27 / 91
27話
しおりを挟む
と、意気込んで数時間。
「だ、駄目だ……私に魔術は使えないんだ……」
「……今日はここまでにするか」
スパルタと予想していたヤザンが、哀れみの表情を浮かべているようにみえる。
「私、センスないですか」
「いや……魔力の取り込みが一日で出来ないものも普通にいる。が、お前の親は導士だからな……ここまではすぐできると思っていた」
(うっ……)
人の期待を下回るというのは、何といたたまれず、しんどいことだろうか。玲奈はがっくりと落ち込んだ。
「夕食にするぞ。続きはまた明日だ」
「はあい……」
しかし、次の日も、その次の日も、魔力の取り込みはうまく行かなかった。
「全然駄目だぁ……」
「少し休むか」
「はぃぃ……はぁ……、何も考えないってこんなに難しいの」
「……恐らくだが、お前は今かなり不安定な状態におかれてる。精神に影響を及ぼしていてもおかしくない」
確かに、怖いこと、不安なことは山のようにある。見通しもつかない。それが妨げになっているのだろうか。でも、こんな状況で、そういった心のもやもやを全てを忘れろというのも、難しい話だ。
「……お前」
「はい?」
「いや、レナ」
「えっ、はい」
ヤザンに改まって名前を呼ばれると、背筋がピンと伸びた。少し緊張して応えると、ヤザンはいつになく神妙な面持ちで、玲奈にある提案をした。
ヤザンに椅子を勧められ、二人で向き合った。
「レナ」
「な、なんでしょう」
「魔石を使うには、精神の保ち方は極めて重要だ」
「身に沁みてるとこです」
「だからこれは提案だが、俺に心の内を話してみないか」
「心の内?」
「思ってることが沢山あるだろう。人に話すだけで懸念が減って、一人で考えてるより状況が好転することは案外ある」
(悩みを話してみないかって? ヤザンさんが……?)
玲奈とヤザンの親密度は当初から殆ど変わらないまま、今日を迎えていた。玲奈がビクついてるからでもあるし、ヤザンが厳格な姿勢を崩さないからでもあった。そのヤザンからこの提案を受けるとは、思いがけなかった。
「……俺が役不足なら、サディ様にお時間を」
「いえ! あの……聞いてもらえますか、私の話」
「……ああ」
きっと、これはヤザンからの歩み寄りだ。玲奈が、応えるべきものだ。
「一番心を惑わせていることは何だ。恐怖か」
「それは勿論、あります。命を追われてる緊張感はいつも」
「ここが安全とは思えないのか」
「外をずっと逃げていた時を思えば、安心感は全然違いますけど……でも、完全には」
「……きっと、それは俺を信じられていないからだろうな」
「えっ……」
「ここでお前を守るのが俺の役目だ。だが、そこに信頼を置ききれてない。無理もない。俺の態度は頑なだった」
「……それは、私も同じなので」
気まずさに俯くと、「顔上げろ」と低い声が言う。
「俺は俺自身のことを何も開示していない。馴れ合うつもりはなかったからだ。だが、それで信頼関係を築こうとは土台無理な話だ」
「……」
何と答えていいかわからず、とりあえず頷いた。
「いきなりどうにかなるものでもないことは分かってる。が、何もせずに得られるものでも無い。お前は……何をそんなに怯えてる?」
「…………」
「最初は俺の面が怖いのだと思っていたが、それにしては過剰だ」
「私……私が怖いのは……」
ヤザンの刺すような視線は、誤魔化しを逃がしてくれなさそうだった。きっと、会ってから数日経って、ずっと疑問に思ってきたことを、尋ねる時は今だろう。
玲奈は、ヤザンの瞳をしっかりと見た。
「……私を信頼してないのは、あなたの方ではないですか」
「……なるほどな」
ヤザンは驚きは見せなかった。
「私を見る目に……いつも、警護とは違った、監視の色を感じます。それがヤザンさんへの、恐怖の意識が抜けない理由です」
「フン……俺が未熟だったというだけの話か。気づかれないだろうと踏んで、お前を侮っていた」
「……私が、破滅の子であることへの警戒ですか」
「いや? 俺は神殿の言うことには常々、疑念を抱いてる身だ。お前一人で国をどうこうできるとも思えん」
「そうなんですか? じゃあなんで」
ヤザンは、玲奈を監視していたということをこれ以上隠す意思はないようだ。彼の顔は、焦りも隠し立ての色も見せず、凪いでいた。
「俺の使命はサディ様を守ることだ」
「はい」
「サディ様はお前を利用し、国を滅ぼそうとしている。その過程で、そう遠くない内に、お前はサディ様へ失望する日が来る……。俺はそうみている」
「失望……? どうして」
「お前がサディ様へ失意の念を覚え、恨み、復讐したいと思ったら、どうなる。サディ様に匿われていたと証言すれば、あの方は牢獄行き。かなり危ない橋を渡ってる」
「……」
「だから、監視していた。お前がサディ様を裏切る日が来るのではないかと恐れて。信頼に足る者か、見極めようと……信頼しろと言いながら、俺こそがお前に不信感を抱いてる。お前の言うことは正しい」
何故、サディに失望すると思うのか。その疑問は躱され、応えてくれる気配はない。それはそうだ。ヤザンがサディに不利なことは言わないだろう。それでも、この先、サディに失望するかもしれないと、玲奈に警告をした。
「なんで、その警告を私に?」
「期待するから失望するんだ。レナ、あの方へ全てを委ねるのは危険だと、肝に銘じておけ」
(……そうか。本当にサディのためを思ってるから)
「だ、駄目だ……私に魔術は使えないんだ……」
「……今日はここまでにするか」
スパルタと予想していたヤザンが、哀れみの表情を浮かべているようにみえる。
「私、センスないですか」
「いや……魔力の取り込みが一日で出来ないものも普通にいる。が、お前の親は導士だからな……ここまではすぐできると思っていた」
(うっ……)
人の期待を下回るというのは、何といたたまれず、しんどいことだろうか。玲奈はがっくりと落ち込んだ。
「夕食にするぞ。続きはまた明日だ」
「はあい……」
しかし、次の日も、その次の日も、魔力の取り込みはうまく行かなかった。
「全然駄目だぁ……」
「少し休むか」
「はぃぃ……はぁ……、何も考えないってこんなに難しいの」
「……恐らくだが、お前は今かなり不安定な状態におかれてる。精神に影響を及ぼしていてもおかしくない」
確かに、怖いこと、不安なことは山のようにある。見通しもつかない。それが妨げになっているのだろうか。でも、こんな状況で、そういった心のもやもやを全てを忘れろというのも、難しい話だ。
「……お前」
「はい?」
「いや、レナ」
「えっ、はい」
ヤザンに改まって名前を呼ばれると、背筋がピンと伸びた。少し緊張して応えると、ヤザンはいつになく神妙な面持ちで、玲奈にある提案をした。
ヤザンに椅子を勧められ、二人で向き合った。
「レナ」
「な、なんでしょう」
「魔石を使うには、精神の保ち方は極めて重要だ」
「身に沁みてるとこです」
「だからこれは提案だが、俺に心の内を話してみないか」
「心の内?」
「思ってることが沢山あるだろう。人に話すだけで懸念が減って、一人で考えてるより状況が好転することは案外ある」
(悩みを話してみないかって? ヤザンさんが……?)
玲奈とヤザンの親密度は当初から殆ど変わらないまま、今日を迎えていた。玲奈がビクついてるからでもあるし、ヤザンが厳格な姿勢を崩さないからでもあった。そのヤザンからこの提案を受けるとは、思いがけなかった。
「……俺が役不足なら、サディ様にお時間を」
「いえ! あの……聞いてもらえますか、私の話」
「……ああ」
きっと、これはヤザンからの歩み寄りだ。玲奈が、応えるべきものだ。
「一番心を惑わせていることは何だ。恐怖か」
「それは勿論、あります。命を追われてる緊張感はいつも」
「ここが安全とは思えないのか」
「外をずっと逃げていた時を思えば、安心感は全然違いますけど……でも、完全には」
「……きっと、それは俺を信じられていないからだろうな」
「えっ……」
「ここでお前を守るのが俺の役目だ。だが、そこに信頼を置ききれてない。無理もない。俺の態度は頑なだった」
「……それは、私も同じなので」
気まずさに俯くと、「顔上げろ」と低い声が言う。
「俺は俺自身のことを何も開示していない。馴れ合うつもりはなかったからだ。だが、それで信頼関係を築こうとは土台無理な話だ」
「……」
何と答えていいかわからず、とりあえず頷いた。
「いきなりどうにかなるものでもないことは分かってる。が、何もせずに得られるものでも無い。お前は……何をそんなに怯えてる?」
「…………」
「最初は俺の面が怖いのだと思っていたが、それにしては過剰だ」
「私……私が怖いのは……」
ヤザンの刺すような視線は、誤魔化しを逃がしてくれなさそうだった。きっと、会ってから数日経って、ずっと疑問に思ってきたことを、尋ねる時は今だろう。
玲奈は、ヤザンの瞳をしっかりと見た。
「……私を信頼してないのは、あなたの方ではないですか」
「……なるほどな」
ヤザンは驚きは見せなかった。
「私を見る目に……いつも、警護とは違った、監視の色を感じます。それがヤザンさんへの、恐怖の意識が抜けない理由です」
「フン……俺が未熟だったというだけの話か。気づかれないだろうと踏んで、お前を侮っていた」
「……私が、破滅の子であることへの警戒ですか」
「いや? 俺は神殿の言うことには常々、疑念を抱いてる身だ。お前一人で国をどうこうできるとも思えん」
「そうなんですか? じゃあなんで」
ヤザンは、玲奈を監視していたということをこれ以上隠す意思はないようだ。彼の顔は、焦りも隠し立ての色も見せず、凪いでいた。
「俺の使命はサディ様を守ることだ」
「はい」
「サディ様はお前を利用し、国を滅ぼそうとしている。その過程で、そう遠くない内に、お前はサディ様へ失望する日が来る……。俺はそうみている」
「失望……? どうして」
「お前がサディ様へ失意の念を覚え、恨み、復讐したいと思ったら、どうなる。サディ様に匿われていたと証言すれば、あの方は牢獄行き。かなり危ない橋を渡ってる」
「……」
「だから、監視していた。お前がサディ様を裏切る日が来るのではないかと恐れて。信頼に足る者か、見極めようと……信頼しろと言いながら、俺こそがお前に不信感を抱いてる。お前の言うことは正しい」
何故、サディに失望すると思うのか。その疑問は躱され、応えてくれる気配はない。それはそうだ。ヤザンがサディに不利なことは言わないだろう。それでも、この先、サディに失望するかもしれないと、玲奈に警告をした。
「なんで、その警告を私に?」
「期待するから失望するんだ。レナ、あの方へ全てを委ねるのは危険だと、肝に銘じておけ」
(……そうか。本当にサディのためを思ってるから)
0
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』
放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。
「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」
身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。
冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。
「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」
得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。
これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。
國樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。
声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。
愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。
古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。
よくある感じのざまぁ物語です。
ふんわり設定。ゆるーくお読みください。
莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ
翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL
十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。
高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。
そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。
要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。
曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。
その額なんと、50億円。
あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。
だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。
だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる