傀儡といしの蜃気楼 ~消えた王女を捜す旅から始まる、夢の世界のものがたり~

遠野月

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鉄の門

鍍金の枝からはじまる

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   ≪鉄の門≫



 火花が散った。

 吠えながら、ラトスは黒い短剣をふりぬく。
 夢魔は得物をはじき返されて、上体を大きくのけぞらせた。

 相対する夢魔の手には、大きな武器があった。人の身体より大きい、いびつな形をした金棒だ。上体をのけぞらせながらも、夢魔は金棒を大きくふる。荒々しくふり回すので、ひとふりごとに空気のはじける音がした。

 頭上に、金棒が見える。
 ラトスは、体勢を立て直す。同時に、空気がはじけた。いきおいよく、ラトスに向かって金棒がふり下ろされる。これは、受けられない。重すぎて、受けた腕が持っていかれるのだ。ラトスが横に飛ぶと、落雷のような轟音がひびきわたった。

「行きます!」

 ラトスが避けた反対側から、メリーの声がひびいた。風のいきおいを乗せて、飛びこんでいる。メリーの剣先は強く光っていて、すでに、夢魔の首元に光がとどいていた。
 夢魔は、ふり下ろした金棒を持ちあげた。飛びこんでくるメリーを凝視して、肩に力を入れている。並の相手なら、反撃が間に合うだろう。だが、メリーは速かった。

 金棒をふり上げる直前、夢魔の頭は光につつまれた。
 光る剣が、ラトスの頭上を突きぬけていく。あざやかなものだと、ラトスは感心した。隙さえ与えれば、合図しなくてもメリーは飛びこんでくるようになった。しかも魔法の力を利用しているので、攻撃が速い。
 頭が無くなった夢魔の向こう側から、メリーの顔が見える。どうですかと言わんばかりに、自信に満ちた表情だった。ラトスは、黒い短剣をにぎった腕を左右にふってみせる。それを見て、メリーは満足そうにうなずいた。

 国王の夢の世界に繋がる悪夢の回廊は、予想通り、夢魔が強かった。
 回廊の様子は、以前と変わらない。薄暗闇の中に、延々と黒い石畳の道がつづいているだけだ。道は上下左右に曲がりくねっていて、遠くの方は陽炎のようにゆれている。

 夢魔の強さ以外に違いがあるとすれば、空気だろうか。わずかに、重圧のようなものを感じる。身体が重く、長く戦っていると息切れするのも早い。メリーとセウラザも、同じように感じているようだ。戦い終わった後は、すぐに剣を収めている。少しでも長く、身体を休めたいのだ。

「……もう、大丈夫ですか?」

 後ろから、フィノアの声が聞こえた。小さく、消え入りそうな声だ。
 ふり返ると、剣を収めたセウラザの背後に、フィノアが立っていた。かすかにふるえている。

「大丈夫だ」
「……そうですか」

 辺りを見回しながら、フィノアは小さく息を吐いた。
 手に持っている大樹の杖も、かすかにふるえている。少女の目線の先には、黒い塵になっていく夢魔の身体があった。

 悪夢の回廊に入るまで、フィノアは落ち着いていた。
 意気揚々としているわけでもなく、怖気づいているわけでもない。
 回廊の番人が開いた水の扉も、澄ました顔で飛びこんでいった。小さな世界で生きてきた王女なら、少しは驚くだろう。そう思っていたが、目の前に広がる不思議な出来事にフィノアは大きく反応しなかった。

 器が大きいのだろうか。
 そう思っていた矢先、夢魔との戦いで、フィノアの鍍金(めっき)ははがれた。

 夢魔がおそろしいわけではない。
 武器を持って戦うことに、恐怖を感じたのだ。
 おそいかかってくる夢魔に、ラトスたちが剣をかまえる。それだけで、フィノアは身をすくませた。それまでの気丈な王女の姿は、どこにもない。本当に、どこにでもいる小さな少女だと、ラトスは思った。

 このまま進むのは、難しいかもしれない。
 おびえながらも、何とか戦っていたメリーとは違う。今のままでは、フィノアは足手まといになってしまう。王女の従者であるメリーは、足手まといなどと思いもしていないだろう。だが戦いの最中、メリーの視線は何度もフィノアに向いていた。
 もし今、強敵が現れたら、ラトスたちは内側から崩れることになる。

「ペルゥ」

 周囲を警戒してるペルゥに、ラトスは声をかけた。

「なーに?」
「お前。魔法の指南くらいなら、出来るんだろう?」
「魔法? ……ああ。王女様に?」
「そうだ」

 フィノアを見ながら、ペルゥが小さくうなる。
 ペルゥは、徹底して戦闘には参加しない。理由は分からないが、この獣は中立の立場を崩さない。しかし、メリーに魔法の使い方を教えているのは、見たことがあった。道案内をふくめ、夢の世界のことを教えるのは、問題ないようだった。

「うーん。まあ、そうだね。今のままだと大変だよねー」
「分かってたなら、何とかしてやれよ」
「えー」

 面倒くさそうに、ペルゥはため息をついた。どうやら、フィノアのことが少し苦手らしい。
 メリー同様に、フィノアはペルゥを気に入っている。だが、可愛がり方が妙なのだ。フィノアは、無表情にペルゥをなで回す。最初の内は、ペルゥは気持ちよさそうになでられていた。しかし、延々と無表情になでられるのが怖かったのだろう。いつの間にかペルゥは、フィノアから距離を取るようになっていた。

「じゃあね。ラトス。お願いって、言って?」
「なに?」
「頼みます。お願いします。ペルゥ様ー! って、言って?」
「……お願いします。ペルゥさん」
「あはは! うーん。悪くないね。これは、悪くないなー!」

 ペルゥは大笑いすると、宙でくるくる回りながらフィノアのところへ飛んでいった。

 フィノアは、セウラザの後ろでまだふるえていた。
 これからずっと、あのような怪物と戦いつづけるのか。幽霊のようなものから逃げつづけるだけのほうが良い。そう思うまでになっていたところに、白い塊が上から飛んできた。ペルゥだ。

 ペルゥは、震えるフィノアの頭をなでる。
 白い髪が、ふわりとゆれた。

「王女様、大丈夫?」

 フィノアの顔の前で、小さな前足を左右にふる。
 少女は、はっと顔をあげた。大樹の杖のふるえが、ぴたりと止まる。

「大丈夫です」
「そう?」
「ええ。ありがとうございます」

 言いながら、フィノアは深く頭を下げた。
 あわてたペルゥは、フィノアの頭の下にもぐり込む。そして、前足を少女の頬に当てた。

「まあまあ。固いことはいいよ。それよりも、一つ、面白いことを教えようと思ってね」
「面白いこと?」
「そう! 見ててね」

 ペルゥは言うと、くるりと反転した。フィノアに背を向けて、小さな前足を前にだす。ペルゥは、小さく息を吐いた。同時に、誰にも聞こえないぐらい小さな声で、何かをつぶやく。

「えい!」

 小さな声でつぶやき切った後、ペルゥは可愛らしい掛け声をあげた。すると、小さな前足の先に、赤い光が灯った。なんだろうとフィノアがのぞき込むと、赤い光はさらに大きくなった。
 光の中で、何かが動いた。
 生き物だろうか。そう思ったが、少し違う。

「……何かの、芽?」

 赤い光の中をのぞきながら、フィノアが言った。

「そう! 正解ー! これは植物だよー」

 明るい声をあげると、ペルゥは両前足を大きく広げてみせた。
 広がる前足にあわせて、光の中にあった芽から、いくつもの枝葉がふきだす。伸びる枝葉は互いにからまりあい、楕円状の盾のようなものになった。

「……これは、魔法ですか?」
「そうだよー。これは≪土≫の魔法」
「……土?」

 首をかしげながら、フィノアは植物の盾に手を伸ばす。ふれると、わずかに温かさが伝わってきた。枝も葉も、ひとつひとつ生きているように感じる。どうだい? と、ペルゥが聞いてきた。フィノアは、すぐに言葉がでなかった。魔法というのは、もっと荒々しいものだと思っていたのだ。

「気に入ったかい?」

 ペルゥは、満足そうに笑って言う。
 そして、作り出した植物の盾をフィノアに手わたした。

「これは、王女様にも作れるよ」
「本当ですか?」
「うん! ボクの見立てだと、王女様は≪土≫の力があるからね」

 言いながら、ペルゥはフィノアの肩の上に乗る。
 やわらかい毛が、フィノアの頬をなでた。その瞬間、少女の頭の中も、ふわりとゆれた。

 初めて自分の肩に乗ってくれた嬉しさに、フィノアは放心しそうになった。いつもメリーの肩の上に乗っていて、うらやましいと思っていたのだ。なにやらペルゥが説明をはじめているが、どうでもよくなった。このままずっとはなれないでいてほしいと、フィノアは心から願った。

「……王女様? 聞いてる?」
「……っふぁい?」

 ペルゥの前足が、フィノアの頬を押している。
 我に返ったフィノアは、裏返った声で返事をした。その声に、ペルゥは目をまるくさせる。驚いたようだ。少し沈黙がつづいた後、フィノアはあわてて、ごめんなさいと謝った。

「あはは! それ! いい顔だー!」

 赤面しているフィノアを見て、ペルゥは大笑いした。
 あまりに笑うので、フィノアは困惑した。これまで自身に対し、冷やかすような言い方をしてきたのは父か母くらいだったのだ。無礼者と言いたいところだが、話を聞いていなかった自分も悪い。どうすればいいのか分からなくなって、フィノアは赤面したままうつむいた。

「おい。あまり、いじめるなよ」

 遠くから、ラトスの声が聞こえた。
 顔をあげると、ラトスがこちらを見ていた。ずっと様子をうかがっていたらしく、腕を組んで困った表情を浮かべている。

「いじめられていません」

 妙に恥ずかしくなって、フィノアは強い口調で言った。

「そうか?」
「ボクもいじめてないよ」
「ペルゥさんは、黙ってろ」
「ひどーい!」

 フィノアの肩の上で、ペルゥがのたうち回る。その動きが面白かったのか。赤面して固まっていたフィノアの表情は、わずかにやわらかくなった。

「それで……えっと、私にも、魔法が使えるのですよね」

 フィノアは、肩の上でパタパタと動くペルゥにたずねる。

「あ。え、うん。使えるよ!」
「どうすれば……良いのでしょうか?」
「そうだねー。例えば、今持っている杖を見ながら、力を込めてみて?」
「……力を?」

 フィノアは、首をかしげる。
 杖なら、今までずっと力を込めてにぎっていた。ふるえながら、ずっとだ。

 訝し気な表情で、フィノアは大樹の杖をかまえた。
 大樹と鷲の装飾がほどこされた杖には、いくつもの宝石がはまっている。その宝石を見ながら、フィノアはにぎる力を強めた。こんなことで、なにか変わるのだろうか? 強くにぎりつづけたせいか、杖全体が、かすかにふるえる。

「大丈夫。じっと、その、宝石だけを見て」

 肩の上で、ペルゥが言う。吸いこまれるような声だと、フィノアは思った。頭の中をのぞかれているような、妙な気持ちになる。そんなことを思っているうちに、手のひらに伝わる杖の感触がかすかに変わった。杖の頭を見ると、宝石のいくつかが、光りだしていた。

「……光ってる」
「そう。そのまま、宝石の奥の、光を見るんだ」

 ペルゥに言われるがまま、フィノアは光りだした宝石をじっと見た。宝石の中の光は、ゆっくりとゆれているようだった。フィノアが意識を右にずらすと、宝石の中の光も右にずれた。

 光を見ながら、フィノアは、植物の盾の姿を思い浮かべた。
 あれが、自分でも作れるのだろうか? そう思いながら光を見ていると、光はじわりと赤く染まっていった。同時に、杖をにぎる手が杖の中に吸い込まれるような感覚になった。 
 驚いたが、不思議と不快ではない。自分の身体全体が、杖になったような気持ちになった。これが魔法を使う感覚なのだろうか。フィノアはわずかに高揚しながら、さらに杖を強くにぎりしめた。

 瞬間、赤い光が強くなった。
 光の中に、多くの力が芽吹いている。

 拡がり、咲け。

 フィノアが強く願うと、光の中から枝葉がふきだした。枝葉は互いにからまりあいながら、たくさんの花を咲かせていく。
 想像したとおりに、枝葉は広がっていくようだった。思うがままに成長をさせていくと、植物の盾は、フィノアの身体よりも大きくなった。成長させすぎたのだろうか。伸びた枝は、黒い石畳に突き刺さっていく。まるで石畳の隙間から生えでたようだと、フィノアは思った。
 突き刺さった場所からは、さらに多くの枝が伸びはじめた。同時に多くの花を咲かせていくので、まるで庭園の一部のようにも見えた。

「これはすごい」

 ペルゥが拍手した。
 耳の横で打ち鳴らされる拍手を聞いて、フィノアは杖をにぎる力を弱めた。成長をつづけていた枝葉の盾は、人の身体の二倍ほどの高さになって、止まった。
 
「これが……土の力、ですか?」

 黒い石畳に突き刺さった枝葉の盾を見て、フィノアはこぼすように言う。

「そうだねー。土は、生み出す力なんだ」
「生み出す、ですか」
「そうそう。見ててね」

 合点がいかないフィノアを見て、ペルゥは、枝葉の盾を前足で指してみた。
 小さな前足の先に、光が集まっている。周囲に風が舞い、光に向かって収束していく。

「それー!」

 ペルゥの掛け声とともに、光から、風の球が弾きだされた。
 風の球は、枝葉の盾に向かって飛んでいく。いきおいよく弾きだされたので、枝葉はばらばらに壊されてしまうのではと、フィノアは思った。せっかく作ったのに、どういうつもりなのだろう。フィノアは眉をひそめ、思わず枝葉の盾に手を伸ばした。

 風の球が、枝葉に当たる。
 弾けて、拡散した。風に巻きあげられて、枝葉は大きくゆれた。やはり壊れてしまったのかと、フィノアはがっかりした。

「ほら、ね。こんな感じ」

 明るいペルゥの声がする。何を言ってるのだろうと、フィノアは首をかしげた。
 ほらほらと、ペルゥが枝葉に向かって前足を伸ばす。仕方なく、フィノアはその先を見た。すると、どこも壊れていない、枝葉の盾の姿が見えた。大きく風にゆれているだけで、花も葉も、なにひとつ散っていない。

「土の力っていうのは、こういう感じ。守ったり、直したりする力だよ」
「……守る」
「そうそう。メリーの風の力とは、逆だねー」

 メリーを前足で指しながら、ペルゥが言った。
 びくりと、メリーが身体をゆらす。魔法の力で現れた枝葉を見ていて、ペルゥの話を聞いていなかったのだ。突然名前を挙げられて、何の話ですか? と、メリーは首をかしげた。

 そこからは、魔法の話になった。
 ラトスとセウラザも、話に混ざる。説明が下手なペルゥの言葉を、セウラザが少しずつ補足していった。

 夢の世界には、基本的に四つの属性があるという。
 メリーが持つ、風。フィノアが持つ、土。それ以外に、水と、火だ。
 夢の世界の住人も、現の世界の人間も、皆が属性を持っているのだと、ペルゥは言った。

「メリーの、風の力は、速く走ったり、飛んだりできる。あと、物を吹き飛ばしたりとか」

 メリーの銀色の細剣を前足で指しながら、ペルゥはつづけて説明する。その割には攻撃的だと、ラトスは思った。メリーは、風の力で物を粉々にしているように見える。使い方次第なのだろうか?

「ラトスさんは、何の力があるのですか?」

 メリーが言った。それは、ラトスも気になっていることだった。武器をにぎっても、彼女たちのように魔法が使えそうな気配がなかったからだ。
 メリーの問いに、ペルゥは一瞬固まった。やがて、うーんとうなりだし、何度かセウラザのほうを見る。視線を送られたセウラザは、腕を組んで小さくうなずいた。

「えっとね。ラトスは、属性の力が無いんだ」
「……無い?」
「うん。無い」
「そんなこと、あるのか?」
「いやー、普通はないんだけどねー」

 苦笑いしながら、ペルゥは言う。
 属性が無いということは、魔法が使えないのだろうか。ラトスは腰の短剣にふれながら、少し考えた。しかし、不思議と残念な気持ちにはならなかった。

「ま、まあ。無属性にも良いことはあるんだ。一応ねー」
「どんなだ?」
「他人の夢の世界に長くとどまっていても、怒られない。とか」

 なんだそれはと、ラトスは一蹴した。
 良いこととは、まったく思えないのだ。しかし、ペルゥとセウラザは、真面目な顔をして否定した。

 夢の世界の属性の力は、周囲に影響を与えつづけるのだという。
 例えば、風の力を持つメリーは、フィノアの夢の世界には長くいられないと、セウラザが説明した。属性が異なると、悪影響を及ぼすのだという。最悪の場合、個人の夢の世界そのものが、別属性を異物と判断するというのだ。
 異物とされた者は、強制的に個人の夢の世界から排出されてしまうのだという。

「それは、つまり。存在感が薄いということか?」
「あっははー! それ、良い例えだね! 本当にそんな感じ!」
「……おい。ペルゥ」
「ゴメンナサイ。調子に乗りました」

 申し訳なさそうにペルゥは謝るそぶりを見せたが、瞳の奥は、まだ笑ったままに見えた。
 からかえる材料を与えてしまった気がして、ラトスは面白くない。魔法が使えないのは気にならないが、見方を変えれば無能ということだろうか。現の世界では、それなりに腕に自信があった。物心ついたころから剣をにぎってきたのだ。当然と言ってもいい。

「まあ。何とかなるだろう」

 ため息混じりに、ラトスは声をこぼした。
 魔法が使えなくても、今のところメリーに負ける気はしない。戦い方を工夫すれば、無能に成り下がることはないだろう。セウラザの剣ほどでなくとも、多様な武具を使いこなせば、さらに戦えるはずだ。

「さあ。そろそろ行こう」

 話に一区切りついたところで、セウラザが言った。
 長く話していたからか、戦闘後の疲労感はほとんど無くなっていた。また夢魔におそわれる前に、できるだけ進んだほうがいいだろう。

「ありがとうございます。ペルゥ」

 大きく伸びをしているペルゥに、フィノアが小さな声で言った。

「んー? お安い御用だよー! これくらいしか、ボクに取り柄、ないからねー!」

 明るい声で、ペルゥは返す。それを受けて、フィノアは、深々と頭を下げた。
 毎度丁寧に対応をするフィノアに、ペルゥはあわてる。フィノアの頭の下にもぐりこむと、小さな前足を少女の頬に押し当てた。

「いいの、いいの。ラトスをからかえたし、ボク的にはお得だったよ」
「……そうですか?」
「おい。聞こえてるぞ。ペルゥ」
「ひー!」

 走る準備をしているラトスの声が、飛びこんでくる。
 ペルゥはこわがるような仕草をして、フィノアの後ろに隠れた。もちろんこわがってはいないのだが、ペルゥの挙動は、フィノアの心をつかんでくる。メリーが可愛いと絶賛する気持ちが、フィノアにはよく分かった。

「フィノア。走れますか?」
「ええ。大丈夫よ、メリー」

 メリーに返事をしながら、大樹の杖を強くにぎる。

 戦いは、苦手だ。きっと、次もふるえるだろう。
 だが、守るだけならば、できるだろうか。メリーと一緒に走りだしながら、フィノアは杖をじっと見た。大樹の杖の宝石が、かすかに光った。大丈夫だと、うなずいてくれたような気がした。
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