傀儡といしの蜃気楼 ~消えた王女を捜す旅から始まる、夢の世界のものがたり~

遠野月

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思惑

温もりからはじまる

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 話がまとまるのを待っていたのかのように、暖炉から火の爆ぜる音がした。
 ラトスは暖炉に目を向ける。新たに薪をくべてもいないのに、火は赤く、強く燃えているように見えた。
 暖炉の前に、シャーニが立っていた。少女のほそい金色の髪が、赤みを帯びている。その髪を、フラントがなでていた。

「もう、行くのか?」

 フラントの隣にいた、ミッドが言った。
 大きな身体が、小さく見える。心配そうにしている時のミッドは、上体を下げる癖があった。仲間たちは皆、身体を小さくするミッドを見て、面白おかしく笑っていたものだ。
 そんな彼を、最近さらに縮こまらせている原因は、ラトスだった。縮こまらせている自覚はあったが、ラトスはずっと甘えていた。そうしなければ、心が消えてしまいそうになる気がしたのだ。

「ああ。もう、行く」

 ラトスは、口の端をかすかにあげて言った。
 もう、ミッドに寄りかからないように進まなくては。夢の世界でも心配させていては、面目ない。ラトスは、ミッドの大きな身体に向けて、拳をかざした。

「早く帰れよ」
「ああ」
「シャーニちゃんは、見ておく。心配するな」
「悪いな」

 ラトスは手をふりながら言う。
 ミッドも太い腕をあげて、ラトスに拳をかざした。

「……また、シャーニちゃんとしばらくお別れですか」

 メリーが小声で言う。そういえば、シャーニに会うことを楽しみにしていた気がした。
 三人の男に囲まれているシャーニを見て、メリーは大きく手をふった。少女は一瞬びくりと身体をゆらした。怖がっているようではないが、少し警戒しているらしい。
 しかしメリーは、少女の意を解そうとはしない。
 シャーニと目が合うと、三人の男たちを押しのけるようにして少女のもとに走り寄った。

「可愛い……可愛いですよー」

 シャーニの金色の髪をなでながら、メリーが言う。
 子供の髪なので、ほそく、柔らかいはずだ。なで心地は良いだろう。犬猫をなでるようにしているのは複雑なところだが、分からないわけではないと、ラトスはこらえることにした。

「この子が、シャーニ……。確かに、メリーがおかしくなるわけですね」

 ラトスの後ろから、フィノアの声がした。
 ふり返ると、困った表情をしたフィノアが目に映った。シャーニを可愛がるメリーをじっと見ている。嫉妬でもしているのだろうか。そう思ったが、すぐに違うと分かった。
 フィノアが、速足で歩いていく。
 メリー同様、三人の男たちを押しのけて、シャーニのそばに寄っていった。

「……可愛いわね」

 真顔で、フィノアは言った。
 シャーニの金色の髪が、ふわりとゆれている。メリーと同じように、フィノアもその髪にふれた。ほそく、柔らかい。手のひらに馴染んで、吸い付くように感じる。
 フィノアは、そのままシャーニの頬に手を伸ばした。

 瞬間、フィノアの手は止まった。
 指先が、凍るように冷たくなったのだ。痛みを感じるほどの冷たさに、フィノアは手をはなしそうになった。

「ダメです」

 小さな声で、メリーが言った。
 その声は、フィノアと、周りにいる三人の男にしか聞き取れないほどの小さな声だった。

「離したら、ラトスさんに見えますよ」

 シャーニの髪をなでながら、メリーがつづける。
 彼女の言葉に、フィノアは一瞬戸惑った。冷気を感じる指先は、シャーニの頬に伸びたままだ。この冷たさは、この小さな子供から発しているようだった。

 何故だろうと思ったが、フィノアはすぐに感づいた。
 おそらく、シャーニは亡くなっている子供なのだ。ラトスの今までの言動を思い出せば、その可能性は高い。死んだ親や兄弟に会うというのは、嬉しいという気持ちだけでは済まないに違いない。フィノアははっとして、ラトスの方へふり返ろうとしたが、すんでのところで踏みとどまった。
 シャーニの身体が冷たいのは、死んでいるから、というだけではないだろう。
 ラトスが、妹の死を強く意識しているからだ。そうでなければ、体温が無いどころか、冷気を発したりまでしない。

「メリー。大丈夫なの……?」

 フィノアが、心配そうに言った。
 メリーはシャーニの髪だけでなく、身体を抱きしめるようになでていたのだ。自分と同じように冷気を感じているのなら、痛みを感じないはずがない。

「大丈夫じゃない、ですよ。でも、私が痛いんじゃないです」
「……?」
「これは、きっと、ラトスさんが抱えている、痛みですから」
「……そう、ですね」

 メリーの言葉に、フィノアはうなずいた。

 優しくしようと思って、言っているわけではない。メリーは純粋に、思ったことを言っているのだ。これだけは真似できないと、フィノアは強く思った。
 旅の同行者の気持ちをできるだけ理解したいと思ってのことなのだろうか。だからと言って、ここまでするだろうか。そう思いもしたが、だからこそメリーなのだ。このような彼女に救われたことは、いくつもある。

 シャーニに頬ずりしているメリーの頬は、赤かった。
 目の下は青紫色になっている。氷に頬ずりしつづけているようなものだから、当然だ。

「嬢ちゃん。あまりやりすぎると、バレちまうぜ」

 しゃがみ込んできたセファが、小声で言った。

「ですね。でも、可愛いから、こうしたいので」
「……そうかい。まあ、ミッドの旦那が壁になってるから、見えないと思うけどよ」

 それだけ言って、セファはシャーニの頭を軽くなでた。髪だけなら冷たくないのだ。

 フィノアの手は、シャーニの頬に手を伸ばしたまま固まっていた。
 傍目からは、少女の頬の感触味わっているように見えるかもしれない。しかしこのままでは不自然だと思い、フィノアは意を決した。
 シャーニの頬に、しっかりと手のひらを当てる。雪や氷にふれるより、冷たい。手のひらに、痺れるような痛みが走った。

 冷たい身体の少女の目が、じっと見ている。無表情のようで、そうではない。かすかに、悲しい表情だった。痛みを感じながら、フィノアは静かに少女の頬をなでた。少女は動かなかったが、拒むこともなく、静かに呼吸していた。

「良い子、なのね」

 フィノアは小さく、こぼすように言う。

「そう思いますか」
「ええ。思うわ」

 メリーの言葉に、フィノアは短く返してうなずいた。

 シャーニの頬から、手をはなす。
 手のひらが、赤くなっていた。フィノアは手を軽くにぎる。
 同時にシャーニからはなれたメリーも、赤くなった頬を何度か強くぬぐった。そこまでして隠すことではない気もしたが、そうするべきと判断したのだろう。ならば、自分もそうするべきだ。フィノアはそう思って、冷たくなった両手のひらをそっと何度かこすり合わせた。

「もう、いいのか」

 ラトスが言った。一段落付いたと思ったのだろう。

「もうちょっとって言ったら、許してくれます?」

 メリーは立ちあがりながら言うと、三人の男たちの隙間から、顔だけのぞかせた。

「いや。ダメだが?」
「じゃあ、聞かないでくれます?」
「そうだな。次は、聞かずに行く」
「ひどいー!」
『ラトス! 鬼! ひとでなしー!』

 メリーの声に合わせて、腕輪からペルゥの声がひびいた。
 見計らったかのように言葉を合わせていくペルゥに、ラトスが両手をあげて頭を横にふった。ペルゥの姿は見えないが、楽しそうにからかっている様子が目に見えるようだった。

 途端に、騒がしくなる。しかし、妙に良い雰囲気だと、フィノアは感じた。
 城の中で生きてきただけでは、知ることができない空気だろう。再会してからのメリーの言動は、ただ、はしたないと思っていた。しかしそれは、この温かさを知ったからなのかもしれない。

「フィノア。出発、出来ますか?」

 まだしゃがみこんで辺りを見ているフィノアに、メリーが言った。

「ええ。悪夢の回廊、だったかしら?」
「……ですね。……回廊です」
「メリー。まだ、お化けが苦手なのね」
「……はい」

 肩を落として、メリーが応える。
 自分を助けに来るために、一度悪夢の回廊をとおったとは聞いていた。二度目でも怖いものなのだろうか。フィノアは立ちあがりながら首をかしげた。

「フィノアも、行けば分かります」
「そうかしら。少し、楽しみだわ」

 そう言ってフィノアは、彼女の肩を軽くたたいた。
 悪夢の回廊のことは別にして、これで前に進める。フィノアはラトスのほうを見て、短く息を吐いた。
 父親の夢の世界に行けるのだ。この機会を、逃すわけにはいかない。必ず、父が変わってしまった原因を突き止めてみせる。そうすればきっと、元の生活にもどれるはずなのだ。

 ラトスは、じっとフィノアを見ていた。探りを入れるような目だった。吸い込まれるような、黒い瞳。自分のすべてを見透かしているのではないかと、フィノアは目をほそめた。出会った時は、彼のその目が不快で仕方がなかった。
 今は、少し違う。心がざわつくが、妙に落ち着かせてもくれる気がした。

 不思議に思いながら、フィノアもラトスを見返しつづけるのだった。
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