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エイス
エイスからはじまる
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≪エイス≫
はるか上空に、鳥が一羽、円をえがくように飛んでいる。
あの鳥から見れば、眼下は見わたすかぎりの大森林で、そのただ中にポカリと穴が開いているように見えるだろう。
その穴は、大森林を切りひらいて築かれた地。エイスの国。
古くから受け継がれる街を、長きにわたって整備し、利用しつづけている大都市である。
エイスの城下街は、強固で高い城壁に囲われている。近隣には、これほどまでに強固な城壁で囲われた国はなく、めずらしい。碁盤の目状に区画されている城下街の中心には、巨大な城が建っている。はるか昔に築かれ、受け継がれてきた、壮麗なるエイスガラフ城だ。
街も城も、古代遺跡を復活させたかのような雰囲気をたたえている。近隣諸国では、神話の時代から受け継がれている国だと云われている。「天上の国」などと称賛する者もいるほどだ。
エイスの城下街は、城を中心に、東西南北へまっすぐに石畳の大通りが延びている。道幅は、馬車三十台がゆうに並走できるほどである。この国は、城下街の住人のみならず、外国からも多くの人がおとずれていた。東西南北いずれの大通りも、多くの人がひしめき、行き交っている。まだ道がせまい。そう言わんばかりに、活気があふれていた。
城下街の中心部は、中央区画とよばれている。古くより、多数の護衛に囲まれた貴族や、高官をはじめ、政商や大金持ちが住む区画である。その区画をつらぬいている大通りに行き交う人々はみな、いろどり豊かな衣服をまとっていた。
男たちは、いかめしくも優雅に談笑しながら歩いている。
女子供らは、表情にくもりなく、黄色い歌声を街にひびかせていた。
そのただ中を、咲きほこった花をかきむしるように、褪せた色が一つ横切った。
それは、いかめしいが優雅ではない、痩身の男だった。
黄色い歌声が消えていく。男はにがい顔をして、辺りをにらみつけた。
男の顔には、鼻の頭から耳の下まで延びた深い傷があった。それはすれ違う者たちみながふり返るほど、異様な雰囲気をまとっていた。
男は辺りをにらみ付けながら、ざんばらの長い黒髪をかきあげた。ひしめく人々を押しのけるように、歩きつづける。黒と灰色がまざったような衣服に身をつつむその姿は、浮浪者と変わらない。だが人の波をかき分けて歩いていくその姿には、力強さがあった。大通りを行き交う花のような人々は、突き進んでくる男の身体を避けたり、避けそこなってぶつかったりして二つに割れた。だが男がとおりすぎて行くと、少しの間をおいて、二つに割れた群衆は何もなかったかのように割れ目を閉ざしていった。
傷の男は、奇異なものを見るかのような人の視線に、傷のある頬を引きつらせた。顔をそむけ、歩く速度をあげていく。
歩く先に、背の高い建物の隙間があった。傷の男は、逃げるようにその隙間に駆け込んだ。隙間は、思った以上にせまい。人が一人やっと通れるほどの、道とは言えない細道だった。衣服を壁にすらせながら進む。やっとのことで、人通りの少ない裏通りにたどりついた。
衣服にすりついた埃を、はたき落とす。
傷の男はその場で立ち止まり、小さく息をこぼした。人気のない裏通りを見回し、ゆっくりと息をととのえる。
暗い。
背の高い建物がならぶ裏道なので、陽の光が差し込みづらいのは当然ではある。だが、昼時少し前だ。まだ十分に明るい時間ではあった。それでも傷の男は、暗いと感じた。
男は、目元を押さえながら頭を小さく横にふった。そしてそのまま、しばらく動かなかったが、やがてゆっくり歩きだし、裏通りを右に左に進みはじめた。
その途中、裏通りの一角が、妙ににぎやかなことに気が付いた。
十数人ほどの人の群れがあって、何かを見物しているようだ。
傷の男は、群衆の脇をとおりすぎながら、少し首を伸ばしてみた。どうやら占い師に人が集まっているようだった。
大きな街だと、「よく当たる」占い師という奴が、一人はいるものだ。だいたいの場合、この手の者は、目鼻の利く情報屋であったり、酒場の女のように、人に好みにあわせて会話ができる弁士のような人間である。だが大衆は、的確な助言に「占い」という言葉をそえるだけで驚き、喜ぶのだ。
傷の男は、呆れた顔で群衆を見て、とおりすぎようとした。すると占い師が、少し頭をあげた。傷の男の方へ、顔を向けてくる。客だと思ったのだろうか。占い師はフードを深くかぶって目元を隠していたが、口元がかすかに笑っているように見えた。
気味が悪い。
傷の男は目をほそめて、群衆からはなれた。
占い師は、まだこちらを見ているようだったが、傷の男は足を速めて、その場を後にした。
はるか上空に、鳥が一羽、円をえがくように飛んでいる。
あの鳥から見れば、眼下は見わたすかぎりの大森林で、そのただ中にポカリと穴が開いているように見えるだろう。
その穴は、大森林を切りひらいて築かれた地。エイスの国。
古くから受け継がれる街を、長きにわたって整備し、利用しつづけている大都市である。
エイスの城下街は、強固で高い城壁に囲われている。近隣には、これほどまでに強固な城壁で囲われた国はなく、めずらしい。碁盤の目状に区画されている城下街の中心には、巨大な城が建っている。はるか昔に築かれ、受け継がれてきた、壮麗なるエイスガラフ城だ。
街も城も、古代遺跡を復活させたかのような雰囲気をたたえている。近隣諸国では、神話の時代から受け継がれている国だと云われている。「天上の国」などと称賛する者もいるほどだ。
エイスの城下街は、城を中心に、東西南北へまっすぐに石畳の大通りが延びている。道幅は、馬車三十台がゆうに並走できるほどである。この国は、城下街の住人のみならず、外国からも多くの人がおとずれていた。東西南北いずれの大通りも、多くの人がひしめき、行き交っている。まだ道がせまい。そう言わんばかりに、活気があふれていた。
城下街の中心部は、中央区画とよばれている。古くより、多数の護衛に囲まれた貴族や、高官をはじめ、政商や大金持ちが住む区画である。その区画をつらぬいている大通りに行き交う人々はみな、いろどり豊かな衣服をまとっていた。
男たちは、いかめしくも優雅に談笑しながら歩いている。
女子供らは、表情にくもりなく、黄色い歌声を街にひびかせていた。
そのただ中を、咲きほこった花をかきむしるように、褪せた色が一つ横切った。
それは、いかめしいが優雅ではない、痩身の男だった。
黄色い歌声が消えていく。男はにがい顔をして、辺りをにらみつけた。
男の顔には、鼻の頭から耳の下まで延びた深い傷があった。それはすれ違う者たちみながふり返るほど、異様な雰囲気をまとっていた。
男は辺りをにらみ付けながら、ざんばらの長い黒髪をかきあげた。ひしめく人々を押しのけるように、歩きつづける。黒と灰色がまざったような衣服に身をつつむその姿は、浮浪者と変わらない。だが人の波をかき分けて歩いていくその姿には、力強さがあった。大通りを行き交う花のような人々は、突き進んでくる男の身体を避けたり、避けそこなってぶつかったりして二つに割れた。だが男がとおりすぎて行くと、少しの間をおいて、二つに割れた群衆は何もなかったかのように割れ目を閉ざしていった。
傷の男は、奇異なものを見るかのような人の視線に、傷のある頬を引きつらせた。顔をそむけ、歩く速度をあげていく。
歩く先に、背の高い建物の隙間があった。傷の男は、逃げるようにその隙間に駆け込んだ。隙間は、思った以上にせまい。人が一人やっと通れるほどの、道とは言えない細道だった。衣服を壁にすらせながら進む。やっとのことで、人通りの少ない裏通りにたどりついた。
衣服にすりついた埃を、はたき落とす。
傷の男はその場で立ち止まり、小さく息をこぼした。人気のない裏通りを見回し、ゆっくりと息をととのえる。
暗い。
背の高い建物がならぶ裏道なので、陽の光が差し込みづらいのは当然ではある。だが、昼時少し前だ。まだ十分に明るい時間ではあった。それでも傷の男は、暗いと感じた。
男は、目元を押さえながら頭を小さく横にふった。そしてそのまま、しばらく動かなかったが、やがてゆっくり歩きだし、裏通りを右に左に進みはじめた。
その途中、裏通りの一角が、妙ににぎやかなことに気が付いた。
十数人ほどの人の群れがあって、何かを見物しているようだ。
傷の男は、群衆の脇をとおりすぎながら、少し首を伸ばしてみた。どうやら占い師に人が集まっているようだった。
大きな街だと、「よく当たる」占い師という奴が、一人はいるものだ。だいたいの場合、この手の者は、目鼻の利く情報屋であったり、酒場の女のように、人に好みにあわせて会話ができる弁士のような人間である。だが大衆は、的確な助言に「占い」という言葉をそえるだけで驚き、喜ぶのだ。
傷の男は、呆れた顔で群衆を見て、とおりすぎようとした。すると占い師が、少し頭をあげた。傷の男の方へ、顔を向けてくる。客だと思ったのだろうか。占い師はフードを深くかぶって目元を隠していたが、口元がかすかに笑っているように見えた。
気味が悪い。
傷の男は目をほそめて、群衆からはなれた。
占い師は、まだこちらを見ているようだったが、傷の男は足を速めて、その場を後にした。
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