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思惑
繋がりからはじまる
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ラトスの家に着くまで、やはり、だいぶ時間がかかった。
中央区画をぬけて、巨大な穴を迂回していく。
その後ラトスの家へ行くためには、不思議な街をさまよわなくてはならない。様々な地方の建築物が混ざったその街は、ところどころに深い闇が落ちている。暗闇を避けるとずいぶん迂回することになりそうなのは、以前訪れた時と変わりないようだった。
「灯りにします?」
「いや、いいさ」
メリーが腰に下げた細剣に手をあてて言う。剣を光らせて、暗闇をぬけようというのだ。ラトスは頭を横にふった。街全体が暗いわけではないので、武具に力を使うのはもったいない気がしたのだ。
迂回するのは面倒で時間もかかるが、ここは夢の世界である。どれほど歩いても足が疲れることはない。都合の良いことは利用しようと、ラトスたちは街中を右に左に歩いていった。
「これは、外国の建物ですか……?」
辺りを見回しながら、フィノアが言った。
エイスの美しい城下街ではないから、嫌な顔をするのではないかとラトスは思っていた。ところが、めずらしい建物がならんでいることにフィノアは興味を持ったようだ。岩をくりぬいた家など、目を輝かせて観察している。
「そうだな。それは、海辺の岩壁にある建物だった。実物は、もっとすごいのだが」
「そうなのですね。岩壁……ですか」
勝手に家の中へ入っていきそうないきおいで、フィノアは岩の家を見ている。
フィノアの後ろで、メリーがそわそわとしていた。不安なのだろうか。少女が戸の取っ手に手をかけようとすると、あわてて止めに入った。そんなに心配しなくても良いだろうとメリーに声をかけたが、彼女は頭を大きく横にふった。
「だって! 幽霊がいそうですよ!」
目を大きく見開いて、メリーが言う。
失礼なことを言う奴だ。そう思ったが、以前、ラングシーブの建屋で怖い思いをしたことをラトスは思い出した。
この不思議な街の中には、多くの住人がいる。そのほとんどは、目に見えている。生きているかは分からないが、普通に生活しているように見えた。だが、目に見えない住人もいるようだった。時々、誰もいないのに、戸が開いたり閉まったりするのだ。誰もいない道では、突然大きな土煙があがったりもする。風ではなく、馬車などがとおったような土煙だ。
「……まあ、そうだな」
またひとつ、大きな土煙があがる道を見て、ラトスは仕方なくうなずく。
この見えない住人も、幽霊と言えば幽霊だ。もちろん、メリーにそんなことは言わない。うるさくなるのは、目に見えているからだ。
「そういうことらしいから、あまりウロウロしないほうがいいぞ」
ラトスは諦めた顔をして、フィノアに手招きしてみせる。
「……そうですか。では、止めておきましょう」
フィノアは少し考えるようなそぶりをしたが、メリーの顔を見て小さくうなずいた。
少女は大人しく、メリーの後を付いて歩く。メリーは安心したのだろうか。ほそく長く息を吐いて、歩きだした。
そのうちに、大きな広場が見えてきた。
中心には、ぽつりと小さな家が建っている。ラトスの家だ。周囲は、以前発った時よりも明るくなっていた。
広場に入ると、心なしかセウラザの足取りが軽くなっているように見えた。無表情なこの男でも、帰ってきたという安堵感のようなものを持っているのだろうか。奇妙なものを見た気がして、ラトスは片眉をあげる。
「あれが、クロニスさんの家ですか?」
ラトスの後ろから、フィノアが小さく声をかけてきた。
メリーからはなれて、わざわざ近寄ってきたようだ。
「ああ」
「……このまま、入っても大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。悪いな」
「いいえ」
短い言葉で、フィノアは確認する。
事務的だが、ありがたいことだと、ラトスは感心した。王女ではあるが、まだ小さな子供なのだ。自分が子供だった頃は、これほど気を遣えただろうか。思い出そうとしたが、記憶の中に利発な子供の姿は見つけられなかった。
話しているうちに、家の前まで歩いてきていた。
懐かしい気持ちと、ざわめくような気持ちが、混ざりあっている。
この木戸の先に、シャーニがいる。また、吐き気を感じたりしないだろうか。木戸に手を伸ばすセウラザを見て、ラトスはいくつもの不安をよぎらせた。
「……誰か、いるな」
木戸に手をかけようとした瞬間、セウラザが小さな声で言った。
ラトスは、ビクリと肩をゆらす。シャーニ以外の、誰がいる? しばらく考えたが、特に思いつくことはない。
ラトスの後ろで、メリーとフィノアが緊張しているのが分かる。メリーは、腰に下がっている銀色の細剣に手を伸ばしていた。彼女を見て、ラトスは黙って手のひらを向ける。
「開けるぞ」
木戸に手をかけて、セウラザが言った。ラトスは小さくうなずく。
ギイと、軋む音がする。
戸に、隙間ができる。中は、暗くない。木窓を開けているのだろう。
火の爆ぜる音がした。同時に、床の軋む音が連続する。やはり、誰かいるようだった。
開いていく木戸の隙間から、人影が見えた。シャーニではない。大きな、人間の影だ。それは、一人ではなかった。三人、大人の影が見える。その奥に、小さな人影があった。
「おう! 遅かったじゃないか!」
家の中から、大きな声がひびいた。
大人の影のひとつが、太い腕をあげている。明らかに、こちらを意識して声をあげたようだった。
「……ミッド、か?」
太い腕をあげた男を見て、ラトスが訝し気に言った。
「おう!」
「ミッド。なんで、ここにいるんだ?」
「なんでって……お前。そりゃ、当然だろう」
ミッドは大きな声で応えると、隣にいる二人の男と一緒に笑いだした。
「お前が、シャーニちゃんを置いていくからだろう? 俺たちは、心配してたんだ」
ミッドは笑いながら、後ろにいる少女を手のひらで指した。シャーニだ。
シャーニは、以前ここで別れた時と同様に無表情だった。大人に囲まれている状況で、ピクリとも動かない。ところが木戸から入ってきたセウラザを見ると、わずかに顔色が変わった。ミッドの脇をとおりすぎ、セウラザに向かって走っていく。
「待たせたようだな」
飛びこんできたシャーニを腕の中に迎え入れて、セウラザは静かに言った。
無表情だが、優しい声だ。セウラザとシャーニの姿を見て、ラトスはわずかに複雑な気持ちになった。
「世話になったようだ。ありがとう」
セウラザはシャーニの頭をなでながら、奥にいる三人に声をかけた。
ミッドと、その後ろにいる二人の男は、恥ずかしそうに両手をふる。息を合わせたかのように三人同時に同じ仕草をするのを見て、ラトスは自身の緊張が少しほぐれたのを感じた。
「フラント。セファ。お前たちもいるなんて」
ミッドの後ろにいる二人の男に、ラトスは声をかけた。
「ラトス。お前、俺たちの名前覚えてたんだな。興味もないと思ってたぜ」
「おい。セファ。賭けは俺の勝ちだ。信じてたぜ。俺は。ラトスはそういう奴さ」
フラントとセファと呼ばれた男たちは、にぎやかにしゃべりながら返事をする。
この二人は、ラングシーブのギルドメンバーだった。一緒に仕事をすることはなかったが、何度かは顔を合わせたことがある。ミッドと仲が良いことも知っていた。聞いた話だと、二人は義兄弟らしい。
「三人とも、……夢の世界に来たのか?」
ラトスは顎に手を当てながら、ミッドの顔を見た。
「いや? 俺たちは、現の人間じゃねぇ。お前の世界の住人さ」
「……そう、なのか? ずいぶんとよく喋る、な」
「よく喋る、だって? わはは! おい! これは傑作だ! おい、フラント! セファ! わはは! これは傑作だ!」
「いや。ミッドの旦那。特に面白いツボは、ねぇよ。どこで笑ったんだよ」
セファが冷静に言う。確かに面白いことを言ったつもりはない。大笑いするミッドを見て、ラトスは苦笑いをした。こういうところは、現の世界のミッドと同じだ。本当に夢の世界の住人なのだろうか。フラントとセファも、現の世界の彼らと同じに見える。
「セウラザ。本当に、夢の住人なのか?」
疑念が晴れず、仕方なくセウラザに助けを求めた。セウラザは、すぐにうなずく。
「そうだ。彼らは、この世界の住人だ」
「……そうなのか。何か、他の奴らと、少し違うな」
「ああ。そうだな。彼らには自我がある。少し、特別なのだ」
そう言ってセウラザは、三人を手のひらで示してみせた。
自我があるというのは、おかしな話だと、ラトスは思った。自分の夢の世界に、別の人間の自我があるべきではない気がしたのだ。乗っ取られたりしないのだろうかと、妙な心配をしてしまう。
「自我はあっても、彼らは、この世界に不利益をもたらすことは出来ない。安心すると良い」
心を読んだかのように、セウラザが言った。
ラトスは片眉をあげる。
「どうやって、自我を持つんだ? 俺が、そう望むからか?」
「いいや。そうではない」
セウラザは、頭を横にふってみせた。
「彼らの元になる人間が、悪夢の回廊を越えて、この世界にいる同じ人間に接触すると、記憶の一部と自我を分け与えられるのだ」
「……なに?」
突然難しい話になって、ラトスの頭は混乱した。額に手を置いて、ミッドたちを見る。セファが、にやりと笑っていた。挑戦的な目だ。分かるまいと言いたげである。現の世界のセファも、相手を小ばかにするような目で見る男だった。
「……つまり、ミッドたちは、悪夢の回廊を越えて、この世界に来たことがあるのか」
「そうだ」
「眠っている間に、セウラザの姿で……?」
「そうなる」
セウラザは即答し、うなずいてみせた。
思いもしなかったことに、ラトスは驚きを隠せない。それが本当だとすれば、世の中にある馬鹿げた話が真実だったことになるのだ。
例えば、夢の中で、誰かから助言を聞くというものだ。
眠っている時に、夢の中で知り合いが現れることはよくある。その際に、自分では思いつきもしない言葉を与えてくれることもある。もしそれらが、自我を持つ夢の住人だとすれば、納得できる話だ。馬鹿な話だと笑ってきたが、そのような裏があるとは思わなかった。
「……なるほどな」
ラトスは、額に手を置いたまま、もう一度ミッドたちを見た。
セファだけではなく、フラントとミッドも、にやりと笑っている。本当に、現の世界の三人と同じような反応だ。ラトスは、傷のある頬をかすかに引きつらせた。
「おう。ラトス。お前。物分かりだけは、本当にいいな。腹が立つ野郎だ」
ラトスの顔をのぞきこむようにして、セファが言った。顔は、にやりとしたままだ。
「セファ。お前は、本当にうるさい奴だ。家の外で喋っていれば、ちょうどいいのだがな」
「違いない! わはは!」
ラトスの皮肉に、ミッドが大笑いをした。
まるで元の世界に戻ってきたようだと、ラトスは複雑な気持ちになった。このまま友人たちの中に溶けこみたい気持ちと、はなれてしまいたい気持ちが同時にあふれてくる。だが、溶けこむなど、あってはならない。
視線の先に、金色の髪の少女が映った。シャーニだ。いつの間にか、三人の男たちの後ろにもどっていた。その姿を見て、吐き気まではしなかったが、胸の奥が潰れそうになった。
ラトスは、わずかに肩をすくめる。
少女の目が、ラトスを見ていた。目を背けようとしたが、目も頭も、身体もなぜか動かせない。
「そろそろ……いいですか?」
顔をゆがめそうになった瞬間、ラトスの後ろから声が飛びこんできた。フィノアの声だった。
身体の緊張がぬけて、ラトスはふり返った。フィノアが、苛立ったような表情をしていた。大樹の杖を床に何度か打ち付けて、ラトスと三人の男たちをにらんでいる。
「今後の話をする、予定のはずでしたが」
「ああ……。そうだったな」
「忘れていたのですか?」
「いや。すまない」
ラトスは、素直に謝った。
フィノアは、感が良い。ラトスが、シャーニを見た直後に声をかけてきたのだ。本当に苛立って、声をかけてきただけではないだろう。ラトスは内心ほっとして、わずかにフィノアに向けて頭を下げてみせた。それを見て、フィノアは視線を横にそらした。自然に流れを変えたつもりなのだろうから、礼を受けるのは変だと思ったのかもしれない。
「おう。俺たちのことは、気にしなくてもいいぜ」
「そうだな。ラトス。お前に会いに来たわけじゃないしな」
ミッドとセファが言うと、フラントもうなずいた。
三人の後ろに、無表情のシャーニがいる。セウラザからはなれて彼らのところに行ったということは、多少懐いているのだろう。
フラントが、シャーニの頭をなでていた。少女の金色の髪が、ふわりとゆれている。心地がいいらしく、シャーニはフラントの手に頭を寄せていた。思い出してみれば、現の世界でもフラントとシャーニは仲が良かった。その名残があるのかもしれなかった。
「そうか。悪いな」
ラトスは、ミッドに小さく手をあげてみせた。
それを受けて、ミッドは大声で笑いながらうなずいた。
中央区画をぬけて、巨大な穴を迂回していく。
その後ラトスの家へ行くためには、不思議な街をさまよわなくてはならない。様々な地方の建築物が混ざったその街は、ところどころに深い闇が落ちている。暗闇を避けるとずいぶん迂回することになりそうなのは、以前訪れた時と変わりないようだった。
「灯りにします?」
「いや、いいさ」
メリーが腰に下げた細剣に手をあてて言う。剣を光らせて、暗闇をぬけようというのだ。ラトスは頭を横にふった。街全体が暗いわけではないので、武具に力を使うのはもったいない気がしたのだ。
迂回するのは面倒で時間もかかるが、ここは夢の世界である。どれほど歩いても足が疲れることはない。都合の良いことは利用しようと、ラトスたちは街中を右に左に歩いていった。
「これは、外国の建物ですか……?」
辺りを見回しながら、フィノアが言った。
エイスの美しい城下街ではないから、嫌な顔をするのではないかとラトスは思っていた。ところが、めずらしい建物がならんでいることにフィノアは興味を持ったようだ。岩をくりぬいた家など、目を輝かせて観察している。
「そうだな。それは、海辺の岩壁にある建物だった。実物は、もっとすごいのだが」
「そうなのですね。岩壁……ですか」
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フィノアの後ろで、メリーがそわそわとしていた。不安なのだろうか。少女が戸の取っ手に手をかけようとすると、あわてて止めに入った。そんなに心配しなくても良いだろうとメリーに声をかけたが、彼女は頭を大きく横にふった。
「だって! 幽霊がいそうですよ!」
目を大きく見開いて、メリーが言う。
失礼なことを言う奴だ。そう思ったが、以前、ラングシーブの建屋で怖い思いをしたことをラトスは思い出した。
この不思議な街の中には、多くの住人がいる。そのほとんどは、目に見えている。生きているかは分からないが、普通に生活しているように見えた。だが、目に見えない住人もいるようだった。時々、誰もいないのに、戸が開いたり閉まったりするのだ。誰もいない道では、突然大きな土煙があがったりもする。風ではなく、馬車などがとおったような土煙だ。
「……まあ、そうだな」
またひとつ、大きな土煙があがる道を見て、ラトスは仕方なくうなずく。
この見えない住人も、幽霊と言えば幽霊だ。もちろん、メリーにそんなことは言わない。うるさくなるのは、目に見えているからだ。
「そういうことらしいから、あまりウロウロしないほうがいいぞ」
ラトスは諦めた顔をして、フィノアに手招きしてみせる。
「……そうですか。では、止めておきましょう」
フィノアは少し考えるようなそぶりをしたが、メリーの顔を見て小さくうなずいた。
少女は大人しく、メリーの後を付いて歩く。メリーは安心したのだろうか。ほそく長く息を吐いて、歩きだした。
そのうちに、大きな広場が見えてきた。
中心には、ぽつりと小さな家が建っている。ラトスの家だ。周囲は、以前発った時よりも明るくなっていた。
広場に入ると、心なしかセウラザの足取りが軽くなっているように見えた。無表情なこの男でも、帰ってきたという安堵感のようなものを持っているのだろうか。奇妙なものを見た気がして、ラトスは片眉をあげる。
「あれが、クロニスさんの家ですか?」
ラトスの後ろから、フィノアが小さく声をかけてきた。
メリーからはなれて、わざわざ近寄ってきたようだ。
「ああ」
「……このまま、入っても大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。悪いな」
「いいえ」
短い言葉で、フィノアは確認する。
事務的だが、ありがたいことだと、ラトスは感心した。王女ではあるが、まだ小さな子供なのだ。自分が子供だった頃は、これほど気を遣えただろうか。思い出そうとしたが、記憶の中に利発な子供の姿は見つけられなかった。
話しているうちに、家の前まで歩いてきていた。
懐かしい気持ちと、ざわめくような気持ちが、混ざりあっている。
この木戸の先に、シャーニがいる。また、吐き気を感じたりしないだろうか。木戸に手を伸ばすセウラザを見て、ラトスはいくつもの不安をよぎらせた。
「……誰か、いるな」
木戸に手をかけようとした瞬間、セウラザが小さな声で言った。
ラトスは、ビクリと肩をゆらす。シャーニ以外の、誰がいる? しばらく考えたが、特に思いつくことはない。
ラトスの後ろで、メリーとフィノアが緊張しているのが分かる。メリーは、腰に下がっている銀色の細剣に手を伸ばしていた。彼女を見て、ラトスは黙って手のひらを向ける。
「開けるぞ」
木戸に手をかけて、セウラザが言った。ラトスは小さくうなずく。
ギイと、軋む音がする。
戸に、隙間ができる。中は、暗くない。木窓を開けているのだろう。
火の爆ぜる音がした。同時に、床の軋む音が連続する。やはり、誰かいるようだった。
開いていく木戸の隙間から、人影が見えた。シャーニではない。大きな、人間の影だ。それは、一人ではなかった。三人、大人の影が見える。その奥に、小さな人影があった。
「おう! 遅かったじゃないか!」
家の中から、大きな声がひびいた。
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「……ミッド、か?」
太い腕をあげた男を見て、ラトスが訝し気に言った。
「おう!」
「ミッド。なんで、ここにいるんだ?」
「なんでって……お前。そりゃ、当然だろう」
ミッドは大きな声で応えると、隣にいる二人の男と一緒に笑いだした。
「お前が、シャーニちゃんを置いていくからだろう? 俺たちは、心配してたんだ」
ミッドは笑いながら、後ろにいる少女を手のひらで指した。シャーニだ。
シャーニは、以前ここで別れた時と同様に無表情だった。大人に囲まれている状況で、ピクリとも動かない。ところが木戸から入ってきたセウラザを見ると、わずかに顔色が変わった。ミッドの脇をとおりすぎ、セウラザに向かって走っていく。
「待たせたようだな」
飛びこんできたシャーニを腕の中に迎え入れて、セウラザは静かに言った。
無表情だが、優しい声だ。セウラザとシャーニの姿を見て、ラトスはわずかに複雑な気持ちになった。
「世話になったようだ。ありがとう」
セウラザはシャーニの頭をなでながら、奥にいる三人に声をかけた。
ミッドと、その後ろにいる二人の男は、恥ずかしそうに両手をふる。息を合わせたかのように三人同時に同じ仕草をするのを見て、ラトスは自身の緊張が少しほぐれたのを感じた。
「フラント。セファ。お前たちもいるなんて」
ミッドの後ろにいる二人の男に、ラトスは声をかけた。
「ラトス。お前、俺たちの名前覚えてたんだな。興味もないと思ってたぜ」
「おい。セファ。賭けは俺の勝ちだ。信じてたぜ。俺は。ラトスはそういう奴さ」
フラントとセファと呼ばれた男たちは、にぎやかにしゃべりながら返事をする。
この二人は、ラングシーブのギルドメンバーだった。一緒に仕事をすることはなかったが、何度かは顔を合わせたことがある。ミッドと仲が良いことも知っていた。聞いた話だと、二人は義兄弟らしい。
「三人とも、……夢の世界に来たのか?」
ラトスは顎に手を当てながら、ミッドの顔を見た。
「いや? 俺たちは、現の人間じゃねぇ。お前の世界の住人さ」
「……そう、なのか? ずいぶんとよく喋る、な」
「よく喋る、だって? わはは! おい! これは傑作だ! おい、フラント! セファ! わはは! これは傑作だ!」
「いや。ミッドの旦那。特に面白いツボは、ねぇよ。どこで笑ったんだよ」
セファが冷静に言う。確かに面白いことを言ったつもりはない。大笑いするミッドを見て、ラトスは苦笑いをした。こういうところは、現の世界のミッドと同じだ。本当に夢の世界の住人なのだろうか。フラントとセファも、現の世界の彼らと同じに見える。
「セウラザ。本当に、夢の住人なのか?」
疑念が晴れず、仕方なくセウラザに助けを求めた。セウラザは、すぐにうなずく。
「そうだ。彼らは、この世界の住人だ」
「……そうなのか。何か、他の奴らと、少し違うな」
「ああ。そうだな。彼らには自我がある。少し、特別なのだ」
そう言ってセウラザは、三人を手のひらで示してみせた。
自我があるというのは、おかしな話だと、ラトスは思った。自分の夢の世界に、別の人間の自我があるべきではない気がしたのだ。乗っ取られたりしないのだろうかと、妙な心配をしてしまう。
「自我はあっても、彼らは、この世界に不利益をもたらすことは出来ない。安心すると良い」
心を読んだかのように、セウラザが言った。
ラトスは片眉をあげる。
「どうやって、自我を持つんだ? 俺が、そう望むからか?」
「いいや。そうではない」
セウラザは、頭を横にふってみせた。
「彼らの元になる人間が、悪夢の回廊を越えて、この世界にいる同じ人間に接触すると、記憶の一部と自我を分け与えられるのだ」
「……なに?」
突然難しい話になって、ラトスの頭は混乱した。額に手を置いて、ミッドたちを見る。セファが、にやりと笑っていた。挑戦的な目だ。分かるまいと言いたげである。現の世界のセファも、相手を小ばかにするような目で見る男だった。
「……つまり、ミッドたちは、悪夢の回廊を越えて、この世界に来たことがあるのか」
「そうだ」
「眠っている間に、セウラザの姿で……?」
「そうなる」
セウラザは即答し、うなずいてみせた。
思いもしなかったことに、ラトスは驚きを隠せない。それが本当だとすれば、世の中にある馬鹿げた話が真実だったことになるのだ。
例えば、夢の中で、誰かから助言を聞くというものだ。
眠っている時に、夢の中で知り合いが現れることはよくある。その際に、自分では思いつきもしない言葉を与えてくれることもある。もしそれらが、自我を持つ夢の住人だとすれば、納得できる話だ。馬鹿な話だと笑ってきたが、そのような裏があるとは思わなかった。
「……なるほどな」
ラトスは、額に手を置いたまま、もう一度ミッドたちを見た。
セファだけではなく、フラントとミッドも、にやりと笑っている。本当に、現の世界の三人と同じような反応だ。ラトスは、傷のある頬をかすかに引きつらせた。
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「セファ。お前は、本当にうるさい奴だ。家の外で喋っていれば、ちょうどいいのだがな」
「違いない! わはは!」
ラトスの皮肉に、ミッドが大笑いをした。
まるで元の世界に戻ってきたようだと、ラトスは複雑な気持ちになった。このまま友人たちの中に溶けこみたい気持ちと、はなれてしまいたい気持ちが同時にあふれてくる。だが、溶けこむなど、あってはならない。
視線の先に、金色の髪の少女が映った。シャーニだ。いつの間にか、三人の男たちの後ろにもどっていた。その姿を見て、吐き気まではしなかったが、胸の奥が潰れそうになった。
ラトスは、わずかに肩をすくめる。
少女の目が、ラトスを見ていた。目を背けようとしたが、目も頭も、身体もなぜか動かせない。
「そろそろ……いいですか?」
顔をゆがめそうになった瞬間、ラトスの後ろから声が飛びこんできた。フィノアの声だった。
身体の緊張がぬけて、ラトスはふり返った。フィノアが、苛立ったような表情をしていた。大樹の杖を床に何度か打ち付けて、ラトスと三人の男たちをにらんでいる。
「今後の話をする、予定のはずでしたが」
「ああ……。そうだったな」
「忘れていたのですか?」
「いや。すまない」
ラトスは、素直に謝った。
フィノアは、感が良い。ラトスが、シャーニを見た直後に声をかけてきたのだ。本当に苛立って、声をかけてきただけではないだろう。ラトスは内心ほっとして、わずかにフィノアに向けて頭を下げてみせた。それを見て、フィノアは視線を横にそらした。自然に流れを変えたつもりなのだろうから、礼を受けるのは変だと思ったのかもしれない。
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三人の後ろに、無表情のシャーニがいる。セウラザからはなれて彼らのところに行ったということは、多少懐いているのだろう。
フラントが、シャーニの頭をなでていた。少女の金色の髪が、ふわりとゆれている。心地がいいらしく、シャーニはフラントの手に頭を寄せていた。思い出してみれば、現の世界でもフラントとシャーニは仲が良かった。その名残があるのかもしれなかった。
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