傀儡といしの蜃気楼 ~消えた王女を捜す旅から始まる、夢の世界のものがたり~

遠野月

文字の大きさ
81 / 92

紅の盃からはじまる

しおりを挟む
 人形の頭が、がくりと上がる。
 意思を持って、ラトスたちを見ているようだった。だが、実際はそうではない。人形は、夢魔の腕とつながったままだった。玉座の裏にいる夢魔が、人形を操っているのだ。

「……おお……お……」

 人形から、うめくような声が聞こえた。
 見ると、人形の口がガクガクと動いている。同時に、目が上下左右に振れていた。

「……おお、フィ……ノア」

 人形がしゃべる。
 ひざまずいているフィノアの肩が、小さく動いた。

「おお。我が娘、フィノアよ……!」

 国王の人形が、玉座から立ちあがる。声に合わせて、人形の口はなめらかに動いた。視点が定まっていなかった両目も、静かになる。人形は両腕を広げて、笑顔を作った。

「お父様……!」

 フィノアは、泣きそうな表情で国王の人形を見た。まるで、本物の父親と再会したかのようだと、ラトスは顔をゆがめた。人形ではないと信じてしまったのだろうか。

「よくぞ戻ったな。嬉しいぞ」

 国王の人形が、流暢に言う。人形の後ろで、紅い眼の夢魔が何度かまたたきした。異様な光景に、ラトスだけでなく、メリーも顔をゆがめる。
 人の言葉を話す夢魔に会うのは、二度目だった。テトたちと違うのは、紅い眼の夢魔が敵意に近いものを発していることだ。親し気にフィノアへ話しかけているが、父親のふりをしている時点でいやらしい。

「お父様……。良かった。本当に」

 フィノアは、ほっとした表情をする。立ちあがり、国王の人形に近付こうとした。メリーがあわてて、フィノアの手を取る。少女は彼女の手をふり払って、数歩前に進みでた。

「ああ、フィノア。さあ、もっと。こちらに来なさい」
「はい。お父様」

 フィノアはうなずく。
 手を振り払われたメリーは、少女の背中を見ながらあわてつづけた。口をパクパクと動かし、なんと声をかければいいか分からないようだった。

 フィノアは、国王の人形も、その後ろに侍っている夢魔も無視しようとしている。
 なにかに憑りつかれたように、また一歩前に進んだ。
 見かねて、ラトスは駆けだした。フィノアの腕をつかみ、声をかけた。

「なんですか! 離してください!」
「よく見ろ。王女さん」
「何を……!」

 ラトスは、国王の人形の後ろにいる夢魔を指差した。
 フィノアは一瞬、夢魔の姿を見たようだった。しかしすぐに、頭を横にふる。

「だから何を……」

 フィノアは顔をゆがめて、ラトスの手をふり払おうとした。
 しかしラトスは少女の手をはなさない。はなせば、夢魔に駆け寄っていく気がしたのだ。そうなれば、必ず面倒なことになる。

「どうしたのだ。フィノアよ。さあ、こちらに来なさい」

 国王の人形が言う。人形の口に合わせて、夢魔の身体もゆれていた。間違いなく、夢魔がしゃべっている。今まで見てきた人形とは違って、国王の人形に意思があるようには見えなかった。

「王女さん、よく見ろ。あれは普通じゃない」
「普通……じゃない?」

 フィノアは少しだけ目をほそめた。
 訝しむようにラトスを見た後、少女は人形に視線を移す。国王の人形の顔は、じっとフィノアに向けられているようだった。だが、瞳には光がなかった。笑顔を作っているが、温かみはない。
 フィノアはようやく違和感を感じ取ったのか、わずかに眉根を寄せた。

「どうしたのだ。フィノア。さあ。早く」
「お父様……」
「どうしたのだ。フィノア。さあ、早く」

 国王の人形が笑顔で言った。笑顔の上には、夢魔の腕が垂れさがっていた。腕は時折、脈打っていた。こまやかに人形を動かすためか、最初よりも静かに、繊細に動いている。

「どうしたのだ。フィノア。さあ。早く」
「……おと…さ」
「どうしたのだ。フィノア。さあ。早く早く」

 国王の人形が笑顔で言った。満面の笑みで、両手を広げている。人形の後ろで、紅い眼の夢魔が大きな口を開けていた。愉快そうに笑っている。笑い声こそあげていないが、身体が上下にゆれていた。
 不自然な言葉を発しはじめた人形に、フィノアは大きく顔をゆがめる。半歩下がり、胸元に両手を当てた。呼吸も早くなっている。

「どうしたのだ。フィノア。フィノア。フィノア。さあさあさあさあさあ。早く早く早く早く早く早く早く」
「やめて!」
「どうしたのだ。どうした。どうした? どう? し、た? さあ。さああああ? 早く早く? 早く。嬉しいぞ。よくぞ戻った。よくぞ。よく、ぞ? フィノア。フィノア。フィノアフィノアフィノアフィノア!」

 フィノアは後ずさりする。
 ラトスは少女の手をつかんだまま、紅い眼の夢魔をにらみつけた。夢魔の紅い眼が、何度もまたたく。愉快そうに身体を上下にゆらし、さらに大きく口を開けた。

「さあ。さあああああああ! さあああああああああああああ! フィノア! フィノアフィフィフィフィフィフィノノノノノノノノノノアアアアアアアアアアアアアアアアアア! フィノノノノノノノノフィフィフィノノノノアアアアアノノノノノノノノノノノアアアアアアフィフィフィフィフィノアアノアノアノノアアアアフィフィフィフィイイイイイイイイイイイイイノオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアハハハハハハ! フィハハハハハハハハ!」
「やめて! やめてください!」

 狂ったような夢魔の声に、フィノアはうずくまる。胸元を押さえ、顔を引きつらせた。
 少女の姿を見て、夢魔は狂喜したようだった。人形がガタリとゆれ、立ちあがる。同時に、夢魔の身体も玉座の裏から姿を見せた。

 紅い眼の夢魔は、全身が黒かった。まるで、人の影が起きあがったような姿をしていた。顔には、紅い眼がいくつも付いている。口は裂けているかのように大きかった。腕と足は、胴よりも太く、長かった。黒い身体は、全体が脈打っている。脈打つたびに、紅い眼がまたたいていた。

 立ちあがった夢魔を見て、フィノアは身体をふるわせた。
 ラトスの手に、少女のかぼそい呼吸まで伝わってくる。フィノアの様子に戸惑っていたメリーも、夢魔の姿に緊張を隠せないでいた。彼女の腰の細剣が、カチカチと鳴っている。

 立ちあがった国王の人形が、一歩前に出た。
 フィノアを見下ろしながら、にやりと笑う。

「フィノア」

 国王の人形が、短く言った。
 フィノアの肩が、小さくゆれた。

「フィノア。続きを。しよう」

 国王の人形の後ろに立っていた夢魔が言った。
 紅い眼が、またたく。大きな口をゆがませ、不快にさせる笑顔でフィノアを見下ろした。同時に、国王の人形は糸が切れたように崩れ落ちた。
 紅い眼の夢魔が、玉座を乗り越える。崩れ落ちた国王の人形を踏みつけ、砕いた。人形は、鈍い音を立てて四散した。

 砕けた人形を見て、フィノアの身体が小さくゆれた。
 足元に、がらりと人形の破片が飛んでくる。破片は、人形の頭の一部だった。人形の瞳は、フィノアをじっと見るようにして止まっていた。
 フィノアは目を見開く。唇をふるわせ、ゆっくりと顔をあげた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

十二輝の忍神 ーシノビガミ― 第一部

陵月夜白(りょうづきやしろ)
歴史・時代
天明三年――浅間山が火を噴いた。 神の怒りに触れたかのように、黒い灰は空を塞ぎ、郷も田畑も人の営みも、容赦なく呑み込んでいく。噴火と飢饉が藩を蝕み、救いを求める声の裏で、名もなき影が蠢いた。灰の夜を踏むのは、血も温もりも失った“黒屍人”。誰が、何のために――。 その災厄に呼応するように、忍びの郷に封じられていた「十二輝の干支の珠」が、ひとつ、またひとつと眠りから解かれる。 珠は器を選び、器は力に喰われ、力は人を裏返す。 伊賀と甲賀の長い因縁、奪われる珠、引き裂かれる同胞。 そして、灰の国で拾い集められていく十二の輝きが揃う時、世界の秩序そのものが――動き出す。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

処理中です...