皆、形は違えどそれぞれの制約と言う名の籠の中で生きている。
倫理や道徳、世間の偏見やしがらみ、見栄や地位、たくさんの制約ルールで囲い、自分を構築しているのだ。
それを良しとするか、悪しとするか…
そこに一緒にいる相手によるのだと、思う。
共に籠の中に囚われるなら、それでもいい。
(要くんと一緒なら……)
口付けに溺れながら葵は思った。
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