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51話
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「あっ、ナシュカ!」
「…………」
少し疲れた表情のナシュカが現れたのは、すぐだった。トキは川に食糧探しに行ったと伝えると、辺りを見てくると、トキとは逆の方向へ歩いて行ってしまった。
そこから、また二十分程経っただろうか。ぐったりとした姿でリュウが出てきた。
「……大丈夫?」
「……、待たせたか」
「ううん、それは全然いいんだけど」
「……」
「木の実食べてちょっと休もうよ。ほら、リュウ」
「……ン」
大人しく受け取るリュウは、ぼうっとしており、心此処にあらずといった風だ。座り込むリュウに、戻ってきたトキとナシュカが合流する。
「この辺りを歩いてみたが、森が暫く続いてるようだ」
「私の方も同じ。上から見えないかと木のてっぺんまで登ってみたけど、当面森しか見えなかった」
「歩くしかないな」
「そうね……リュウ、もう少し休む?」
「いや、もう大丈夫だ。悪い」
申告通り、顔色は出てきた直後よりは、随分良くなっていた。
「何があるか分からない以上、のんびり行くわけにもいかないからね。進むしかない」
「ああ。左の道はでかい川がある。渡れないほどじゃないが、右から行くのが無難だ」
トキに頷き、一行は歩みを進め出す。最初の迷路と同じような図だが、寒くないだけで全く心の持ちようが違う。
「暑い方がマシだな」
「このくらいならね。もっと灼熱になると話は別……」
日本の、ここ数年の息が詰まるような猛暑を思い出し、呟いた。
「お前、んな暑い国から来たのか」
「あー……っと、うん。そう」
トキ以外に、玲奈の境遇は知られてないのだった。
「じゃあ俺と一緒か」
「え?」
「俺もスラジの出じゃねえから」
「そうなの!?」
リュウの告白に目を丸くするが、他の二人は驚かなかったようだ。
「だろうな、スラジの名の響きじゃない」
「その腕貫もね」
言われて、リュウが二の腕から肘にかけてつけている、黒いアームカバーを見る。
「胡でよく着けられてるものよね」
「……ああ」
「へー! リュウは胡王国の出身なんだ!」
「……ンで嬉しそうなんだ」
「えっ、仲間だなって。外国人仲間!」
「……」
リュウはうげ、と嫌そうな顔をした。
「なぜ胡からスラジに来たの? それに、胡の出身者なら迷宮を使わなくても帰れるでしょ」
「色々あんだよ」
「あら、残念。ちょっと気になったのに」
ナシュカは言葉の割りに、そんなに興味を持っているようには見えなかった。
(リュウも何か事情があるんだ)
リュウへのシンパシーが強まっていく。隣を歩くリュウは、視線を感じたのか「前見ろ」と玲奈の肩を軽く叩いた。視線を戻すと、興味の対象は別の相手に向かった。
「ナシュカはなんで迷宮に?」
「今の苦しい生活から逃げ出すためよ」
(そっか、胡は登用制度があるって言ってたっけ)
サディに教わったことを思い出す。スラジでは産まれた時点の身分から職業や生活を変えることは難しいのだ。そして、徴税の負担は年々重くなっている。
「レナは何かしらの追っ手から逃げるためなんでしょ。トキは?」
「俺もお前と同じだ。スラジじゃ俺に未来はないから」
「全くね」
(……二人も、家族は)
トキは既に亡くしているといっていた。一人、国外へ行こうとした時点で、ナシュカとリュウも似たような境遇の可能性がある。存命でも、良好な関係を築いてるとは思いにくい。気になったが、それは気軽に聞ける話ではなかった。
(私も聞かれたら困るし)
そういう意味では皆、似た者同士だった。
* * *
三十分ほど歩いただろうか。一向に景色の変わらない森の中をザクザク行く中、リュウが足を止めた。斜め上を仰ぎ、辺りを見回す。
「リュウ?」
「……ここ」
「どうしたの?」
「さっきも通った道だ」
「え?」
「なに、何かあったの」
前を歩いていたナシュカとトキも戻ってきた。
「通ったって……」
「……間違いねぇ。俺たち同じとこ歩いてるぞ」
「同じとこ?」
「そんな筈ない。太陽の方角へ、ほとんど真っすぐ向かって歩いてた。途中で曲がってもない」
トキが反論するも、リュウは首を振った。
「太陽の角度、木の配置、地面の盛り上がり。全部記憶と一致してる」
「そんな事が分かるの?」
「まあ……特技っつうのか? 一度見たことは覚えてる」
「待って、太陽の角度も同じってことは、時間も止まってるってこと」
「そうだ。俺らは術中にハマってる」
「……俄には信じ難い。証明できるのか」
先導していたトキはしかめっ面だ。確かに、目に映る景色はずっと同じようなものだったし、リュウが言うだけでは確信は持てないのも分かるので、一つ提案する。
「誰かが待ってて、もう一度同じ時間だけ歩いてみる? それで合流したら、リュウの言う通り」
「うん、いいと思う。迷宮ならあり得ることだけど、全員が確信を持てた方がいいわ。トキとリュウで行ってきて」
「分かった。同じ歩数歩いて、違う所に着くようなら戻ってくる」
トキは大人しく頷き歩き出す。リュウも付いていった。
「私たちは休憩してましょ」
「うん……いいのかな、行かせちゃって」
「私は大丈夫だけど、あなた結構疲れてるんじゃない?」
「……」
(バレてる)
玲奈の足はパンパンだった。躯術を使い強化してたとはいえ、昨夜一晩走り通し、続けて歩きっぱなしなので無理もない。だが、ただでさえ魔術が一番使えないのに足手まといになりたくなくて、黙ってたのだ。
「ごめん、ありがとうナシュカ」
「ううん。私、テクの実がないか少し探してくるよ」
「いや、そこまでしてもらったら悪いし」
「レナのためだけじゃないから。大人しく休んでな」
「……うん」
(気遣わせちゃった)
ナシュカは優しくて、頼りがいがある。実力も人柄も良くて、おまけに見た目も優れている。悩みなどないような彼女は、それでも環境を変えたいと、迷宮にやって来た。
その向上心も、人としての在り方も何もかも、玲奈よりずっと高いところにあるように思えた。
「…………」
少し疲れた表情のナシュカが現れたのは、すぐだった。トキは川に食糧探しに行ったと伝えると、辺りを見てくると、トキとは逆の方向へ歩いて行ってしまった。
そこから、また二十分程経っただろうか。ぐったりとした姿でリュウが出てきた。
「……大丈夫?」
「……、待たせたか」
「ううん、それは全然いいんだけど」
「……」
「木の実食べてちょっと休もうよ。ほら、リュウ」
「……ン」
大人しく受け取るリュウは、ぼうっとしており、心此処にあらずといった風だ。座り込むリュウに、戻ってきたトキとナシュカが合流する。
「この辺りを歩いてみたが、森が暫く続いてるようだ」
「私の方も同じ。上から見えないかと木のてっぺんまで登ってみたけど、当面森しか見えなかった」
「歩くしかないな」
「そうね……リュウ、もう少し休む?」
「いや、もう大丈夫だ。悪い」
申告通り、顔色は出てきた直後よりは、随分良くなっていた。
「何があるか分からない以上、のんびり行くわけにもいかないからね。進むしかない」
「ああ。左の道はでかい川がある。渡れないほどじゃないが、右から行くのが無難だ」
トキに頷き、一行は歩みを進め出す。最初の迷路と同じような図だが、寒くないだけで全く心の持ちようが違う。
「暑い方がマシだな」
「このくらいならね。もっと灼熱になると話は別……」
日本の、ここ数年の息が詰まるような猛暑を思い出し、呟いた。
「お前、んな暑い国から来たのか」
「あー……っと、うん。そう」
トキ以外に、玲奈の境遇は知られてないのだった。
「じゃあ俺と一緒か」
「え?」
「俺もスラジの出じゃねえから」
「そうなの!?」
リュウの告白に目を丸くするが、他の二人は驚かなかったようだ。
「だろうな、スラジの名の響きじゃない」
「その腕貫もね」
言われて、リュウが二の腕から肘にかけてつけている、黒いアームカバーを見る。
「胡でよく着けられてるものよね」
「……ああ」
「へー! リュウは胡王国の出身なんだ!」
「……ンで嬉しそうなんだ」
「えっ、仲間だなって。外国人仲間!」
「……」
リュウはうげ、と嫌そうな顔をした。
「なぜ胡からスラジに来たの? それに、胡の出身者なら迷宮を使わなくても帰れるでしょ」
「色々あんだよ」
「あら、残念。ちょっと気になったのに」
ナシュカは言葉の割りに、そんなに興味を持っているようには見えなかった。
(リュウも何か事情があるんだ)
リュウへのシンパシーが強まっていく。隣を歩くリュウは、視線を感じたのか「前見ろ」と玲奈の肩を軽く叩いた。視線を戻すと、興味の対象は別の相手に向かった。
「ナシュカはなんで迷宮に?」
「今の苦しい生活から逃げ出すためよ」
(そっか、胡は登用制度があるって言ってたっけ)
サディに教わったことを思い出す。スラジでは産まれた時点の身分から職業や生活を変えることは難しいのだ。そして、徴税の負担は年々重くなっている。
「レナは何かしらの追っ手から逃げるためなんでしょ。トキは?」
「俺もお前と同じだ。スラジじゃ俺に未来はないから」
「全くね」
(……二人も、家族は)
トキは既に亡くしているといっていた。一人、国外へ行こうとした時点で、ナシュカとリュウも似たような境遇の可能性がある。存命でも、良好な関係を築いてるとは思いにくい。気になったが、それは気軽に聞ける話ではなかった。
(私も聞かれたら困るし)
そういう意味では皆、似た者同士だった。
* * *
三十分ほど歩いただろうか。一向に景色の変わらない森の中をザクザク行く中、リュウが足を止めた。斜め上を仰ぎ、辺りを見回す。
「リュウ?」
「……ここ」
「どうしたの?」
「さっきも通った道だ」
「え?」
「なに、何かあったの」
前を歩いていたナシュカとトキも戻ってきた。
「通ったって……」
「……間違いねぇ。俺たち同じとこ歩いてるぞ」
「同じとこ?」
「そんな筈ない。太陽の方角へ、ほとんど真っすぐ向かって歩いてた。途中で曲がってもない」
トキが反論するも、リュウは首を振った。
「太陽の角度、木の配置、地面の盛り上がり。全部記憶と一致してる」
「そんな事が分かるの?」
「まあ……特技っつうのか? 一度見たことは覚えてる」
「待って、太陽の角度も同じってことは、時間も止まってるってこと」
「そうだ。俺らは術中にハマってる」
「……俄には信じ難い。証明できるのか」
先導していたトキはしかめっ面だ。確かに、目に映る景色はずっと同じようなものだったし、リュウが言うだけでは確信は持てないのも分かるので、一つ提案する。
「誰かが待ってて、もう一度同じ時間だけ歩いてみる? それで合流したら、リュウの言う通り」
「うん、いいと思う。迷宮ならあり得ることだけど、全員が確信を持てた方がいいわ。トキとリュウで行ってきて」
「分かった。同じ歩数歩いて、違う所に着くようなら戻ってくる」
トキは大人しく頷き歩き出す。リュウも付いていった。
「私たちは休憩してましょ」
「うん……いいのかな、行かせちゃって」
「私は大丈夫だけど、あなた結構疲れてるんじゃない?」
「……」
(バレてる)
玲奈の足はパンパンだった。躯術を使い強化してたとはいえ、昨夜一晩走り通し、続けて歩きっぱなしなので無理もない。だが、ただでさえ魔術が一番使えないのに足手まといになりたくなくて、黙ってたのだ。
「ごめん、ありがとうナシュカ」
「ううん。私、テクの実がないか少し探してくるよ」
「いや、そこまでしてもらったら悪いし」
「レナのためだけじゃないから。大人しく休んでな」
「……うん」
(気遣わせちゃった)
ナシュカは優しくて、頼りがいがある。実力も人柄も良くて、おまけに見た目も優れている。悩みなどないような彼女は、それでも環境を変えたいと、迷宮にやって来た。
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