久遠の鼓動

神楽冬呼

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第5章 刻印

罠への誘い

「満琉さん、今日はゆっくりですね」
鼻歌交じりで鍋に向かう満琉に葵は声をかける。
「和希くん、安定しているし、少し息抜きよ」
「お料理が息抜きなんですね」
「あと、この空間が大好きだから」
微笑む満琉の目は少し赤い。
楓の事で一人泣いていたのだろうか。
「……あの、祥吾さんって」
昨夜一緒にいたのだろうか。
天吊液晶テレビが落下し、要が祥吾に連絡したところ、取り込み中だと言ったらしい。
「テレビを片付けに行ってるわ…」
テレビの下りで満琉の声色が下がり、根に持っているのがわかった。
「あれはびっくりでした」
「頭の上に落ちなくて良かったわね」
「フローリングの床とか業者の方が来たりするんですか?」
「当分、無理だわ。祥吾に応急処置して貰おうかしら」
「床なら、要くんが直せるかもですよ。前世で板間を作ってました」
「あら、そう……確認なんだけど」
満琉が改まるように手を止め、葵に向き直った。
神妙な満琉の面持ちに葵も向き直る。
「葵ちゃん、要が墓守だと言う事を知ってるのよね?要は偽名、彼は前世の記憶で見ている蒼麻本人だって事」
「はい、知ってます」
「それなら、『証』が出た以上ヤルことやってるみたいだし、言わせて貰うけれど、避妊はちゃんとするのよ」
それを言われると思っていなかっただけに、葵は激しく動揺して顔を赤らめた。
「ゴムちゃんとつけてるわよね?」
そんな葵の顔を覗き込むように、満琉が首を傾げる。
葵は勢いよく頷いて、どんどん熱くなる頬に手を当てた。
言われて思い返すと、付けている場面って見た事がない。
装着していたのを知るのはいつも事後である。
快感に流され過程はうろ覚えだなんて恥ずかしくて言えない。
「要のことだからその辺りはきちんとしているだろうけど、失敗すると厄介だから」
「……厄介?」
満琉の語尾が何となく引っかかる。
避妊の失敗は妊娠、確かに要はまだ世間体は高校生だし、今授かるのは問題があるとは思う。
でもそれなら、「困る」とかそう言う言い回しになるような…
「厄介」って酷く嫌悪しているように聞こえた。
「転生者を産んでしまうと短命になるの。蒼麻の血はかなり濃いわ。高確率で子どもは転生者の器になるもの…子どもは産んじゃ駄目」
満琉の声は真剣で切実だ。
「葵ちゃん、貴女がいなくなると要がまた一人になるわ。だから少しでも長く側にいてあげて」
満琉が訴えていることは良くわかる。
それをずっと考えてきたし、何度も何度も出る答えは移り変わった。
「満琉さん、ごめんなさい。私、いずれ要くんとの子どもが欲しい」
満琉が葵の腕に掴みかかる。
「わかってるの?言いたくないけど、葵ちゃんもうすぐ30才よ?早いと30台で死ぬことになる」
「わかってます……だけど、要くんに家族を作りたいんです。子どもが孫が私よりずっと永く彼の側にいてくれます」
「違うでしょう?要が必要としているのは、貴女!葵ちゃんがいないと意味ないの」
ぐっ、と葵は言葉に詰まった。
迷いの根源、どうやっても覆せない現実。
何をどう抗っても、自分は要より先に死ぬ。
それが数年後か数十年後かはわからないが、どうやっても要に看取られ、要を残し、先立つのだ。
「……いつか、だけどいつか、私は先に死にます」
満琉はハッとして、掴む手を緩めた。
「要くんを一人残して逝くのは嫌なんです」
「そう……そこまで考えてるなら、もう何も言わないわ。ごめんなさいね」
満琉が耳に髪をかけながら寂しそうに笑う。
「要がって言ったけど、私が嫌なのね、葵ちゃんがいなくなるのが」
「満琉さん……」
満琉の顔を見ていて、急に満琉がこの件を口にした理由がわかった。
楓の死を目の当たりにしたから…
「私の父は35で、母は41で他界したから…そう言うの色々考えちゃって」
「……ごめんなさい」
葵が項垂れると満琉がくすくすと笑い出した。
「それにしてもね、急にハイネックばかり着出したのは隠す為だったなんて」
「……夏場はどうしましょう」
「そうね、それまでには要が何とかするわよ」
エプロンを外しながら満琉がカウンターを出る。
見れば店の外に篠宮の運転する車が停車した。
「シチュー作ったし、パンがそろそろ焼けるから食べてね。和希くんのところに行ってくるから」
「ありがとうございます」
コートを羽織り鞄を手にする満琉がヒラヒラと片手を振り店を出る。
後部座席のドアを開けた瞬間、満琉の動きが止まるのが見えた。
要は、和希を受け入れる準備の為に病院に行っている。
篠宮が来るのなら、要が一緒に戻らないだろうか。
そう思うと、その車が篠宮が運転しているいつもの車なのかも疑わしく思えてくる。
ザワザワと背筋を下りる嫌な予感がした。
扉の格子状のガラスに肩越しに振り返る満琉が垣間見える。
満琉の目が何かを示している。
瞬きの合間の一瞬の合図、諌められるような、咎めるような、そんな瞳だった。
カウンターの引き出しを開け、黒く薄い四辺体を取り出す。
あくまでも念の為、あくまでも…
髪を束ね結い上げ四辺体を刺し込んだ。
葵はカウンターから扉へと足を向ける。
満琉が後部座席に乗り込んだものの、ドアが閉まらない。
この位置だと車の中までは見えない。
祥吾は5階、報せるにはどうしたらいいのだろうか。
今下手な動きをしていいものか…
迷いながらも歩を進める。
車の中が見える位置まで進み、足がすくんだ。
満琉がこちらを向いて首を緩々と横に振っている。
その満琉の顔に向けられているのは、銃口?
運転席の人物は見えない。

開けたままのドアが示すのは、トラップ。
乗れ、と誘い込まれている。
誘いに乗らなければ満琉がどうなるか…
『私が嫌なのね、葵ちゃんがいなくなるのが』
満琉の顔を思い出す。
今誘いに乗れば、最悪の事態になる。
独断で動いていい状況にないのは良く分かっている。
だけれど…
(満琉さんがいなくなるなんて、私も嫌だ)

ドアノブに手をかけ、外に出る。
後部座席に乗り込むと、野球帽を目深に被った男が口元に笑みを浮かべた。
「やあ、日向…元気そうで良かった」
その顔を、葵は良く知っている。
「橘くんも元気そう」
「ドア閉めてよ」
ニヤッと口元に乗せる笑みは粘っこく、今まで詠一が見せたことのないものだ。
葵は言われるままにドアを閉める。
「何で来たのよ!」
満琉が掠れた声で叫んだ。
「ごめんなさい。満琉さんのこと見捨てるとかできないよ」
満琉に顔を向けると銃口が咎めるように動かされた。
「はい、ストップ。生憎、時間が惜しいから別れの挨拶はなしで、綺麗なお姉さんはそっちから車を出て」
「葵ちゃんをどうする気なの?」
「まずは、こうするんだよ」
言いながら、詠一が身を乗り出し、懐中電灯の様なものを突き出して来る。
首筋にそれが当てられ、痺れるような痛さが駆け抜けた。
視界が衝撃に揺らいで、頭が真っ白になる。
後部座席のシートに倒れこみながら、満琉の声が聞こえるけれど、何を言っているのか聞こえない。
それを最後に意識が遠のいた。


…薄暗い、ここはどこだろうか。
鳥達のさえずりと、木々のざわめき、そしてかびと埃の匂い。
蒼麻を待ちながら眠ってしまったのか、板間に座り込み壁にもたれていた。
ふと、視界に人影が揺らいだ。
架南は咄嗟に帯に差し込んでいる懐剣に手を添えた。
気配が蒼麻のものではない。
暗がりで顔は見えないが、男である。
「其方、何者だ」
声をかけると草鞋が地面を踏み込んだ。
「寄るな、応えよ」
「何とも勇ましいですな」
聞いた覚えのない低い男の声。
明らかに母屋にはいないとなると、村の者か…
「忘れ物を取りに来ただけゆえ、何卒お見逃しを」
「忘れ物だと」
ここは数十年前に捨てられた廃屋、立ち入るものは他にいないはず。
「其方、墓守か……」
ここは墓守の棲家だった場所。
「如何にも…総帥の愛娘、架南殿」
架南は片膝を立て懐剣を抜く。
暗闇に目が慣れ、男が手にしている物がぼんやりと見えた。
長く緩やかな弧を描く脇差。
「恐れが見えますな…」
じゃり、と男の足裏が鳴る。
荒んだ天井が木漏れ日を落とすその寸でで男が止まった。
辛うじて見える顎先、口元は笑っているように見える。
「その目は男を知る女の目。ここで待つのは懸想人、水の守護を受けていると評判の」
「黙らぬか」
男の言葉を遮り架南が声を張り上げた。
知り過ぎている。
忘れ物を取りになどと口実に過ぎない。
「其方、何を企ている」
「いずれ、わかります故……」
男の爪先が外へと向いた。
木漏れ日に照らされた脇差の装飾が閃めく。
一瞬、目視できた横顔が目に焼き付いた。


その男が不死だからか、それとも男の気配が異様だったからか、架南の緊張感が深く意識の中に刻み込まれた。
夢から醒めた感覚ははっきりとある。
だけれど、瞼を開けることは躊躇われた。
あの顔、一瞬見えたあの顔は、橘 詠一。
架南の記憶下に、詠一がいるなんて…
京田理夏や堂形深鈴のように似せただけなのか、それとも。
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