傀儡といしの蜃気楼 ~消えた王女を捜す旅から始まる、夢の世界のものがたり~

遠野月

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呼ぶ影からはじまる

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   ≪紅≫


 足音が、鋭くひびく。
 音に合わせて、淡い光がゆれた。

 広間の壁際には、等間隔に灯りがならんでいる。
 風も流れていないのに、灯りは足音に合わせておどった。意思があるのではないかと思ったが、違う。広間にいる者の意思が、伝わっているようだった。

「ラトスさん、もう少し、ゆっくり歩いてくれます……?」

 ほそい声で、メリーが言った。
 彼女の声に反応して、灯りはほそく縮んだ。

「怖いのか」
「こ、怖くないですよ!?」

 ラトスの言葉に、メリーは素早く否定する。彼女は腰の細剣に手を当てていたが、指先がかすかにふるえていた。カチカチと、剣が鳴っている。

 扉を開く前に、フィノアは玉座の間の扉だと言っていた。広間の様子を見るかぎり、少女の言葉は正しいと思えた。床面はみがかれた大理石だが、一枚一枚、こまやかな細工がほどこされている。壁と天井も同様に、装飾と、彫刻と、美しい絵でかざられていた。

 歩いても、革靴の底に砂を踏む感覚はない。
 夢の世界の中心だからか、崩れにくいのかもしれないとラトスは思った。

 広間の奥には、玉座がふたつ並んでいる。
 ひとつは空席だったが、もうひとつは、明らかに誰かが座っていた。

「……お父様?」

 こぼすように、フィノアが言った。少女は、先を歩くラトスを追い抜く。止めようとしたが、フィノアは彼の手をふり払った。

 少女が、玉座に向かって走っていく。
 奥に座っている誰かは、動かない。
 玉座の後ろは、大きな窓が等間隔にならんでいた。窓の外には、月が見える。薄暗闇に掲げられた月は、妙に明るかった。逆光によって、玉座に座っている者の姿は、はっきりと見えない。

「王女さん、そこで止まれ!」

 ラトスが声を荒げる。
 走るフィノアは、びくりと身体をふるわせて止まった。ふり返らなかったが、その場で膝を突く。あわててメリーが、フィノアに駆け寄った。少女のそばまで行くと、彼女もまた小さく身体をふるわせた。フィノアにならうようにして、膝を突く。

 彼女たちは、玉座に向かってひざまずいているようだった。
 後ろから見ていたラトスは、首をかしげた。ひざまずく相手が、夢の世界にいると思っていなかったからだ。国王のセウラザがいるとしても、ひざまずいたりするだろうか。

「どうしたんだ」

 言いながらラトスは、玉座の間を進む。奥にある玉座には、人らしき影があった。姿ははっきり見えない。彼女たちがひざまずいているのを前にして、身動きひとつ取った様子もなかった。
 やがて彼女たちのすぐそばに来ると、ラトスも立ち止まった。
 カチャカチャと甲冑を鳴らして後ろを付いてくるセウラザも、足を止める。

「……国王か。まさか」

 ラトスは目を見開いて、声をこぼした。
 逆光ではっきりと顔は見えないが、頭には王冠をいただいている。装いは国主に相応しい華美なもので、威厳も同時にまとっていた。
 ラトスは、エイス王の顔を見たことがなかった。だが、彼女たちの様子を見るかぎり、玉座に座っている男が国王なのだろうと理解した。 

「ラ、ラトスさん!」

 立ったままのラトスを見て、メリーが小さく声をかけた。

「なんだ」
「無礼です! せめて、膝を突いて……!」
「なぜだ?」
「なぜって!? 馬鹿ですか!?」

 ラトスの言葉にメリーは声を荒げたが、すぐにはっとして目を伏せた。

「……陛下の御前です。ラトスさん」
「そうか」

 ラトスは短く応えると、一歩前に進んだ。

「あれが、国王に見えるのか」

 そう言って、ラトスは前方を指差す。指の先には、国王らしき男が座っていた。メリーはあわててラトスの腕をつかむ。しかし、ラトスは腕を下ろさなかった。
 メリーは怪訝な表情でラトスを見た後、そっと指の先に視線を送った。玉座に座る男がいる。間違いなく、国王の装いだった。メリーはびくりと肩をふるわせたが、すぐに首をかしげた。

「……え?」

 メリーは、気の抜けた声をこぼす。
 玉座には、人形が座っていた。王の装いで、厳めしく座っているだけだった。

「フィノア、人形です。陛下の人形でした」

 メリーはひざまずいているフィノアに声をかける。彼女の声に、少女は少し顔をあげた。ところが、なににも気付かなかったように顔を伏せ直した。

「控えなさい、メリー」
「えええ?」
「王女さん、もう一度見ろ。あれは人形だ」
「クロニスさん、二度は言いません。控えなさい」

 フィノアは強い口調で言った。再び顔をあげず、ひたすらにひざまずく。
 ラトスとメリーはどうすればいいのか分からなくなり、しばらく立ち尽くした。フィノアは、賢い少女だ。人形であることくらい分かるはずだった。今は、盲目的に国王だと信じているように見える。

「ラトス、あれを見ろ」

 セウラザが声をかけてきた。ひざまずくフィノアには目もくれず、少女の背後に立つ。彼は国王の人形に向かって指を差していた。

「なんだ?」
「後ろに何かがいる」

 セウラザの言葉に、ラトスは跳ねるようにして身構えた。
 玉座に座る国王の人形に、目を向ける。じっと見ていると、人形の背後になにかがゆれ動いていた。逆光でよく見えないが、人間の影ではない。

「夢魔か?」
「おそらく」

 セウラザはうなずくと、腕を下ろす。背中の大剣に手をかけて、わずかに姿勢を低くした。
 夢魔らしき影は、人形に取り付いているようだった。じっと背後にひそんでいて、攻撃してくる気配はない。
 ラトスは、また一歩前に進んだ。反応するように、夢魔がぐらりとゆれた。影の中に、紅い光がきらめく。何度かまたたいたので、光は眼なのだと分かった。
 紅い眼は、三つ以上あるようだった。
 ラトスが動くたびに、紅い眼はまたたいた。

「どうする?」

 ラトスは腰の短剣に手をかけると、メリーとセウラザに視線を送った。
 二人は、即答しなかった。夢魔の不気味さが、思考を遅くさせていた。攻撃を仕掛けようにも、夢魔の全体像が見えないために踏みだせない。かと言って、見逃すわけにもいかないのだ。

「祓う方が良い」
「そうだよな」
「ただ、祓った衝撃で、夢の世界が崩れるかもしれない」
「……それは、まずいな」

 セウラザの言葉に、ラトスは目をほそめる。当然、相打ちは避けたい。理想を言えば、速やかに静かに祓う方が良いだろう。

「メリーさんの火力に頼れないのが、痛いな」

 言いながら、ラトスはメリーの顔をのぞいた。
 メリーの火力の高さは、魔法の力あってのものだ。風の力で飛ぶこともできない。彼女自身が習得している剣術の力で、なんとか戦うしかなかった。ラトスの視線に気付いて、メリーはがっかりとした表情になった。

「メリーも夢魔には慣れただろう。以前と同じではない」
「も、もちろんです」
「そうだな」

 メリーがうなずくと、ラトスは口の端を持ちあげてみせた。
 少なくとも自分の身は、自分で守れるほどになっただろう。メリー以外の戦力が落ちることにはならない。
 むしろ今問題になるのは、フィノアの方だった。ひたすら国王の人形にひざまずいている様子を見るかぎり、一緒に戦うなど想像もできない。最悪、ラトスたちの邪魔をしてくる可能性もある。

「王女は、私が面倒を見よう」

 悩むラトスを察したのか、セウラザが静かに言った。

「助かる」
「問題ない」

 セウラザがうなずく。
 魔法さえ使われなければ、フィノアはただの小さな子供だ。セウラザが面倒を見れば、大きな害にはならないだろう。万が一血迷ったとしても、魔法を暴発させて父親の夢の世界を害するほど正気を失わないはずだ。

 セウラザとメリーの顔を見て、ラトスは静かにうなずいた。
 腰の短剣をぬく。
 チリリと、剣身が鳴った。

 国王の人形の裏にいる夢魔が、大きくゆれる。
 ラトスたちの戦意を感じたのだろうか。紅い眼が、何度かまたたいた。

 玉座の後ろから、大きな腕が姿を見せる。ラトスは二振りの短剣をかまえ、腕の先をじっと見た。
 夢魔の腕は、ラトスたちに伸びず、玉座の手前にゆっくりと降りた。国王の人形をつつむように、夢魔の手が広がる。
 直後、夢魔の手が人形を締め付けた。人形が、大きくゆがむ。軋む音が、悲鳴のように聞こえた。苦しんで、助けを求めるように腕がふるえている。

「……ひっ」

 人形の様子を見て、メリーが声を絞りだした。
 彼女の隣で跪いているフィノアは、微動だにしない。顔を伏せているからか、国王の人形の変化に気付いていないようだった。

 人形を締め付ける夢魔の手は、さらに力を加えた。びくりと、国王の人形がふるえた。まるで生きているかのように、全体が小刻みにふるえている。
 国王の人形を使って戦うつもりなのだろうか。ラトスは短剣をにぎる手に、力を強く加えた。すると、国王の人形が身体をふるわせながら、玉座にゆっくりと座り直した。
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