シャルナーク戦記~勇者は政治家になりました~

葵刹那

文字の大きさ
31 / 68
第二章 ナミュール城主編

第6話 戦犯

しおりを挟む
 オンフルール城を出たマクナイト率いる一軍は、ポルニック城を目指していた。ここを落とせばこの遠征の目的は完遂される。それを考えると、兵たちの士気が上がるのも当然のことであった。

 攻略にあたりマクナイトは一つの策を用意していた。ニーズホッグが逃がした捕虜に紛れて潜入しているのである。いざとなれば、ニーズホッグが中から手引きしてくれる手筈だ。

 しかし、ポルニック城を間近にしてマクナイトが目にしたのは意外な光景だった。城壁に高々と白旗が掲げられていたのである。城門は開かれており、城壁の上でニーズホッグが手を振っている。

「マクナイト殿・・・これは一体」

「さあな。ニーズホッグがなにかしたんじゃないか?よし、そこの伝令兵、ジェレミーに城内へ進むよう連絡してくれ」

「はっ」

 伝令兵がジェレミーのもとに向かう。それから間もなくジェレミー率いる部隊がポルニック城へ入城し、安全であることが確認された。マクナイトも軍を進めポルニック城に入る。この瞬間、ベオルグ公国の領地は完全にサミュエル連邦の支配下となった。事実上の滅亡からサミュエル連邦の併合まであっという間であった。

「ニーズホッグ、詳しい経緯を教えてくれるか」

 城内に入ったマクナイトは、ニーズホッグに詳しい事情を聴いた。ニーズホッグが言うには、ポルニック城の城主は厭戦思想の持ち主らしい。そのため、端からマクナイトと事を構える気がなかったという。それを知ったニーズホッグがマクナイトの側近であることを名乗り出て、話をまとめたというわけだ。

「というわけですので、命と領地の保証を殿のお名前でしていただきたいです」

「俺に領地の保証はできないが、政府への書面なら書こう」

 ニーズホッグの隣にいた見るからに小物の男がぺこぺこ頭を下げている。マクナイトは領地の保証をお願いしたいという書面を作成し、その男に渡す。彼は内容を確認すると満足しているようであった。

 ニーズホッグは厭戦思想と言っていたが、単に保身しか考えていないのだろう。あまりにもお粗末な遠征の終わりに苦笑いをせずにはいられなかった。とはいえ、どんな終わり方でも終わったことには変わりない。共に戦ってきた兵士たちの許へ赴いたマクナイトは最後の挨拶をおこなうのであった。

「よし、これで今回の遠征は終わりだ。みんなご苦労!」

「「「おーーーー!」」」

「俺たちの故郷に戻るぞ!」

「「「おーーーー!」」」

ーーーーー

 ポルニック城を後にし、もうまもなくミスリアに着こうとしていた時である。前方から馬に乗った男が駆けてくる。

「アニスじゃねえか」

 アニスはマクナイトの師であるイリスの息子だ。現在は少佐として軍に所属している。

「マクナイト、大変だ!今すぐここから離れろ」

 アニスの血相を変えた様子に、マクナイトの顔が引き締まる。ミスリアで何かが起こっていると見て間違いない。そう確信した。

「一体何があったって言うんだ」

「落ち着いて聞いてくれ、君が戦犯として裁かれることになった」

「「「!?」」」

 マクナイトとその部下たちに衝撃が走る。褒賞を貰えることがあっても戦犯になることはありえない。何かの間違いではないか。この場にいる全員がそう思った。

「俺が戦犯になる理由はなんだ」

「君がパトリシア城で民間人を含む全員を虐殺したことが理由らしい」

「俺がパトリシアで民間人を虐殺!?おいおい、悪い冗談ならよしてくれ」

 マクナイトはあまりにも突拍子もない言葉に、思わずそう言い返す。それに対してアニスは、ムッとした顔で冗談じゃないと告げる。

「ブロワ城とパトリシア城で大量虐殺した殺人鬼という評価で、新聞も盛大にマクナイトを叩く論評になっている」

 オンフルール城で敵がわけのわからないことを言っていたのはこういうことか。それを思い出し、腸が煮えくり返る想いに駆られる。そもそも、まだミスリアへ戻ってもいないのに、なぜこのことをミスリアにいる奴らが知っているんだ。

「ふざけるなっ!俺はやっていない!」

 マクナイトは激高する。

「残念だけどマクナイト、誰もそれを証明してくれないんだ。君が好き好んで民間人を殺したと世間も上層部も評価している。そんな人間を国の要職に置いておくことはできないのだそうだ」

 先ほどまで怒りを前面に出していたマクナイトは、一転して苦虫を嚙み潰したような顔をする。手を強く握り、身体は小刻みに揺れていた。

「・・・俺がミスリアへ戻ったらどうなる」

「よくて謹慎だろう・・・。なあマクナイト、君は逃げたほうがいい。君の家族はニクティス様が内々に匿ってくれているから安全は保障されている」

 家族は前総統であるニクティスが面倒を見てくれているらしい。その言葉でマクナイトはいくらか冷静になる。

「だが、逃げろって言ってもどこへ行けばいいんだ」

「どこでもいい、とにかく君がこの国に居ないことが重要なんだ。もし残ったら、それこそ難癖付けられて殺されてしまうよ」

 シリウスの顔が浮かぶ。道中気を付けてとはこう言うことだったのか!?そもそも虐殺で更迭なんて聞いたこともない。

「・・・ちきしょう。覚えてろよシリウス!」

(俺がこの任務を失敗したらそれを理由に更迭、成功したら虐殺の汚名を着せて更迭、どっちにしても更迭される未来だったっていうのかよ)

「マクナイト・・・言いたくないが、君は権力争いに巻き込まれてしまったんだ・・・僕も軍を去ることにするよ」

「ソレルはなんて言ってるんだ!」

 ソレルとは、マクナイトの上司であり現元帥である。

「元帥閣下も総統閣下と同じ意見で・・・危険思想の持ち主は必要ないそうだ」

「はは、ははははははは・・・上等じゃねえか。こんな国出ていってやる」

 数年間共に戦ってきたソレルもシリウスの犬に成り下がっていたようだ。やけくそである。

「マクナイト様、私も共に」

「・・・同じく」

「ああ、殿についていくぜ」

「それがしの主はマクナイト殿一人です」

 部下たちも亡命に賛成している。亡命と言ってもどこの国へ向かえばいいのだろう。ベオルグ公国の滅んだいま、シャルナーク王国、ツイハーク王国、ウェスタディア帝国の3国が選択肢としてあげられる。ここから一番近いのはシャルナーク王国で、その次にツイハーク王国である。

「マクナイト、とにかく逃げるんだ。いいね? 僕はそろそろ怪しまれるから戻ることにする。無事を祈っている」

 アニスは名残惜しいにそう告げる。マクナイトはその気持ちを十分に受け取っていた。

「わざわざすまない。感謝する」

「お互い気をつけよう。それじゃ、また会える日を」

 そう言い残したアニスは、再びミスリアへと戻っていった。

「殿、グズグズしていると追っ手が来るかもしれませんぜ」

「ああ、わかっている。ひとまず軍を先にミスリアへ向かわせよう。それで少しは時間稼ぎになるはずだ。ダフネ、ジェレミーの二人は持てるだけの兵糧を準備しておけ」

「かしこまりました」

「承知」

 マクナイトは軍の副官にミスリアへ向かうように指示した。シリウスたちは俺が率いていると思っているだろうから、露見するまでの時間稼ぎになる。

「ここから近いのはシャルナーク王国とツイハーク王国だが、どっちがいい?」

 マクナイトは腹心たちに意見を求め、ベルクートが真っ先に声を上げた。

「殿、それがしが具申いたす」

「ああ」

「それがしはツイハーク王国へ向かうべきと考えます」

 ベルクートは最も近いシャルナーク王国ではなくツイハーク王国へ向かうべきと考えていた。

「詳しく聞こう」

「ツイハーク王国の女王アスタリアは心優しき方と聞いております。また、ツイハーク王国には軍を率いて他国と渡り合えるような将はおりませぬ。必ずや殿を重宝することでしょう」

 シャルナーク王国は最短距離だが、最短であるだけにシリウスたちも真っ先に逃亡先として思い浮かべることだろう。それを考えるとツイハーク王国は良い選択肢かもしれない。

「マクナイト様、兵糧を確保して参りました」

 ダフネとジェレミーが軍の兵糧の一部をもらってきた。

「よし、俺たちはツイハーク王国へ向かう。休むことなく進むけどいいな?」

 4人を見回すと、それぞれ力強く頷く。マクナイトたちは、来た道を引き返すようにツイハーク王国の王都ツイハークを目指すことになった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

「元」面倒くさがりの異世界無双

空里
ファンタジー
死んでもっと努力すればと後悔していた俺は妖精みたいなやつに転生させられた。話しているうちに名前を忘れてしまったことに気付き、その妖精みたいなやつに名付けられた。 「カイ=マールス」と。 よく分からないまま取りあえず強くなれとのことで訓練を始めるのだった。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

蔑ろにされましたが実は聖女でした ー できない、やめておけ、あなたには無理という言葉は全て覆させていただきます! ー

みーしゃ
ファンタジー
生まれつきMPが1しかないカテリーナは、義母や義妹たちからイジメられ、ないがしろにされた生活を送っていた。しかし、本をきっかけに女神への信仰と勉強を始め、イケメンで優秀な兄の力も借りて、宮廷大学への入学を目指す。 魔法が使えなくても、何かできる事はあるはず。 人生を変え、自分にできることを探すため、カテリーナの挑戦が始まる。 そして、カテリーナの行動により、周囲の認識は彼女を聖女へと変えていくのだった。 物語は、後期ビザンツ帝国時代に似た、魔物や魔法が存在する異世界です。だんだんと逆ハーレムな展開になっていきます。

処理中です...