シャルナーク戦記~勇者は政治家になりました~

葵刹那

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第三章 富国編

第2話 リブル川

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 サミュエル連邦の首都ミスリアを出発した新元帥モーリスは、ウェスタディア帝国の国境に位置するプレストン城の救援に向かった。

ーーーーー

「間に合いませんでしたか」

「20万を相手にしてるんだから仕方ねえだろうさ。あたしが仇を取ってやるよ」

 モーリスの呟きにリエラが反応する。彼らの目線の先にあるプレストン城は煙をあげていた。モーリスたちの進軍も空しくプレストン城に籠る2万の兵は、全滅していた。だが、煙をあげているということは、20万のウェスタディア帝国軍を相手に、モーリス率いる援軍が到着する間際まで善戦していたことを意味する。

「リエラ大将、血気に逸ってはなりません。ここは冷静に当たりましょう」

 リエラはティアネスを討ち取った功で、モーリスの元帥就任に併せて中将から大将に昇格している。

「けっ、あんたはいつもそればっかり。まっ、勝つなら構わないけどさ」

 ウェスタディア帝国軍は、プレストン城の戦いで数を減らしているが20万もの兵力から見れば多少の損害は許容範囲である。

「リブル川の手前に布陣します」

 モーリスはプレストン城の煙をまっすぐ見つめながら命令を下す。

「敵が川を渡ってきたとこを叩こうってわけかい」

「その通りです」

 プレストン城から少し離れたところにリブル川があり、ウェスタディア帝国軍がサミュエル連邦へ攻め込むにはリブル川を超えなければならない。

「行くぞおまえら!」

「「「おおぉぉー!」」」

 リエラの声で一斉に部隊が動き出す。プレストン城を遠目に見ながら、サミュエル軍は指定地点に布陣した。

ーーーーー

「ミネバ公爵、この度の戦勝、おめでとうございます」

「恐れ入りますわ」

 ノイエ侯爵の言葉に愛想よくミネバ公爵は返答する。実はこの2人、お互いに対立する派閥の出身である。ミネバ公爵はヘイデン大公の派閥に属し、ノイエ侯爵は宰相バーナード公爵の派閥に属している。宰相のバーナード公爵がノイエ侯爵を副将に推挙したのはそういう理由であった。ウェスタディア帝国の皇帝ネルブライトは、教皇の強権に加え派閥争いにも巻き込まれていた。
 プレストン城を攻めるためにウェスタディア帝国を出発した総兵力は30万だったが、実際に城攻めをおこなったのは20万である。それもそのはずで、その20万はミネバ公爵が指揮し、ノイエ侯爵が指揮する10万は後方に待機していたのである。
 ミネバとしては、何が何でもノイエに武勲を立てられたくないのである。それはノイエも同様だったが、総大将であるミネバの顔を立てて出過ぎた真似を慎んでいた。
なお、ウェスタディア帝国軍は貴族の私兵や傭兵団の集合体のため、結束力という点ではサミュエル連邦に劣る。

「敵はどうやらリブル川の先で待ち受けてるようですな。ミネバ公爵の戦い、ぜひ興味深く拝見させていただきます」

「ええ、ゆっくり見ていただいて結構ですわ。この戦いにノイエ侯爵のお力は必要ないでしょうから」

 お互いに笑顔で皮肉を言い合う。さながら冷戦の様相を呈していた。ノイエ侯爵が自陣へ戻っていくと、ミネバは大きくため息をついた。

「参りましたわ。どう川を渡ればいいのかしら」

「ミネバ様、ここはノイエ侯爵にお任せしてはどうでしょう」

 ミネバの懐刀であり、軍師ともいえるナサニエルが進言する。

「どういうことかしら?」

「我らが全軍で渡河するのは、少なからず時間がかかります。幸いにして敵は15万程度と聞いています。そこで、ノイエ侯爵の10万をリブル川に布陣させ、膠着状態に持ち込むのです。我々はその間に移動し、別の場所からサミュエル連邦を攻めます」

 ナサニエルの献策は至ってシンプルで、ノイエ侯爵を足止めに使うのである。
守りに徹する限り、兵力で負けることはそうそうない。先に攻めた方が川を渡る羽目になり、渡河中に相手からの攻撃を受けることになる。そのため、膠着状態に持ち込めると考えたのだ。

「妙案ですわ!ノイエに頭を下げるのは癪ですが、この際仕方ありません」

 ミネバはナサニエルの策を採用し、ノイエを呼び戻す。

「は!?私にここを守れというのですか」

 ミネバから詳細を聞いたノイエは明らかに不満そうである。

「ええ、これも全てはウェスタディア帝国のため。ノイエ侯爵ならお引き受けくださいますわね?」

 ミネバはノイエの態度を意にも介さず話を進める。眉間にしわを寄せるノイエは不承不承ながらも承諾する。

「かしこまりました。この場の指揮は、全て私に一任いただくということでよろしいですね?」

 ノイエとしては、この場からいなくなるミネバの指示を聞く気は毛頭もない。

「もちろんですわ。それではここをお任せいたします」

「かしこまりました」

 当初はとんだ貧乏くじを引かされてしまったと不満げだったノイエだが、どうせ後方待機を命じられるだから、それならいっそ自分の裁量で動ける方がいいのではないかと考え始めていた。そして、あわよくばサミュエル軍を撃退し、ミネバを一泡吹かせてやろうという実に都合の良い邪な思考を巡らせている。

 ミネバと別れたノイエ侯爵率いる10万の兵は、プレストン城を出てリブル川の手前まで進軍した。こうして、ノイエ率いるウェスタディア軍10万は、モーリス率いるサミュエル軍15万とリブル川を挟んで相対する形となったのである。

ーーーーー

 リブル川を挟んでウェスタディア帝国軍が布陣したとの報告がモーリスのもとに届けられる。

「モーリスさんよぉーこれからどうするんだい?あたしは攻めたくてたまらないよ」

 リエラは退屈そうな表情をしている。

「落ち着いてください。敵の動きが読めないうちに動くのは危険です」

 モーリスはプレストン城にいた20万のうち半数の動向を掴めずにいた。というのも、サミュエル軍側から見たウェスタディア帝国軍の総兵力は20万なのである。ミネバとノイエの派閥抗争により、遥か後方に布陣していたノイエ率いる10万の存在はモーリスをもってしても確認できなかった。そのため、プレストン城を攻めていたミネバと後方に待機していたノイエが入れ替わるように布陣したなど露にも思っていない。

「ったく帝国め、20万もあるなら半分にしないで堂々と攻めりゃあいいだろ。どうせ残りが迂回してくるとかじゃないのかい」

「リエラ中将の言う通りです。もしものことを考えると、いまは守りを固めるしかないのです」

 リエラはブツブツ言いながらも自らの部隊を率いて最前線に向かう。視線の先には、リブル川を挟んで布陣するウェスタディア帝国軍が待機している。

「あたしがリエラだ!攻めてくるんだったら堂々と攻めてきなっ!」

 鬱憤を晴らしたいリエラは大声でそう言い放ち、ウェスタディア軍にキッと睨むような目線を送る。

「ちっ、動くことも無ければ言い返すこともないのかい。とんだ腰抜け野郎だ。やめだやめだ、おまえたち戻るよ」

 川縁で挑発するもウェスタディア軍はまったく動かない。諦めたリエラは自陣へと戻っていった。

 それから数日、戦況は動くことなく膠着状態に陥る。ミネバ公爵の軍師、ナサニエルの予定通りの展開となった。

「あぁーもう無理、退屈。おいそこのおまえ、ちょっと相手しろ」

「ええっ、閣下の相手をですか!?」

 リエラは木剣を投げて兵士に持たせる。そして、一瞬のうちにねじ伏せる。

「閣下を相手できるやつなんていませんって」

 一瞬のうちにねじ伏せられた兵が文句をいう。

「ったくだらしないな。暇つぶしにもならないよ」

 リエラが暇を持て余していることは、元帥モーリスにも筒抜けであった。

「リエラ大将が暇を持て余していますか・・・。マルコス中将を呼んでください」

 モーリスにとっても長い期間の滞陣は望まないところである。長年内政に力を入れてきたウェスタディア軍と違い、サミュエル軍はシャルナーク王国とツイハーク王国と休む間もなく戦っている。戦費はかさみ、軍事力も浪費状態だ。

「元帥閣下、お呼びでしょうか」

 マルコスがテントに入ってくる。このマルコス中将は、モーリスに長く付き従う側近中の側近である。

「マルコス中将、この戦いをどう思いますか」

 モーリスの問いかけにマルコスは考える間もなく返答する。

「我々の兵糧は少なく、シャルナーク王国遠征からの連戦です。長引けば我々が不利なのは否めません」

 モーリスはマルコスの指摘にもっともだと頷く。

「残り10万の動向がわからず、手を出さないようにしていましたが、動きがないところを見ると問題なさそうですね。どうにか敵をリブル川から誘き出せないものでしょうか」

「閣下、ここは虚報を流して誘き出すという策を採られては?」

 マルコスの献策にモーリスは閃いたとばかりの表情に変わる。

「良い策です。それでは、わたくしたちが兵糧不足で撤退するということにしましょうか」

「功名心に駆られた将であれば、必ず乗ってきましょう」

 マルコスはモーリスの意にかなった策を献策出来て満足そうにしている。

「マルコス中将に工作をお任せしてよろしいですか?」

「はっ」

 モーリスに命じられたマルコスはさっそく工作に移った。ウェスタディア軍の陣地に数人潜り込ませ、噂を流す。

「よう、どうだい、いい酒があるんだ。ちょっとこっち来て話さないか?」

 工作員は懐に抱えた酒をちらつかせ、傭兵団の一人と思われる男に声をかける。正規軍ではなく傭兵に声をかけるのは鉄則だ。重大な情報を持っていないのが普通だが、もし持っていればこれほど聞きやすい相手はいない。

「おっ、いいね。飲ませてくれんのか」

「もちろんだ。暇つぶしになればいいんだよ」

 2人は兵士用のテントへ向かう。

「紹介するよ。これが俺の傭兵団の仲間たちだ」

 傭兵が工作員を紹介し、テント内で酒を飲み始める。

「・・・ってわけでよ、俺たちも暇してるんだ」

「その日払いの傭兵だからな。何もないのは楽なんだけどよ」

 傭兵たちが思い思いに話し始める。工作員は丁寧に相槌を打ちながら聞いている。お酒が段々回ってきたのか傭兵たちの声量があがる。

「というわけで、サミュエル軍は撤退するらしいぜ」

「本当か!?」

「ああ、俺はそう聞いたんだよ」

 頃合いと見た工作員は、誰かから聞いたという体で撤退の噂を吹き込む。噂とは不思議なもので、伝播すればするほど尾ひれがつくものである。周囲には多くの兵士がおり、テント程度の遮音性では聞いてくださいとばかりに声が漏れる。サミュエル軍撤退の噂はたちまち全軍に広がった。複数の工作員が同じことをしているので、誰もそれを信じて疑わなかった。

「見ろ!本当にサミュエル軍が撤退し始めたぞ!」

「本当だ!」

 その噂が陣内に蔓延したころ、時を同じくしてサミュエル軍が撤退を始める。それを見た兵士たちは、これで戦が終わると喜びをあらわにしていた。
 サミュエル軍撤退の報告はノイエ侯爵のもとにも届けられた。その報告を聞いたノイエは実にいやらしい笑みを浮かべていたそうだ。

「ノイエ様、どういたしましょうか」

「ふっふっふ、運が向いてきたようだな」

 撤退する敵の背を追うほど簡単な戦はない。サミュエル軍は戦続きで疲弊している。そう思い込んでいるノイエはウェスタディア軍の撤退理由が罠であることなど予想すらしていなかった。

「サミュエル軍を叩くぞ!川を渡る準備をしろ!」

 10万のウェスタディア軍はノイエの命令で出撃準備に入った。川を背にして戦うことの恐ろしさを、ノイエは身をもって知ることになる。
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