傀儡といしの蜃気楼 ~消えた王女を捜す旅から始まる、夢の世界のものがたり~

遠野月

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重い未来

重い未来からはじまる

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「ラトスさん!?」

 メリーの声が聞こえた。
 目は開かなかったが、今までそばにいた女性はメリーだったのだと分かった。

「……揺らすな。痛い」
「ご、ごめんなさい」

 ラトスが顔をゆがませる。メリーはあわてて、彼の肩から手をはなした。
 メリーのそばに、別の誰かがいる。ぼやけた声がいくつか聞こえた。全員集まっているのだろうか。ラトスは声がする方に顔を向けた。すると、甲高い声がひびいた。その声はラトスを叱りつけるかのようだった。

「……? 動かない」
「動けませんよ。黙って、じっとしていてください」

 頭以外動かせないことに気付いたラトスに、甲高い声が強い口調で言う。
 ラトスの身体は、蔓や枝で縛られていた。強い痛みを感じるところは、隙間なく蔓が巻き付いていた。貪食の夢魔と戦っている最中、フィノアがセウラザの折れた足にほどこしたものと同じだった。

「大げさだな」
「本当にそう思いますか?」

 怒ったようにフィノアが返す。ラトスは身体を締め付ける蔓の感触に顔をゆがませて、頭を横に振った。感覚的に、全身の骨が折れていると分かる。普通なら生きていられない身体に思えた。フィノアの魔法が、生かしてくれているのだろう。

 次第にラトスの視界は、明るくなっていく。
 最初に見えたのは、青白い顔をしたフィノアだった。ラトスのそばに座って、大樹の杖を振っている。少女の身体は、かすかにふるえていた。手の内にある杖の光も、心なしか弱々しい。フィノアの後ろに、メリーとセウラザが膝を突いてこちらを見ていた。二人は、少女の背に手を回して、細い身体を支えているようだった。

「ラトス。無事でなによりだ」

 セウラザが静かに言う。

「ああ。お前もな」
「……セウラザさん。これって無事って言います?」

 二人のやり取りに、メリーが口を突っこむ。
 彼女の目元は、赤かった。自身の身代わりになった人間が瀕死になれば、気も病むだろう。ラトスは困った顔をして見せると、彼女も困った顔で小さく笑った。

「とりあえず、私はこれで休みます」

 ラトスの身体を蔓で縛りあげたフィノアが、上体をゆらしながら言った。疲労困憊の最中に、身を叩いてラトスの治療を行ったのだ。少女は限界の意思表示をして、身体を横に倒した。咄嗟にセウラザが、少女の上体を支える。

「全員、満身創痍だな」

 倒れてすぐに意識を失ったフィノアを見て、ラトスは苦笑いをした。
 外見はほぼ無傷のメリーも、力を使い果たしているようだった。気丈に振舞っているが、顔色が良いとは言えない。本当に余裕があるのは、戦闘に参加していないペルゥだけだろう。

「ペルゥは、どこに行ったんだ」
「辺りを見てくれています」
「少しは役に立つな」
「いつも頑張ってくれてますよ」

 ラトスの言葉に、メリーはムッとする。
 メリーとフィノアからすればそうなのだろう。そう言おうとしたが、やめた。

「そうか」
「そうです」

 ラトスが苦笑いすると、メリーは小さく笑ってうなずいた。彼女の笑顔を見て、ラトスは目を閉じた。寝ますかと、メリーがたずねてくる。いいやと、ラトスは短く返事した。今眠ると持っていかれると言った、ペルゥの言葉を思い出した。
 持っていくのは、黒い靄のことだろう。あれはきっと、夢魔なのだ。なぜかは分からないが、自分の身体に取り付いている。王女の夢の世界で、フィノアに巻き付いていた夢魔のようなものだろうとラトスは考えていた。そうだとすれば、いつかこの身も夢魔に支配されてしまうのだろうか。

「ラトスさん」

 暗い考えをめぐらすラトスに、メリーが声をかけた。

「なんだ」
「ごめんなさい」
「何のことだ」

 突然の謝罪にラトスは、閉じそうになっていた目を開いた。
 メリーは笑顔をゆがませていて、ラトスの顔を見下ろしていた。

「私の不注意で、こんなことに」

 そう言うと、メリーはうなだれた。
 そんなことはないと、ラトスは言わなかった。ラトスが身代わりにならなければ、メリーは死んでいたかもしれないのだ。気休めに適当なことは言えなかった。だが、どのように返事をすればいいのか、ラトスには思い付くことができなかった。

「私は、生きて、帰りたいです」
「……そうだな」
「帰って、やりたいこともありますから」
「そうか」

 なら、もっと上手く戦わないとなと、ラトスが言い加える。そうですねと、メリーは小声で返した。

「やりたいことっていうのは、なんだ?」

 なんとなく、ラトスは聞いてみた。
 動けないのに眠ってはならないというので、暇なのだ。楽しいおしゃべりをしようとは思わないが、暇つぶしになるのは助かるところだった。

「……外の世界を、見てみたいことですね」
「外の?」

 変わったことを言うなと、ラトスは思った。
 貴族なら、金にものを言わせればなんとでもなるのではないだろうか。生きる世界が違うために、理解できないことなのだろうか。貴族にとっての外の世界がめずらしいという理由が、ラトスには分からなかった。

「約束しましたよね」
「何の約束だ?」
「……あれ? ラトスさん、ちょっと?」

 片眉をあげるラトスに、メリーは訝し気な表情を見せた。

「外の世界に連れて行ってくれるという、依頼の話です。忘れましたか?」
「……ああ。そうか」
「忘れてましたね」
「忘れてない」
「嘘。……でも、思い出したなら良いです」

 メリーはいらだった表情をする。視線をラトスの顔からはずし、そっぽを向いた。

 確かに、悲嘆の夢魔と戦う前に依頼の話をしていたなと、ラトスは目をほそめた。
 忘れていたわけではなかった。ただ、重要ではないことだと思って、頭の隅の隅に片づけていたのだ。
 あの時は、悪夢の回廊を突破して王女を救いだすことが、第一だった。あとは、現の世界にもどって、王女を連れ帰す。報奨金の代わりに、復讐を果たす道をつかむためだ。
 ラトスの中にある重要なことは、それだけだった。今でも、そうだ。

「忘れてはいないさ。本当だ」
「そうですか?」

 ラトスの言葉に、メリーはそっぽを向いたまま応える。
 彼女の中では、きっと大きな約束だったのだなと、ラトスは思った。子供のようだが、それだけではないのかもしれない。ラトスとメリーの、互いに重きを置いているものが違うだけなのだ。

「外の世界に行きたいのか」
「行きたいです」
「貴族なら、旅行ぐらい行けるだろう」
「そうでは、ないです」

 メリーは、視線だけラトスに向けていた。その目には、困惑と虚しさが混じっているようだった。
 何か思うところがあるのだ。ラトスは他人の感情に対して機敏ではなかったが、これまで失意の底にふれる人間を見る機会は多くあった。戦場もラングシーブの足が行く先も、心に影を落とした者であふれていたのだ。

「私は、そそっかしいでしょう?」
「そうだな」
「失敗も、たくさんしました」
「そうだろうな」

 苦笑いするメリーに、ラトスは困った顔をして応えた。

「私の一番の失敗って、何だと思います?」

 苦笑いしたまま、メリーがぽつりとこぼした。
 他人の失敗など分からない。ラトスも、数多くの失敗を繰り返してきたのだ。ラトスは首を横に振って、分からないと答えた。

「フィノアと、私の家族を殺しかけたことです」

 メリーは苦笑いしたまま、無感情な声で言った。
 あまりにさらりと、衝撃的な言葉を選んだ彼女に、ラトスは言葉を失った。そそっかしさで、そこまでの事態になることがあるだろうか。なるべく表情を変えず返す言葉を探していると、彼女の口元がわずかにゆがんだ。

「屋敷に火をつけたのです。私が」
「……火事か」
「度の過ぎた、遊びでした」

 メリーが小さな声で言うと、ラトスは、そうかと、短く応えた。
 子供が原因の小火騒ぎなど、よくある話だと、ラトスは思った。だが小さな民家と、貴族の屋敷は違う。損失額も桁が違うだろう。もっと言えば、屋敷などの大きな建造物の火事は、人が死ぬ。小さな家とは違って、火が大きくなれば逃げ場を失うのだ。王女と家族を殺しかけたというのは、そういう意味だろう。
 火事になった経緯は、いくらか想像がつく。ラトスはあえて聞こうとはしなかった。

「無事だったフィノアと、陛下の計らいで、私は無罪放免になりました。それどころか、何もしてないことになったんです。ひどいでしょう?」
「まあ、そうだな」

 ラトスはメリーから目をそむけて、小さくうなずいた。
 そんなことはないとは、言えないことだった。きっと、すべてメリーのせいで、大きな火事になったわけではないだろう。だが、大きな失敗であることに変わりはない。

 ラトスは、メリーと旅してきた短い期間のことを思い返した。
 メリーは、妙に失敗を恐れている様子が多々あった。失敗を恐れるあまり、些細なことにもつまづく傾向もあった。何か理由があるのだろうとは思っていたが、なるほどと腑に落ちた。めずらしい原因ではないが、失敗の規模を考えればなにかに怯えて思考するには十分すぎる過去だろう。

「逃げたいのか。外の世界に」
「変わりたいです。私は、足掻きたくなったのだと思います」
「強いことだ」
「強くなろうと、思わされたんですよ」
「……そうか」

 メリーの言葉に、ラトスは短く応えた。苦笑いする彼女の目は暗くなかった。きっと、この夢の世界で何かを得たのだ。この先も、そうありたいと思ったのかもしれない。

 未来への言葉は、ラトスに重たかった。息苦しさを感じて、彼はそっと目を閉じた。
 メリーの言葉は、すべて未来の話だ。ラトスには無い世界の話だった。彼女の言葉のすべてを、ラトスは汲み取ろうと思えなかった。いや、汲み取ってはならないのだ。未来を棄てた者と旅をして、未来を語るようになったなど、ひどい話である。

「すまないな」
「どうして、謝るのです?」
「やはり、忘れていた」
「ですよねー。ひどいです」

 メリーは頬をふくらませると、拳を作って、ラトスの肩を軽く叩いた。
 肩に触れた彼女の拳は、痛かった。貪食の夢魔に受けた傷よりも、ひどく感じた。
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