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Study44: stagnation「停滞」
しおりを挟む恋は盲目、とは良く言ったものだと思う。
夢月は職員室で黙々とパソコンの画面を睨みつける。
来月の期末試験を見据え、来週には校内模試があり、明日がその試験問題提出締切なのだ。
忘れていた訳ではない。
分かっていながら手をつけていなかった。
今までこの手の作業は、家に持ち帰っていたが、家には今夢月の試験問題を解く生徒が始終いるのだ。
家へのお持ち帰りはせず、勤務時間内に何とかしようと思ったものの、職員室にいると意外と作業に打ち込めない事を知る。
「夢月先生、ちょっといいですか?」
教頭が上機嫌に声をかけてきた。
パソコンに向かってまだ10分程度、今日何度目の離席だろうか。
大学受験の山場は夏、夢月の高校では夏期集中講座も開く。
校内模試を経て期末試験で苦手科目を選別、夏休みに集中して対策をとるのだ。
その準備が始まった。
空き時間にはミーティングも入ってくる。
なのに、リア充過ぎて全然集中できないっ
こんなんじゃ駄目なのにな………
教頭に呼ばれ、校長室へと通される。
「いやいや、おめでとうございます、夢月先生!」
教頭に負けない機嫌の良さで校長が椅子から立って夢月を出迎えた。
「園田さんから来ましたよ、連絡が」
戸惑う夢月に校長が告げる。
── また、忘れてた!
春香のことや、クラス会だったり、染谷悠太のこと、しかも襲われたりもして、微塵も園田の事を覚えていなかった。
「週末デートをするそうですな」
「お付き合いが始まっているのなら教えてくださればいいのに」
校長と教頭が盛り上がってしまっている。
「あのっ……」
夢月の声が届かないくらいで、仲人がどうの、式がどうのと本人そっちのけだった。
深く溜息を吐いて席に座る。
そして鐘が鳴った。
残業をするべきかどうか………
各学年に4クラス、夢月は3年生の英語IIと英文法を受け持つ。
特に今日はOCがあり、空き時間は6時限目のみ、それが終わってしまった。
先日襲われた経緯もあり、残業するとなると真崎も残るだろう。
遅い時間の帰宅となるのも、やはり避けたい。
夢月は携帯を手に取り、職員室を出た。
6時限目が終わった直後となると、校内は至る所で賑わいを見せる。
職員トイレに駆け込み、真崎にLINEを入れると、「保健室にいるから来て」と直ぐに返信が来た。
あれ以来、保健室には近寄らず、清水とは目を合わせていない。
複雑な思いを飲み込みながら保健室の戸を開ける。
腕の怪我を診て貰っている真崎と清水が一緒に夢月を見た。
「今、アルト君にも言ったんだけどさー」
夢月が戸を閉めるなり清水が声をかけてくる。
「しばらく安静にって言ったよね?」
「いーって、それは夢月に言わなくて」
「夢月先生、あのね」
「おい、コラ………」
「当分、騎乗位でね」
何の話をしているのか分からなかった夢月も、流石に分かった。
「傷が開いちゃうから」
ニヤリと清水に笑われ、夢月は耳まで顔を赤らめる。
「何ならコツを伝授するよ、ほら、ベットあるし」
「やめろ」
真崎が眉をしかめた。
昨日は確かに少し白熱してしまった。
途中まで怪我を気遣っていたのだけれど、快感に呑まれてからは記憶があやふやだ。
「それで夢月は何を慌ててんの?」
手当てを終え、ワイシャツに袖を通しながら真崎が立ち上がった。
清水に聞かれるのも何となく嫌で、夢月は真崎の手を引いてベットのカーテンの影に入る。
「それがね、校内模試の試験問題提出締切が明日でね、でも出来てないの。残業しないと」
「家は?別にカンニングしねーし」
「もし、もしね、私達の事がバレて、色々追及受けた時に、試験問題を一緒にいながら作った事実は、ないほうがいいと思うの。それに………」
夢月は染まった頬を隠すように俯き加減で髪を耳にかけた。
「真崎くんがいると、その………落ち着かなくて」
「…………は?」
「落ち着かないって、そう言うのじゃなくてっ」
どう伝えればいいのか、夢月は真っ赤になり言葉を探す。
離れていた時間の分、ただ側にいたくて。
触れられなかっただけ、触れていたくて………
どうしても求めてしまう。
「わかった、んじゃ蓮の家に行っとく」
素っ気なく真崎は言うとカーテンを出て行く。
良く顔を見なかっただけに、不安が残ったが、かと言って声をかけることもできずに夢月は佇んだ。
抱え切れない荷物を背負い、歩みが停滞したようなそんな不安感。
気持ちや欲求ばかりが膨らんで、前に進めていない。
何一つ解決できずに毎日が過ぎて行く。
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