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雪に閉じ
佇む闇からはじまる
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「入ってみよう」
セウラザは静かに言うと、みすぼらしい木戸に向かって歩いていった。
あわててメリーが後につづき、ラトスもそれに従った。伸び放題の雑草をかき分け、踏みつけながら進む。ふり返ってみると、踏みつけられた雑草は何事も無かったかのように元にもどっていた。不思議に思ったラトスは、今度はよく手入れされた花壇に手を伸ばそうとした。するとラトスの手に反応するかのように、花がかすかにゆれた。枝葉が伸びてきて、ラトスの手に寄り添うように自らふれてくる。その様子は奇妙だったが、不思議と嫌な気分にはならなかった。
三人が木戸の前に立つと、セウラザは木戸を三度たたいた。
しばらく待ったが、中から返事はない。
「誰もいないのでしょうか……」
「雪に埋まっていたしな」
「仕方がない。勝手に入るとしよう。いいな?」
木戸に手をかけながら、セウラザが確認を求める。ラトスとメリーはすぐにうなずいた。
ここまでして、入らない選択肢はない。それに、三人の身体は冷え切っていた。セウラザは平気そうにしていたが、一番身体を冷やしているはずだった。金属製の甲冑を着ていて、冷えないはずがない。メリーは少し前から何度も身体をさすって、小刻みにふるえている。ラトスは革靴の底から伝わってくる冷気のために、足首から下の感覚がほとんどなくなっていた。
セウラザが木戸を押す。
錠はかかっていないらしい。少し押しただけで、木戸はキイと音をたてて開いた。
屋内は明かりが灯っていないようで、薄暗かった。
開いた木戸の隙間から差しこんだ光だけが、足元をわずかに照らしている。そこにセウラザは足を踏み入れた。ふわりと埃が立ちあがり、踏みこまれた足にまとわりつくようにゆれる。
「……ふむ」
先に入ったセウラザが屋内を見回すと、何かを感じたらしく、短く声をこぼした。
どうしたのかと思って、メリーとラトスも中に入ったが、すぐに理由は分かった。
三人が入った屋内は、小さな家に収まるような広さではなかった。二倍、三倍どころではなく、二十倍か、三十倍は外観よりも広い。
床面は埃こそ積もっていたが、磨かれた大理石が全面に敷き詰められていた。壁や柱は白を基調に上品な細工がほどこされていて、等間隔に大きな窓がならんでいる。窓から外を見てみると、先ほどまでいた雪原が広がっていた。なぜか、外の光は屋内にほとんど入ってこないようだった。多くの窓があるにもかかわらず、屋内は薄暗い状態を保っていた。
木戸から入って正面には、大理石が敷き詰められた広場があった。その先には、幅の広い階段が見えた。階段はずいぶん高いところまで延びていたが、暗闇に溶けていて先は見えなかった。
「ここ、エイスガラフ城の……中、ですね」
辺りを見回しながら、メリーが小さく言った。
「これが、城の中……か」
「少し違うようなところもある気がしますけど、間違いないです」
違うようなところがある気がするという感覚は、ラトスにもよく分かるところだった。自身の夢の世界で、城下街や家の中を見回していた時もそうだった。どこか違和感があるのだが、具体的にどこに違和感があるのかははっきり分からなかったのだ。
「この城のどこかに、王女がいるのか?」
「どうでしょう……。いてくれると信じたいですけど」
「とにかく、ここがエイスガラフ城に似ているなら、メリーさんが探したほうがいいな」
現の世界のエイスガラフ城は、貴族以上でなければ入城できない。どんな大金持ちでも、一般人はすべて、城外の屋敷にて対応されるのが常らしい。見取り図すら見たことがないラトスがこの城を探索することになれば、ほぼ全部の部屋を見ていくことになる。
「そうですね。殿下が普段いるところから、探してみましょうか」
「ああ。頼む」
ラトスがうなずくと、メリーは正面にある幅の広い階段に向かって歩きだした。
一階は、窓からわずかにこぼれる外の光がたたずんでいる。階段の上が極端に暗いので、光が沈んでいるかのようだった。
ある程度階段を上ってから、ラトスはふり返る。高い位置に取り付けられている窓の外は、真っ暗になっていた。家の外が雪で埋まっているからなのか、別の世界を映しだしているのかは分からない。ただ、このまま進めば暗闇の中を歩くことになるのは、間違いなさそうだった。
「どこかに、灯りになるものはあるか?」
足元が見えなくなるほど暗くなると、セウラザは辺りを見回しながらメリーにたずねた。
メリーはしばらくその場で立ち止まって考えていたが、やがて何かを思いついたように顔をあげた。腰から銀色の細剣をぬきはなつ。
「これで、どうです?」
メリーは剣をかまえながら自信にあふれた表情を見せて、手に力をこめはじめた。すると剣身はわずかに光を帯び、周囲を照らしだした。
「お前……、便利だな」
「でしょう?」
メリーは胸を張って見せると、どこかで灯りになるものを探しましょうと言って、また階段を上りはじめた。剣を光らせつづけるのは、「祓い」の力をずっと使っているようなものだ。確かにこのまま灯り代わりにするには、代償が大きすぎるかもしれない。
階段を上がりきると、長い廊下が前方と左右に延びていた。
いずれの道も真っ暗で、どこまでつづいているのか分からない。しかしメリーは、迷わず前方の廊下に向かって足を進めた。二人は黙って、彼女の後につづく。
城の中はこんなにも広いのだなと、ラトスはほそく長く静かに息を吐きだしながら辺りを見回した。
メリーの剣の光が届く範囲しか見えないが、同じような景色がずっとつづいている。廊下の左右には、いくつもの扉がならんでいた。どれだけとおりすぎても、同じように扉がならびつづける。景色も雰囲気も、変わる気配はなかった。
いくつかの分岐点を曲がり、また歩く。
どこまで行くのだとラトスがたずねようとしたとき、前を歩くメリーの足が止まった。彼女の前には、今までとおりすぎたものよりも一回り大きい扉があった。
「ここか?」
扉の前で立ち止まったメリーに、ラトスが声をかけた。
メリーはしばらく扉を見つめていたが、やがてラトスのほうに顔を向けて静かにうなずいた。
「よし。入るぞ」
「……はい」
ラトスは念のため、腰の短剣に手をかける。
空いた手で扉の取っ手をつかみ、ひねった。カチャリと音を鳴らし、取っ手が回る。
隣にいるメリーから、唾を飲みこむ音が聞こえた。
取っ手をにぎった手を押しだすと、扉は音もなく静かに開いた。
「……フィノア。いますか……?」
開いた扉の隙間から、メリーは室内を覗きこみながら小さく言った。
沈黙と静寂が流れる。
メリーの声に反応するものは何もない。ラトスは大きく扉を押し開けた。そのいきおいで、室内の埃が舞いあがる。埃はメリーの剣の光に照らされて、ちらちらと煌めきながら宙をただよった。
メリーは、舞いあがった埃を手で払いながら、室内に足を踏み入れた。
「いない、ですね……」
居間らしき広い部屋を見回しながら、メリーは残念そうにうなだれた。
「ここは、王女の部屋なのか?」
「……そうですね。殿下とは、よくここで過ごしていました」
寂しそうに言うメリーを見て、王女と彼女はずいぶんと仲が良いのだなと思った。先ほどから、ぽつぽつと王女の名を呼び捨てにしている。主従というより、友人や姉妹のような関係なのかもしれない。
ラトスは、落ち込むメリーに声をかけようかどうか悩んだ。彼女に手を伸ばそうとした瞬間、後ろに立っていたセウラザが突然部屋の奥に向かって歩きだした。ラトスは少し驚いて、彼が歩いていく先に視線を移した。
セウラザが行く先には、大きな木が生えていた。
広い居間の端に、大きな木の枝が、床と天井を突き破っていた。
「なんだ。こんなところに、木?」
ラトスは驚いた声をあげて、大きな木に近付こうとする。すると、前に立っているセウラザが腕をあげてさえぎった。
「これは、木ではない」
「……なに?」
「これは、セウラザだ」
腕をあげてさえぎられたのでラトスはセウラザの背しか見えなかったが、彼は無感情な声で静かに言った。
「なんだって? これが……?」
大きな木を見ながら、ラトスは疑うような声を上げる。
前に立っていたセウラザは、間違いないと言って静かにうなずいた。
「この、王女の世界のセウラザなのか?」
「そのようだ」
「この木が?」
「そうだ。正確には、この木の中にいる」
言いながらセウラザは大きな木に近付いて、そっと幹に手をかけた。
「中に、か。……これは、普通にあることなのか?」
「いや。これは、おそらく……緊急処置だろう」
「……緊急処置って、どういうことです?」
二人の後ろからメリーの声が飛んできた。
ラトスとセウラザがふり返る。メリーは苦しそうな表情をして、彼らをじっとにらむように見ていた。
「おそらくだが」
にらむように視線を向けてくるメリーの顔を見据えて、セウラザが口を開いた。
「この夢の世界を、活動停止状態にしようとしたのだろう」
「活動……停止?」
「そうだ。仮死と言ってもいい」
「仮死……って!?」
メリーは大声をあげて、両手をふるわせた。
右手ににぎっている銀色の細剣も、光をはなちながらふるえている。わずかに、剣身からはなたれている光が強まったように見えた。
「メリーさん、落ち着け」
「落ち着けますか!? これ!?」
メリーが怒鳴り声をあげる。
剣身からはなたれる光が強まっていくのを見て、ラトスはあわてて彼女の傍に駆け寄った。もしここでメリーの剣が暴発したら、大惨事だ。
「ここで慌てて、王女が救えるのか?」
「……っ!」
「俺もここまで来たんだ。王女を見捨てるようなことはしない。だから、落ち着いてくれ」
ラトスはできるだけメリーが興奮しないように、言葉を選びながら言った。
だが、本心でもあった。王女の身に何かあれば、ラトスの目的である妹のための復讐も達成は困難になる。どんな手を使っても、王女だけは生きた状態で現の世界に連れ帰りたい。
「セウラザ。仮死状態にする意味は分かるか?」
「詳しくは分かりようもないが、精神的異常の拡大阻止、というところだろう」
「……なるほど」
肉体的な異常と言われなかったことに、ラトスはひとまず安心した。
精神的異常がどんなものかは分からない。王女のセウラザがここまでしなくてはいけなくなったのだから、軽度な異常ではないのだろう。放置すれば命の危険に近いことがあると判断したに違いない。
恐慌か狂乱か、それ以外の何かか。
ラトスたちが、それさえ取り除けば王女の命は助かる。
「じゃあ、このまま探そう」
ラトスはメリーに向き直って言う。
彼女はしばらく黙って目をつぶっていたが、やがて目を開けて小さくうなずいた。
「他に王女がいそうなところは、ないのか?」
「書斎か……、寝室でしょうか」
「どっちが近い?」
「寝室なら、すぐそこに」
メリーが指差した先を見ると、そこは、すぐ隣の部屋のようだった。
ラトスはメリーに向かってうなずいてみせる。セウラザに声をかけ、みなで手分けして灯りになるようなものを探すよううながした。
「ランタンなら、ここに」
勝手知ったるメリーは、ラトスの言葉を受けて迷わず部屋の隅に行き、ランタンを手にしてみせた。
彼女が手に取ったランタンは、ずいぶんとこまやかな装飾がほどこされたものだった。灯りとして利用するというより、観賞用に近い。だが、灯りになるなら何でもかまわない。ラトスはメリーにうなずいてみせる。彼女はすぐ、ランタンに火を灯した。
ゆらりと火の灯りが広がっていく。
小さなランタンではあったが、十分な明るさだった。
メリーは明かり代わりにしていた銀色の細剣を鞘に納める。ランタンを持ちなおし、ラトスとセウラザのもとに駆け寄った。
「すぐ隣が寝室ですけど、私が先に入るので、少し待っていただけますか?」
「……そう、だな。分かった」
女性の、しかも王女の私室なのだ。安易に立ち入らせてはいけないと思ったのだろう。断る理由もないので、ラトスは素直にうなずいた。
ランタンの明かりをゆらしながら、メリーは足早に居間を出ていく。暗闇が広がりはじめた居間に取り残されないよう、ラトスとセウラザは急いでメリーの後を追った。落ち着けと言っても、焦る気持ちをおさえきれないのだろう。二人が廊下に出ると、メリーはすでに隣の部屋に向かって歩きだしていた。
セウラザは静かに言うと、みすぼらしい木戸に向かって歩いていった。
あわててメリーが後につづき、ラトスもそれに従った。伸び放題の雑草をかき分け、踏みつけながら進む。ふり返ってみると、踏みつけられた雑草は何事も無かったかのように元にもどっていた。不思議に思ったラトスは、今度はよく手入れされた花壇に手を伸ばそうとした。するとラトスの手に反応するかのように、花がかすかにゆれた。枝葉が伸びてきて、ラトスの手に寄り添うように自らふれてくる。その様子は奇妙だったが、不思議と嫌な気分にはならなかった。
三人が木戸の前に立つと、セウラザは木戸を三度たたいた。
しばらく待ったが、中から返事はない。
「誰もいないのでしょうか……」
「雪に埋まっていたしな」
「仕方がない。勝手に入るとしよう。いいな?」
木戸に手をかけながら、セウラザが確認を求める。ラトスとメリーはすぐにうなずいた。
ここまでして、入らない選択肢はない。それに、三人の身体は冷え切っていた。セウラザは平気そうにしていたが、一番身体を冷やしているはずだった。金属製の甲冑を着ていて、冷えないはずがない。メリーは少し前から何度も身体をさすって、小刻みにふるえている。ラトスは革靴の底から伝わってくる冷気のために、足首から下の感覚がほとんどなくなっていた。
セウラザが木戸を押す。
錠はかかっていないらしい。少し押しただけで、木戸はキイと音をたてて開いた。
屋内は明かりが灯っていないようで、薄暗かった。
開いた木戸の隙間から差しこんだ光だけが、足元をわずかに照らしている。そこにセウラザは足を踏み入れた。ふわりと埃が立ちあがり、踏みこまれた足にまとわりつくようにゆれる。
「……ふむ」
先に入ったセウラザが屋内を見回すと、何かを感じたらしく、短く声をこぼした。
どうしたのかと思って、メリーとラトスも中に入ったが、すぐに理由は分かった。
三人が入った屋内は、小さな家に収まるような広さではなかった。二倍、三倍どころではなく、二十倍か、三十倍は外観よりも広い。
床面は埃こそ積もっていたが、磨かれた大理石が全面に敷き詰められていた。壁や柱は白を基調に上品な細工がほどこされていて、等間隔に大きな窓がならんでいる。窓から外を見てみると、先ほどまでいた雪原が広がっていた。なぜか、外の光は屋内にほとんど入ってこないようだった。多くの窓があるにもかかわらず、屋内は薄暗い状態を保っていた。
木戸から入って正面には、大理石が敷き詰められた広場があった。その先には、幅の広い階段が見えた。階段はずいぶん高いところまで延びていたが、暗闇に溶けていて先は見えなかった。
「ここ、エイスガラフ城の……中、ですね」
辺りを見回しながら、メリーが小さく言った。
「これが、城の中……か」
「少し違うようなところもある気がしますけど、間違いないです」
違うようなところがある気がするという感覚は、ラトスにもよく分かるところだった。自身の夢の世界で、城下街や家の中を見回していた時もそうだった。どこか違和感があるのだが、具体的にどこに違和感があるのかははっきり分からなかったのだ。
「この城のどこかに、王女がいるのか?」
「どうでしょう……。いてくれると信じたいですけど」
「とにかく、ここがエイスガラフ城に似ているなら、メリーさんが探したほうがいいな」
現の世界のエイスガラフ城は、貴族以上でなければ入城できない。どんな大金持ちでも、一般人はすべて、城外の屋敷にて対応されるのが常らしい。見取り図すら見たことがないラトスがこの城を探索することになれば、ほぼ全部の部屋を見ていくことになる。
「そうですね。殿下が普段いるところから、探してみましょうか」
「ああ。頼む」
ラトスがうなずくと、メリーは正面にある幅の広い階段に向かって歩きだした。
一階は、窓からわずかにこぼれる外の光がたたずんでいる。階段の上が極端に暗いので、光が沈んでいるかのようだった。
ある程度階段を上ってから、ラトスはふり返る。高い位置に取り付けられている窓の外は、真っ暗になっていた。家の外が雪で埋まっているからなのか、別の世界を映しだしているのかは分からない。ただ、このまま進めば暗闇の中を歩くことになるのは、間違いなさそうだった。
「どこかに、灯りになるものはあるか?」
足元が見えなくなるほど暗くなると、セウラザは辺りを見回しながらメリーにたずねた。
メリーはしばらくその場で立ち止まって考えていたが、やがて何かを思いついたように顔をあげた。腰から銀色の細剣をぬきはなつ。
「これで、どうです?」
メリーは剣をかまえながら自信にあふれた表情を見せて、手に力をこめはじめた。すると剣身はわずかに光を帯び、周囲を照らしだした。
「お前……、便利だな」
「でしょう?」
メリーは胸を張って見せると、どこかで灯りになるものを探しましょうと言って、また階段を上りはじめた。剣を光らせつづけるのは、「祓い」の力をずっと使っているようなものだ。確かにこのまま灯り代わりにするには、代償が大きすぎるかもしれない。
階段を上がりきると、長い廊下が前方と左右に延びていた。
いずれの道も真っ暗で、どこまでつづいているのか分からない。しかしメリーは、迷わず前方の廊下に向かって足を進めた。二人は黙って、彼女の後につづく。
城の中はこんなにも広いのだなと、ラトスはほそく長く静かに息を吐きだしながら辺りを見回した。
メリーの剣の光が届く範囲しか見えないが、同じような景色がずっとつづいている。廊下の左右には、いくつもの扉がならんでいた。どれだけとおりすぎても、同じように扉がならびつづける。景色も雰囲気も、変わる気配はなかった。
いくつかの分岐点を曲がり、また歩く。
どこまで行くのだとラトスがたずねようとしたとき、前を歩くメリーの足が止まった。彼女の前には、今までとおりすぎたものよりも一回り大きい扉があった。
「ここか?」
扉の前で立ち止まったメリーに、ラトスが声をかけた。
メリーはしばらく扉を見つめていたが、やがてラトスのほうに顔を向けて静かにうなずいた。
「よし。入るぞ」
「……はい」
ラトスは念のため、腰の短剣に手をかける。
空いた手で扉の取っ手をつかみ、ひねった。カチャリと音を鳴らし、取っ手が回る。
隣にいるメリーから、唾を飲みこむ音が聞こえた。
取っ手をにぎった手を押しだすと、扉は音もなく静かに開いた。
「……フィノア。いますか……?」
開いた扉の隙間から、メリーは室内を覗きこみながら小さく言った。
沈黙と静寂が流れる。
メリーの声に反応するものは何もない。ラトスは大きく扉を押し開けた。そのいきおいで、室内の埃が舞いあがる。埃はメリーの剣の光に照らされて、ちらちらと煌めきながら宙をただよった。
メリーは、舞いあがった埃を手で払いながら、室内に足を踏み入れた。
「いない、ですね……」
居間らしき広い部屋を見回しながら、メリーは残念そうにうなだれた。
「ここは、王女の部屋なのか?」
「……そうですね。殿下とは、よくここで過ごしていました」
寂しそうに言うメリーを見て、王女と彼女はずいぶんと仲が良いのだなと思った。先ほどから、ぽつぽつと王女の名を呼び捨てにしている。主従というより、友人や姉妹のような関係なのかもしれない。
ラトスは、落ち込むメリーに声をかけようかどうか悩んだ。彼女に手を伸ばそうとした瞬間、後ろに立っていたセウラザが突然部屋の奥に向かって歩きだした。ラトスは少し驚いて、彼が歩いていく先に視線を移した。
セウラザが行く先には、大きな木が生えていた。
広い居間の端に、大きな木の枝が、床と天井を突き破っていた。
「なんだ。こんなところに、木?」
ラトスは驚いた声をあげて、大きな木に近付こうとする。すると、前に立っているセウラザが腕をあげてさえぎった。
「これは、木ではない」
「……なに?」
「これは、セウラザだ」
腕をあげてさえぎられたのでラトスはセウラザの背しか見えなかったが、彼は無感情な声で静かに言った。
「なんだって? これが……?」
大きな木を見ながら、ラトスは疑うような声を上げる。
前に立っていたセウラザは、間違いないと言って静かにうなずいた。
「この、王女の世界のセウラザなのか?」
「そのようだ」
「この木が?」
「そうだ。正確には、この木の中にいる」
言いながらセウラザは大きな木に近付いて、そっと幹に手をかけた。
「中に、か。……これは、普通にあることなのか?」
「いや。これは、おそらく……緊急処置だろう」
「……緊急処置って、どういうことです?」
二人の後ろからメリーの声が飛んできた。
ラトスとセウラザがふり返る。メリーは苦しそうな表情をして、彼らをじっとにらむように見ていた。
「おそらくだが」
にらむように視線を向けてくるメリーの顔を見据えて、セウラザが口を開いた。
「この夢の世界を、活動停止状態にしようとしたのだろう」
「活動……停止?」
「そうだ。仮死と言ってもいい」
「仮死……って!?」
メリーは大声をあげて、両手をふるわせた。
右手ににぎっている銀色の細剣も、光をはなちながらふるえている。わずかに、剣身からはなたれている光が強まったように見えた。
「メリーさん、落ち着け」
「落ち着けますか!? これ!?」
メリーが怒鳴り声をあげる。
剣身からはなたれる光が強まっていくのを見て、ラトスはあわてて彼女の傍に駆け寄った。もしここでメリーの剣が暴発したら、大惨事だ。
「ここで慌てて、王女が救えるのか?」
「……っ!」
「俺もここまで来たんだ。王女を見捨てるようなことはしない。だから、落ち着いてくれ」
ラトスはできるだけメリーが興奮しないように、言葉を選びながら言った。
だが、本心でもあった。王女の身に何かあれば、ラトスの目的である妹のための復讐も達成は困難になる。どんな手を使っても、王女だけは生きた状態で現の世界に連れ帰りたい。
「セウラザ。仮死状態にする意味は分かるか?」
「詳しくは分かりようもないが、精神的異常の拡大阻止、というところだろう」
「……なるほど」
肉体的な異常と言われなかったことに、ラトスはひとまず安心した。
精神的異常がどんなものかは分からない。王女のセウラザがここまでしなくてはいけなくなったのだから、軽度な異常ではないのだろう。放置すれば命の危険に近いことがあると判断したに違いない。
恐慌か狂乱か、それ以外の何かか。
ラトスたちが、それさえ取り除けば王女の命は助かる。
「じゃあ、このまま探そう」
ラトスはメリーに向き直って言う。
彼女はしばらく黙って目をつぶっていたが、やがて目を開けて小さくうなずいた。
「他に王女がいそうなところは、ないのか?」
「書斎か……、寝室でしょうか」
「どっちが近い?」
「寝室なら、すぐそこに」
メリーが指差した先を見ると、そこは、すぐ隣の部屋のようだった。
ラトスはメリーに向かってうなずいてみせる。セウラザに声をかけ、みなで手分けして灯りになるようなものを探すよううながした。
「ランタンなら、ここに」
勝手知ったるメリーは、ラトスの言葉を受けて迷わず部屋の隅に行き、ランタンを手にしてみせた。
彼女が手に取ったランタンは、ずいぶんとこまやかな装飾がほどこされたものだった。灯りとして利用するというより、観賞用に近い。だが、灯りになるなら何でもかまわない。ラトスはメリーにうなずいてみせる。彼女はすぐ、ランタンに火を灯した。
ゆらりと火の灯りが広がっていく。
小さなランタンではあったが、十分な明るさだった。
メリーは明かり代わりにしていた銀色の細剣を鞘に納める。ランタンを持ちなおし、ラトスとセウラザのもとに駆け寄った。
「すぐ隣が寝室ですけど、私が先に入るので、少し待っていただけますか?」
「……そう、だな。分かった」
女性の、しかも王女の私室なのだ。安易に立ち入らせてはいけないと思ったのだろう。断る理由もないので、ラトスは素直にうなずいた。
ランタンの明かりをゆらしながら、メリーは足早に居間を出ていく。暗闇が広がりはじめた居間に取り残されないよう、ラトスとセウラザは急いでメリーの後を追った。落ち着けと言っても、焦る気持ちをおさえきれないのだろう。二人が廊下に出ると、メリーはすでに隣の部屋に向かって歩きだしていた。
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しかし、彼らの前には「復讐」の準備を終えたアデリーンの兄たちが立ちはだかる。
「遅いよ。僕らのかわいい妹を泣かせた罪、一生かけて償ってもらうからね」
これは、すべてを失った少女が、真の居場所と愛を見つけるまでの物語。
廃城の泣き虫アデリー
今野綾
ファンタジー
領主の娘だったアデリーはある日家族を殺され育った領地から命からがら逃げ出した。辿り着いた先は廃城。ひとり、ふたりと住人が増える中、問題が次々とおこって…
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