【R18】体に刻む恋のspell

Study21: somehow「なぜか」

見合いを終え、借り物の着物を脱ぎ捨てると疲れ果てていた。
真崎はどうしているだろうかと、何故かそればかり考える。
こうなってみると、連絡先を交換せずに今に至ることを悔やんだりもする。
恋愛偏差値を磨いておけば、もっとうまく立ち回れたのだろうか。

何やってるんだろ、私……
教師失格もいいところ。
生徒である真崎と、恋人にだなんてなれないし。
…………どうしたいんだろ。

お腹が痛いのに、タクシーを拾うのも面倒で、一人になりたいからバスや電車にも乗りたくなくて、夢月はひたすら歩いていた。
どこを目指しているのかも、いまいち分からない。
ただ漠然と一人のあの部屋に帰りたくないと思った。
ポツポツと、雨粒がアスファルトの色を変え始める。
頃合い良く雨まで降り、すれ違う人々の足が速まった。
街路樹が彩る歩道、夢月はふいにしゃがみ込む。
お腹が痛いし、頭も痛い、心が淋しい。
どうにかして、と叫びたくなった。
大粒の雨が、責めるように打ち付けて来る。

その雨が急に止んだ、ように思えた。
顔を上げると少し手前のアスファルトには相変わらず雨粒が落ちていて、見覚えのある靴が視界に入る。
「濡れるよ」
その声に夢月はゆっくりと見上げた。
細めた瞳がつばに隠れそうなほど、帽子を目深に被った真崎が傘を差している。
何故ここにいるのか、まだ怒っているのか、色々な事が頭を巡りながら、夢月は立ち上がり真崎の体に腕を回していた。
鼓動を感じられるくらい真崎の胸に耳を押し当て、しがみつく。
「………なんだよ、ソレ」
突然の事に多少動じた真崎が、夢月の肩に手を置いた。
押し退けられるかと思い、夢月はぎゅっと真崎のシャツを握る。
今だけでもいい、真崎の温もりが欲しい。
幻ではない実感が欲しかった。
そんな夢月の頭を真崎がゆっくりと撫ぜる。
「見合い、失敗？」
優しく降り注ぐ声に気持ちが落ち着いた。
「ざまーみろ」
頷く夢月に真崎が笑う。
二人を隠すように雨足が更に強さを増した。
「………この前はごめん」
傘に打ち付ける雨の音にかき消されそうな真崎の声を聞く。
髪を撫ぜる真崎の指が頸に触れた。
「体、冷えてんじゃねーか」
首筋が真崎の手の平に覆われる。
そういえば、昨日の夜から余り食べていない。
月経もあり、貧血を起こしているのかもしれない。
ぐいっと真崎に顎を掴まれ顔を上げられる。
「すっげー顔色悪いぞ………飯、食ってんの？」
真崎が心配そうに眉根を寄せた。
「……だって真崎くん、帰ってこないし」
「は？自分で用意して食えよっ」
「食欲なかったから」
「それでも食えよ、大人だろ…………ったく」
真崎が溜め息を吐き、夢月を抱き締める。
「………何なんだよ、こんなんじゃ、放っておけねーだろ」
いつも冷静な真崎が動揺を見せた。
夢月は真崎の胸に頬をすり寄せる。
「放っておかないでよっ」
二人の間に隙間がなくなるくらい真崎は強く夢月を抱いた。
寂しかった思いや、恋しくて堪らなかった思い、歯痒くて、切なくて、自分の感情をこんなに持て余したのは初めてだ。
そして、持て余した気持ちごと抱き締められているような感覚は、今までに得たことのない充足感。

心から、無くしたくないと思った。

「………覚悟できてる？夢月先生・・・・」
今ここで、真崎があえて先生と呼んだ理由わけを夢月は読み取れた。
顔を上げると、黒い瞳が揺らぐことなく真っ直ぐに見つめて来る。
覚悟できていないとは言わせない、真率で鋭い瞳。
夢月が頷くと、真崎は安堵したように小さく笑った。
キスは特別だと言っていた真崎を思い出す。

『夢月がしたくなったらしてよ。オレからはしない』

あれは、真崎の覚悟のようなもの。
気持ちのないキスはしないと決めてのこと。
夢月はそっと真崎の首筋に手を回す。
口から心臓が飛び出しそうなくらいに鼓動が緊張を刻んだ。
夢月は背伸びをし、真崎の唇に自分の唇を寄せる。
唇が柔らかく、重なる。
触れるだけのキスで終わらせようとした夢月の首筋に手を当て、真崎が強く引き寄せた。
唇を唇でこじ開け、探し出した舌に舌を絡められる。
人に触れられることのない領域を明け渡すような、そんな瞬間。
真崎の熱い舌に吸い寄せられるように舌を絡め、暖を求めるように夢月は真崎にしがみつく。

キスは意思確認。
真崎の覚悟はきっと、それを待っていたのだ。