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2話
しおりを挟むまだ年若い女性が、赤子を抱いている。その顔は悲痛に歪んでいた。彼女に寄り添う壮年の男性は、自身の辛さを押し殺しながら、女性に声をかける。
「メイリ。残念だが、この子に出た宣告は覆しようがない。その子は十八歳を迎えたとき、王族の手で斬首されることになる」
「……っ、いいえ! 何かの間違いです! 神殿へ不服を訴えてきます!」
「待ちなさい。気持ちは分かるが、宣告を否定などしたらお前だけでなく、一族もろとも未来がない」
「っ……、しかし」
「お前の妹も、幼い子がいるのは分かっていよう。不幸な一生を送らせる気か」
「一族を巻き込む気はありません! 私にとってこの子は、やっと来てくれた、宝なんです。私にとっての唯一なんです!」
「……ああ。お前の気持ちは痛いほどわかっている」
「でしたら! お父様、どうか、この子が助かる道を……私だけでは力不足です。お父様のお力添えがなくては」
「……宣告を変えることは不可能だ。だが、牢に入れられ死を待つだけの処遇に、慈悲を乞うことはできる。違う世界に身魂を飛ばし、一時の安寧を与えることならば、あるいは」
「違う世界へ……? 一緒に、生きることはできないのですか」
「難しいだろう。身内と暮らせば逃亡を企むと思われるのは必然。まして我々は、国内でも有数の魔力を誇る。この子が力を得ないように、引き離されるのは目に見えている」
女性――メイリは、耐えきれずに大粒の涙を零した。
「私にできるのはそれまでだ……すまない、メイリ」
「……いえ、十分です。ありがとう、お父様……」
また、場面が変わる。先程より一層やつれた姿となったメイリは、ゆりかごに揺られる赤子に、優しく話しかける。部屋にはメイリと、赤子の二人きり。
「あなたはこの国を滅ぼす『破滅の子』だと、告げが出ました。お父様の計らいで、成長するまでこことは別の世界での安寧な暮らしを保証されます。ただ、十七になったらこの世に呼び戻される。そして、一年後、王族があなたを手にかける……」
不穏な話に関わらず、赤子は母の声にきゃらきゃらと微笑んでいる。メイリはキッと目に力を入れた。
「いい? 私は今から、あなたに魔力を授けるわ。これは秘匿にされている、禁制魔術――逆廻。私がこれを扱えることは、私以外に知る者はいない。窮地に陥ったとき、時を戻せる力です。強大な力よ。うまく使って、生き延びて。そして、幸せを掴み取りなさい」
ブウウウン――鈍いモーターのような音が空気を震わせた。メイリの手から発せられた緑の光がどんどん大きくなって、赤子を包んでいく。
「ぐっ、……」
メイリは許容以上の魔力を使い、荒い息が上がっている。それでも力を使うことを止めず、全てを我が子へ注いでいく。やがて魔力を出し切り、緑の光が赤子の体内へ吸い込まれて消える。メイリはがくっと膝をついて胸を抑えた。
「っ……、はぁ……はぁっ、これで、大丈夫……」
荒い息を整え、赤子を抱き上げた。まろい頬を愛おしげに撫でると、赤子は嬉しそうに笑った。
「この力は、強力だけど完全ではない。まず、あなたが深手を負ってからでは使えない。魔力が流れ出てしまうから。傷を負う前に使って。そして、いつの時点に時を戻せるかは決められないし、戻せる回数には限りがある……今私が注いだ魔力が切れたら、もう、時は戻せない。魔力の残りは感覚で分かるはず。魔力がなくなるまでに、生き残る道を見つけるのよ」
赤子は母の指にじゃれつき、遊びだした。メイリは愛おしさが胸を突き抜け、強く赤子を抱きしめた。
「きっと辛い想いをいっぱいするわ……危ない目にあって、悲しいことも、たくさん……っ、ごめん、ごめんねっ……!」
メイリはついに膝を折って、しゃくりあげだす。赤子は不思議そうに母を見つめた。
「もっと……、もっと一緒にいたかった! 成長を見たかった! あなたをこの手で守りたかった……! なんで、なんで私の子がっ、こんな……!」
メイリは無力感に打ちひしがれる。娘と二人、時間稼ぎをする道は、あったかもしれない。でも、父が言っていたように、それをすれば親兄妹、一族の身の安全の保証はない。
メイリは、家族想いの、ごく普通の感性を持った、人の良い女性だった。娘のために、周りの者全てを見殺しにする覚悟をもてなかった。
「私は魔力を使い果たしたから、そう長くは生きられない。あなたが戻ってきたとき、私はもういない……。いい? 国の人間はみな敵と思いなさい。外に逃げるのよ」
胸元に納まる暖かさとの別れが、すぐそこまで迫っている。
「弱いお母さんでごめんね。あなたに名前をつけることは赦されなかった。口に出すことはできないけど、こっそり教えるね」
玲奈は壊れ物に触れるように、優しく優しく、赤子と額を合わせると、目を瞑って、それを念じた。
『あなたの名前は、レナ。私の宝物。――どうか、生き抜いて』
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