傀儡といしの蜃気楼 ~消えた王女を捜す旅から始まる、夢の世界のものがたり~

遠野月

文字の大きさ
6 / 92
エイス

交渉からはじまる

しおりを挟む
「お待たせした」

 息を切らしながら入ってきたのは、中肉中背の男だった。
 ずいぶん走ったのだろうか。一目で身分の高い人物なのだと分かる衣服をまとっていたが、少し着崩れしていた。

「大臣、こちらはラングシーブのラトス=クロニス殿です」
「うむ。聞いておる」

 大臣と呼ばれた中肉中背の男は、額の汗をぬぐいながら応える。慌ただしく部屋の中を走り、テーブルをはさんでラトスの正面の席に座った。そして、テーブルの上に並べられた証書と、紹介状に目を通しはじめる。
 しばらく静かに見ていたが、やがて目を丸くしてうなり声をあげた。ちらちらとラトスの顔に視線を向ける。紹介状の内容と本人を比較しているのだ。

「いや。これは、実に素晴らしい」

 大臣は大声で、おおげさに両手を広げた。
 証書と紹介状をひらひらとふってみせる。

「これほどの経歴を持っている人は、なかなかいないでしょう」
「確かに、その通りですな」

 老執事も相槌を打った。
 彼らの言葉には社交辞令もふくまれているだろうが、実際、ラトスの経歴は異様であった。ラトスは元々傭兵で、各地を転戦していたのだ。その後ラングシーブとなったが、傭兵時代の情報網と行動力、戦闘能力に加えて、新たな情報網を構築し、達成困難な諜報活動なども多数こなしてきていた。ここ半年は腐りきっていたが、ラトスの実力は、ラングシーブはもちろん、エイス中の冒険者の中でも屈指のものであった。

「クロニス殿。早速仕事の話をしても?」
「もちろん。そのほうが……助かりますが」
「はは。君も私も忙しいというわけだ」

 大臣は愉快そうに笑ったが、瞳の奥はぎらついていた。

「こちらから出せる情報は、後程、彼に聞いていただきたいのだが」

 そう言って、大臣は後ろに控えている老執事に手を向けた。その手に応じて、老執事は表情を変えずにラトスに向きなおり、丁寧に頭を下げた。

「まず、互いの絶対条件を確認しましょう」
「絶対条件……ですか」

 暗黙の了解などの不確かなものではなく、明確な取り決めをしようというわけだ。王女の命にかかわることなので、不明瞭な点はできるだけ排除したいのだろう。当然のことだ。
 しかし、話が早そうな大臣の視線は、ラトスを捉えたままぶれなかった。それは、城仕えではない者に大きな役割を与えることに抵抗があり、信用していないと言っているようにも見えた。 

「ええ。こちらは二つあります。まず一つは、依頼を受けていただいてから、すべて完了となるまでの間、王女殿下に関する物事は全て、最優先でこちらに提出していただく」
「それは、もちろん。もう一つは?」
「依頼を受けた後、国の威信を損なう言動は行わないことです」
「つまり、余計なことを言うな、やるな。と」
「そういうことです」

 大臣は笑顔で言ったが、やはり瞳の奥はぎらついていて、強い威圧感があった。

「クロニス殿は、何かありますかな」
「こちらからも、二つ」

 大臣に促されると、ラトスは少し前かがみになった。

 ここで、言うべきか、言わぬべきか。ラトスは迷いながら両膝に肘をついた。

「一つは、こちらが必要とする情報と金。それを先に全部貰います」
「前金ということですか」
「そうです」
「出来る限りをしましょう。それで、もう一つは?」
「もう一つは……」

 ラトスは、まだ考えていた。
 違う方法は他にないか。これで絶対間違っていないのか。

 数秒ほど考えていると、突然、頭の中と胸の奥に、黒い靄のようなものが渦巻きはじめた。靄は、思考を塗りつぶしていく。考える必要などない、命を棄てよと言っているかのようだった。

 棄てるべきなのだ。
 復讐し、許せぬ自分自身も殺すべきなのだ。

 ここまで来て、何をためらうのだろう。
 ラトスは、夢の中に出てくる妹の姿を思い出した。その姿は、その顔は、喜んでいないのだ。うらめしそうに何か語りかけてくるではないか。そうして、真っ黒になったこの心が、今の全てだ。


 やがて大臣と、その後ろにひかえる老執事をにらみつけながら、口を開いた。

「王女を連れ帰れたならば」
「ならば……?」
「それと交換で、俺の妹、シャーニを殺した者の名を教えてほしい」

 静かに、力強い口調で言った。王女と比べれば安いものだろうと、脅したようなものだ。不信感をあおったと言われても仕方がない。しかし、不信感以外のものが伝わるはずだという確信がラトスにはあった。

「……なんと」

 大臣は笑顔を消して、顔をゆがませた。
 城内に殺人を犯した者がいると? と大臣は、ラトスを少しにらむようにしてたずねる。ラトスは表情を変えずにうなずいてみせた。


「少し調べれば分かることです。俺も隠しません。いや、どうせ隠せはしないと」
「難しいことです。それは」
「そうでしょう。ですが、ハッキリ言わせてもらえば」

 ラトスは大臣と、その後ろにいる老執事をにらみつけるようにして、言葉をつづける。

「この度の依頼で、俺以上の適任者はいません」

 ハッタリである。
 だが、ラトスは自身の情報網と行動力、万が一の戦闘力にも自信があった。そして、目の前にいるこの男は、城下の人間にまで助けを求めるほど手段を選ばない人間だ。王女を見つけられる確率が上がるならば、自分を外しはしないとラトスは読んでいだ。

「犯人の名は、王女を見つけられなければ、望みません」
「ほう?」
「それに、そちらの二つ目の条件は必ず飲みます」

 大臣が出した二つ目の条件は、国の威信を損なう言動は取らないようにというものだ。つまり、復讐のための一助をもらえれば、その後は自分自身をどのようにあつかってもかまわないとラトスは暗に伝えたのだった。

 不信感をあおるような要求ではあるが、逆に言えば自身の腹の底をさらけだしているようにも見える。大きな報酬を約束されれば人間は簡単に裏切らないことを王侯貴族なら知っているはずだ。ラトスが提示した要求は金では測れない。見方を変えれば度を越えた報酬ともいえる。その度を越えた報酬を得られるなら何でもすると大臣に思わせることができれば、勝ちなのだ。


 しばらく沈黙がつづいた。だが、ラトスが提示した要求の意味は、大臣も、その後ろにひかえている老執事もすぐに分かったのだろう。大臣はやがて頭を小さく縦にふった。

「クロニス殿。これは、あなたの命に係わりますぞ」
「そのつもりで、ここにいます」
「わかりました。少し、考えます。なるべく期待に添う答えを出しましょう。今はそれでも?」
「それで構いません」

 ラトスは大臣をにらんだまま、小さくうなずいた。

 それから大臣は、老執事に依頼登録のための証書を持ってこさせた。登録と、誓いのための血判を互いに押す。

「お互い、命懸けというわけです」

 大臣が自嘲するよう笑った。本当にその通りだと、ラトスは顔をゆがませるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

辺境追放された「植物魔導師」の領地開拓 ~枯れ果てた死の大地は、俺の魔力で聖域(楽園)へと変貌する~

リーフレット
ファンタジー
​「植物魔法? ああ、農作業にしか使えないあの地味な魔法か」 ​帝国騎士団の専属魔導師だったアルトは、無能な二世皇太子レオンによって、一方的に追放を言い渡された。 アルトがどれほど魔導植物を駆使し、帝国の食糧難を裏から支えていたかを知らぬまま、彼は「戦闘に役立たない役立たず」という烙印を押されたのだ。 ​帝国を出て行き着いた先は、魔物が跋扈し、草一本生えないと言われる最果ての荒野。 死を待つだけの地。しかし、アルトは絶望するどころか、晴れやかな顔で笑っていた。 ​「やっと、気兼ねなく『植物』を愛でられる。……よし、ここを世界一の庭(楽園)にしよう」

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした

ふわふわ
恋愛
婚約破棄―― それは、多くの令嬢にとって人生を揺るがす一大事件。 けれど彼女は、泣き叫ぶことも、復讐に走ることもなかった。 「……では、私は日常に戻ります」 派手なざまぁも、劇的な逆転劇もない。 彼女が選んだのは、線を引き、基準を守り、同じ判断を繰り返すこと。 王宮では改革が進み、領地では生活が整えられていく。 誰かが声高に称えられることもなく、 誰かが悪役として裁かれることもない。 それでも―― 混乱は起きず、争いは減り、 人々は「明日も今日と同じである」ことを疑わなくなっていく。 選ばない勇気。 変えない決断。 名を残さず、英雄にならない覚悟。 これは、 婚約破棄をきっかけに 静かに日常を守り続けた一人の令嬢と、 その周囲が“当たり前”を取り戻していく物語。 派手ではない。 けれど、確かに強い。 ――それでも、日常は続く。

処理中です...