傀儡といしの蜃気楼 ~消えた王女を捜す旅から始まる、夢の世界のものがたり~

遠野月

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重い未来

誘う口からはじまる

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 気を失っていたフィノアが目を覚ましたのは、ずいぶん経ってからだった。
 ラトスの身体からは、夢魔に受けた傷の痛みは消えていた。しかし、身体に巻き付いた蔓は消えなかった。枝葉の壁と同じように、フィノアが魔法を取り消さないと消えないのだろう。仕方なくラトスは、フィノアが目を覚ますまでじっと横になっていた。

「危機が去ってみると、愉快な姿ですね」

 蔓に巻かれて身動き取れないラトスを見下ろして、フィノアは意地悪そうに笑った。

「ホントだね! ラトス、絵に描いておきたいよ」
「おい、やめろ」

 ペルゥも笑いながらラトスを見下ろす。
 ラトス以外が動けるようになったので、辺りを警戒していたペルゥは四人の元にもどってきていた。絶好のからかいの機会を得て、ペルゥはあくどい笑顔を見せる。

「まさか、土の魔法に拘束の効果があるなんてね」
「感心しないでくれ」
「これ、解くの勿体ないよねー」
「本当ですね。でも、これでいつでも縛れますから」
「やめてくれよ、そういうの」

 愉快そうに笑うフィノアとペルゥに、ラトスは顔を引きつらせた。
 ラトスの表情を十分に堪能すると、フィノアは彼の身体を巻く蔓をほどいた。枝葉の壁もそうだが、まるで空気に溶けるように消えていく。夢魔の身体が祓われていく様に似ている気もした。

 ラトスはゆっくりと身体を起こしてみた。動かすと全身に痛みを感じるが、動けないほどではなかった。セウラザを見ると、折れた足は完治しているようだった。自分の身体もそのうちに治るのかとフィノアに問うと、たぶんと、少女は短く応えた。

「痛みがあるところだけ、蔓を巻きつけましょうか」
「そうだな。頼むよ」

 フィノアの提案に、ラトスはうなずく。少女は、大樹の杖をゆっくりと振った。杖の宝石が輝くと、ラトスの身体はぼんやりと温かくなった。痛みが強い肩を中心に、枝葉と蔓が生えていく。見た目は気味が悪いが、蔓が巻き付いただけで身体が軽くなった。
 杖を振りながら、フィノアはラトスの左手に目を落としていた。黒く変色したラトスの左手は、治っていなかった。フィノアの治療も効果が無いらしい。心配そうに見ている少女に、気にするなと、ラトスが小さく言った。特に痛みは無く、今のところ黒く変色している部分が広がる様子もない。ラトスの言葉にフィノアは不服そうだったが、間を置いて小さくうなずいた。

「そろそろ行こう」

 セウラザが辺りを見回しながら、静かに言う。釣られるようにラトスも辺りを見た。宙も、道の上も、夢魔の数が増えているようだった。貪食の夢魔を倒したことで、いつも通りの悪夢の回廊になりつつあるのだろう。

「ラトスさん、歩けるのですか?」
「なんとか行けそうだ」
「私、背負いましょうか」
「いや、やめておく。格好悪いしな」
「……え、ちょっと?」

 ラトスの返事に、メリーは怒ったような顔をして拗ねる。事情を知らないフィノアが、メリーの様子を見て首をかしげた。あわてて彼女は、なんでもありませんと取り繕った。

「ペルゥ。もう悪徳はいないだろうな」
「うーん。いないと思うけどね」
「そうか」

 自信無さげに言うペルゥを見て、ラトスは長く息を吐いた。
 二度目の悪夢の回廊で、二度、悪徳の夢魔がいたのだ。偶然ではないだろう。なにか別の意思か力が働いているように思えた。もしも思考力がある何かの意思であれば、面倒なことになる。なにより厄介となるのは、意図を読みとれなければ対策のしようがないということだ。

 ラトスは宙を見あげた。小さな夢魔が、こちらを警戒するようにふよふよと飛んでいる。
 なにかの意思が働いているなら、貪食の夢魔と戦っている様子を見ていても良さそうなものだ。だが、周囲に特殊な夢魔がいるようには見えなかった。すでに姿をくらませたのだろうか。

「ボクも探したけど、特に変わった夢魔はいなかったよ」

 ラトスの心を読むかのように、ペルゥが言った。

「この調子だと、また現れてもおかしくないぞ」
「そうだねー。セウラザの言う通り、すぐに発った方が良いと思うな」

 小さな前足をセウラザに向ける。名を呼ばれた彼はラトスたちに顔を向けたが、すぐに視線を外した。ペルゥに指差されたのが、嫌だったのかもしれない。無表情で分からないが、嫌なのだろうかと思って見てみれば、怒っているような表情に見えなくもなかった。

 話をまとめて、四人と一匹は走りだした。
 おそいかかってる夢魔は少なかったので、ラトスは手を出さずにすんだ。セウラザとメリーが、素早く倒していくからだ。負傷したラトスに気を遣って、速攻しているのかもしれない。フィノアの魔法まで出番がなくなるほどに、小さな夢魔は蹴散らされていく。

 人の身体より一回り大きい夢魔は、ほとんど現れなくなった。縄張りが違うのか、貪食の夢魔の影響かは分からない。だが、強めの夢魔がおそいかかってこないのは、助かるところだった。ラトスが十分に戦えないのはもちろんだが、セウラザとメリーも余力がないはずなのだ。メリーに至っては、力の消費が激しすぎる。表情にはださないが、無理をして戦っているのは見て取れた。

「大丈夫、メリー? 時々休んだ方が良いよ」

 彼女の肩の上に乗っているペルゥが、心配そうに言う。
 大丈夫だと、メリーは笑った。その顔は青白い。

「出口は、まだ遠いでしょうか」

 メリーの様子を見て、フィノアが言った。

「近いよ。あそこに見えてるし」
「どこですか?」
「ほら、あれ」

 小さな前足が、薄暗闇の空間を指した。黒い石畳の道が、途切れていた。遠いためにゆがんで見えていたが、間違いなく道の終わりだった。

「気付いていたのか、ペルゥ」
「ちょっと前にね。焦っても良くないかなと思って黙ってたけど」

 ラトスの問いに、ペルゥは申し訳なさそうに応えた。

「枝葉の花を出してみましょうか」
「花だけか?」
「できるかは分かりませんが」

 大樹の杖を振りながら、フィノアが言う。花のそばにいるとわずかに身体が楽になるのは、分かっていることだった。ただ今までは、花を自由に咲かせることができなかった。ペルゥが言うには、想像力や集中力が不足しているのかもしれないとのことだった。

 杖の宝石が、きらめく。
 光はゆっくりと広がっていって、メリーの身体をつつみこんだ。転送の光のようだと思ったが、身体が消えてしまうほどの強い光ではなかった。むしろ杖から広がる光は、彼女の身体に吸いこまれていくようだった。
 やがてメリーの身体に、ほそい枝が生えはじめた。枝は、くねくねと曲がりながら上へ伸びていく。同時に、いくつかの葉とつぼみを付けた。つぼみは枝の成長が止まってすぐに大きくふくらみ、咲いた。十輪ほど咲くと、花はふわりと溶けて、メリーの身体に吸いこまれた。

「ふわああああ……」

 メリーは恍惚とした表情で、長く息を吐く。
 青白かった彼女の顔色は、みるみるうちに血色が良くなった。

「へぇー」

 ペルゥがうなる。溶けた花を取りこんだメリーの身体をまじまじと見つめ、感心したように何度もうなずいた。花が溶けると、彼女の身体に伸びていた枝葉は、崩れるように消えた。

「可愛らしい魔法になったね」
「変、ですか?」
「いやいやー。きっと、花には癒しがあるっていう気持ちの表れだよね」

 ペルゥが説明すると、フィノアは少しの間を置いて小さくうなずいた。言われてみれば女の子らしい魔法だなと、ラトスもうなずいた。枝葉の壁も、エイスガラフ城の庭園にあるものなのかもしれない。フィノアからすれば、枝葉も立派な壁なのだ。

 メリーの身体が軽くなったのを見ると、フィノアはセウラザとラトスにも同じように花を咲かせた。セウラザが驚いた顔をして、自らの全身を見る。不思議なことに、彼が身に着けている甲冑の傷もわずかに直った。ラトスの身体もまた、身体の奥に残る痛み以外はほとんど消えた。全身いたるところに巻き付いている蔓はそのままだが、戦おうと思えば多少は動けるだろう。

「便利なものだ。助かるよ」
「どういたしまして」

 ラトスが礼を言うと、フィノアは無表情にうなずいた。少女の顔は、わずかに血色が悪くなっていた。連続で使えない魔法なのかもしれない。呼吸も荒くなっていたので、大丈夫かと、ラトスは声をかけた。

「思いのほか、疲れますね」

 そう言うとフィノアは、その場で膝を突いた。あわててメリーが駆け寄り、少女の身体を支える。あまりの仲の良さに忘れそうだったが、彼女たちは主従関係なのだ。主人が従者を助けたことで倒れたとあれば、面目が立たない。メリーは申し訳なさそうな顔をして、フィノアに声をかけた。少女は笑いながら、平気よと返事した。

 結局、フィノアの身体をメリーが背負うことになった。
 彼女の背中に少女がおおいかぶさるとき、少女は彼女の耳元で何かをささやいた。聞き取れなかったが、メリーはフィノアの言葉に表情を固まらせた。目を見開いて、紅潮している。一度、ちらりとラトスのほうを見た。メリーは困った顔をして、うなり声をあげた。

「どうしたんだ?」
「な、なんでもないです」

 メリーは返事すると、フィノアを背負って走りだした。追いかけるように、セウラザも走りだす。どうしたのだと、メリーの姿を目で追った。後ろからペルゥが飛んできて、ラトスの肩にふわりと降りたつ。

「置いてかれちゃうよ?」
「そうだな」

 ラトスも走りだした。肩に乗ったペルゥは、楽しそうに笑っている。なにがそんなに面白いのだと、ラトスは薄暗い空間に目を向けた。

 黒い道が、ゆがみながら延びている。小さな夢魔が、薄暗闇の中をただよっていた。こちらをじっと見ているだけで、おそいかかってくる様子はない。ただただ、気味が悪いだけだ。
 その中にひとつ、奇妙な影がよぎった。影は素早く動いていたが、ラトスの視線に反応するかのようにぴたりと止まった。なんだと思って、ラトスは奇妙な影を凝視した。肩に乗っているペルゥも気付いたようだ。同じ方向に顔を向け、黙って影を見据えていた。

 奇妙な影はしばらく止まっていたが、やがて動きだし、どこかに消えた。
 ラトスとペルゥは、なにも言わなかった。黙っていることが答えだと、言わんばかりだった。
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