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風が呼び
白い柱からはじまる
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突然、風のような早口の声がまた聞こえだした。
それは、ラトスが白い柱にふれようとした瞬間のことだった。指先と柱の間で妙な振動を感じ、風のようなささやき声が聞こえだしたのだ。ラトスは驚いて、すぐに手をはなした。柱から手がはなれると、指先に感じた振動とささやき声は、何事も無かったかのように消えていた。
「どうかしましたか?」
いきおいよく白い柱から手を跳ね退けたラトスを見て、メリーが不思議そうに声をかけてきた。
「どうって、今の、聞こえただろう?」
「今の? どんなです?」
「どんなって……風みたいな、あの変な声だ」
「え? そんなの聞こえませんでしたけど……」
メリーは首をかしげながら、白い柱をなでてみせた。その様子を見て、ラトスは少しだけ上体を後ろにそらした。しかし、風のようなささやき声は聞こえてこなかった。彼女も特に何も感じていないし、何も聞こえていないようだった。
「大丈夫なのか?」
「何がです?」
「……いや。なんでもない」
ラトスは小さく頭を横にふると、もう一度柱に手を伸ばしてみた。
恐れる気持ちもあって、ゆっくりと手を近付けていく。もう少しで、指先がふれる。そう思ったところで、また指先に振動を感じた。
先ほどより小さい、早口のささやき声も聞こえる。いったいこれは何なのだ。おそれる気持ちをおさえながら、ラトスは指先を柱に付けた。
その瞬間、風のようなささやき声は大きくなった。振動と共に、彼の指先から手の甲、腕から肩へと、声が走りだす。やがて頭の中に、風のような声が飛び込んできたのが分かった。
何だ?
ラトスは、身体をふるわせた。
頭の中で、何かが走り回っていた。
その何が静かになったかと思うと、突然、自分の目玉がぐるりと反転し、頭の内側に向いたような感覚になった。本当に、そうなったわけではない。だが、そうとしか例えようもない、奇妙な感覚だった。頭の内側に向いた目は、草原のような光景を映しはじめた。
その草原は、特に見覚えがない場所だった。
ゆるやかに風が流れていたが、ラトスの身体には風を感じなかった。目と、意識だけがそこにあるかのようだった。
草原の近くには小さな洞窟があった。
何だろうと、ラトスは洞窟に意識を向けた。すると、歩いてもいないのに、草原から洞窟の奥まで、目と、意識が移動していった。洞窟の奥には、白い柱が建っていた。それはまさに、ラトスが今ふれている白い柱と同じものだった。
また少し、ラトスは身体をふるわせた。
反転したような感覚になっていた目玉が、元通り、前を向いていた。
頭の中に入り込んだ何かも、綺麗に消えている。振動も、ささやき声も聞こえなくなっていた。何故だと思って、柱に伸ばした自分の手を見た。その指は、柱からはなれていた。
「ラトスさん!?」
耳元で、メリーの声がひびいた。
ラトスはしばらく反応できなかった。柱からはなれた指先を見て、呆けていた。その様子に、メリーは焦ったのだろう。ラトスの身体をつかんで、執拗に何度もゆらした。あまりにゆらすので、ラトスは何とか我に返った。柱から指がはなれてしまったのは、彼女がラトスの身体をゆらしつづけていたからかもしれない。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ。だい、じょうぶだ」
ラトスは何度かまたたきをして、メリーの顔を見た。
ラトスは、この柱がどのようなものなのか感覚的に理解した。というより、理解するように、柱が伝えてきたと言うべきだろうか。白い柱から流れてきたささやき声と草原の幻覚が、無理やり理解するように働きかけてきたようだった。
おそらく、この白い柱は、「扉」のようなものなのだ。
仕組みは全く分からないが、この柱をとおして、あの草原に行けるのだろう。
だが、何度も柱にさわっていたメリーは、何も感じていないようだった。
ラトスよりもさわったり小突いたりしているのに、ラトスの異変を察して何事かと不思議そうにこちらをのぞき込んできただけである。何かコツがいるのだろうか。それとも自分専用のものなのか。森の中の沼と同じで、一人一度きりの何かなのだろうか。
「メリーさん、ちょっと失礼」
考えた末、ラトスはメリーの手をつかんでみた。
「え? なんですか? ちょ、ちょっと!」
急に手をつかまれて、メリーは驚いた顔をしながらラトスの手をふりほどこうとした。しかし、メリーが思っている以上に、ラトスのにぎる力は強かった。何度も腕をふってみたが、その手をふりほどくことはできなかった。
「すまない。ちょっと待ってくれ」
「何をですか、ちょっと!?」
「すぐ、終わる」
そう言うと、ラトスは彼女の手を引っ張って、自分の近くに引き寄せた。
突然、ラトスの顔と身体が近くなって、メリーは驚きより困惑のほうが強くなった。手をふりほどこうとするのも忘れて、引き寄せられるままになった。
メリーを自分の近くに引き寄せたラトスは、彼女の手をにぎったまま、もう一度白い柱に手を近付けてみた。さすがに三度目なので、おそれる気持ちはない。ゆっくりと手を近付けて、指先を柱にふれさせた。
するとまた、指先に振動を感じた。
風のようなささやき声が、聞こえはじめる。
指先から手の甲、腕へと這うように伝わってくる。そこまで感じてから、ラトスはメリーのほうを見てみた。彼女は目を大きく見開いていた。柱に伸ばしたラトスの手を、じっと見ていた。
「聞こえるか。メリーさん」
ラトスが声をかけると、メリーははっとして何度も頭を縦にふった。
その瞬間、目の前が真っ白になった。
全身を風のようなものが這いまわって、少しずつ身体の自由が奪われていく。力を入れられなくなった身体からは、次第に感覚が奪われていった。身体が千切れ、消えていくようだった。
メリーの手首の感触だけ、手のひらの中にあった。
それだけははなしてはいけないような気がして、ラトスは強くにぎりしめた。
手のひらの中で、メリーの手首は少しふるえていた。風のような何かが、ふるわせているだけかもしれない。どちらかは判別しようも無かったが、少なくとも、ふりほどこうとはされなかった。
そしておそらく、少しの時間だけ、意識を失った。
目の前は真っ白だった。かすかに戻った意識の中で、手のひらにあるメリーの手首の感触は、まだあった。
足元だと思われるほうに意識を向けると、そこには夜のような暗い空間があった。
暗い空間を貫くように、長い石橋のようなものが延びていた。その石橋に沿って、ラトスは飛んでいるようだった。
脚の下に広がっている暗い空間は、無限大に思えるほどの広さだった。
遠くのほうには、小さな光がいくつか泳いでいた。光は、ゆっくりと泳ぎ回りながら消えたり点いたりしていた。
先ほどまでいた石室は、もうどこにも見当たらなかった。
ただ無限に広がる白い空と、暗い空間の間を、意識だけが飛んで、どこかに進んでいた。
しばらくすると、また目の前が真っ白になった。
暗い空間も、長く延びた石橋も見えなくなっていた。
次第に、身体の感覚がもどりはじめる。同時に、脱力感と緊張感が全身をおそった。
その感覚は一瞬だったが、意識は妙に定まらず、混濁としていた。ラトスは頭をかかえたい気持ちになって、腕を動かそうとした。瞬間、手のひらの中にある何かがビクリと動いた。
「ラトスさん、痛い……です!」
メリーの声が聞こえて、ラトスは意識が元に戻った。
「あ、ああ。すまない」
「いえ……」
ラトスはメリーの手をはなす。彼女は手をさっと引いて、何度かさすった。強くにぎり過ぎていたのだろう。彼女の手首は真っ赤になっていた。
「ここは、さっきの場所じゃないですね」
「そうみたいだな」
二人は辺りを見回した。そこは、先ほどまでいた、誰かの手によって造られた石室ではなかった。
自然にできた洞窟のようだった。
地面は、ヒヤリとしていて冷たい。さわってみると、少し、ざらついた岩のようだった。表面には水気をふくんでいて、手のひらから伝わってくる冷気が少し心地いい。見上げてみると、天井には、無数のつらら石が垂れ下がっていた。時々、大きな雫が地面に落ちてきている。
自然ではないものがあるとすれば、二人の後ろにある白い柱だけだろうか。それは、石室で見た白い柱と同じような形のものだった。高さも幅もだいたい同じに見える。
「なんだか、もう。驚かなくなってきました」
メリーは困った顔をして、白い柱を見上げた。
ラトスも同じ気持ちだった。
というより、気持ちが麻痺してきているのかもしれない。現実的な常識と照らし合わせて考えつづけるのは、限界だった。ずっと幻覚を見ているのだと、そう思ったほうが気が楽だった。
それは、ラトスが白い柱にふれようとした瞬間のことだった。指先と柱の間で妙な振動を感じ、風のようなささやき声が聞こえだしたのだ。ラトスは驚いて、すぐに手をはなした。柱から手がはなれると、指先に感じた振動とささやき声は、何事も無かったかのように消えていた。
「どうかしましたか?」
いきおいよく白い柱から手を跳ね退けたラトスを見て、メリーが不思議そうに声をかけてきた。
「どうって、今の、聞こえただろう?」
「今の? どんなです?」
「どんなって……風みたいな、あの変な声だ」
「え? そんなの聞こえませんでしたけど……」
メリーは首をかしげながら、白い柱をなでてみせた。その様子を見て、ラトスは少しだけ上体を後ろにそらした。しかし、風のようなささやき声は聞こえてこなかった。彼女も特に何も感じていないし、何も聞こえていないようだった。
「大丈夫なのか?」
「何がです?」
「……いや。なんでもない」
ラトスは小さく頭を横にふると、もう一度柱に手を伸ばしてみた。
恐れる気持ちもあって、ゆっくりと手を近付けていく。もう少しで、指先がふれる。そう思ったところで、また指先に振動を感じた。
先ほどより小さい、早口のささやき声も聞こえる。いったいこれは何なのだ。おそれる気持ちをおさえながら、ラトスは指先を柱に付けた。
その瞬間、風のようなささやき声は大きくなった。振動と共に、彼の指先から手の甲、腕から肩へと、声が走りだす。やがて頭の中に、風のような声が飛び込んできたのが分かった。
何だ?
ラトスは、身体をふるわせた。
頭の中で、何かが走り回っていた。
その何が静かになったかと思うと、突然、自分の目玉がぐるりと反転し、頭の内側に向いたような感覚になった。本当に、そうなったわけではない。だが、そうとしか例えようもない、奇妙な感覚だった。頭の内側に向いた目は、草原のような光景を映しはじめた。
その草原は、特に見覚えがない場所だった。
ゆるやかに風が流れていたが、ラトスの身体には風を感じなかった。目と、意識だけがそこにあるかのようだった。
草原の近くには小さな洞窟があった。
何だろうと、ラトスは洞窟に意識を向けた。すると、歩いてもいないのに、草原から洞窟の奥まで、目と、意識が移動していった。洞窟の奥には、白い柱が建っていた。それはまさに、ラトスが今ふれている白い柱と同じものだった。
また少し、ラトスは身体をふるわせた。
反転したような感覚になっていた目玉が、元通り、前を向いていた。
頭の中に入り込んだ何かも、綺麗に消えている。振動も、ささやき声も聞こえなくなっていた。何故だと思って、柱に伸ばした自分の手を見た。その指は、柱からはなれていた。
「ラトスさん!?」
耳元で、メリーの声がひびいた。
ラトスはしばらく反応できなかった。柱からはなれた指先を見て、呆けていた。その様子に、メリーは焦ったのだろう。ラトスの身体をつかんで、執拗に何度もゆらした。あまりにゆらすので、ラトスは何とか我に返った。柱から指がはなれてしまったのは、彼女がラトスの身体をゆらしつづけていたからかもしれない。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ。だい、じょうぶだ」
ラトスは何度かまたたきをして、メリーの顔を見た。
ラトスは、この柱がどのようなものなのか感覚的に理解した。というより、理解するように、柱が伝えてきたと言うべきだろうか。白い柱から流れてきたささやき声と草原の幻覚が、無理やり理解するように働きかけてきたようだった。
おそらく、この白い柱は、「扉」のようなものなのだ。
仕組みは全く分からないが、この柱をとおして、あの草原に行けるのだろう。
だが、何度も柱にさわっていたメリーは、何も感じていないようだった。
ラトスよりもさわったり小突いたりしているのに、ラトスの異変を察して何事かと不思議そうにこちらをのぞき込んできただけである。何かコツがいるのだろうか。それとも自分専用のものなのか。森の中の沼と同じで、一人一度きりの何かなのだろうか。
「メリーさん、ちょっと失礼」
考えた末、ラトスはメリーの手をつかんでみた。
「え? なんですか? ちょ、ちょっと!」
急に手をつかまれて、メリーは驚いた顔をしながらラトスの手をふりほどこうとした。しかし、メリーが思っている以上に、ラトスのにぎる力は強かった。何度も腕をふってみたが、その手をふりほどくことはできなかった。
「すまない。ちょっと待ってくれ」
「何をですか、ちょっと!?」
「すぐ、終わる」
そう言うと、ラトスは彼女の手を引っ張って、自分の近くに引き寄せた。
突然、ラトスの顔と身体が近くなって、メリーは驚きより困惑のほうが強くなった。手をふりほどこうとするのも忘れて、引き寄せられるままになった。
メリーを自分の近くに引き寄せたラトスは、彼女の手をにぎったまま、もう一度白い柱に手を近付けてみた。さすがに三度目なので、おそれる気持ちはない。ゆっくりと手を近付けて、指先を柱にふれさせた。
するとまた、指先に振動を感じた。
風のようなささやき声が、聞こえはじめる。
指先から手の甲、腕へと這うように伝わってくる。そこまで感じてから、ラトスはメリーのほうを見てみた。彼女は目を大きく見開いていた。柱に伸ばしたラトスの手を、じっと見ていた。
「聞こえるか。メリーさん」
ラトスが声をかけると、メリーははっとして何度も頭を縦にふった。
その瞬間、目の前が真っ白になった。
全身を風のようなものが這いまわって、少しずつ身体の自由が奪われていく。力を入れられなくなった身体からは、次第に感覚が奪われていった。身体が千切れ、消えていくようだった。
メリーの手首の感触だけ、手のひらの中にあった。
それだけははなしてはいけないような気がして、ラトスは強くにぎりしめた。
手のひらの中で、メリーの手首は少しふるえていた。風のような何かが、ふるわせているだけかもしれない。どちらかは判別しようも無かったが、少なくとも、ふりほどこうとはされなかった。
そしておそらく、少しの時間だけ、意識を失った。
目の前は真っ白だった。かすかに戻った意識の中で、手のひらにあるメリーの手首の感触は、まだあった。
足元だと思われるほうに意識を向けると、そこには夜のような暗い空間があった。
暗い空間を貫くように、長い石橋のようなものが延びていた。その石橋に沿って、ラトスは飛んでいるようだった。
脚の下に広がっている暗い空間は、無限大に思えるほどの広さだった。
遠くのほうには、小さな光がいくつか泳いでいた。光は、ゆっくりと泳ぎ回りながら消えたり点いたりしていた。
先ほどまでいた石室は、もうどこにも見当たらなかった。
ただ無限に広がる白い空と、暗い空間の間を、意識だけが飛んで、どこかに進んでいた。
しばらくすると、また目の前が真っ白になった。
暗い空間も、長く延びた石橋も見えなくなっていた。
次第に、身体の感覚がもどりはじめる。同時に、脱力感と緊張感が全身をおそった。
その感覚は一瞬だったが、意識は妙に定まらず、混濁としていた。ラトスは頭をかかえたい気持ちになって、腕を動かそうとした。瞬間、手のひらの中にある何かがビクリと動いた。
「ラトスさん、痛い……です!」
メリーの声が聞こえて、ラトスは意識が元に戻った。
「あ、ああ。すまない」
「いえ……」
ラトスはメリーの手をはなす。彼女は手をさっと引いて、何度かさすった。強くにぎり過ぎていたのだろう。彼女の手首は真っ赤になっていた。
「ここは、さっきの場所じゃないですね」
「そうみたいだな」
二人は辺りを見回した。そこは、先ほどまでいた、誰かの手によって造られた石室ではなかった。
自然にできた洞窟のようだった。
地面は、ヒヤリとしていて冷たい。さわってみると、少し、ざらついた岩のようだった。表面には水気をふくんでいて、手のひらから伝わってくる冷気が少し心地いい。見上げてみると、天井には、無数のつらら石が垂れ下がっていた。時々、大きな雫が地面に落ちてきている。
自然ではないものがあるとすれば、二人の後ろにある白い柱だけだろうか。それは、石室で見た白い柱と同じような形のものだった。高さも幅もだいたい同じに見える。
「なんだか、もう。驚かなくなってきました」
メリーは困った顔をして、白い柱を見上げた。
ラトスも同じ気持ちだった。
というより、気持ちが麻痺してきているのかもしれない。現実的な常識と照らし合わせて考えつづけるのは、限界だった。ずっと幻覚を見ているのだと、そう思ったほうが気が楽だった。
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